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東雲大和のものがたり  作者: 佐藤 一
1/19

第一話 東雲大和のものがたり

東雲大和のものがたり、始まります。

 


 どん どん どん——



 乾いた、ゆっくりとした破裂音が町中に響き渡る。

「あっ、京ちゃん」



 どどん どどん どどどどどん———



 その音は、段々に速度を上げていき、私に焦燥感を与える


「ちょ、ちょっと待って! あとちょっと、ちょっとで、悲願のハードモードクリアなんだよ!」



 どどどどどどどどどどど、どどん———



 音は、最高速度に達したかと思うと、一拍おき、力強い連打をもって締められた。


 余韻が町中に響き渡っている。

「もう、京ちゃん! 鳴り止んじゃったよ! 早く帰ろうってば!」

「うるさい! ああ~また負けた・・・くっそ、もう一回だ!」

 綺麗な桜色の髪が特徴の女の子は、私の言葉に一切耳を貸さず、ゲーム台にのめり込んでいる。

 そういってはさっきから、負けてはコンティニューを繰り返している。

「コンティニューするたんびに敵の体力回復すんの、気に入らねーよな」

 その女の子は、画面から目をそらすこともなく、気怠げにたずねてくる。

「う、うん。そうだね~・・・」

「あっ! よし、ハメ技はいった! いけるぞ!! よくも俺の小遣いを食いつぶしてくれたな! 死をもって償え!!」

 そんな私の返答に反応することもなく、ゲームの中へと没入していく女の子。

 佳境を迎えているのであろう。そういったことに全く興味のない私ですら、息を呑んでしまうほどに苛烈な戦闘が、画面の中では繰り広げられていた。

「とどめだ! 二年分のお年玉! その重みをとくと味わえ!!」

 その女の子の手つきが、さらに速くなる。

 もう私の目では、何が起きているのか把握できない。

 それでも、あと少しで勝てるというのなら・・・・!!

「京ちゃん、頑張れ・・・・」

 握りこんだ両手に、爪が食い込んでいて、痛みを感じる。

 じっとりと、額には小さい汗が、無数に浮かび始めた。

「うおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉ!!!」

 その女の子は、ガタッっと椅子を倒して立ち上がると、渾身の力を込めて、ボタンを叩く。

「これで、終わりだぁ!」

「いけ~!」

 私も、その女の子につられて立ち上がり、思いっきり叫ぶ。

 金髪のツインテールで、露出の多い、際どい服を着た女の子が、光に包まれ、空高く舞い上がる。そして、黒い巨大な敵めがけて、高速で落下を始める。光に当てられた巨鳥は、動くことが出来ないらしい。

 大地がめくれ上がり、木々はなぎ倒され、世界がグチャグチャにかき回される。

 そしてついに、少女と、巨鳥がぶつか————

「・・・・あれ、どうした?? なんで画面消えたんだ?」

「どうしてだろう・・・・?」

 ぶつかり合い、必殺技が決まり、ボスが倒されて、エンディング、とかいうやつが流れるはずのゲーム画面には、今、私とその女の子の顔が映っている。

「画面、消えてる??」

 嘘だろ・・・・と、さも全財産を火災で失ったサラリーマンの様な声でつぶやく彼女。

 テレビ画面はうんとも、すんとも言ってくれない。

「うそだろ・・・・ここで故障?! ふざけんな! いくらかけたと思っているんだよ!」

 さっきまで、嬉々としながらゲームをプレイしていたはずの彼女は、今にも、目の前のゲーム台を壊してしまいそうだ。

「お、おちつこ~よ! これも、実は演出なのかもよ?」

 私はなだめるために、必死で言葉をかける。しかし、

「んな訳あるか! どれだけのゲームをコンプしたと思ってぃる?! こんな演出、あるわけがねえ!! おい、店長!! ちょっと出てきやがれ!!」

 あれ、逆効果だったみたい。

 顔を真っ赤にしてわめく彼女、黙っていれば普通に美少女なのに。なぜか一人称は俺だし、その乱暴な口調と、粗野な態度が見てくれを台無しにしている。

「まあまあ、またチャンスはあるよ~」

「うるさい! 大変だったんだぞ・・・・やっとだったんだぞ・・・・!!」

 ひとしきりわめいたか、と思えば、今度は泣き出してしまう。

「京ちゃん、泣かないで。飴ちゃんあげるから」

「そんなガキじゃねえよ!! うぅ・・・・」

「もう・・ていうか、あれ??」

「ううぅ・・・・うん? 店・・長・・・?」

 泣いていた彼女も、今の状況の違和になんとなく気づいたようだ。

 いくらゲームセンターといえど、これだけ騒いでいたら、誰かしら反応するはず。

 あれ・・・・そういえば、人が・・・・全く居ない??

