その後の鬼ヶ島(高校生四人が鬼ヶ島に迷い込んでしまった件の事後報告・聴取有りの番外編)
「高校生四人が鬼ヶ島に迷い込んでしまった件の事後報告(聴取有り)」の番外編です。もしお時間頂けましたら、そちらもお目通しいただけますと幸いです。
※アルファポリスにも投稿しています。
猛烈な光につつまれた村人たちが我に返ると、床に突っ伏して泣いている娘が目に入った。
「な、なんだ、今のは…………」毒気を抜かれたように、皆動けなくなった。
そこに顔面から血を流しながら青鬼のレンラが入ってきた。「みんな、行ってしまったか…………。無事に着いてくれれば………祐奈?! 」
村人も敵であるはずの青鬼を見ても、襲い掛かるわけでもない。この状況の意味が解らず、むしろ助けを求めるように、レンラを見た。
レンラは祐奈に駆け寄り、助け起こしながら、「みんなは、どうした…………? なんで君だけここにいるんだ? 」と問いかけた。
祐奈は「行ってしまった。みんな、行ってしまったの」としゃくりあげるばかりだった。
そこに、太い木の枯れ枝を杖にし、助け合いながらガナヤとテナイも入ってきた。
「祐奈? どうした。なんで? ほかのみんなはどうした? 」
レンラが代わりに答えた。「他の三人は行ってしまったらしい」
「祐奈を置いてか?! 」ガナヤが叫んだ。「なんでだよ、なんで祐奈を置いていく? 」テナイが泣きそうな顔をした。
「違うんです」やっとしゃくりあげるのが収まった祐奈が言った。「私が、残ったんです。ここを選んだんです。自分で決めたんです」
沈黙が続いた。
「そうか」長い沈黙の後、ガナヤが言った。「そうか、残ってくれたんだな、そうか」
「馬鹿なこと言うなよ! 」叫んだのはレンラだった。「もう、戻れないかもしれない、もう二度と…………」レンラは叫びながら床を殴りつけた。
鬼の三兄弟には、すべてが理解できた。泣いている祐奈の姿が彼らにすべてを教えてくれた。
どこかから突然現れた『コウコウセイ』のうちの三人が、自分たち鬼の三兄弟には使えなかったあの装置の使い方を理解し、きっと彼らのいた、元の世界に帰っていったことを。だが祐奈はそれをわかっていて彼らと別れ、ここに残ると自分の意思で決めたことを。
鬼たちが、麻理恵たち『コウコウセイ』に、この装置を使わせようと決めたのは、少し前の事だった。
突然、自分たちの目の前に現れた『コウコウセイ』たち。それは自分たち三人以外をみんな敵だと思って生きてきた鬼たちにとって、まさに、晴天の霹靂の出来事だった。
最初に出会った、『ダンシ』二人はガナヤとテナイに締め上げられながら、うめくその声の下で、「女子には乱暴しないで」と言い続けていた。次に見つけた『ジョシ』二人は、自分たちの優しかった母親を思い出させた。
…………が、思いがけず強くて、怖くて。腕力は弱く、力仕事ではあまり約に立たないのに。
最初は『マリエ』のほうが怖かったが、だんだんと『ユウナ』のほうも強くて怖く、頼もしくなった。『ダンシ』二人とは友達になった。
こんなことは、初めてだった。何もできない『コウコウセイ』たちの世話をしているつもりだったが、彼らは思いがけず、いろんなことを知っていて、教えてくれた。
夜、眠りにつくとき、明日の朝が来るのが待ち遠しい、という気持ちなど、母親が亡くなって以来、久しぶりのことだった。
だが、秋が終わるころ、レンラが言い出した。「もうすぐ、向こう岸のやつらがやってくるな」
ガナヤも「ああ」と言って、考え込んだ。
対岸の村人は、たまに突然やってきて、海岸で、沖に漁に出る時に使う船を壊したりする以外に、毎年、冬の初めには、必ず島の中にまで乗り込んできていた。
そして、ガナヤは「あの子たちの事、考えているんだろう? 」とレンラに言った。
テナイは『あの子たち』というのが『コウコウセイ』たちのことだとは察しがついたが、何のことか分からず、「あの子たちが、どうかしたの? 」と尋ねた。
レンラは、次に、向こう岸から襲撃があったら、あの子たちは逃げきれないだろう、襲撃は突然夜にやってくるが、あの子たちは、夜目が利かず、月の出てない晩など、歩くことさえ、難しい、と言った。 テナイは「守ってやろう、俺たちで」と言ったがレンラは黙り込み、何か考え込んでいた。
そして、ついにレンラは「ここにいつまでも居ても、あの子たちは幸せじゃないだろう」と続けた。
テナイは、驚いた。「あの子たちは楽しそうだよ? 」
レンラは何も言わず下を向いた。
ガナヤは首を振って、「いや、あの子たちは俺たちとは違う。あの子たちは人間なんだ」と言った後、「ずっと考えていたことがある。あの小屋の中にある装置、あの子たちなら使えるんじゃないか」と言った。
テナイは目を見張った。レンラも驚いて顔を上げたが、それは、自分でも考えていたことをガナヤが言い出したことに驚いたからだった。そしてレンラはある理由から、自分の口からはそれを言い出せないでいた。
