EXG.10,000pt記念エピソード:レディーズアイテナリー ハーミットナイト
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天の川銀河、オライオン流域、ソラーレ星系。
起源惑星『ロストエデン』、セラフィムガーデン。
愛らしく笑顔がまぶしい、素朴でいて可憐な少女。
純真で心優しく、誰にでも暖かく接する彼女を、自分が守ってあげなければと心から思ったのだ。
そんなお姫様の心に付け込むような、あの猫被った粗暴な女。
乙女の園の王子と呼ばれたイケメン少女は、何としてもその泥棒ネコを排除しなくては、と固く決意したのである。
「姫に負担をかけ過ぎだ……! キミが四六時中振り回すから、結局足を痛めてしまったじゃないか。
キミの練習は、イタズラに身体を痛めつけるだけじゃないのか……?
『クリスタルシュー』どころでなくなったらどうするつもりだ!」
キッ! と眦を決して熱く批判する王子様。
その怒りは、大切な姫を想う故であるのは当然のこと、個人的にも相手に苛立ちを覚えてしまう故のことであった。何故かは本人にもよく分かっていない。
「そんなのじゃ間に合わないっての……。
これで本人にやる気がないなら私も余計なお世話はしませんが? 彼女が望んでの事なら、わたしは手を尽くすだけですね。
自分があの舞台に立つには相応しくないって、本人が一番よく分かっているよ。でも降りない以上は相応しい技術を身に着けるほかない、ワケ、だ……。
王子様も、わたしに憤るのは筋違いだと思うがね? スケジュール的に無茶をしているという点は同感だけど。
わたしに言わず彼女に言っては?」
これに、至ってクールに素っ気なく返す赤毛の淑女である。
綺麗に切り揃えられたストレートヘアに気品ある美貌の完璧なお嬢さまだが、その内には乱暴で奔放な美しきケダモノの本性を隠し持っていた。
王子様からすると、全くもって気に入らない相手である。
振る舞いは自由で捉えどころがない。偽装のくせに物腰はたおやか。しかし親しい者には気の置けない姉妹のように接する。
そしてタラリウム(バレエダンス)の舞は、そんな赤毛の少女の本質を表す華麗なモノであった。
才能と資質に優れ、技術も十二分に磨かれたタラリスト。
一通り習得した程度の王子様では、赤毛のオオカミ娘の足元にも及ばないだろう。
故に、お姫様の指導にこれ以上の教師はいない、というのは理解はしているのだ。
だからといって、ふたりきりにするのが面白くないワケではない、というのが乙女心というモノ。
「頑張り屋の彼女が応じるワケないからキミに言っている…………。
私が教えてあげられるなら、最初からキミなどには言っていない。
まったく何故キミなんだか――――ぅわぁ!?」
ままならない現実に、つい愚痴のようなモノを零してしまう王子様。
そんな呟きを耳にした赤毛オオカミは、踵を返したタイミングの王子様の脚を軽く払っていた。
重心が崩れた王子様は、踏み止まろうとして足を引き、間に合わず後ろに倒れてしまう。
そのまま尻から倒れ込んだ先は、オオカミの寝床だった。
「お、おいこら何をする!? キミの乱暴な行為は前から度し難いと思っていたが……。ここで彼女の分まで仕置いてくれようか!!」
「度し難い、のはどっちかな……? まったく嫉妬なんだか寂しいだけなんだか。そんな理由で絡まれるこっちの身にもなってほしいんだけど。
……無理やり仲間に入れちゃうか」
「なん――――!?」
不機嫌な半眼になったかと思うと、赤毛のオオカミ少女が王子様に覆い被さってきた。
仰天して反射的に逃れようとする王子様だったが、ふとももの間にヒザを入れられ動きを封じられてしまう。
「――――なんのつもりだ退きたまえぇええ!!」
「めんどうなんだよ、王子様? 構えば逃げる余所見すれば寄ってくる、ネコかおのれは。
そういうめんどうな女の子は、強引に躾けるホカあるまい?」
「なんっ……何様なんだキミは!?」
真っ赤になって暴れるイケメン王子(♀)。
赤毛の仮面淑女は、組み敷いた凛々しい女子の手を乱暴に押さえ付けてしまう。
「フフンフンフン♪ 正論ばかりの小うるさい王子様をこうやって力尽くで分からせるのは気分が良いね。
さぁどう料理してくれよう」
「ゲスがぁ!!」
余裕の笑みな赤毛の少女は、抑えている方とは逆の手で王子様の女性的な部分を直接触れずに弄んで見せた。
屈辱と羞恥で王子様は睨み付けるが、それすら涙目。
ソードダンサーとしては一流の麗しの君であっても、ケダモノの蛮行の前では無力な少女へ堕とされてしまっていた。
「勘違いしないでほしいのは、わたしは別に王子様が嫌いってワケじゃない点なんだよね。目の敵にされているのはうんざりするけど。
それに、お姫様がどっちかをハブいて喜ぶような娘だとでも?