「やっと、気づいたのね」

「「???」」

 ピコピコと電子音だけが響く店内に、凜とした鈴のような声音が響き、同時にゲーム台の裏から、一人の女の子が姿を現す。

 右手には、なにかのコードらしきものを持って。

「・・・お、おーい! 雪! もしかして、お前が・・・!」

 はっ、と何かに気づいた京が、顔を真っ赤にさせて激怒する。

 雪、と呼ばれた女の子は、十四歳にしては高身長で、見上げないといけないほどの、すらっとしたモデル体型でありながら、

「相変わらず、大きいよね」

「大和ちゃん?! それはどこのことを言っているのかな!?」

 不意の口撃に、胸を押さえ、うわずった声になる雪ちゃん。

 とにかく、同じ十四歳とは思えないほどに綺麗でかっこいい、私の親友!

「・・ごほん。とにかく、『どんどこ』が鳴っていたの、まさか気づかなかった、とは言わないわよね?」

 咳払いで平常を取り戻すと、いつものようなクールで凜とした、でもちょびっとだけ怖い声音に戻る。

「ああ? 鳴ってたっけか? 大和、聞こえてた?」

 雪ちゃんの問いかけに京ちゃんは、全く気づいていなかったと、悪びれもせずに言い放つ。

「いちおう、京ちゃんにも言ったんだけど・・・」

「そうだったっけか。すまんすまん、聞いてはいたけど聞き流してた!」

 ははは、と大きな口をあけて、笑う京ちゃん。

 そんな楽しそうな京ちゃんを見ていたら、自然と私も笑みをこぼしてしまう。

「あのね、黙って聞いていれば・・・」

 とうぜん、おもしろく無い人だってこの場には居るわけで。

「あなた、『どんどこ』がなったら、東郷神社、礼拝堂に集結。神村学園の一番の掟でしょう!! なに平然とゲームなんてしているの!」

 話している内に、怒りはどんどん強くなる。

「学校の掟を破ってまでゲームがしたいですか! このもやしっこ!」

「ああん?! 聞き捨てならねーな! どう考えても最後の一言は余計だろうが!」

 京ちゃんがゲーム台の椅子から飛び降りて、雪ちゃんの方へとずかずか歩いて行く。

「ていうか、あなたなんかどうでも良いのよ! 『どんどこ』が鳴ったところで礼拝堂に来ないことは当たり前ですし。でも、やまとちゃんを巻き込むのはやめなさいよ!」

「あわわ、私のために争わないで~」

「「やかましい!!」」

 ちなみに、『どんどこ』は、天上の神様が、地上の人間界に来訪したことを告げる合図で、碁盤の目の様に整えられた街の中央、一際大きい御前通りを、海側から、真っ直ぐ歩いて行くと、最奥には、東郷神社というでっかい神社がある。海に降りた神様は、その御前通りを通って、山の頂上にある東郷神社に向うんだ。

