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Hi-G. -ハイスピードガールズ ディスタンス-  作者: 赤川
2nd distance.ドリフト
41/205

41G.スピリット スーパーセーバー

.


 無数の星が静かに佇む真空の宇宙。

 そこへ、彼方より一筋の線となった何かが超光速で飛来する。

 長大な二点間の空間を超圧縮し、回廊を形成して光以上の速度で一足飛びに踏破する、スクワッシュ・ドライブ。

 古典SFからの(なら)いにより、通称『ワープ』と呼ばれる航行技術だった。


 このワープを使い、宙域に4隻の宇宙船が出現した。


 中央がやや膨らんだ太めの船体で、その上下左右に大口径レーザー砲を備えた黒い重武装改造船、『バウンサー』220メートルクラス。


 前後ではなく横に長い全翼機のような形状をしており、船体中央から斜め下へシールド発生ブレードを装備した高い防御力を持つ銀の船、『アレンベルト』全幅155メートルクラス。


 小型ながら高出力ジェネレーターとブースターを備えた円筒形の中央船体に、両弦へ武装を詰めた箱型カーゴを装備する派手な赤い塗装の船、『トゥーフィンガーズ』150メートルクラス。


 そして、直線的な多面体で構成される、鋭い剣のような船体。

 船尾丸ごと4発のブースターノズルに、左右から後方へ伸びるシールド発生ブレード。

 シンプルな装甲の下に鬼のような兵装と性能を隠し持つ、規格外の超高速船。

 『パンナコッタⅡ』200メートルクラスである。


 その、船首船橋(ブリッジ)


「スクワッシュドライブアウト、船体機能正常、問題無し。バウンサー、アレンベルト、トゥーフィンガーズも無事にワープアウト。周辺宙域に問題無し。予定ポイントとの誤差は40キロ。

 ハイスペリオン星系域まで約300万キロメートル、通常速度で(・・・・・)目いっぱい飛ばして減速込みで2時間ってとこだぜ、マリーン姉さん」


「……そこまでの速度域に入ると危険だけど、この際仕方ないわね。フィスちゃん、他の船に繋いでちょうだい」


 ワープ直後の船に自己診断プログラムを走らせつつ、オペ娘のフィスが次の航路を調べる。

 ターミナス星系から1.5光年、約14兆1,912億キロ。約9万5,000HDの距離。

 急ぎの旅故にここまでも危険を冒して来たが、この先の危険度は今までの比ではないだろう。

 正直、この方法を取るのはマリーンも気が進まないが、今はこれが最善と判断した以上、後は力を尽くすのみである。


 さもなくば、赤毛の娘が再び(・・)単身で飛び出して行きかねないので。


『ここからでも戦闘光を確認出来るわい……。レーダーは大賑わいじゃな。戦域が星系外縁にまで広がっとるとは』


 船首船橋(ブリッジ)のディスプレイには、3人の通信相手が表示されている。

 うちひとりが、重武装船『バウンサー』のビリー=ウォーダン船長だ。

 身長は150センチ程だが、筋肉の盛り上がりが尋常ではない。厳めしいヒゲ面の男だった。

 『ロアド』という人種で、高重力の惑星に適応した強靭な人類である。


『考え無しで進入すると、警告無しで撃たれかねませんね。ここまで様々な勢力が入り乱れていると、戦時法に違反しても咎める者もいないでしょう。加えて、我々はノマドですしね』


