85G.ノマド イン キャンプファイアー
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ノマド『ローグ』船団、旗船。
現在その船は、『キングダム』船団の自警団に所属する戦闘艇と、ヒト型機動兵器『エイム』により包囲されていた。
ローグ船団を構成する船は他にもいるが、旗船を助けに入る様子は無い。
当然キングダム側もそれは警戒しているが、周囲を併走するローグの船が動く気配は皆無だった。
自分達の中心となる旗船を助けようという気概は、同船団には存在しないようである。
その為、赤毛の少女村瀬唯理も、何事も無く旗船『ローグ』へ入る事ができた。
「アロンゾ」
「あ? ああ、アンタか。『ラビットファイア』も制圧に加わるのか?」
「ファームの構築には私も参加していたんでね。私たちは盗まれたサンプルの方を追うから」
労働者船『ローグ』の、右舷乗船デッキ。
乗船ゲートや格納庫に接したこの区画には、キングダム船団の自警団が陣取っていた。
ローグの乗員も周囲に見られるのだが、遠巻きに自警団を眺めるか、見えていないかのように無視している。
いずれにせよ、慌てた様子や敵意などを見せる事も無い。
「グラム何百万もするビーフを持って行かれたって? クソッたれ。真空に放り出したれ」
「情報は常に入れるよ、またねアロンゾ」
自警団の顔見知り、ジャンパーにズボン姿の『アロンゾ』という男と簡単に言葉を交わすと、赤毛娘は部下を率いて独自の行動に入っていた。
さらわれたウシの追跡である。
「フィス、データ手に入った?」
『メインフレームに簡単に入れたわ……プロテクションの欠片もねぇな、ローグ船団。監視映像のサーバーに接続、データピース抽出、こっちでも確認するけど、とりあえずそっちに流すな』
赤毛娘の身に付けた情報端末機器が、母船のオペ娘からデータを受信。
中継して他の者にも見えるよう、空中に映像を投影した。
表示されたのは、現在いるローグ旗船各所に設置されたカメラを含む、センサーに記録された情報だ。
その中から、特にウシ泥棒の一団が映っているデータが時系列順に並べられていく。
統制は取れていないが人数だけは多い集団が、騒々しくウシを引っ張って行く様子がしっかり記録されていた。
しかし、途中で映像の枠から外れてしまっているので、実際に移動した足取りを追跡する必要がある。
「…………まぁ、行ってみようか。一応要警戒エリアだから、みんなそのつもりで」
「うーい」
「了解しました」
赤毛の部隊長は、
黒髪クール淑女、
桃色髪の喧嘩娘、
金髪保母さん、
マッシヴツインテ娘、
ツノ付きロリ巨乳、
これら即応展開部隊の5人と隔壁区画から船の内側へと踏み入る。
突発的な戦闘に備え、全員武装済みだ。
ビクビクしているロリ巨乳オペレーター以外は、比較的落ち着いていた。
◇
宇宙船というモノは、宇宙を往く者の移動手段であり、家であり、宇宙という死の世界から自分を守るモノだ。
当然、命を預ける船なので、扱いは慎重に慎重を重ねる。日々のメンテナンスや設備更新といった保守管理は、そのまま自分自身の為でもあるのだ。
故に、ローグ旗船の中の有様に、常識を持つ宇宙船乗りは目を剥く事となる。
「ヒュー♪ オネーちゃんこんなところでどうしたのー?」
「俺らとリアルボディコネクトしないー? ドーブツ的なのが病み付きになるぜぇ?」
環境スーツすら着ていない薄汚れた衣服の男が、薄暗い通路の脇から唯理たちへと絡んで来た。
似たような格好の輩は、そこら中に屯している。船の奥へ向かうやや場違いな美少女達を、好色な目で見る者も多い。
極上な見た目が災いして、それがどれほど危険な戦闘集団で、その手に何を装備しているかまでは見えていないのが残念。
通路の壁面や床面も、大分汚れていた。
それだけなら清掃システムの問題に出来るが、隔壁を閉鎖する際の立ち入り禁止部分には、中で火を炊いた資材ケースが置かれている。
火にあたる人間がいる事から、暖取り用らしい。まともな宇宙船乗りからすれば意味不明だ。
温度を調整する機能はどうした。そもそも何故緊急災害対応システムが消火しない。酸素無くなるぞ。
それらの答えは単純、壊れたまま誰も修理していないからだ。
作業用ヒト型機械と連携した自動保守システムもありやしない。
正確には在ったらしいが、主要演算機上の現在の状態は、不明となっていた。
照明がほとんど点いてないのも、その為だ。