 そこで、『どんどこ』がなったら街の人は、近くの神社の礼拝堂に、感謝を伝えるお祈りをしにいかないといけない。

 そうすることで神様からいろんな御利益をいただくみたい。

「ていうかよ、雪さんさ、あんたもここに居るって事は、礼拝堂いくのサボっていたわけだろ? なら俺らと同罪じゃねーか!」

 京ちゃんが勝ち誇ったように告げる。

「ち、ちが! 私は、礼拝堂にいったらあなた達が居なくって、それで心配で・・・それで!」

 雪ちゃんの言葉がつまる。

「ほほう、私たちが居ないから、探しに来たってぇ? だれも頼んでませんけど~? さては、友達居なくて寂しかったんだろ?! このかまってちゃんが!」

 さっきのお返しとばかりに、盛大に友達を煽る京ちゃん。

「そ、そんなわけ、ないでしゅ!」

 これまたクリティカルヒットらしい。雪ちゃんは、手を胸の前でバタバタ振って必死に否定。

「ほらほら、かまってちゃんの雪ちゃんよ、遊んでやるからこっちきな~」

 調子に乗った京ちゃんの悪ふざけはどんどんとエスカレートしていく。

「ちが、ほんとに違いますから!」

「ほらほ~ら」

「ほんとに、ほんとに!」

「かまってちゃ~ん」

「あの、ほんとに・・・・」

 ブチッ。何かが切れる音が突然、私の耳に飛び込んできた。

「ほら、かまってちゃ・・・・」

「何回言わせたら分かんねん。おいこら。はげ」

「ちょ、雪さん・・・?」

 下を向いた雪ちゃんの表情は分からない。それでも、すっごく怒っている事だけは、わかる。

「京!!」

「はい!!」

 もはや逆らう余地は残されていない。圧倒的覇気が雪ちゃんから発せられている、気がする。

「お前よう、黙って聞いてりゃピーピーピーピーよく鳴きよって。ああん?! 黙らせたろか?!」

「ほんとすんませんでした!」

 雪ちゃんが、ドスをきかせた声で、怒鳴るのと同時、京ちゃんはピシッと綺麗に三つ指を立てて謝罪を入れる。

「やまとちゃんも、このバカの手綱、しっかり握っとかんかい!」

「ええ~! 私にもくるの?!」

 あっ! こころの声がつい!

「当たり前じゃい! あんたがこいつ見とかんで誰が世話すんねん」

 ぐいっと一歩、さらには顔を突き出して接近してくる。

「私しか居ないですね・・・」

 そんな、あまりの剣幕に気をされ、半ば強引に同調してしまう。

「やろ。だから、しっかり頼むで」

「は、はい。すみません」

 あれ?? なんで私が謝っているんだろう・・・?

 雪ちゃんは、いつもはおしとやか? というか、丁寧というか、そんな感じのしゃべり方だけど、怒ったり、興奮したときは、なんだか分からない言葉になる。大昔の方言ってやつらしいけど。

「とにかく、あなた達に何もなくて良かったです。サボる口実にもなりましたし」

 そんなこんなで落着いたのか、やっと口調が元のものに変わる。・・・うん? ていうか!