 表情や話し方から冷たい印象を覚える、後ろに流した黒髪から円を描くようにねじ曲がったツノが突き出ている若い男。

 『アレンベルト』船長の、トート=ソロモンだ。

 『ゴルディア』という、理性的で知能、記憶力に優れる種として知られている。


『こっそり行くしかないだろうねぇ。ま、デブリにカモフラしたり裏ルートで隠れて行ったりするのはいつもの事だし、海賊の流儀を見せてやろうかね』


()、海賊でしょう?」


 痛んだ金髪を雑に後ろで纏める、やや老齢に差し掛かった痩せ形の女性。

 斜に構えた物言いをマリーンに訂正されるのは、『トゥーフィンガーズ』のジェレミー=リード船長である。

 私的艦隊組織(PFO)を率いているが、以前はイリーガルの海賊のような存在だった。

 キングダム船団加入時に正規の登記を行っているが、内実はあまり変わっていないとかなんとか。

 ジェレミー船長もまた、この銀河で最も多い種族『プロエリウム』だ。


 この4隻はキングダム船団を離れ、紛争で煮え滾るハイスペリオン恒星系へと向かっていた。

 何でそんな事になったのかといえば、それはターミナス恒星系の人々と、それに船団を救う為である。


                ◇


 48時間前の事。


 ハイスペリオン星系から家族を救出して欲しい。

 ターミナス星系の実質的支配者、グル―=ブラウニングから脅迫混じりに出された要請だが、キングダム船団としてはその話を受けない方向で決まりかけていた。

 そうでなくても銀河先進(ビッグ3オブ)三大国(ギャラクシー)や当事国や周辺国家の星系艦隊やらが入り乱れていた所に、メナスまでが紛れ込んで来たのだ。

 半径約80億キロの星域が、丸ごとアリ地獄のような有様である。

 何が悲しくてたかが宇宙の放浪民であるノマドがノコノコそんな所に行かねばならんのか。

 取り残された母娘や一般人の入植者に同情せんではないが、常識的に考えれば不可能という結論にしかならないのである。


 が、その後事情が大きく変わってしまう。


 事の切っ掛けは、パンナコッタ所属の情報オペレーター、フィスがレーダーを見ていた時の事だ。

 本人曰く、ハイスペリオン星系方面を調べるのにレーダー範囲(レンジ)を広げていて、偶然気付いたのだという。

 光の速度で数年かかる距離を数日で飛び越える現代、レーダーシステムもまた光速を超える探査範囲を持っており、その中核たる導波干渉儀なら1,000光年離れた星系をリアルタイムで観測する事も可能なのだ。

 観測出来る事と解析する事は別物なのだが、その違いはこの際置いとくとして。


 吊り目オペレーターのフィスは、ハイスペリオン方面の観測情報を解析しながら、何となく思い立ち正反対である銀河外側の観測情報を調べてみた。銀河外縁にちょっと気になる領域があるので。

 導波干渉儀は基本的にあらゆる情報を拾っているが、それをどう読み解くかはオペレーターの技術とセンスにかかっている。

 上手く使えば砂漠の中から砂金を見付けられるが、大抵の場合は砂丘の形を捉えるか、ラクダやトカゲの存在を探知するのがせいぜいなのだ。

 フィスはこの作業が嫌いではない。導波干渉儀の拾う自然という名の暗号コードは、見方を変えるだけで常に新しい情報が得られるのである。



 しかしまさか、銀河系最外縁領域にメナスの大艦隊を見付ける事になるとは思わなかった。



『「一千万」!? それは観測ミスだろう!!? レーダーのゴーストだ!』

『複数のレーダーサイトで確認したっつーの……。オレだってミスであって欲しかったわ』


 緊急招集された船団の船長会議は、当然の如く紛糾した。

 船長のひとりは悲鳴を上げて観測ミスを疑ったが、フィスが確認作業を怠るはずもない。

 本人だって不本意極まる結果だと、極めて(しか)めっツラだった。


 銀河の外縁に観測されたメナス艦隊、その数約1,000万隻。

 先にクレッシェン星系を襲った15万の集団は、大半が小型の艦載機クラスだった。

 今回のは比べ物にならない規模である。


『一千万隻のキャリアータイプというと……スキュータム・ラインのアウターゲイザー星系が壊滅した時と同程度か? アレから連邦もメナスへの対応に及び腰になったんだったな』


『いや、一度に一千万は前例がありません。過去最大の規模でしょう。それにアウターゲイザー星系からはその後メナスが拡散しています。恐らく今回も星系ひとつでは済まないかと』


『いよいよメナスの本格進攻か? ビッグ3も遂にまともな手を打たず終いだったなぁ…………』


『これがメナス本隊だって? 何でそう言える? 今までのは何だったんだ』


『銀河の外から来ているって噂だったけど、本拠地はアトラーズ・ラインにあったのか……?』


『「アトラーズ・ライン」……ダークゾーンか』

 