『まぁ実は結構ある事なんだけどな、船のメンテ漏れ。キングダム船団の評判がいいのは、この辺しっかりしているからなんだよ、なんだかんだ言っても。
致命的じゃないメンテ漏れが何万時間も後回しにされるのは珍しくないけど、こんないつ船が非常事態に入るかも分からん状態のまま運用するは、普通無いわ』
と、誰に対するフォローをしているのかよく分からなくなっている通信先のオペ娘。
それに、防災用隔壁に限らず、他の箇所も酷いモノである。
水蒸気を吐く空気循環用のパイプ。しかも剥き出し。
天井裏メンテナンススペースから滴り落ちる、原因不明の漏水。
荒れ果てた賃借店に、そこを溜まり場にするガラの悪い乗員たち。
船内の設備には雑な改造が行われ、電源ケーブルが無秩序に四方八方へ延ばされている。
行けども行けどもそんな様子だ。
「これでよく船を維持できてんな……常に事故ってるようなもんなのに、生存環境が維持されてるのが奇跡だーねー」
退廃とエントロピーの増大を極めた光景に、幾つもの自由船団を辺り歩いたツインテ娘のジョーとしては、呆れと驚きしかなかった。
ポンコツの船も多く見て来たが、これはもはや宇宙船ではないジャンクの集合体である。
船内は21世紀で言う貧民窟に近い状態だ。
「キングダム船団は綺麗にしてますよね、全体的に。普通ノマドとか小さなコロニーはもうちょっとこう……ここ程じゃなくても、騙し騙しやってる感じがありますし」
「ちょっとお固いけどねー。まーそれがイイのかね」
もう自分の船団に帰りたい、と言いたげなロリ巨乳のゴルディア人に、何でもないように応える桃色髪のプロエリ娘。
ラビットファイアの5人はゴミゴミした中央通路の半ばから、掘立小屋のような建物に隠された側面通路の方へと折れる。
そこでも見張りらしきチンピラが絡んで来るが、ツインテファイターのジョーが股間を蹴り上げると、何かが千切れる音をさせ泡を吹いて倒れていた。
再生治療が当たり前に存在する時代なので、取り返しのつかない事態ではないと思いたい。
心の傷までは癒せない上に、ローグ船団ではその辺の医療技術にも不安があったが。
ふたり並べば肩を擦るほど、狭く薄汚れた通路を一列になって進む。ジョー、唯理、ファン、メイ、ラヴ、サンドラの順だ。
ただでさえ狭いのに、立て看板やサービス業のお姉さんのホログラム表示で更に狭く感じる。一方で、上は吹き抜けになっており3階分の高さがあったが。
その雰囲気は、21世紀の繁華街で見た裏通りのようだと赤毛女子高生は思った。高校生は出入りしてはいけません。
『その先の映像が拾えてない。元の青写真にも無い改造して作ったエリアだな、多分。だからセンサー類もなんにも無し。
とりあえずスキャンデータからマップ作ったからそっちに送るわ』
ここまでは、映像記録を元に家畜泥棒の移動経路を辿って来たのだが、それも記録装置やセンサー類が無ければどうにもならない。
そこで、フィスはローグ旗船の構造を走査し、即席の地図を作っていた。
通常は安全保障上の備えで大なり小なり走査妨害の工夫が成されているが、やはりローグに関してはその辺もザルなようだ。
狭い通路から元は格納庫らしき、広さだけはある空間の空中通路に出る。下を見るとテントや簡易小屋が密集しており、居住区になっているようだ。
本来の居住区画がどうなっているのかは不明である。
そして信じ難い事に、通路と格納庫の間はブチ抜きで隔壁が無かった。船体に穴が開いたら船全体がアッという間に棺桶と化す仕様だ。
その格納庫に降りてから、更に作業用通路を下へと向かう。位置としては船底に近い。
格納庫は非常灯しか光源がない為か、薄暗かった。そこから伸びる階段は、更に真っ暗だ。
ヒト型機動兵器が輸送できそうな斜行エレベーターもあったが、電源経路が切れておりウンともスンとも言わない。
サイズは違うが、唯理は地球で乗った大型貨物船を思い出す。その折は中で核爆弾が爆発して死ぬかと思ったが。
あの時は、後から弟がやったように艦隊ひとつ潰してやろうかとも思った。
だが某大国よ、弟が優しくてよかったな。ブチぎれていたら大陸ごとマグマの下に沈んでいたところだ。
そんなおぼろげな回顧録はいいとして。
船底に近い天井が低く幅広の空間は、元は何らかの素材を充填しておく容器だったらしい。密閉できるし解放もできる、そういう場所だ。
例によって、薄汚れたオレンジ色の床と壁。
祭りの後だったらしく、潰れたゴミや液体を踏んで乾いたヒトの足跡、何かを吐き出した残り物、謎の金属片や樹脂片といった痕跡が散乱している。掃除するという観念は無いようだ。