「やっぱりお前もサボり目的じゃねぇか! 土下座返せ!!」

「ひどいよ雪ちゃん!」

「あはは、ごめんなさい。つい二人の反応がおもしろくて」

 大人びた顔立ちで、クールな印象の雪ちゃんだけど、たまにみせる、いたずらっ子な、クシャッとした笑顔は、女の私ですら見ほれてしまうほどに可愛らしい。

 だから、ついつい何をされても許してしまう。

「ふざけんな! ただのサボり女にお年玉と命かけたゲームの電源落とされたってのか?! 納得出来るかぁ!」

 しかし、京ちゃんは納得いかないようで、また、狂ったように叫ぶ。

「ごめんなさいって。また、やれば良いじゃないですか」

 あ、雪ちゃんそれは・・・・

「か・ん・た・ん・に・・・・いうなぁぁぁ!!」

 地雷だよ、さっき踏み抜いたから分かるんだ。

「おいおい、どうした?! 何があった?!」

 すると、その叫び声を聞きつけたのか、ひげを蓄えた四十歳くらいの、愛想の良いおじさんが店の中に飛び込んできた。

「なんだい、礼拝にいっとるあいだに・・・って、またお前か、京」

 そのおじさんは、京ちゃんの顔を見るなり、ため息をついて、やれやれ、という顔をする。

「そんなんじゃ、神のご加護を受けられないぞ?」

「いらないもんね。神なんて信じてないし。それより店長聞いてくれよ! 雪がさあ、このゲームせっかくクリアしたのに、エンディングの前で電源落としやがったんだぜ?」

「なんだと?! あの、幻のエンディングへたどり着いたというのか?! お前、よくぞ・・・よくぞ・・・!!」

 京ちゃんの話を聞いて、うっすらと涙を浮かべる店長。

「だろだろ? ほんとに苦労したんだからな!」

 京ちゃんが誇らしげに腕を組み、胸を張る。

「うんうん。お前なら、出来ると思っていたよ。本当にすごい奴だ・・・・なんて言うと思ったか! 雪ちゃん、ナイスプレーだよ」

 途中で声が大きくなり、おじさんが、親指を立てて雪ちゃんを褒める。それに応えるように、雪ちゃんも親指をたててサムズアップ。

「そりゃないよ! 店長。いくらつぎ込んだと思っている?」

 まさかの裏切りにあい、京ちゃんは怒っているが、

「学生が、街の掟も守らずに遊んでるんじゃないよ。ったく、今回は見逃してやる。次はもう、本当に出禁だからな」

 店長は厳かに京ちゃんへ宣告をし、バックヤードへと入っていってしまう。

 しかし、意に介していないように京ちゃんは、こんなことを言う。

「店長、今の言葉十回目。なんだかんだで毎回見逃してくれんだよな」

 うん、そりゃそうだと思う。お年玉全額を寄付してくれるような、貴重なお客様だ。むげにはしまいだろう。

 そんな損得勘定、あの優しそうな店長はしてないと思うけど。

「さあ、ゲームも飽きたし、そろそろ日も暮れてくる。帰るべ」

 唐突に京ちゃんが号令をかけ、それに黙ってしたがう私と雪。

 ゲームセンターをでて大通りをひたすら真っ直ぐ歩いていく。

 私が真ん中に入り、右に京、左に雪が定位置だ。

 空を見上げると、カラーフィルムを貼り付けたかのように鮮烈な夕焼けが広がっている。

 横では、私を挟んで二人が、アイスクリームはカップ派か、コーン派かでケンカを始めた。

 まったく、二人とも。

「じゃあ、また明日」

 いつもの十字路へとさしかかる。私は真っ直ぐ、京は左、右には雪が行く。

 私と二人は手を振りながら。京と雪は、互いにあっかんべーをしながら、見えなくなるまで三人向き合って歩いて行く。




「おはようございます。日直は、号令をかけずに待ってください。まず、神巫京さん、東雲大和さん、乃木雪さん。ホームルームを始める前に、なぜ昨日、礼拝堂に来なかったかを説明しなさい」

 東郷神社での礼拝をサボった翌日の朝。私達は、窮地に立たされていた。

 大ピンチだよ・・・昨日のサボりバレてたんだ・・

「当たり前よね。クラスごとに礼拝をするのだから。気づいていなかったら、あの女教師はあまりにも無能ね」

 隣に座っている黒髪のかっこいい少女が、教師批判を始めるが。

「雪ちゃん、自分のこと思いっきり棚にあげているよね。もう少し悪びれようよ」

 しかし、それこそ、いまの言葉が思いっきりブーメランだ。

 私のどこに雪ちゃんを注意する資格があるだろうか。

「いや、無い」

「やまとちゃん? なぜ突然反語?」

 私のつぶやきを聞いていたのか、雪ちゃんが怪訝な顔で聞いてくる。

「ううん、なんでもないよ!」

「乃木さん、東雲さん、こそこそ喋っていないで、説明をしてください。それと神巫さんも、なぜ知らん顔してゲームをしていられるんですか。というか、そもそもゲーム機は持ち込み禁止のはずでしょう?」