ならもう3人で仲良くするしかないじゃない」
「仲良くしようという姿勢ではないと思うが……!?」
「いやぁ一番手っ取り早く仲良くなる手段だと思うが? というか、王子様と対話による和解はあきらめたぁ。
まず仲良くなるという結果を得るには、これが一番じゃないかな。
どうせ気持イイ事を覚えてしまえば、他のことは建前の陰に隠れるものさ♪」
「キサマー!!?」
器用に片手で制服のボタンを外していく赤毛の不届き者に、比較的手加減なしの力で暴れる王子様。
しかし、そんな凛々しい少女の姿に加虐心を煽られたか、上気した顔の赤毛は舌なめずりしながら王子様の服の前を暴いてしまい、
「ひょわぁああー…………!!?」
事の一歩手前という光景を、ドアに作った隙間から地味系女子が真っ赤な顔で覗いていた。
「なぁ――――!? 姫!!? ちょっと……ダメだ! 見てはダメだよキミ!!!!」
「あらら、キミかぁ…………。まぁちょうどいいか。
今から王子様とエッチなことするんだけど、一緒にする?」
「ええ!? いや、その、わたし、まだ、その、はじめてでぇ…………」
普段の澄ました態度もどこへやら、最も愛しい少女に乙女の柔肌な部分を見られ、王子様の声は裏がえってた。身を捩るたびに、胸の母性の双子もふよんふよんと揺れている。
そんな姿を晒させておきながらも、意に介した様子もなくとんでもないイベントへの参加確認をする赤毛の堕天使。
何を口走っているのか自覚できない地味少女だが、乱れて絡み合う艶めかしい二輪の花に目が釘付けだった。
「大丈夫大丈夫。部分的にかわいがってあげるだけだから。それが一定のポイントを過ぎると、頭が真っ白になるほど良くなるんだよー。
最初は全てわたしに任せてくれればいいけど、慣れたらキミも同じようにわたしにしてくれると嬉しいな」
「何を言っているんだこの変態がぁああ!!」
「なにって王子様、まさか自分でしたことも……あなたの場合なくても不思議じゃないな…………。
だったら死ぬほど良い初体験にしてあげるから♪
ふたり同時に女の子の一番カワイイ姿を見せてあ、げ、る♡」
「ひッ! ひやぁあああああ!?」
「そうだな、もっと早くその心臓えぐり出しておくべきだった……!!」
とっ捕まり、悲鳴を上げながら王子様と同じベッドに引き摺り込まれる地味カワヒロイン。
胸丸出しの王子さまは、仲良くなるどころか本気で殺さんばかりの殺気を撒き散らしている。
しかしここは、赤毛のモンスターの独壇場。
哀れふたりの乙女は、イケない手管で仲良く痴態をさらけ出すハメとなってしまった。
◇
天の川銀河、ペルシス流域、ジオーネ星系。
第15惑星ジオーネG15M:I、軌道上プラットホーム。
聖エヴァンジェイル学園非公認課外活動部、ノーブルクラブ。
会長の『ウノ』ことオリヴィエ・ソラーナハイムは、貧血で倒れていた。
会員個人の素性を隠すクラブのユニフォーム、白い三角頭巾は真っ赤に染まり、血だまりに倒れていたが、いつものことなので誰も気にしない。
いつものように医務室で休むだけである。
そんなことより、
「今回はとうとうイクところまでイキきってしまいましたわね!」
「いえいえまだ最後の一線は越えていませんわよ……。お楽しみはこれからですわ!!」
「ここで赤×プリをもってくるとは、流石はプリンシパル先生ですわね。性癖壊れますわ」
「ライバル百合てぇてぇですわよ。ケンカックスとか新たな扉開く」
「いや三人一緒とか振り切れ過ぎてなくて??」
謎の同人作家、プリンシパルのリリースした新作エピソードに、クラブの夢女子たちは鼻息を荒くしていた。
学園もコロニーシップも避難船団も大変な状況だが、そんな時でも、あるいはそんな時だからこそ、良作は心の安定に寄与してくれている。
ある意味で現実逃避なのだが、現状はそれほど悲観的ではない。
