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Hi-G. -ハイスピードガールズ ディスタンス-  作者: 赤川
7th distance.ウォーゲーム
200/205

193G.エンシェント・エクストリーム・ワン

.


 天の川銀河、ノーマ・流域(ライン)

 サンクチュアリ星系(グループ)、第4惑星重力均衡点。

 12天使母船『コロンバ』。


 第5惑星の主衛星『サイトスキャフォード』の宙域から撤退した3機の特殊エイム、そのオペレーター達は何が起こっているのかを遠隔地から感じ取って(・・・・・)いた。

 自分たちが『メタロジカル・エフェクト』と呼ぶ、物理法則に触れる権能。

 宇宙の律を冒す能力(チカラ)である。

 だがそれは、自分と兄弟姉妹、12人しか持たない因縁の能力とでも言うべきモノのはずだった。


『そんな…………なんでここで!? 誰のエフェクトなの!!?』


『メタロジカル・エフェクト!? どういう事です!? ここに来たのは私たちだけのはず……!? 他には誰も来ていませんよね!!?』


『クソ科学者ども! 性懲りもなくエフェクターを作ったんじゃないだろうな!!』


 自分たち以外に成功例(エフェクター)がいるとは聞いてない。

 研究機関もデータ諸共焼き払ってきたので、他の同類がいるとは考えていなかった。少なくとも、製造に成功したとはきいてない。


 ならば、答えはひとつ。


                ◇


 サンクチュアリ星系、第8惑星公転軌道上。

 共和国所属艦隊、ノマド『キングダム』船団。

 旗艦フォルテッツァ艦橋。


「機関部より緊急報告(レポート)! ジェネレーター全機の出力上昇中! ファイアコントロールより主、副口径砲の威力効果測定値も上昇との事です!!」


「暴走か!? ジェネレーターが制御不能に陥ったのか!!?」


「アンコントロールではありません! 規定値以上の数値は出ていますが正常にコントロール中!!」


「本艦以外の特殊艦に同様の異常が報告されています! 現状システム保守に問題ありません!!」


 サンクチュアリ星系内を本星オルテルムへ向け驀進(ばくしん)中のキングダム船団でも、異常事態が発生していた。

 赤毛の少女から預けられた特別な宇宙船、その機関出力や光学兵器出力が急上昇しているのだ。

 ジェネレーターの制御が失われ安全可動範囲を逸脱した暴走を起こすことは、稀にある。動力関係では代表的なトラブルとも言えるだろう。

 白髪に浅黒い肌の船団長、ディラン・ボルゾイも宇宙船乗りが長い。すぐにそれを予想した。


 しかし、副長たちや艦橋要員(ブリッジOP)からの報告では、特に制御不能という事でもないという。

 ただでさえ高火力な青いレーザーは、今や一斉射でメナス艦隊の前列を一掃しかねない猛威を振るっていた。


               ◇


 蛇腹状に伸び鋭い先端を突き込んでくる背中の触腕、(うごめ)く大バサミやその奥から跳ね回るビーム鞭と、今や蟲にも似た様相を呈している。

 立ち塞がり、全方向から翼のある巨人を襲う、女型のマレブランス。

 しかし、フルスペックを解放する村瀬唯理(むらせゆいり)とフレースヴェルグは、攻撃の速度と威力でこれを圧倒した。

 触腕を全て叩き返し、60Gに迫る加速で胴薙ぎを打ち、返す刀での袈裟斬り、一撃と見紛う神速二連。