 全く反省の色が見えない私達に対し、先生は声を荒げてしまう。

 慌てて私は立ち上がるが、あとの二人はどこ吹く風で座っている。

 ちょっとこの二人と同罪だと思われるのは、嫌だ・・・

「あ、えっと、昨日はですね・・・」

 さあ、どうやって誤魔化そうか。なにせこういった事で怒られるのは初めてだから。

 でも、正直にいったら、やばいよね・・・・どうしよう・・・・

「大和とゲーセンでゲームしていました」

「私の逡巡を返せ!」

 私の右隣に座る京ちゃんが、窓の外を見ながらぶっきらぼうに答えた。

「ねえ、京ちゃん、バカなの?」

「え? うげぇ! どうした大和?! そんな怖い顔して!」

 私の不穏な雰囲気を感じ取ったのか、京ちゃんはこちらを向き、私の顔をみて、自分が何をしたのかに思い当たる。

「そうなんですか? 東雲さん、神巫さん」

 逃さないとばかりに、先生の追求が強まる。

「え、ええっと・・・」

 私が回答に困っている横で、京ちゃんは、よどみなく・・・・

「違います、先生。私たちは・・・ゲーセンには居たけどゲームはしていません。ましてや、お年玉も全額使うようなことはありません!」

「わかりました」

 全ての罪を自白したのだった。

「京ちゃんって人は・・・」

 顔を覆ってうつむく。

「なあ、大和? どうしたんだ?」

「ううん。無邪気は凶器だなって」

「なに難しいこと言ってんだ?」

 本気で首を傾げる京。 

 ああ、終わりだ・・・街一番の掟を破るなんて、どんな処分が・・・

「乃木さんは、なぜ居なかったのですか? クラス委員として仕事をこなすあなたが、サボりとは考えられませんが」

 なんだか、私たち二人に対する追求の声音よりも、幾分か声に柔らかみがある気がする。

 それもそのはず。なんせ雪ちゃんはクラス委員にして、我らが神村中学の生徒会長でもあるのだから。

 サボりよりも、なにか、のっぴきならない理由があったのだろう、と考えるのが自然だ。

 その実、サボりもサボり、私たちを追って、ゲーセンに来ていたとは、だれも想像してないだろう。

「雪ちゃん、私たちの事は気にしないで・・・」

 でも、立場が違いすぎる。ここでサボりを認めれば、彼女の地位も危うくなってしまう。

 思いっきり嘘をつけばいい。その隠蔽にはいくらでも手を貸すよ!

 しかし、雪は意外にも、

「いえ、先生。私も彼女たちと一緒にゲームセンターにいました」

「え・・・そうなのですか・・・」

 先生も若干ショックを受けたようだ。優等生であるはずの雪ちゃんがサボりをしていたなんて。

 これは、学園を揺るがす大問題になりかねない・・・

 雪ちゃん・・大好きだよ! 私たちと、心中してくれるなんて・・・!!

「なぜ、そんなことに・・・」

 先生が、か細く消え入る声で問いかける。

「それは・・・サボりではありません。この二人が悪いんです」

 ・・・・・・・・・はい???

「昨日、『どんどこ』がなり、家から東郷神社に向かう途中で、この二人がゲームセンターに居たのを発見したのです。しかし、この二人はゲームに夢中で全く気づいていませんでした。私は、クラス委員として、見過ごすことが出来ず、二人に声をかけにいきました。それでも二人は意に介さずで、ゲームセンターから動くこと無く、気づいたときには礼拝が終わってしまっていたのです・・・すみません」

 次から次へと、平然と嘘をならべる親友。

「そうだったのですか」

 先生が、神妙な面持ちで雪ちゃんを見つめる一方で、私たち二人には、

「ゴミを見る目だな・・・・」

「うん・・・・」

「ていうか、おい! てめえふざけんな! なに一人だけ言い逃れしようとしてんだよ!」

「そうだよ、雪ちゃん! あんまりだよ!!」

 まさか、私たちを見捨てるだなんて!