学園の入っているコロニーが宇宙船として自走をはじめて以来、温室の花に過ぎなかったお嬢様たちも、航海の力となりつつあった。
「実際どうなのでしょう……ユリ様とエルルーン様」
「『どう』とは?」
「どうもこうもありませんわ。創作と現実はあくまでも別物。そこの線引きは必要ですわよ」
「ですがエルルーン会長は、最近はとても情熱的にユリ様に迫っているとも聞きますし…………」
こうしてサバイバルの宇宙へと船出した学園女子たちだが、何かとお騒がせな赤毛令嬢、村雨ユリへの見方も、今では大分変わってきていたりする。
完璧なお嬢様かと思えば、どこか秘密めいた部分が見え隠れする少女。
そして現在は、実質的に船団を率いる立場だ。
騎乗部を作った時から誘拐犯を武力で制圧して見せるなど片鱗を窺わせていたが、メナスという最悪の敵に対しても、先陣を切りこれを蹴散らし学園と船団を守っている。
もはや乙女たち陶酔の、守護天使に等しいお姉さまだ。
入学時期的には新参者の方なのだが。
その赤毛が、ここ最近学園の王子様に命狙われているのが、夢見がちな少女たちには情熱的なアプローチに見えているらしい。
恐るべきは乙女フィルター。
二次創作と現実は別物とされているものの、プリンシパル先生の新作が実はそういう事なのでは~、と勘ぐらせるのも、やむを得ない事ではあった。
背後からクビ掻っ切られそうになっていた赤毛は、そのまま王子様を背負い投げしていたのだが。
「いいですわよね、騎乗部……。なんというか、共に助け合い命がけで戦う狭い範囲での仲間というのが極めて親密な感じで」
「ユリ様もエルルーン会長も、それに騎乗部の皆さんも頑張ってくださっているの分かるのですが……確かに捗りますわね」
「今は『騎兵隊』ですわよ。まぁそれはともかくイイですわよねぇ。なんかクラウディア部長とかも可愛らしさの中に凛々しさが出てきたのですが」
「変わらずお茶目なナイトメアさんのお世話をするクラウディア様てぇてぇのですわ」
「皆さま重要な点をお忘れではありません? ユリさんとクラウディアさんは……同室!」
「出ましたわね正妻原理主義!!」
騎乗部改め騎兵隊がコロニーと学園の平穏を守っているのは承知しているが、それはそれ。
夢を食べて生きる女子たちは、背徳感さえ糧にしてその妄想を育て続けているのである。
◇
たとえ妄想の餌食になっていようとも、学園騎兵隊は今日もコロニーの平和と安全を守っている。
なんという献身性。現実には百合百合している暇などないのだ。
しかし、最近は学園に行くたび、他の女子生徒から熱い眼差しと黄色い声をいただく日々。
故に、いまだに在籍しているとはいえ、あまり学園には行きたくなかったクラウディア騎兵隊長であるが。
「……は? わ、わたしの、部屋?」
侵入者があったと報告を受け来てみれば、事件の現場は学生寮の自分の部屋であった。
今やコロニーシップ『エヴァンジェイル』内の賑わいは、主要惑星の首都並だ。
ヒトが増えれば問題も増える。居住区画の全てが一般開放されているワケでもなく、関係者以外立ち入り禁止となっている建物も少なくない。
学園はそんな施設のひとつであり、外部からヒトを受け入れるにあたり、警備体制は以前より強固となっていた。
だというのに、よりにもよって自分の部屋が荒らされたと聞き、困惑のあまり固まるクラウディアである。
「それって、ユリ……さんじゃないんですよね?」
「全く見知らぬ、生徒ですらないヒト達が何人も出入りしたそうです……。何故か生徒の認証システムと警備システムも働かなかったそうで」
市街地同様に古風な学園、古風な学生寮、古風な部屋だ。
ここはクラウディアともうひとり、村雨ユリの部屋でもある。
故に赤毛のルームメイトなら入る資格があるのだが、戸惑い顔の若いシスター、ヨハンナ先生が言うには、全く見ず知らずの者達であるとか。