「なんで、いやだよ! 」テナイは激しくかぶりを振った。
テナイは『コウコウセイ』たちが来てから幸せだった。ずっと、兄弟三人だけで、これが寂しいという事だと気づかないほど、寂しい生活をしてきた。そしてテナイは、ずっと、兄のガナヤと、しっかり者の弟のレンラに挟まれ、少なからず劣等感をもって暮らしてきた。その自分が、『コウコウセイ』たちには頼られ、時には甘えられることもある。特に『ジョシ』は不思議で、優しく、かわいく、強く、怖くて、全く予想がつかなくて、毎日驚かされた。『コウコウセイ』たちは、この世でこの島以外知らなかったテナイにとって、大切な大切な、宝物だった。
「テナイ」ガナヤが呼びかけた。「俺たちは、あの装置を持っていても使えない。母さんも言っていただろう、それはここしか知らないからなんだ。あの子たちは、元居た場所がある、そして帰りたがっている。あの子たちを見ていればわかるだろう。元居た場所に彼らの大事な人たちがいることも」ガナヤは辛そうに言った。
テナイは、しばらく黙った後、「レンラは、それで、いいの? 祐奈がいなくなってもいいの? 」と訊いた。レンラはびくっと、体を震わせたが、「…………ああ」とだけ言った。
ガナヤもテナイもレンラが祐奈をとても好きだということが分かっていた。そして、おそらく祐奈のほうもレンラを。レンラは祐奈と離れ離れになることなど、考えたくないはずだった。
しばらく沈黙が続いた後、「彼らと別れずに済む方法はないの?僕たちが彼らについていくとか…………。ここにいたって、僕ら、嫌われ者だし」とテナイは言った。
「それは無理だよ、兄さん」レンラが諭すように言った。
「最初に彼らに会ったときの事、思い出してよ、男子二人の驚きようを。…………それに、兄さんたちを見て、祐奈は気を失ったんだろう」テナイもガナヤも沈黙した。レンラは続けた。
「村人たち以上の反応だ。彼らの世界ではきっと誰も僕たちを受け入れられない」
重苦しい沈黙が続いた。
ガナヤが口を開いた。
「次に、向こう岸から村人がやって来た時だな。その時に決行しよう」
レンラが言った。
「もう一つ、兄さんたちに、その時のことで、頼みがあるんだ」
村人は、だんだんと興奮が冷めてきた。彼らはこのUFOの外にいるものも含めると、いつもより人数の多い十数人で来ていたが(いつもは多くても5、6人だった)、自分たち全員が、ほとんど怪我らしい怪我をしてないことにも気づき始めていた。それに比べ、ガナヤは頭から血を流し、片足を引きずり、テナイも顔がはれ上がり、片腕が使えないようであった。レンラも、顔が血だらけだった。
鬼たちは、自分たちの前に素手で立ちふさがるのみで、ほとんど応戦らしい応戦はしてきていなかった。
それはあの日の、レンラの提案だった。一度では無理かもしれない、けれど、何度村人が襲ってきても、もう決して反撃はしない、暴力は振るわない。
「それしか、向こうに俺たちを信頼してもらう道はないと思う」
レンラの提案に、ガナヤもテナイも納得し、今日、三人は、どんなに村人に殴りつけられようと決して手向かいをしなかったのだ。
気まずい沈黙が村人たちの間に流れた。そして。
「ぐううううううるうううううるううううううう」
大きな腹の音が村人たちの間からしてきた。
レンラと祐奈は鍋の用意を砂浜で行った。祐奈は『コウコウセイ』四人の中では一番夜目が利いたので、何とか暗がりでも作業することができた。
ガナヤもテナイも怪我が重く、祐奈に傷の手当てをしてもらった後で「動かないで休んでいて」と言いつけられ、村人たちと一緒に海岸に座っていることになった。
レンラは怒っているようでまったく口をきかなかった。
鍋の材料は不漁の時に備え、鬼たちが蓄えていた干しアワビや干しエビや、キノコの干したもの、干し芋などが使われた。
「ありがてえなあ、何日もまともに喰ってねえから」
鍋が出来上がり、ふるまわれた椀を震える手で受け取りながら、村人の一人が言った。
対岸の村では秋の実りも年貢に取られ、僅かなおこぼれもほとんど食べつくし、また途方に暮れる冬を迎えようとしていたのだ。
だが、それは村人が、初めて鬼たちに、まともに口をきいてくれた瞬間でもあった。
テナイが「じゃあ、傷が治ったら、持っていくよ。たくさん採って持っていくから」兄さんも、なあ、とガナヤに言い、ガナヤもうなずいた。二人は冬の海をものともしない、強い体をもっていた。
空腹がおさまると、村人の間に和やかな空気が流れ始めた。
「あの人は、あんたたちの誰かの、いい人かね」村人のひとりが祐奈を見ながら鬼の兄弟にに訊いた。
その時水平線に朝日が昇り始めた。
レンラははっと、顔を上げ、遠くで立ち働く祐奈を見た。
朝日を浴びる、迷いの吹っ切れた祐奈は美しかった。
ガナヤとテナイはふたりを交互に見つめた。
鬼ヶ島の長い夜が明けようとしていた。