 あまりに現実味のない事態に、取り留めも無くなる船長会議。

 現在、メナスの侵食を受けてヒトが住めなくなった星域は数万にも及ぶと言われている。

 正確な被害規模は銀河先進(ビッグ3オブ)三大国(ギャラクシー)の情報封鎖もあり分かっていないが、ここ十数年で起こった事と考えれば、途方も無い被害と言えるだろう。

 この勢いでメナスの勢力圏が拡大すれば、遠からず人外領域と化す星系は億に届くと予想されていた。

 全銀河的な脅威(メナス)となるのに、そう時間はかからないと思われる。


 当面は銀河の人類圏より自分たちの心配をしなければならないノマド『キングダム』船団だが。


『でもこれで議論の余地は無くなったな? ターミナスの要請どころじゃない。船団が万全でなくても、今すぐ離脱するべきだろ?』


 船長のひとりが、いっそスッキリした風で言った。

 現在地のターミナス星系本星テールターミナスに到着してからテロに巻き込まれるわ理不尽な要求をされるわと散々だったが、もはや何も考慮するに値しないと言える。

 これから消えようかという惑星への移民権などクソ喰らえだ。


 グルー=ブラウニングはターミナス星系の実質的支配者であり、ブルゾリア社の最高経営責任者である。

 その権限を以って、惑星への移住受け入れや様々な便宜を図る代わりに、泥沼の紛争宙域から家族を救出するよう要請して来た。

 それは半ば脅迫のような形であったが、もはやどうでもいい事だろう。

 のんびり船団の補修をしているような時間も無い。

 一刻も早くターミナス星系を離れるべきだという意見は、当然のものではあった。


『…………それでいいのか?』


 そんな満場一致感の中、疑問を差し挟む声がくっきりと浮かび上がる。

 誰であろう、それはキングダム船団を取りまとめる船団長、ディランだった。


『「いい」も何もないだろうよ船団長。パンナコッタの言う事が正しいなら、今すぐ逃げなくてどうするんだ』


『他に選択肢も無いしな。問題になるのは、せいぜいどこに逃げるかだろ?』


 まさか最も権限のある人物から異論が出るとは思わず、恐る恐る考えを質す船長たち。

 船団がどこへ行くか、いつ行くのかを決めるのは他でもない船団長なのだ。

 逆説的だがその意思が船団の総意となる場合もあり、今すぐ逃げたい者たちは何を言い出すのかと身構えていた。


『俺の仕事は船団を守る事だと思っている。その点で言えば、今すぐこの星域から離脱する事に異存は無い。

 だがまずターミナスへの警告は必要だろう。恐らく……いや間違いなく星系レベルの大脱出が始まるだろうな。

 そうなると当然、船が足りないという話になる。我々にも避難民の受け入れ要請が来るだろう』


 危機的状況にあるのはキングダム船団だけではない。

 より深刻な局面に立たされているのは、逃げ隠れ出来ないターミナス星系の方だろう。

 航宙法の観点から言っても、大規模な被害が想定される災害を知りながら警告しないのは――――――自己の生存が優先される等の場合にもよるが――――――刑罰の対象となる。

 そうなると、その後の流れも大凡想定できると船団長は言った。


『そんなの俺達に関係あるのか?』

『自分達が生き残るのを優先するべきだろう! メナスがいつ来るか分からないんだぞ!!』

『仮に避難の応援を求められても応じる義理は無いはずだ……。連中こっちを犯罪者扱いしたんだぞ』


 人道的にも、船団長の言う事は正しい。

 が、実質的な星系政府とも言えるブルゾリア社から理不尽な言い掛かりを付けられた船団としては、心情的に納得出来ないのも事実。

 船長達も、危険を冒してまでターミナス星系を助ける気にはならないだろう。


『フィスちゃん、メナスの先頭はいつ頃ここに到達しそうかしら?』


『うぇえ!?』


 そんな荒れ気味の会議室内だったが、ここで船長のひとりである妙齢美女のマリーンが、今回のメナス接近を察知した船の仲間に話を振った。

 振られた方は、こんな空気の中でそんな事言うと面倒な事になりやしないか、と目を剥く。

 マリーンの言う事だから、何か考えがあるのだろうとは思ったが。


『あー…………メナスはどう動くか予測し辛いんだけど、星系艦隊の防衛ラインとか空間密度を無視して最短ルートで来ると想定すると、早くて7日くらいじゃね?