しかも、学園内のシステムがそれらを一切記録していないという。
とはいえ、その辺のカラクリはそれほど難しくはなかった。
単にシステムに介入したというだけの話だろう。
無論、簡単ではないはずだが。
「ロゼ、何か分かる?」
『学園のシステムは既製品そのままんまだからダマすのはイージーなんだけど、実はその部屋はユイリの注文で別系統のシステムが入っているんだよねー』
「何それ? なのに入られたの??」
『元々学園には大したもん置いてないもの。そこは間抜けの監視用と、部長が寝ている時用の防御システム。サイレントアラームで、あたしとユイリだけに通知が来るようになってる』
友人の柿色メガネ少女、ネットウォッチャーの『ロゼ』ことロゼッタに通信してみると、既に事態を把握していた。
いつの間にかクラウディアも知らないうちに、侵入者をこっそり確認するシステムが仕込まれていたらしい。
それわたしのプライバシーは守られているんだろうな、と不安になるスレンダー金髪だが、その辺は後で問い詰めるとして。
送られてきた映像を、船団員の顔と照合。部屋に侵入した下手人を特定した。
宇宙船内ではプライバシー以上に、誰がどこにいるかを常に特定しておくことが重要である。事故の際の生き死にに直結する為だ。
不法侵入の容疑者、エクスプローラー船団の乗員はその位置情報すら偽装していたが、ロゼッタの追跡によりあっさりと現在位置を確認し、騎兵隊が直接とっ捕まえに飛んで行った。
◇
ノマド『エクスプローラー』船団。
銀河に数多ある自由船団のひとつであり、好奇心旺盛な者が自然と集まり形成された研究者色の強い集団である。
とはいえその実態は、調査と研究の為なら崩壊中の星系にも平気で飛び込み、絶対的戦力差のある星系艦隊にだってブラックホール兵器で脅しをかけるというクレイジー船団であった。
研究成果が有用でなければ、とうの昔に先進三大国の駆逐対象になっていたと思われる。
コロニー内の物資集積所に勝手に拠点を作り、学園の寮に忍び込み探し物をしていたのが、このエクスプローラー船団に所属する汎技術解析グループだ。
現代で一般的になっており、2000年以上前から存在しながら、その
原理が解明されていない技術の解析を専門とする研究者たちである。
以前からその件で、度々問題を起こしている集団でもあった。
勝手にコロニーシップのシステムに侵入し、自分たちへの監視を無効にしてセキュリティーをかわしていたが、ロゼッタとの電子戦の末に監視が復活してしまい、ヒト型警備機により拘束されていた。
大きなメガネ型解析ツールを身に着けた、濃い茶のロングヘアーの少女。リーシズ・スクルーティナとグループの面々だ。
「またあなた方……ですか? ついこの先日もそちらのゴーサラ船団長からお叱りを受けていましたよね?」
施設侵入の常習犯を前にし、少々ヘタレの気がある騎兵隊長でさえ、お嬢様的に丁寧な対応をする気にはなれず。
いっそ、宇宙空間に投棄、的な短絡的手段を囁く己の声を無視するのが、まぁまぁ骨が折れるクラウディアである。
顔には出てしまっていたが。
「あー、あの宇宙船の秘密の手がかりを得るには仕方のない事だったんです! 村雨さんは非協力的だし……。
でもアルケドアティスは未解析の技術や不完全なまま使っている技術の全てを解き明かす重要なカギなんです!
全宇宙の人類の為に、個人が独占していい情報じゃないんですよぉ!!」
さも公共の利益の為のように言うが、それが自己の興味を優先したお為ごかしだというのは、既に周知の事実である。
それに乙女の部屋に押し入った愚か者は死刑にして良いと船団規則にも明記されている(されてない)。
「あのですね……戦力の要であるアルケドアティスの機能を損なうような行為は厳に慎む、だから触れない事。ってそちらの船団でも決まったんですよね?