 防ごうとした腕のハサミを叩き斬り、女型のマレブランスその首から脇にかけて大きく傷を入れ吹き飛ばす。


 もがくように姿勢を立て直すカルコブリーナは、ここで自らの権能(エフェクト)を発動。

 メタロジカル・エフェクトを打ち消す、同種の力を操る者だけに聞こえる、旋律(メロディ)のような波を発生させた。

 12天使、そして赤毛の少女が本来の力を使うなら、女型のマレブランスは天敵となる存在である。


 更に突き詰めれば、それは現在の人類の文明全てを崩壊させかねないほどの潜在的脅威となる神威でもあった。


「――――カッハッ!!」


 だが唯理は無意識に、気迫に波動(エフェクト)を乗せカルコブリーナの波を吹き飛ばす。


 波動、またの名をメタロジカル・エフェクト、それは世界の法則そのものを補正(オーバーライド)する強力極まりない力だ。

 質量に比する重力加速度、絶対零度、光速=約10億8000万キロ/時、人間の肉体的限界、という本来不変の定数まで変更しかねない能力だ。

 己に都合のいいように宇宙の法則を捻じ曲げる、一見して最強の能力。


 ただし、同じ波動の使い手ならば、容易にこれを乱す事ができるというのも、叢雲の一族(ダーククラウド)経験則で(・・・・)よく知っているのだ。

 だからこそ、波動を使う事はあっても、それに頼ったりはしない。

 波動は武器、叢雲は戦う為に手段を択ばない一族、それだけである。


 アンチ・メタロジカル・エフェクト。マレブランスの一柱、カルコブリーナは自らが寄る辺とする権能を覆され、明らかな動揺を表に出していた。

 無論のこと、赤毛の少女に対しては、致命的な隙だ。

 捻じれた刃のマレブランスは、四翼の巨人(フレースヴェルグ)から艦隊へ目先を変えている。フォローには来ない。


 もはや止めるモノは何も無く、唯理は乱暴にペダルをベタ踏み、


「ぬぅうううう!!」


 刀剣(ブレイド)ユニット、『真改“一文字”国貞シンカイ・イチモンジ・クニサダ』を大上段の真上に構え、60G(588m/s2)を超える踏み込みでカルコブリーナに振り下ろした。


 触腕の剣と大バサミ、ビーム鞭を総動員して防御を間に合わせるも、女型のマレブランスはそれら全てを叩き斬られ、装甲を砕かれながら大きく吹き飛ばされる。

 追い打ちをかけようとするフレースヴェルグの正面を避けながら、それでも纏わり付くように側面からの攻撃を徹底する、死に体のカルコブリーナ。


 足を止めに来ている。

 そう思った次の瞬間、唯理は強引に更に踏み込む。

 左右へ振っても一瞬で軌道に先回りされ、逃げ場を無くす女型のマレブランス。


 捻じれた刃のマレブランス、ファルファロールは全身からビーム竜巻を振り回し、艦隊を執拗に攻撃していた。

 強力な電子戦能力にセンサーをかく乱される中、荷電粒子の嵐に巻き込まれ艦体を傷つけながら蛇行する数千もの船。逃げるしかないヒト型機動兵器。

 ただ少しでも損害を与える。そんな悪意だけが滲み出る攻撃。


 もはや1秒たりとも生かしてはおくつもりはなかった。


「もー目が覚めてもいい頃だよなー、わたしも!!」


 故に、エイミーやフィスが作り上げた(エイム)を信じ、赤毛娘は自身の全力をぶち込む。

 ニルヴァーナ・イントレランスの正規端末体にして、当代にひとりの資格者。

 国連(UN-)平和維持派遣軍(PKDF)太平洋艦隊第一大隊長代行、ユーリ・ダーククラウド少佐。

 超人類(アドバンスド)序列四位(4th)、『王狼』。

 叢雲の継承者。

 