 実際には艦隊とぶつかるだろうし、空間密度の高い所は迂回するだろうから分かんねーけど』


 注目の中パンナコッタの情報オペレーターが解析予測を出すと、会議室内のどよめきが一層大きくなった。中には自分の船に発進準備を指示する船長もいる。

 メナスは数と攻撃能力も恐るべきだが、超光速航行と通常航行も共に早い。

 およそメナスが人類に劣るところなどあるのか、と疑いたくなる程だ。

 つまり、捕捉されると逃げ切るのは難しい。7日と言わず、今すぐ逃げても安全とは言い難かった。


『避難民を待っている時間なんか無いだろう! 一刻の猶予も無いという事じゃないか!!』

『警告だけして船団は離脱するのがいいんじゃないか。避難指示が出たからと言って、90億人規模の星系から全住民が脱出するなんて一日二日じゃ無理だろう。付き合いきれない』

『一日の遅れが致命的だ! 200ばかり船があっても大して変わらないだろう! 今すぐに移動しないでどうする!?』


 この状況で離脱を優先しない船団長に対し、他の船長からは抗議や非難ではなく殺意が上がっていた。

 船団が動かないなら自分の船は離脱する、という船長も出て来る。

 それでも、ディラン船団長は皆が鎮まるのをジッと待った。居並ぶ面子の中では若い方だが、船団長になるだけの貫禄が見られた。


『行きたいのなら、行くべきだ。その判断は尊重する。止めようとは思わない。

 だが壊滅的被害が予想されながら我先に船団が逃げ出せば、キングダム船団の評価は底辺まで落ちるだろう。実際に星系が壊滅すれば、船団の信用にも致命的だ。今後の星系への寄港や滞在にも重大な影響が出るのは避けられないし、船団の存続にも関わる。

 倫理的な理由だけで助けるべきだと言っているワケじゃない。打算的な言い方をすれば、最悪でも人命救助に協力するポーズ(・・・)だけでも必要だという事だ。

 そもそも、今から逃げてメナスが作る支配領域を離脱できるのか? 確実とは言えない。

 恐らく星系からの脱出となれば、自然と巨大な船団が形成されるだろう。護衛として星系艦隊が付く事も考えられる。それに同行した方が、まだ船団としての生存確率は高いと俺は考えている』


 船団長の理屈は、船団長の職にある者として申し分なかった。

 何より船団の存続を考えていると言う船団長の意見に、船長達の語気も一気に弱まる。

 全滅した星系を見捨てて逃げた船団など評判は最悪だし、その後どの星系でも歓迎はされないだろう。

 生存確率の観点から言っても、一隻や二隻で慌てて逃げた所で危険は変わらない。メナスの方が普通の宇宙船より早いし、運悪く遭遇すれば生きるか死ぬかだ。

 それよりは、群れでいた方がまだ生存できる目が大きい。

 皮肉な事に、ここでノマド船団としての本質に立ち戻るワケだ。


 船団長の意見に反論は少なく、キングダム船団としてはターミナス星系政府へ警告を出した上で、いつでも出発できるよう可能な限り準備を整えるという方針になった。それでも、離脱する船が皆無でもなかったが。


 連絡を受けたグルー=ブラウニングは懐疑的な様子だったが、間もなくターミナス星系政府もメナスの大艦隊の存在を確認。

 その返礼は、テールターミナス宙域艦隊による、キングダム船団の包囲だった。

 これからターミナス星系政府内で協議を行うので、対応が決まるまでは星系に留まるように、というお達しである。

 ディラン船団長の予想通り、いざ星系からの避難が決まった時に、少しでも船を確保しておく為の処置だった。

 キングダム船団の意思は関係ないらしい。


 そして、船長会議後。


 搭乗員数に余裕のある貨物船『パンナコッタⅡ』は、船団の多くの船と同様に避難民の受け入れ用意をはじめていた。

 赤毛娘の村瀬唯理(むらせゆいり)もまた、『エイム』のオペレーターとして出撃に備えている。相手が何になるかは未定だが、戦闘状況もあり得るからだ。

 格納庫のステーションに固定されたヒト型機動兵器は、機械のアームにより自動で整備を受けている最中だった。


『船団の方針はイイと思うけど、実際どうなんだろか? わたしには星系ひとつからヒトが逃げ出すってシチュエイションが、もう想像の外なんだけど』


 コクピットのオペレーターシートに着き、ホログラムのパネルを操作しながら唯理は船首船橋(ブリッジ)と話をしていた。

 21世紀の地球出身である赤毛女子高生には、約90億もの人間が複数の惑星や衛星から脱出するという状況がもう理解不能だ。自分の知る地球人口のマックスが72億人だったのに。

