第2話 ベタ
俺は少女に連れられ、駅からすぐ近くにあるファミレスへと来ていた。窓際の席に向かい合うように座る。
そして、俺と少女がそれぞれ注文し終えたところで少女から話を切り出した。
「あの、改めてお礼を言わせて下さい。この度は本当にありがとうございました!」
「いえ、そんな大した事はしてないですよ」
これ以上お礼を言われるのは気が引けるので、俺は掌を相手に見せるジェスチャーを交え言う。頑張れ、俺の喉。ここで俺が男だとバレる訳にはいかない。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね」
ポンッと手を叩き、思い出したように少女が言った。
「私は暮時茜、高二です! 宜しくお願いします!」
何と、同い年か。
俺も自己紹介しないと……って、名前どうしよう……。適当で良いや。
「西宮……南、高二」
「えっ、西宮さん同い年だったの!? ならさ、タメ口で良い?」
驚いた表情を見せたのも束の間、タメ口の許可を求める茜。フレンドリーだなぁ……コミュ障の俺には真似出来ない。
「良いよ、私もそうする。後、名前も呼び捨てで良い」
「分かった! 南ちゃんね、私も茜って呼んでね!」
「分かった、茜」
俺が名前で呼ぶと、茜は嬉しそうに頬を綻ばす。和むなぁ。
すると、ドリンクバーの紅茶を飲み終わった茜が言った。
「それにしてもさ、南ちゃんって本当にカワイイよね! 南ちゃんさ……モテるでしょ?」
ニヤニヤとした面持ちで尋ねる茜。全く、恋ばなをする時の女子ってのは、どうしてこうも生き生きとするのか。
ここは適当にあしらっておこう。
「そうでしょう。でもモテない」
「カワイイは否定しないんだね、でもモテないのは意外だなぁ」
微笑しつつも意外そうな顔をする茜。
まあ俺の女装癖を知っているのは学校には一人しかいないから、モテるかは分からない。モテる自信はあるけど。
さて、質問されたらし返すのが礼儀だな。
「茜はどうなの? モテるでしょ?」
「え、私? そんな事ないよー!」
口ではそう言ってるが、俺の予想では確実にモテている筈だ。多分、本人が気付いていないか、それとも謙遜しているのか。
「お待たせしました、オムライスとカルボナーラです」
ここで、注文しておいた料理が運ばれて来た。
現在、午前十一時。少し早めの昼食だ。
そして、俺はカルボナーラを、茜はオムライスをそれぞれ堪能した。
俺が男ならここは奢るところなのだろうが、今の俺は女だ。と言う訳で割り勘。
外に出て、俺はショッピングモールへ行くと告げたのだが、それを聞いた茜は一言。
「私も一緒に行って良いかな?」
これを断る訳にもいかず、俺は茜とのデートを続行する事を決めた。
ショッピングモールでは、化粧品を一緒に見て回ったり、ウィンドウショッピングをしたりした。いつもは一人なので、二人と言うのは新鮮で案外楽しいものだと気付かされる。
とまあ、ここまでは良かったのだ。普通に楽しい時間を過ごしていたのだ。
問題は、俺達がショッピングモールを出て駅に向かっている時に起きた。
時刻は午後六時、空の端は茜色に染まっている。
俺と茜は、今日一日の事を話していた。
「ねえねえ、そこのお二人さん」
そんな折、男の声に呼び止められ、俺と茜は歩みを止める。
振り返ると、男が三人佇んでいた。雰囲気的にだいぶチャラそうだな。……まさかな。
ある疑念が沸き上がるも、それはないだろうと考えを振り払った、次の瞬間だった。
「二人共カワイイじゃん。どう? 俺らと遊ばない?」
マジかよ。俺の予感当たっちゃったよ。
しかもベタ過ぎだろお前ら。何が俺らと遊ばない? だ、バカなの? お前らバカなの?
しかも、痴漢の次はナンパかよ……男って最低だな。
「結構です。行こ、南ちゃん」
ここで、茜がきっぱりと断って俺の手を掴み歩き始める。茜さんマジイケメン。
だが、男と言うのは実にしつこい生物な訳で。
「ちょ待てよ」
と、俺の手を強引に掴み引き寄せる。
「ちょっとくらい良いじゃん、悪いようにはしないぜ?」
気持ち悪い。
……やむを得ないか。
「茜、少し離れてて」
俺は茜に離れるよう催促し、離れた事を確認した俺は男の手を振り払う。
「これ以上つきまとうのなら、実力行使します」
「へえ、やってみろよぉ!!」
言葉と同時に飛び掛かる男。
俺は無防備な男の顎にアッパーをくらわす。そして男がよろめいた隙に腕を掴み、そのまま地面に向かって背負い投げる。
一本! 俺の勝ち。
投げられた男はイテェと呻いている。ふっ、たわいない。
この一連の流れを見ていた男二人も、さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、狼狽えているのがハッキリと分かる。出来ればもう帰って欲しいのだが、男と言うのは非常に面倒な生物なのである。
「テメェ、図に乗んなよ!?」
「女のくせに生意気なんだよ!!」
何を言うかと思えば、そんな脅しにもならない脅し文句。
図に乗ってるのはそっちじゃん。ナンパなんかしやがって。何が女のくせにだ。男は女より偉いとか思ってんのか? 下らない固定概念をお持ちのようで。
仕方無いと、二人を片付けようとした時。
「そこまでだ!」
突如、背後から知らない声が上がる。
何事かと思えば、知らない男が男達の前に立ちはだかった。
「この娘達、嫌がってるだろ」
どうやら俺達を助けてくれるようだ。男の中の男だよ、君は。
「チィ、三対二は不利だ、行くぞ」
「覚えてろよ!」
捨て台詞までベタかよ。一昨日来やがれ。
「君達、大丈夫だった?」
男達が去った後で、男が俺達の安否を尋ねて来た。
「大丈夫?」
「大丈夫です、ありがとうございました」
「そうかい、良かった。じゃあ、俺はこれで失礼するよ」
俺達が大丈夫だと分かるや否や、男は手を振って人混みの中へと消えて行った。
「南ちゃん、カッコよかったよ!」
すると、茜が多少興奮気味に言う。
「中卒まで柔道やってた」
「へぇ、凄いよ南ちゃん!」
そんなに凄いのだろうか。まあ、役に立てて良かったかな。
「あ、そうだ南ちゃん。マイン交換しよ」
スマホを取り出した茜は、俺にマイン交換を持ち掛ける。
因みにマインと言うのは、無料で通話やメールが出来るコミュニケーションアプリの事である。
こうしてマイン交換を済ませた俺達は、電車から降りた後、それぞれの帰路を辿った。
にしても、今日は色んな事があったな……疲れた。だがまあ、悪くない一日だったかな。
そして、俺のとある一日は幕を閉じた。