 村瀬唯理(むらせゆいり)のオリジナルたる21世紀を生きた赤毛の少女は、今のユイリとは別人だ。

 だから記憶が曖昧なままなのだろう、とは大分前から気付いてはいたが、実のところそれを悲観する、または問題視するなどという気持ちも無かった。

 何故ならば、目的の為に手段を尽くすという基本方針の前に、自分が何者かなど、たいした問題ではなかったからだ。

 そして今は、かつての自分が必要になったというだけのこと。

 これこそが、この少女の本質。


 だからこそ、唯理は本来の自分を心の奥底から叩き起こす。


叢瀬蔵人(むらせくらんど)――――(まか)り通る!」


 円を描くような太刀筋で全ての攻撃を弾き飛ばし、その流れで機体ごと旋回しての神速三連。

 この瞬間のフレースヴェルグは、完全に村瀬唯理の身体そのものだった。

 刀剣(ブレイド)ユニットを20メートルへ展開、斥力場(フォースフィールド)を最大出力へ引き上げた刃は、カルコブリーナを胸、腹、腰で切断。

 マレブランスの絶対的防御を問答無用で叩き斬った後、脚部ランディングギアで文字通りに一蹴する。


 強大な敵を斬り捨てたという残心も無く、4機のウィング表面が跳ね上がると、中からブースターのノズルが飛び出した。

 吹き出すブースター炎は流れ星の如く尾を引き、バラバラになり痙攣するカルコブリーナを雑に跳ね飛ばし突き抜けていく。


 ファルファロールは同類が破壊されたのを見るや、両腕両脚部、それに背面ブースターをフレースヴェルグへ向け、巨大なビーム竜巻を集中させた。

 荒れ狂い絡み合う竜巻の中を縫い、超高機動で飛翔する四翼エイム。

 更に、周辺のメナス端末体、その全てが唯理へ向かい狂ったように突撃をはじめる。


「なりふり構わず……ようやく、かッ!」


 ウィングを可動させ推進方向を偏向、鋭角に軌道を変えながらビームアサルトを連射、エネルギーシールドで殺到する荷電粒子弾を()ね退ける。

 自爆攻撃に突っ込んで来るトルーパー型、グラップラー型を擦り抜けざまに一閃し斬り捨て御免。

 背後から斬りかかって来るリッパー型は脚部レガースギアのサブマシンガンが滅多打ちにする。


 群がるメナス端末体を相手に、ビームと残骸の嵐の中でフレースヴェルグは獅子奮迅。

 発狂して暴れるマレブランス、ファルファロールと、豪雨の如き密度で押し寄せるメナス端末。


「ぅおおおおおお亡くなりになりやがれぇえええええええ!!」


 嗤う赤毛のオオカミは、四翼のエイムに許される全てを要求。

 ジェネレーターと機体との接続、重力制御、推進出力の全てが限界を超え、ついには空間すら歪み、



 圧縮回廊を形成し、エイム単独でのワープドライブを実現する。



 数千キロとはいえ、無数のメナス端末体を飛び越え、その間合いを一瞬で潰して現れるフレースヴェルグに、捻じれた刃のマレブランスは完全に反応が遅れた。

 ついでに固唾を飲んで見守っていた全人類が自分の目と正気を疑う。

 それら全てを置き去りにし、容赦なく、間髪入れず、大刀剣(ブレイド)ユニットを振り下ろす唯理。

 斥力場(フォースフィールド)を纏う刃はファルファロールの頭に直撃し、逃げ場を求める圧力が内側から暗緑色の粒子を撒き散らした。


 悲鳴のような信号を大出力で発信するマレブランス。

 ファルファロールは両腕部に高密度の荷電粒子を纏わせてフレースヴェルグに襲い掛かり、


()ッ! ()ァッ!!」


 一瞬早く、赤毛の武者が振るう超神速横一文字、


 閃剣『草薙』。


 同じく超神速の逆袈裟斬りから逆袈裟に繋げる舞の如き交差斬り、


 閃剣『天照』。


 叢雲の奥義、閃剣。

 それを連ね、波動(エフェクト)にて切断する、村瀬唯理の必殺剣。



「――――連殺閃剣ッ……!」



 両肩二翼と胸部の制動(リバース)ブースターを吹き減速すると、刀剣(ブレイド)ユニットを通常サイズに折り畳み、腰部ハードローンチに納刀するフレースヴェルグ。

 そのすぐ後ろでは、ファルファロールが引き攣ったように身動(みじろ)ぎしたかと思うと、六分割されバラバラに砕け散っていた。


 間もなく、一時は2000万を数えたメナス艦隊は、個々に人類艦隊へ無秩序な攻撃をはじめ、逆に集中砲火を受け殲滅される。

 メナス端末体も同様、センチネル、連邦艦隊機動部隊、キングダム船団ローグ大隊、皇国近衛艦隊従士隊が艦隊の防衛火器と連携して駆逐していった。


 唯理とフレースヴェルグも最後まで先頭に立ち、その殲滅力を遺憾なく発揮した。


                ◇


 連邦艦隊は本星オルテルム軌道上に再集結、陸軍が地上へ降下し、悲願の首都『バビロン』入りを果たす。

 連邦軍としてサンクチュアリ星系を解放し、首の皮一枚で面目を保った形だ。

 連合を組んでいたセンチネル艦隊、共和国派遣(という事になった)のキングダム船団、皇国中央星系『央州』近衛艦隊は、衛星軌道上で艦列を組み待機している。

 これに民間の船まで加わるのだから、今のオルテルム近傍宙域は宇宙船でごった返していた。


 連邦の中枢に他国の艦隊戦力が堂々居座るというのは前代未聞の事態ではあるが、サンクチュアリ奪還の応援に来たという事実は変わらないので、現在は友軍として停泊を許されている状態だ。

 共和国、皇国の艦隊の扱いなど協議はこれからであるが、連邦中央は長らく機能停止してたという事もあり、後始末に追われる政府は他国との協議まで手が回らないというのが実情である。