 巨大ダムが決壊する恐れがあると、周辺の地域から19万人が避難した事はあった――――――と思う――――――が、桁が違い過ぎてこれからどういう流れになるのか、まるで分からない。


『オレだってそんなの想像出来ねぇよ……。ただ前に避難命令が出なくて避難遅れて星系がまるごと全滅した、って事があったな。ビッグ3は認めてねーんだけど、予想では80億人くらい行方不明になってたはずだ。

 それからはメナスの兆候が見えるだけでも、地方行政が自主的に避難指示を出してる。

 でもそれは徐々にって感じで、一度にこんな数のメナスが観測された事は無かったと思うぜ?』


 船首船橋(ブリッジ)から船内通信(インターコム)で応えるのは、情報オペレーターのフィスだ。

 唯理と違ってメナスの事には比較的詳しいが、それでも今回の事態は現実感に乏しい。

 理性では、有史以来最大級の大参事になり得ると分かっているのだが。


『まぁありったけの船を用意するのは当然として……それで足りるものなのかね。席と時間』

 

 操縦用のインバース・キネマティクス・アームの手応えを見ながら、赤毛の少女は小首を傾げる。


 メナス接近について公式な発表はされていないし、星系政府も住民に対してアナウンスを出していない。

 既に脱出を始めているのは、耳の早い者だけだ。治安部隊(セキュリティー)や星系艦隊もフリーパスで通過するあたり、ブルゾリア社の幹部社員など特権階級にいる人種と思われる。


