好きって言いたくて、言えなくて
兄妹として生まれた時から、私達の運命は決められていた。
誰が兄妹で愛し合ってはいけないと決めたのであろうか。どうして私の両親は、私達を兄妹としてこの世に産み落としたのであろうか。
もし、私が妹でなければ。
もし、過去に戻る事が出来るのならば。
それでも、私達からは決して切れない血の絆。
生まれた時から両足の無い私は、兄である圭佑が居ないと何も出来なかった。
圭佑は誰に対しても優しく、私の身の回りの世話は屋敷の小間使いではなく、必ず圭佑が行う。
最初の頃はどうして圭佑が私の世話をするのか、その理由が分からなかった。
ある日、その理由が判明する時が来た。
私は圭佑が淹れてくれた紅茶を飲んだ後は、いつものように薬を飲んで眠りにつく。
彼が優しく声をかけてきた時、私は既に眠ったふりをしていた。それから5秒後に触れた柔らかい唇の感触。その刺激に驚き目を見開くと、圭佑も驚いた顔でこちらを見つめていた。
「ごめん……僕は、優華が好きなんだ」
「いけません。お兄様は結婚なさるのですから」
圭佑は、2年後に結婚が決められていた。正確には、大学を卒業と共にとある大手企業に就職。その社長令嬢との結婚が親同士の話し合いで決められていた。今の時代ではかなり珍しい、昔の政略結婚のようなものだ。
互いの意思など関係なく、家の都合で決められた結婚。果たしてそのような愛の無い関係でこれから先も上手く行くのだろうか。
そう思うのだが、取り繕うのが上手い圭佑は、相手側の両親や、その娘からの評判も良く、今すぐにでも結婚してもいいと言ってくれたくらいだ。
それを断り続けているのは、圭佑がまだ大学に通っており、就職が決まっている訳ではない事と、まだ結婚まで自分の気持ちが向いていない事を正直に告げていた。
その真摯な態度も好感が持てると相手側からはさらに好印象。何もかもが上手く回っていた。私の存在を除いて。
「お兄様、私の事はもう別の人に任せてください」
「何をバカな事を。僕は優華と一緒に生きたい。優華が居ない生活なんて、耐えられない……」
2年後に迫る結婚。それは、私と圭佑の別れを意味する。勿論兄妹なので、別れと言っても厳密な別れではなく、ただ住む場所が変わるだけだ。
私の背を抱きしめる圭佑の身体からは、令嬢のつけている甘い花の香りが、ふわりと風に乗って私に染み込んでくる。まるで彼を奪わないでと主張しているようだ。
「お兄様、私も……お兄様から卒業します」
「どうして……」
眉を顰めて苦しそうな声で私を抱きしめる圭佑の力強い腕。
この温もりに永遠を委ねられたら、私はどれ程幸せだろうか。
しかし、現実は違う。
圭佑は2年後には違う女の所へ行く。それは変えることのできない必然。
あなたが他の女と逢瀬を重ねて、それでも私の面倒を見る為に戻ってくる。それが、私の心を潰しそうなくらい苦しいのです。
「兄様は、ご結婚なさるのですよ。明日から優華は出来るだけ自分の事は自分でします」
精一杯の笑顔は、果たしてどう映ったのであろう。圭佑は顔をくしゃりと歪め、私の顔を彼の胸に押し付けてきた。
心臓の鼓動を聴きながら、私はそっと瞳を閉じる。
再び近づいてきた顔の気配を感じながら、もう一度触れるだけの口付けをする。
「そんな無理をしないでくれ……」
「お兄様。私を好きな気持ちを、お嬢様に向けてくださいね」
少し驚いた顔をした圭佑からの返事は無かったが、彼は覚悟を決めたように私の手の甲に口付け、最後に私をきつく抱きしめてくれた。