 対外的には、天の川銀河全域に連邦中央奪還の報が広まっており、情勢が多少安定するかと期待されていた。


『すげぇな……ビッグスリーの実質的な主力全てがオルテルムに来てるのか』


『センチネルの「サーヴィランス」、キングダムの「フォルテッツァ」。レガシーシップ最大のクラスが2隻も……』


『その何倍もデカいあの宇宙船は何なんだよ…………』


『皇国近衛艦隊の「ダルマハラ級」なんて実際に見た奴いるのか? そもそも本星系から出ないはずの艦隊だろ。なんで防人(さきもり)艦隊じゃなくて近衛艦隊なんだ?』


『連邦の総旗艦……「ハルベルヘルド」は、大丈夫かアレ?』


『廃艦だろ』


 その情報の発信元、銀河の情報メディア所属の船は、戦闘後も取材に余念がない。

 幸運なことに、戦闘での死者も皆無だった。大人しく戦闘艦の陰に隠れていた為だ。

 それだって戦場ド真ん中にいたことに変りはなく、生き残ったのは本当に運だろうが。

 その代わりに高価な撮影用ドローンなどを山ほど消費しているあたり、伊達に一流メディアではないというところ。


 光学センサーが捉えているのは、惑星の周囲を埋め尽くす戦闘艦の数々。

 それも、連邦の本拠地に仮想敵国である皇国の艦隊と共和国所属PFCが入っているという、本来あり得ない光景だ。

 間違いなく歴史に残る一コマであろう。

 比較的損害の少ない両艦隊に対して、連邦艦隊は散々な有様であるが。


 作戦の最終盤、オルテルム奪還を皇国と共和国の手柄にされないよう焦って損害度外視で全軍突撃したツケである。

 1000万隻の大半を担っていた連邦艦隊は、最終的に5割が行動不能となっていた。

 特に連邦の誇る旗艦、改装ゼネラルサービス級『ハルベルヘルド』は基礎構造から破断し完全に大破。

 ボロボロにされながら最後まで戦闘を継続したハゲ頭の提督、ヒーティング少将は大した傑物(けつぶつ)と言えるだろう。なお本人は怪我なども無く生存している。

 連邦中央を奪還し、連邦軍と艦隊の威信にかけて戦った当然の代償とはいえ、立て直しは大変と思われる。


 そのようなワケでほぼ機能してない連邦艦隊であるが、回復するまでのフォローもセンチネル艦隊が行うと事前に取り決めてあった。

 センチネル艦隊旗艦『サーヴィランス』は特攻攪乱戦術(ベルセルク)に用いた事で中破程度の損傷を負っていたが、現在は修理を行いながらの運用がなされている。

 分離していたので、艦橋構造体(アイランド)は無傷だ。


 忙しい赤毛の艦隊司令、村瀬(ユーリ・)唯理(ダーククラウド)はというと、新しい四翼エイム(フレースヴェルグ)に乗り旗艦を出たり入ったりと繰り返していた。


「総司令がブリッジへ!」

「みんなお疲れ〜……」


 流石に声にも張りがない赤毛である。

 定期的に休みを入れているとはいえ、サンクチュアリ解放作戦から、それ以前の準備段階から、働きっぱなしだ。

 ここで一区切り付いたとなれば、多少気も抜ける。


「統制が取れてないと取れてないで厄介だなメナス。状況はどうなってる」