 そのように、個人が宇宙船を所有するのも珍しくはない時代。

 惑星上にも相当数の宇宙船は存在すると思われるが、それらはどれだけの住民を運び出す能力を持っているのだろうか。


『考えが逆かもしれないわね。どれだけの船と時間があれば全住民を脱出させられるか、じゃなくて、タイムリミットまでどれだけのヒトが脱出できるか、だと思うわ』


 穏やかかつ冷酷に現実を語るのは、船長席のほんわかお姉さん、マリーンである。

 唯理にだってそれは分かっていた。

 船も時間も足りはしない。助けられるだけ助けるだけだ。

 そして、恐らく数億から数十億人規模の犠牲者が出るだろう。

 力の無い者が、暴力によりいとも容易く踏み躙られるのは、いつの時代も変わらない世の倣いというものか。

 命を失う事の恐怖、遺される者の悲哀と絶望、どれほど科学が発達しても決して無くなりはしない脅威と災厄。



 ならば、あらゆる力無き人々の前に立ち、先陣を以って斬り込むのはいかなる武士(もののふ)か。



 赤毛娘の忘れている何かが、記憶の奥底でチリチリと燻っていた。

 今の唯理はキングダム船団の、貨物船パンナコッタの一員に過ぎない。船団の、ましてや縁もゆかりも無い星系の避難方策を云々する立場には無いのだ。

 だが、ここで自分がやらねば、または自分が動く必要があると、何故か強くそんな想いを覚えていた。


「…………ふむ」


 オペレーターシートに深く腰掛け、脚のアームを前に引き出し赤毛が唸る。

 と同時に、髪留めや下着として身に着けている情報機器(インフォギア)から星図(チャート)と座標データを呼び出した。

 考えはいくつかある。

 しかし、いかんせん自分は相変わらずこの時代に不案内だ。前はひとりで勝手に世界中動き回っていたもんだが、宇宙は大き過ぎた。

 動くには協力者がどうしても必要になるが、その点はあまり気が進まない。

 巻き込む相手が問題となる。


「船長――――――――」

『ダメよ、ユイリちゃん?』


 と思っていたら、いきなりマリーンにダメ出しされる赤毛。まだ何も言ってないのに。

 機先を制され目を丸くする唯理に、船長は追い討ちの念押し。


『確かに船は必要だけど、また「バーゼラルド」みたいな特別な船を起こすのはリスクが大き過ぎるわ。

 この船一隻ならまだ隠せるけど、船団規模なんか持って行ったらもう誤魔化しが利かないわよ』


 唯理の考えなど完全に見抜かれていたりする。

 この状況なら簡単に導き出せる結論なので、そこは良いとして。


 何の事はない、同じ事の繰り返しである。

 データ上では船など腐るほどあるのだ。具体的には100億隻ほど。

 しかも幸か不幸か運命の悪戯か、お隣のハイスペリオン星系に何隻か固まっていた。ここターミナス星系にあれば面倒なかったのだが。

 兎に角、それらの船をパンナコッタⅡこと『バーゼラルド(クラス)』の時同様、必要になったから利用しようというだけの話だ。


 ただ、船長の言う通り相当面倒な事になると思われる。


 唯理の持つ100億隻のカタログの中では、バーゼラルド(クラス)は小さな部類に入る船だ。

 戦闘陣形を組む中では最小のクラスで、汎用小型高機動戦闘艦(・・・)とされる。

 200メートルという一般でも見られるクルーザーサイズである為、派手な性能さえ露出しなければ、普通の船として通す事が出来た。


 ところが、ハイスペリオンに眠る戦艦達は、揃いも揃って真正の怪物だ。

 そもそもからして、銀河先進(ビッグ3オブ)三大国(ギャラクシー)の持つ最新主力航宙戦艦が全長1キロから1.5キロ。

 一方、封印された戦闘艦は、以前に目覚めたファルシオン(クラス)でさえ全長3キロという圧倒的な巨躯を持ちながら、決して鈍重なウドの大木ではなかった。

 してその戦闘能力は、最新主力戦艦の倍などという生易しい物ではない。

 単艦で星系艦隊約10万隻と渡り合うだけの十分な性能を持っているだろう。


 そしてハイスペリオン星系には、ファルシオンを上回るクラスの艦種がいる。


 これを持ち出せば、もう言い訳出来ない。

 ましてや星系からの大脱出に使うとなれば、こっそり運用するのも不可能だろう。無数の人間の目に触れるし、戦闘状況が発生すれば、その桁外れの攻撃能力を曝け出すのも避けられまい。

 後は、どれだけの有象無象が群がってくる事やら。

 三大国(ビッグ3)は躍起になって船を奪取しに来るだろうし、そうなるとほぼ確実に戦闘になる。

 絶対に船を他の勢力に抑えられるワケにはいかない連邦、共和国、皇国と、キングダム船団との戦争にもなりかねなかった。


 だからと言って諦めが付く類の問題でもないので、唯理は無い知恵絞るのだが。


 まず、自分は星系の住民の救助に力を尽くさなければならない。コレは絶対だ。この方針は変わらない。村瀬唯理が村瀬唯理である以上、変えようのない結論である。

 武器はヒトを助けなければ単なる凶器なのだ。

 次に手段だが、生憎とこの時代では手持ちの札が極端に少なく、ある物を使うしかない。

 かと言って、やはりその後の事(・・・・・)を考えればキングダム船団とパンナコッタは巻き込めぬ。

 そして、今は使える『軍』も『部隊』も『仲間』も無い。

 ひとりでやるしかない以上、選択肢はひとつしかないワケだ。


 改めて、どうして自分はこんな死ぬほど未来に来てまでこんな場面にブチ当たるのだろうか、と唯理は思う。

 でも仕方がない。やるべき事をやるだけだ。

 そうと決まると、諦観の赤毛娘は表情を引き締めて行動を開始。

 頭の中でザックリと計画を立てると、必要な情報を探しにかかった。

 21世紀と違い、この時代をひとりで動くのに不安要素が多かったが、そこは言っても仕方がない。

 弾を残して死ぬ方が問題である。

 返す返すも、我ながら女子高生の思考ではないと思うが。


 大筋はこうだ。

 ハイスペリオン星系で封印されている艦隊(・・)を再起動し、ターミナス星系に持って来て乗せられるだけ避難民を乗せる。

 でもこれだけだと計画もクソも無いので、もう少しディティールを加えなければならない。

 まず、パンナコッタとキングダム船団は関与させられないので、自力でハイスペリオン星系まで行く必要がある。

 だが地続きの別の国にこっそり密入国するのとはワケが違うのだ。惑星どころか星系まで違う。光の速度で1.5光年の距離があるので、超光速航行か、それに準じる移動手段が必要だ。2,500年前の人間には大分ハードルが高い。

 協力者が必要だ。


 そこで、ブルゾリア社と最高経営責任者のグルー=ブラウニングである。

 先方はハイスペリオン星系で孤立した家族の救出を望んでいる。利害は一致するだろう。

 問題は、ブラウニングにどうやって唯理を信用させるか。

 キングダム船団に対して「紛争中の星系から家族を連れ出せ」とブラウニングが無茶振りして来たのは、先のテールターミナスのテロで唯理が暴れた事と無関係ではないと思われる。