 すると、雪ちゃんは私たちの方に体を向け、口パクで何かを言っている。

「うん? なになに・・・ゲーセンに誘わなかった罰、だああぁ?! ガキかてめえは!!」

「そんなことで?!」

「そんな事ってなによ!! 三人いつも一緒なのに、一人だけ誘われてなかった事を知ったときの心情が、あなた達に分かる?!」

「なに言ってやがんだ!! しょうがねえだろ! おまえ委員会あるから、先帰っててって言ったじゃねえかよ!」

 3人の言い争いがヒートアップする。

「だからって、二人でゲーセン行くのはおかしいやんか!」

「ちょ、雪ちゃん、方言でてる! 落ち着きなって!」

「せやからしい! そうやって、うちだけハブこうって言ってんのやろ?!」

「そんなことないから、落着いて! 皆居るんだよ?」

「うるさ・・・あっ、」

 やっと状況に気づいたようだ。初めて見る、雪ちゃんの姿にクラス一同が驚いているようだ。

 雪ちゃんは顔を真っ赤に染めて、机に座り顔を突っ伏してしまう。

「落着きましたか? とりあえず、三人とも放課後、原稿用紙十枚分の反省文を課します。出来なければ、この街に居られないと思ってください」

 レンズの厚い、めがねをかけた、柔和そうな担任が、颯爽と冷酷に、死の宣告を行う。

「「「ええ~そんな~!!!・・・」」」

 私達の絶叫がこだまするなか、先生は、淡々と朝の会を始める。

「では日直さん、号令を」

 そう言うと、窓際最後列、京ちゃんの後ろに座る女生徒が、元気な声で音頭をとる。

「きをつけ~礼」

「「「おはようございます」」」

 クラス三十人分の、元気な声が、初夏の、重ぐるしい灰色をした空に溶けていく。

「東郷神社、多々良様にむけて、礼」

 全員が、右手の小指で、左から右へと横に一本線を引く。それから両手を合わせ、拝をする。

「東雲さん、左手で右から左に引くのは、異端者のサインですよ」

「あれ? 間違えました~」

 ぼーっとしていて、自分が今、何をしていたのかも分かっていなかった。

「ほんと大和は、天然バカだな」

 左隣で、立ってすらいない京が、注意された私を見て笑っている。

「いいのよ。そういうところが、やまとちゃんの魅力なんだから」

 今度は、右隣の雪が訳の分からない事を言った。

 いや、それよりも———

「ねえ、二人とも、さっきのさっきで、その態度はどうなのかな?」

 雪ちゃんも立っておらず、礼や、拝をするつもりはないようだ。

「神巫さん、乃木さん。なぜ儀礼を行わないのですか?」

 先生も呆れた様に疑問をとばす。

 最初に答えたのは、先ほどから、全く反省の見えない京ちゃんだ。

「神様なんてもん、信じているほうがバカらしい」

 何の気無しに京ちゃんが放ったこの一言。場合によっては処分対象になる。

「ちょっと、京ちゃん。それはまずいんじゃないかな?」

「はっ、たかが一女子中学生の戯言だぜ? 『新』だって、出しゃばりゃしねーよ」

「でも・・・」

「先生が『新』の構成員であることを、お忘れ無く。神巫さん」

『新』とは、この神村街を治める宗教組織だ。東郷神社の管理もしている。

 色々歴史とかもあるらしいけど、良く覚えてないや。

「どうでもいいですよ。処分するならすれば良い。でも、神様なんて、いやしない。そこは、絶対に曲げない」

 京ちゃんが、そんな圧を気にもせず、勢いよく言い切る。

 すると、周りの生徒達が、ざわつきだした。

「また神巫さん、あんなこと言ってる」

「怖いよね」

「この街で、そんなこと言えるなんて・・・」

 神様はいない、なんて異端も異端だ。なにせこの街は、名前の通り、神様に作られた街と言われている。神への信仰心、特に多々良と呼ばれる神様への信仰は、生きるために、息をするのと同じくらい、当たり前の事なのだ。こんな事を言う奴は、怖がられ、避けられてもしょうがない。

 でも———

「「「神巫さん、かっこいい!!」」」

 このクラスは、なんか違う。

「ええ? な、なんだよ??」

 京ちゃんは、しばらく顔を赤らめて、手をバタバタと振っていたが、

「ま、まあ俺様ぐらいになると、『新』だって、容易に手は出せないからよ」

 すぐに調子に乗って騒ぎ出す。

 さっきは一中学生とか言っていたくせに。

「皆さん、静かにしてください」

 しかし、先生が、厳かにそう言い放つと、ピタッと喧騒が止む。

「神巫さんの考えを、粛清しようなどとは全く思っていません。生徒一人一人の価値観は尊く、決して他人に干渉されるべきでは無いからです。しかし、社会には、しきたりや、掟というものがあるのです。そして、それを大切に思っている人も」