「センチネル艦隊は8割方回復。損害は主に本艦のモノですが、機能にはほぼ問題ありません。

 連邦内部では復興対応にあたり早くも主導権争いが起こっているようです。

 こちらと再交渉を望む動きが複数のラインから起こっております。大統領と軍閥、地方閥、右左院議会にそれぞれのノブリス派、シチズン派ですね」


「こちらは所定の作戦行動を取ると言っとけ。ロゼ、学園とか一般船と、マレブランスの気配は」


「後方艦隊にいた船は大した被害はなーし。みんな生きてるよ。

 メナスはウチの艦隊がケツを焼いて回ってんじゃん。こっちも苦戦してるって報告はないなー。

 でもほらアレ、倒したマレブランスはやっぱ連邦が回収してたみたいだし。またヤベーこと考えてんじゃね?」


「そん時は連邦に尻を拭かせるだけだよ。

 メナスへの追撃は切り上げていい。部隊は全て戻して、艦隊は警戒待機を継続。全艦隊エマー2」


「エマー2了解しました。全艦隊に通達、エイムは直掩機のみ配置、準戦闘配置を指示します。連邦及び他の艦隊にも通達を」


「ぃよろしくぅ…………」


 艦長席に深く腰掛けるお疲れ司令に、すぐにコーヒーを差し出す艦橋付きのメイドさん。黒髪清楚系だがスカートの下に武器を隠し持っているタイプ。


 傷面マネージャーと柿色髪のオペ娘から報告を受け、唯理は覇気無くめんどくさそうな顔色になっていた。流石にガス欠である。

 赤毛自身も先ほどまではぐれメナスを狩ってたが、もうその必要もなさそうなので、残党狩りに出していた部隊には撤収命令を。

 センチネル艦隊の体力回復に専念する。


 そして作戦立案段階から分かっていたことだが、中央星系(サンクチュアリ)を取り返したら取り返したで、連邦内では内ゲバが発生。

 センチネル艦隊を味方に付ければ圧倒的有利となる、と誰もが理解しているので、唯理は関わらずに距離を取る方針だ。


 これ以上サービスしなくても、要求なら今の段階でも十分通せるだろう。


 そして、作戦中は星系外にいた学園都市船エヴァンジェイルと多数の民間船の方は、メナス別動隊の襲撃はあったものの、損害は軽微。

 現在は後方艦隊ごと本隊に合流している。

 なお、メナス迎撃に際しては騎兵隊が大暴れしていたとか。

 順当な結果だと思っているので、唯理は特に驚いていない。戦闘中は死ぬほど心配していたが。


 結果こそ作戦立案時から想定した通りになったものの、振り返れば作戦は散々であった。

 衛星の落下工作、別動隊への陽動、防衛兵器群の乗っ取り、マレブランスの伏兵、と。

 戦術面ではメナスにやられっ放しだったと言える。

 結果的に勝ちはしたが、唯理には痛恨の一戦となってしまった。


「さーてどうするかねぇ………‥」


 マグカップを傾け、ここではないどこかに遠い目を向ける赤毛の艦隊司令。


 決戦において人類敗退の(きわ)を救ったのは、謎のヒト型機動兵器3機、皇国中央を守護する最後の守りであるはずの近衛艦隊、そして共和国圏の防衛を放り出してきたキングダム船団だ。