 ならば、その線で釣れるか。


(大分弱い気がするけど、かと言ってこの時点で船の話を持ち出すのもなぁ…………)


 だが、いかんせん唯理は自分の見てくれ的に、その辺を信じてもらえるか甚だ疑問だ。小娘ひとりにそんな大事を任せるかどうか。

 戦力的にも心許ない。船が必要だ、などとその辺の事情を自分で暴露するようなものである。

 かと言って、件の船の話を持ち出すのも迂闊であろう。

 パンナコッタⅡは使えないし、封印艦隊の事を明かすのも抵抗があった。

 家族を救いたいというブラウニングの言葉に嘘は無いと思う。

 しかし、唯理が作戦成功の方便として艦隊の話を持ち出した場合、過去に2度表に出ている謎の超高性能戦艦と同一の物だと推測され、企業家がロクでもない野心を出す可能性はあった。

 本命は人命救助であって企業に艦隊を売却する事ではない。

 それにどの道、艦隊まで行くのにも移動手段が必要となる。


(キングダム船団は家族の救助どころじゃない。という切り口で、わたしが救出部隊を率いる条件で人手と船を出させる、かなぁ?

 実質的に使える戦力はわたしだけとして、船と母子どっちを先にするかの順番も問題だし、向こうの状況もなー…………ヒトを借りるにしても使えるか分からんし)


「うーん…………」


 ひとり唸りながら、赤毛娘はエイムの管制システムに発進準備をさせる。

 コクピット内に機体の画像と各部ステータスが表示され、オペレーターとの同調率やジェネレーターの出力状態、全体のアクチュエーターの状況などのモニタリングが開始された。


 纏めると、唯理の宇宙航行術に不安があり、また手持ちの船も無い以上、その辺もブラウニングに用意させなければならない。

 細かいハイスペリオン星系の状況も分からない為、実際の行動も出たとこ勝負みたいになる。

 こんなんで本当に大丈夫か、と我ながら情けなくなってくるが、


「…………そこはやって見せるしかないか」


 悩んでいる時間もこれ以上何かを用意する時間もないので、情報端末(インフォギア)からパンナコッタⅡの管制人工知能(AI)に、格納庫内の緊急減圧を指示。


『おいユイリ!? ハンガーで急減圧警報出てんぞ!? お前なんかやったか!!?』


 すぐさま異常を察知した船首船橋(ブリッジ)の吊り目オペ娘から通信が来たので、唯理は拝むように手を合わせて謝った。


『フィス……短い間だったけどお世話になりました。って、マリーン船長にも伝えといてくれる? わたしはここから別行動だ』

『あぁ!!?』


 我ながら不義理な事だ、と赤毛自身も思うが、詳細を言うワケにもいかない。うっかり付いて来られると大変だ。


 灰白色に青のヒト型機動兵器は、胸部のコクピットハッチを閉鎖。整備ステーションも左右に分かれてエイムに道をあける。

 一分ほどで格納庫(ハンガー)内から空気が抜かれると、船の正面に向いたカーゴドアが開放された。


『ちょっと待てお前ひとりで何する気よ!? まさか前のバケモノみたいな船を掘り出して避難に使おうってんじゃねーだろうな!!? んなのマリーン姉さんだって――――――――』

「この船は自由に使って大丈夫だから。ごめんねフィス……。コントロール、発進する」

『了解、目的地までのロケーターをアップデートします』


 重力制御を起動したエイムは、格納庫の床を踏み切り真空中に出る。

 そのまま慣性に任せて前進しながら、唯理は光学センサーでパンナコッタⅡの姿を捉えていた。

 二度と関わる事はないだろう、と思うと、寂しさや孤独感が大分堪える。


 それでも昔と同じように、今まで何度もやって来たように、ただ自分のやるべき事を思えば、唯理はひとりで歩いて行く事が出来た。時代が変わってもやる事に大差ないのだから。


 灰白色と青のエイムは、船から離れると背面のブースターを燃焼させ一気にその場を離脱。

 行き交う宇宙船で軌道上が騒々しい惑星テールターミナスへ向け、最大加速をかける。



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