プロローグ
これは、俺がまだ幼い、5歳児の頃の出来事だ。
城内に悲鳴が響き渡り、俺が今の今まで過ごしていた家は、一瞬にして戦場へと化した。
剣が振られれば黒かった壁に赤い鮮血がこべり付き、魔法が放たれれば炭や氷像が完成する。
俺はその光景を、父親の後ろで見守る事しか出来なかった。
父親を慕う者達は命のままに戦い、散っていくのに、だ。
「その首、貰ったァァ!」
「サンダーボルト」
1人の男が父親に斬りかかったが、父は魔法で逆に男を仕留めると、俺に奥の部屋に逃げ込むように促した。
しかし、俺は恐怖のあまり足が動かなかった。
泣きながら首を横に振ると、父は微笑んで、俺の額に手をかざして……
☆★☆★
「そっから俺の意識は無くなって、気づいたらここに居たってわけ」
「へぇ!ベル君のお父さんすごい人なんだね!」
俺が胸を張りながら言うと、隣にいる女の子は目を輝かせながら手を叩いていた。
彼女の名はカトレア。腰あたりまで伸びた金髪と青い目が特徴で、あの日、花畑で倒れてた(らしい)俺を見つけて、介抱してくれた俺と同い年の少女だ。
と言っても、当時5歳の幼女が人助けなんて出来るはずが無いので実際に助けてくれたのは彼女の父母なのだが。
しかし、彼女が俺を見つけてくれたからこそ、今生きているのだと実感できるのだ。何せ、彼女は俺が行く宛がないと知ると、すぐに両親に事情を説明し、俺を家に住まわせる許可を取ったからだ。
それから5年間、カトレアの家に住まわせてもらっている。
「ねえベル君!他には無いの!?」
「いやぁ、流石にもう無いかなぁ……」
「え〜?つまんないの〜」
いやいや、たった5年の間に血で血を洗うような戦いを間近で見たんだぞ?普通に考えてこんな経験するヤツなかなかいないだろ……
カトレアは頬を膨らませていたが、暫くすると機嫌を直した。
「ベル君、お花畑行きましょ!」
「あ!ちょっと待ってよ〜!」
強引に手を引かれ、足を引っ張らないように必死に走って付いていく。カトレアは意外と運動神経が良いのだ。少しでも油断するとすぐに置いていかれてしまう。
暫く走り、雑木林を抜け、小さな丘を超えると、色鮮やかで広大な花畑にたどり着いた。
「ベル君!私ね、お母様にお花の冠の作り方教えてもらったの!」
カトレアは優しく花を積み、それらの花を編んで見せた。
この冠自体が簡単なのか、彼女の手先が器用なのかは分からないが、冠は瞬く間に完成し、俺の頭に乗せられた。
「えへへ、ベル君似合ってるよ」
「多分、俺よりカトレアの方が似合うよ」
彼女に付けてもらった冠を、心惜しいが外し、代わりにカトレアに付けてあげる。
色とりどりの花が金色の髪によっていっそう映えてみえる。
「うん。やっぱり、カトレアが付けてた方が可愛い」
「え、えへへ……。直接言われると、照れるよぉ……」
真っ赤に染まり、緩みきった頬を隠すように手で覆う。
正直、その仕草は可愛すぎる。ずっと見ていられる程だ。
俺がカトレアをニヤケながら見つめていると、相変わらず頬は赤いままだが、表情を引き締めた彼女が一言告げた。
「私、大人になって結婚するならベル君がいいな」
「俺も、カトレアがいい」
そんな、いきなりの事だったが、俺は間髪を入れずに即答する。
俺も、それが本心だから。
「本当?」
「うん」
「……それじゃあ」
カトレアは目を瞑り、何かを待つ。きっと、昔カトレアの父に聞いた、好きな人同士で行う、キスというものだろう。
俺は彼女の肩を抑え、ゆっくり唇に……
触れる寸前に、大きな咆哮が轟いた。
音の発生した方向を見ると、そこには、野生の獅子を数倍巨大化させ、黒い角が生えた生き物がこちらを睨んでいた。
「ま、魔獣……!ど、どうしてこんな所に!」
「カ、カトレアは俺の後ろに隠れてて!」
俺の腕を握りしめ、後ろに隠れるのと、魔獣が襲いかかってくるのは同時だった。
俺はカトレアを抱え、全力で雑木林へと走る。
林に付けば、陰に隠れて何とかやり過ごせるかもしれない!
限界を超えて、走り続ける。魔獣との差も、あまり縮められていない。これならいける!
何とか雑木林までたどり着いた俺達は、とにかく道から外れ、木の影に身を隠した。乱れている呼吸を直そうとするが、なかなか直らない。このままでは見つかってしまう……!
「ヒーリングフラワーガーデン」
不意に、カトレアが魔法を唱えてくれた。不思議な事に、さっきまでの疲労が嘘のように無くなっていく。
「凄いよカトレア!」
「ふふ、私のオリジナルの魔法よ?凄いでしょ!」
カトレアが自慢げにしていた矢先、魔獣の咆哮が轟いた!
俺達の姿を隠してくれていた木々はへし折られ、魔獣は目の前に現れた。
カトレアは目を見開いており、俺も腰を抜かしてしまっている。
もう、2人とも逃げられる状態ではなかった。
魔獣が大きな前足を持ち上げる。
待ち受けるのは……死……
「デススピア」
魔獣の前足が振り下ろさせる直前に、頭部を黒い槍のようなものが貫いた。
魔獣は持ち上げた前足を下ろさぬまま、横に倒れてしまった。
「……無事か?ベルライト」
「……父……さん?」
槍を投げたのは、5年ぶりに会った父親だった。