 そこで先生は、窓に目を向け、少し遠くを見つめた。

 窓 からは、人間の建築物とは思えないほど、神秘的な朱をまとった、百メートルはあろうという、巨大な鳥居が見える。

 先生は、その鳥居の先にある、ここからは山で見えない、東郷神社をみているのだろう。

 なんとなく、私はそう思った。

「だから、そういった本心は、なるべく言葉に出さないようにしましょう。あなたの言葉で、大切にしているものを、傷つけられる人がいるかもしれない」

 先生の言葉が、なぜか心に迫った気がする。このときばかりは、さすがの京ちゃんも、

「はい・・・すみません」

 素直に先生の言葉を聞き入れた。

「偉いね、京ちゃん」

 らしくない態度の京ちゃんに、小声で話しかける。

「ああ、なんか、こればっかしは、茶化しちゃいけない気がしてよ」

「やっぱり? 京ちゃんも、そう思ったんだ」

 なぜだろう。いつもなら、聞いても三歩いけば消えてしまう先生の言葉が、心に刻まれた気がする。

「そうか。三歩歩いてないからかも」

「・・・・どうした? 大和?」

「ううん、なんでもない」

「それで、乃木さんは? なぜ儀礼を行わないのですか?」

 やはり京ちゃんへの追求とは打って変わって、雰囲気が変わる。

 しかし、当の本人は、全く反応を示さない。

 ここまで先生に、いや、『新』という組織に雪ちゃんが背いた姿を見せるのは、初めてかも知れない。

 実際、私も、雪ちゃんがこんな態度をとっていることに、とても驚いている。

「あなたも、神はいないと、そう言うんですか?」

 先生が、違うと言ってくれ、そう願うように、質問をぶつける。

 すると、雪ちゃんは、キッと目を見開き、饒舌に語り出す。

「そんな野蛮人と一緒にしないでください。私は、神はいない。などとはのたまいません」

 それを聞いて、先生は、胸をなで下ろしたようだ。

 だけど、雪ちゃんは、私達の予想の、遙か上をいく回答をした。

「神は・・・・死んだのです!!」

「・・・・?!?!?!」

 クラス全員の頭上にハテナマークが浮かぶ。

「えっと、なにを言っているのですか?」

 先生も、困惑しながら、なんとか声を発する。

「だから、神は、存在しない、のではなく、死んだのです」

 堂々と、自信たっぷりに、謎の思想を暴露した雪ちゃん。

 神が死んだ?? さっぱり意味が分からない。

 クラス中に困惑が広がる中、泰然とたたずむ雪ちゃん。

 机の下で、きちんと整えられた脚、その上に置かれている手には、一冊の本が握られている。

 タイトルが目に入った。

『悦ばしき知識 著作ニーチェ』

 うん、全く知らない人の本だ。

 でも、分かった。

 雪ちゃんが突然こんなことを言い出したのは、確実にこの本の影響だ。

 雪ちゃんは、熱心な勉強家で、特に今から五百年前の、西暦時代についての知識に関して右に出る者はいないと言われている。

 しかし、勉強熱心な反面、読んだ本に影響されやすい。

 よく、哲学がどうの、極楽がどうのと、難しい言葉を仕入れては、私達に押しつけてくる。

 今回も、その本の中に、神は死んだ、だのなんだの書いてあったのだろう。

 私は、あまりの事に整理が追いついておらず、ショートしてしまっている先生に対し、

「本の影響だよ~ただの戯言で~す」

 とジェスチャーを送る。

 何回か送ったところで、先生が気づき、今度は本当に胸をなで下ろす。

 本の影響なら、飽きればすぐに直る。

「何が戯言ですって??」

「え?」

 ジェスチャーに込めた思いが、声に出てしまっていたようだ。

 氷の様に冷たい視線で、私を射貫く。

「ええっと、何でも無いよ~」

 なんとか誤魔化そうとするが、

「ニーチェバカにしとんのか?!」

 またヒートアップしてしまう雪ちゃん。

 ここはひたすら謝ろう。

「ごめん~よく知らなくって~今度、教えてよ~」

「ニーチェ先生バカにしよったらな・・・って?」

「だから、その雪ちゃんが尊敬する、ニーチェ先生、私にも教えてよ」

 それを聞いた雪ちゃんは、みるみる顔をほころばせていく。

 よかった~怒りもおさまったみたい。

 それに、雪ちゃんに西暦の話をしてもらうのは、楽しいから嬉しいんだ。

「とにかく、三人とも、いろいろな考えがあるのは分かります。だけど、決まりや掟は、先人達が築いた未来への礎でもあるのです。どちらも、大切にしましょう。では、今日、昼に避難訓練がありますので、お弁当の後は、教室に居てください。これで朝のホームルームを終わります」

 先生が、締めの言葉を告げ、教室から出て行く。

 それに合わせて、クラスの皆が一限の準備を、雑談混じりに始める。

 退屈で、のんびりした日常が、今日も始まる。





毎日投稿出来るよう、頑張ります!!

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