 いずれも何でここにいるのか赤毛としても首をかしげざるを得ないところ。想定外にもほどがある。


 特に問題は、独断専行の末にキングダム船団を丸ごと引っ張ってくる形になったという、高速貨物船『パンナコッタ』の存在であろう。

 まぁ連邦との折衝では代理行政機構相手に派手に動いたから居場所はすぐにバレるわな。


「ホントにどうしよう…………」


 事ここに至り、仕事に逃げ現実から目を背けるのも限界となった。

 つまりこういう事だ。

 顔を合せ辛い。


 なんせもっと先の予定だったのだ。連邦と対等な関係を作ってから連絡を入れようと思ったのに。心の準備が全く出来てない。

 などと自分に言い訳してみるが、結局は置いて行ったという負い目があるのだろう。


 しかし、


「ユイリー、パンナコッタから再度通信。仕事終わったならエイムの整備に来いってー」


「あーう……」


 ロゼッタから伝えられる無情な連絡。

 唯理が乗っている四翼の新型エイム、フレースヴェルグを持って帰って来なさいという実家からのお達しである。

 仕事に逃げて後回しにしていたが、もう3度目。

 状況は待ってくれない。戦場と同じだ。

 年貢の納め時。そんな地球の古語が脳裏をよぎった。


「機体の引き渡しを要請することはできますが? ブループリントがあれば艦隊での製造と整備も問題なくできます」


「……そういうワケにもいかんだろ。ちょっと行ってくる。フロスト、艦隊を任せる」


 艦隊司令の気持ちを(おもんぱか)りフレースヴェルグ接収を進言するフロスト。

 当然そんな事は出来ないので、観念して席を立ち、メイドさんにマグカップを返す赤毛娘である。

 トボトボと艦橋(ブリッジ)を出ていく後ろ姿に戦闘中の覇気は無く、傷面マネージャーは目を細め、柿色少女は胡乱げな目を向けていた。


 なお、悪足掻きかとは思ったが、急ごしらえのお手製マスクも持って行く事とした。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・近衛艦隊/防人(さきもり)艦隊

 カンルゥ・ウィジド皇王元首国宇宙軍の戦力を構成する艦隊の分類。

 防人艦隊、正式名称『皇国防人隊宇宙軍艦隊』は皇国に属する星系圏全ての防衛を担う艦隊。『防人』は皇国の軍そのものを意味している。

 近衛艦隊、正式名称『皇宮近衛兵団央州守護艦隊』は、皇国中央星系『央州』を専門に防衛する艦隊となる。

 形式的には、近衛艦隊が守護するのは皇宮つまり皇王と皇族であり、皇王と皇族が居住している故に央州を守るという名目となっている。

 よって近衛艦隊が央州を離れることは、通常はあり得ない。

 役割上、防人艦隊は近衛艦隊より遥かに大規模だが、近衛艦隊は装備、人材共に桁外れに高度なモノが揃えられている。


・光学センサー

 光の反射が形作る像を捉える受動的(パッシブ)センサーの一種。いわゆるカメラ。

 単なる映像の撮影ではなく、センサーシステムの場合は捉えた映像の解析や被写体の認識を含めて言う。

 単純で確実性の高いセンサーだが、電磁波により対象の姿そのものを見えなくする、または攪乱する等の技術も存在する。


・PFC(PFO)

 プライベートフリートカンパニー、またはプライベートフリートオーガナイゼーションの略。私的艦隊組織の意。

 基本的に国家に属さない軍事組織を言う。この時代においては宇宙船を所持していなくても、非国家軍事組織は基本的にPFC(PFO)として扱われる。

 共和国軍は大半がこのPFCを雇用する事で構成されている。


・ブループリント

 本来は設計図の意味。現代では、エイムや宇宙船、施設などの、構造と各部品の詳細、部材の素材、形状、素材組成、運用、改修過程、と全ての記録(ログ)とデータの集合を指す。

 製造システム、整備ステーションで用いる機械管理(マネジメント)ログデータと共通のフォーマットとするのが通常であり、ブループリントがあれば機体の新規製造と保守は容易となる。


・叢雲(ムラクモ)

 起源惑星『地球』、ユーラシア大陸極東の島国『日本』にて、古くから存在した武門の一族。

 その秘された存在意義は、上位領域存在ニルヴァーナ・イントレランスの器となり得る超人類の備え、使命の継承となる。

 よってニルヴァーナの端末となる者は、無条件で叢雲一門の頭首とされ、代々『叢瀬蔵人』を襲名する。

 上位領域の存在は下位領域の構成符号(スクリプト)を観測できる為、ニルヴァーナの端末体はこれを補正(オーバーライド)する事が出来た。

 叢雲はこれを『波動』と捉えており、一門の奥義としている。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 一連の戦闘の話は最高でした いままでのモヤモヤをいっぺんに吹っ飛ばす爽快さ!素晴らしい [一言] サーヴィランス生きてたw
[良い点] サーヴィランス生きてたんかワレェ!!!
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