だいたいアルケドアティスはユリ、さんの私物みたいなモノだし……。他人の船を勝手に調べるのに個人の部屋に不正に侵入し船団トップの取り決めも破るとか、あなた方怖いモノないのですか?」
こうして並べてみると、立派なアウトロー。こうなる前に隔離でも出来なかったのだろうかエクスプローラー船団。
騎兵隊の隊長はエヴァンジェイル船橋に申し送りし、さっさと連行してもらう事とした。
クラウディアの権限で放免できる手合いではないし、心情的にも無理。
後の処遇は、所属船団のトップ同士で決めてもらうだけである。
「うー……結局データの欠片も見つからなかったぁ」
「船のシステムにアクセスするにも、クリアランスが厳し過ぎるんだよなぁ」
「そもそもリアクティブ暗号変換が厳格過ぎるんだよ。あれ自体がひとつの強固なセキュリティだ」
「クリアランス合成も可能性は低いな。システムオーバーライドから環境を構築してハードウェアの掌握を狙った方がいいんじゃない?」
「どうやってその間船を押さえておくんだよ。コントロール取り返されるだろ」
不正に停止させられていた警備ボットが、汎技術解析グループを連行していく。意思無き機械だが、心なしリベンジが嬉しそう。
その間もグループは悪びれたり後悔したような様子はなく、今回の反省と今後の対応を話し合っていた。反省と言っても不法侵入の件ではない。
「あなた方、拘束されている自覚はあります?」
呆れを通り越し、流石に怒りや苛立ちを覚えるクラウディアお嬢様。
基本的に度胸があるとは言い難い性格だが、こうも周囲を省みず自分本位に振舞われると、ヘタレ少女をして込み上げて来るモノがあった。
「ねぇクラウディア隊長、おっしゃる通りアルケドアティスはこの船団の命綱なんです。そのコントロールをひとりの人間に依存するのは危険だとは思いません?
大勢の命にかかわる技術は、遺失しないよう全人類で共有されるべきなんです。
村雨司令がご自分の優位性を守りたいのは分かりますが、やはり人類の為に全てを公開させるべきですよ!!」
「あんた何言ってんの?」
そんな騎兵隊長の腹の虫の位置も知らず、知ったような戯言を垂れ流し続けるバ科学者。
クラウディアはお嬢様を投げ捨てたドスの効いた声色と目付きで、リーシズ・スクルーティナにガンを飛ばしていらした。ライン越えである。
「ユリが自分の事しか考えてないなら、こんなに必死になって艦隊作ったりわたし達鍛えて騎兵隊任せたり走り回ってヒト集めたりしてないわ。
アルケドアティスだって、それこそ自分の利益しか考えないようなヒトには任せられないから、ユリが守って慎重に運用しているんでしょう?
今ユリは大勢抱え込んで溺れそうになりながら信じられないほどしっかり艦隊を纏め上げてひとりでも多く救えるような仕組みを作ろうとしているの! あなた方のようなヒト達も含めてね!
この上ユリの邪魔をするようなら、あの娘の手を煩わせるまでもなく私があなた達を真空中に放り出すわよ!?」
思えばスゴい赤毛のルームメイトであった。
完璧なお嬢様として学園に入ってきたと思えば、騎乗部を作りエイムと技術者とオペレーターを揃え、大会に乗り込めるほど皆を強く鍛え上げ、自身もメナスと先頭切って戦い、全員で生き残れるよう強力な戦闘集団を組織しようとしている。
一方で、どれほど悩んでいるかもクラウディアはよく知っていた。よくうんうん唸っているので。
赤毛の親友、村雨ユリは力ある者の義務を全力で果たそうとしている。
ならば自分は、騎士のようにそれを支えるのみであった。
恥ずかしいし大きな声で言えるほど実力的に自信もないのだが。
華奢な金髪隊長だけではない、騎兵隊や自警団の人間からも睨まれると、流石に四面楚歌を察したかグループのバ科学者たちも沈黙する。
輸送用のヴィークル、空飛ぶ護送車両のような乗り物に押し込まれて行く一団を見送り、クラウディアは胸中の熱を大きな溜息と共に排熱。
舞い上がるヴィークルに煽られ、乱れる髪を抑えながら自分のエイムに戻っていった。
◇
その後も、騎兵隊としてコロニーシップ内外のトラブルに対処し、エイムで飛び回っていたクラウディア隊長である。
「なんか信じられないような事をやらかしてくれるヒトが実際にいるものなのね。
当然のように『右舷は自分の自治区だ』とか言うから、一応ブリッジに確認しちゃったわよ。
その後も解散させるのに結局ヴィジランテや他の船のヒトまで動員する大騒ぎになったし」
「緊張感もなくなって、そういう活動をする余裕も出てきたという事かな。
わたしの方でも、船で徒党を組んで艦隊の議決権を要求するような話が出てたし。
そういう艦隊じゃないんだけどなー……あーウ」