そして、それらの真ん中に目当てのモノは取り残されていた。
「うえー何だコリャぁ…………」
「ヒドい…………」
「え? なにコレ??」
周囲とその天井は煤で真っ黒だ。無節操に火を焚いたのが分かる。
して何を燃やしたか、だが、それは一見して何だかよく分からない事になっていた。
ただ、真っ黒な煤と燃え残りの中心に、金属製の台座のような物と、そこにへばり付く生体組織らしき残骸を確認する事ができる。
探していた、ウシの成れの果てだ。
控えめに言って猟奇的な殺害現場であり、あまりにも異常な光景であった。
肉を削がれ骨を晒す惨状に、ツインテファイターが顔を顰め、桃髪娘が顔色を悪くして呻き、現実を受け止めきれない童顔少女の瞳孔が開き切っている。
巨大戦艦『アルプス』の牧場で、平和にモーモー鳴いている姿に和んでいたのだから、ショックを受けるのもやむを得ないところ。
黒髪淑女と美人保母さんも、何も言わないが内心では動揺していた。
そんな中、首を傾げる赤毛娘だけは、違うベクトルで驚かされていたりするが。
「…………ウシの丸焼き?」
つまりコレは単に殺されたのではなく、調理され食べられた末の犯行現場である。
レーションレストランでの提供が始まったとはいえ、いまだ現代人は動物を食べる対象として認識する事が難しい。
丸ごと焼いた調理法など想像もできず、結果として目の前のウシの姿も、残酷な殺傷行為の末にしか見えないのだろう。
その残虐性に、犯人の精神性を疑うばかりだ。
だが21世紀人の唯理から見ると、それはバーベキューパーティーで盛り上がった後の事だというのが分かる。
その事実に、赤毛娘は大分驚かされていた。
自分はこんな調理法方を誰かに教えた事はない。
つまり、ローグ船団の下手人どもは、そんなワイルド調理を自らの意思でやったという事になるのだ。
いっそ感心しそうになるし、どうしてこの時代にウシの丸焼パーティーなんぞを実行しようと思えたのか関心もあるが、その食い散らかしっぷりに腹が立つのはまた別の問題。
落とし前付けさせる事に変わりもない。
「…………フィス、確認した。こっちで一通りスキャンかけるけど、船団からも調査のヒトが来るでしょ?」
『あー……そうな。てかひでぇな、ワーカーボットに任せるかもしんねぇ』
「それならこっちの方で全部やっちゃった方がいいかもね。ヴィジランテ本隊の方は?」
『それな、リソース窃盗とか設備破壊したヤツを押さえに行ってるんだけど、なんか拘束に行ったヴィジランテに集団で抵抗してる連中がいるってんだよ』
「ほう……」
とりあえず証拠集めに現場検証、と部下に一帯のセンサー走査を指示し、唯理は通信でフィスに報告。
ついでに自警団の進捗状況など聞いてみると、思いのほか苦戦しているとの話であった。
ローグ船団の乗員には、自分の船団に対する帰属意識など存在しない。これが事前の予測であり、事実としてその通りである。
よって、力を合わせてローグ船団を守ろうというような意識も、その為のローグの自警団なども存在しない。
意志の統一など望むべくも無く、チンピラのような小さなグループが暴れるのがせいぜいだろう。
と、今までは思われていた。
『おっとぉ? ユイリ、今そっちで拾ったスキャンデータと、ヴィジランテが拘束したヤツのDNAコードが一致。少なくともそこにいたヤツがいる』
「探す手間が省けたな。ヴィジランテに合流する」
ここで、唯理たちの集めた情報を解析していたフィスから、新たな報告が。
どうやら、この場で行われていたパーティーの参加者が別件で捕まったらしい。
ならば、他の共犯者やパーティーの主催者についても聞き出せる可能性がある。
赤毛の隊長が颯爽と歩き出すと、一通り走査を終えた部下の美女美少女もそれに追従した。
この後、村瀬唯理は盗んだ家畜でキャンプファイヤーしていた集団の正体と、ローグ船団のもうひとつの姿を目の当たりにする事となる。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・ボディーコネクト
全感覚シミュレーションシステム『オムニ』内のバーチャル空間におけるユーザー同士の性交渉。
翻って、リアルなボディーコネクトとは生身での性交渉の隠語となる。
・ウシの丸焼き
ウシ一頭を血や内臓を抜いた上で串刺しにして吊るし炙り焼きにする豪快な料理。主に多人数で囲んで食べるお祭りの主役。
上手に焼けました。
感想、評価、レビュー美味しいですモグモグ。