刹
美晴と彼女の話の続き。
美晴が今現在で過去を振り返る
どんなに小さなことでも
あなたとの出来事は鮮明に思い出せる。
コンプレックスを抱えた私に映る世界は
モノクロのようなもので
家に帰っても居場所が無かった私には
いつしかあなたに居場所を求めていた
私に名前をつけたあの日から
あなたは本当の名前を
口に出すことは無かった。
あなたの口からあなたの掠れた声で
「美晴」と呼ばれる度に生きててよかったとさえ思うようになっていた。
人間は欲深い生き物のようで
受け入れてくれたことで喜んでいたのに
今度はあなたの一番そばに居たいと望むようになってしまった。
あなたの好きになる人はどんな人だろう
そんなことばかり考えるようになっていた
「美晴、今から会える?」
深夜0時を既に回っていたが、
私は急いで自転車に跨った。
彼女の家まで自転車だとかなりの距離がある
でも仕方がなかった
「会えるけど、どうしたの?」
「なんでもない、バイクでもタクシーでもなく自転車で来て」
電話越しに泣いているのはわかったが、
なぜ時間がかかる方法をあえて頼んだのかはわからなかった。
きっと彼女なりの理由があるんだと思い
急いで重いペダルを漕ぎ始めた。
1時間以上はこいだんじゃないだろうか。
汗だくになって彼女の家に着き
期待と不安でインターホンを押した。
彼女が泣いてる時に自分を呼んだことへの喜びと内容への不安だった。
ドアが開かれた瞬間言葉を失った
彼女は何時間か泣いた後なのか
目を真っ赤にして、
顔には大きなアザがあった。
人がやったとは思えないあざだった。
生々しく彼女の痛みが見てるこっちに伝わる感じがして私は目を逸らしたかった。
入ってと言われ彼女の家に入ると
部屋中は色々な瓶の破片や物が散らかっていた。私は前々から当時の彼女の彼氏の存在は聞いていたが、彼女は私に「いい人」としか伝えていなかった。
何から聞けばいいのか分からなくなり
ただ部屋に立っていたのが数分続いた。
彼女は鼻歌を歌い始め散らかったものを片付け始めていた。
足にも腕にも無数のアザがあった。
絶句だった。
自分の大切な存在が目の前で壊れていく様を見せつけられているかのようだった
鼻歌を歌いながら私に座ってと
少し甘えた声でいう。
そんな彼女をただぼーっと見ているだけだった
「なんで泣いてるの?」
彼女に聞かれて我に返った。
私は泣いていたようだ。
それから少しして彼女になにがあったか聞いてみた。彼女は答えなかった。ましてや自分でやったなどと言い出す。
こんなやり方は卑怯だと思ったが私はひとつ提案したのだ。
「もう良くわかんないけど、今日は呑もう」
彼女は無邪気に喜んでみせた。
私は知っていた。彼女はお酒を飲むと少ない確率だがそれでも普段よりは弱音を吐き出す
2人で手を繋いで夜中にコンビニに向かった
コンビニでまた鼻歌を歌いながら彼女は
好きなお酒を選び始めた。
カクテルやサワーが嫌いな彼女はいつも決まって焼酎だった。
お酒とおつまみを買ってまた手を繋いで家に戻った。
飲み始めて何時間だろうか
外はもう明るくなっていた。
私が潰れてしまいそうだった
「今日なんで自転車って言ったかわかる?」
唐突にそんな質問をしてきた。
考えてもわからなかった。
「タクシーやバイクはすぐついちゃうでしょ?でも自転車だったら大変だししんどいでしょ?なのに来てくれた人がいるってこと」
説明がわけがわからなかった。
彼女はいつもこうだ。
自分の言いたいことを丁寧に相手に伝えようとしない。
要するに大変な方法であえて来て欲しかった
そういう事なのだろう。
「だからドアを開けた時汗だくの美晴見て嬉しかったんだ」
彼女の感覚は少し私には分かりにくかった
だけども喜んでくれたならそんなことも0になってしまう。
「それで…今日はどうしたの?」
本題の始まりだ。
「んーっとね〜」
まだ彼女は話を濁す
「どうしたの?」
再度問いただした。
なぜなら、私がもう潰れかけていたからだ
「んー彼氏が家に来て、浮気してたことを問い詰めたらこんな感じ?」
作り笑いを私に向ける彼女
そして、気まずくなったのか
また鼻歌を歌い始めた。
何を言うべきかわからなかった。
別れろなんて無責任なことを
私は言えなかった
「別にいいんだ。いつも私はこうだから。美晴?私は大丈夫だよ」
彼女が声を震わせながらそう言った。
なにもしてあげられなかった。
だから私は彼女の後ろに回り抱きしめていた
「ずっと隠していたけど、好きだよ」
言ってしまった。
彼女が私の手をとることはないとわかっていたが大切な人が壊れていくのを見ていられなかった。
「私なら離さないし裏切らない」
「うん、知ってた」
そう彼女が言った瞬間
全てが終わったと思った。
告げてしまったことへの後悔がただただ
止まらなかった。涙が溢れ出そうだった。
そばにいられなくなる方が苦しかった
たとえ友達としてでも。
それから彼女は後ろを振り返り私に笑いかけ私にキスをした。
何が起きたかわからなかった。
これも夏のせいなのだろうか
蒸し暑かった