寮の部屋に戻ると、赤毛のルームメイトが少し前に戻っていた。
村瀬唯理は今も学園の寮に寝泊まりしている。
当然、旗艦のアルケドアティスに部屋はあるのだが、司令がエヴァンジェイル内にいるのが重要だ、という話。
相変わらず、時々とんでもない格好でベッド上をゴロゴロしていた。
今も環境スーツを脱ぎ捨て、グレーの下着だけという姿。ベッドに寝転び、「うーん……」などと悩ましげな声を漏らしながら背伸びしている。
地味な下着がカラダの起伏をかえって際立たせていやしないかと、直視も出来ず横目で見ながらそんな事を思うクラウディアだった。
「まぁ……騎兵隊としてコロニーを守るのは自分の為でもあるし、だからそれはいいんだけど。
一生懸命頑張っても、ただワガママに振る舞って他をかえりみないヒトは尽きないのね。感謝しろとも言わないけど。
そんなヒトの為に自分を削っていくのは、無駄で徒労な気がして来ない? ユリは」
気合いで半裸の美少女から目を離し、今日の出来事を振り返り愚痴をこぼすスレンダー少女。こちらは普通の部屋着。
騎兵隊はコロニーシップ『エヴァンジェイル』と学園の生徒、それに移り住んできた乗員を守る戦力だ。
そんな部隊の隊長をやるというのは、過分な役職で重責だとはクラウディア自身思うが、必要だと思いやっているのだからそれはいい。
赤毛のルームネイトが、ひとりでも多くのヒトを助けるよう、大きな組織を作ろうとしているのも分かる。
しかし、その恩恵に与りながら、いざ身の安全を図れると分かった途端に裏切るような真似をする者達まで、身体を張って守る必要があるのか。
ユリの努力が踏みにじられていいのか。
「際限なく自分を優位にしたいと思うのは、生存本能の欲求だろうね。だから集団も作るし権限も求める。
生き残りたいと思えばこの艦隊を自分のモノにしたいというのも、当然の考えではある、ワケ、だ……。
まぁ余裕が出ると生き死により政治ゲームをしたがるのが人間でもあるが」
ベッド上でゴロゴロとリラックスしていた赤毛が、身を起こすと至って平静にそのようなことを言い出した。
そこには不快感も憤りも無い。当たり前の事実を講釈するように、だ。
「生きる為に誰もが全てを得る権利があっても、実際にそれを得るのは強い者だ。
戦いだね、常に。手練手管、暴力と言葉を尽くして手段を択ばず主導権を握ろうという。大げさに言えば、それは個人個人の『正義』、という事になる。
当然だけど、それはわたしの正義とは違うモノだね。だからわたしは、誰よりも強くなくてはならない。わたしの信じるやり方を押し通す為には。
正義を語れるのは、常に最も強い者だけだ。何をどう取り繕っても、この現実は変えられた例がない」
何かを決めるのは、常に力である。これは人類有史以前から決して変わらない、野蛮なる真理である。
赤毛の少女は、最初から分かっていたのだ。
守ろうとするモノとさえ、敵に回り戦う必要があるという事を。
銀河の半分を敵に回しているのは伊達ではないのである。
一体どうしたらここまで覚悟を決められるのか、クラウディアは心底疑問だった。
自分には絶対無理だ。多少実戦を経験し、エイムのオペレーションも覚えたが、中身は多分フワフワした小娘のままなのだから。
横になる華奢な金髪令嬢は、もはや脳死で感心するほかなかった。
途方もない意思と信念。
到底真似できないが、それでも自分はこの親友の為に何ができるだろう。
「つまり、他人の面倒を見られるのは強いヤツだけ、って事だね。でもこれはわたしの正義だからディーは真似しなくていい。
ディーがわたしを許せないと思う事があれば、自分の正義にかけて全力で叩きに来てくれるのが理想ではあるがね」
「いやムリ死ねと?」
なんでそんな恐ろしい話になるのか。
心底イヤそうな顔になったスレンダーお嬢様は、頭からブランケットを被ってしまう。
自分は赤毛の娘を助けたいのであって、絶対に勝ち目などないのに絶望的な戦いに挑むとか死んでもゴメンなのだ。
そもそもクラウディアはユリと対立できるほど自分がご立派な信念を持てるなどこれっぽっちも思えなかった。
「何を情けない。仮にもわたしの教え子だというなら、敵に回ったらわたしをぶっ倒すくらい言えんのか」
「むりー! ギャー引っ張るなー!!」
真面目くさった声色の赤毛が、隣のベッドのチキンからブランケットを引っ剥がそうとする。
しばらくブランケットに抱き着き目を閉じて悪足掻きしていたクラウディアだが、決定的な腕力の差に屈して守りを奪われベッド上をコロコロしていた。
暴れたので息が荒くなり、少々ぐったりもしている。
その目は恨みがましかった。
「……どうせユリは最初から勝つ手を万全に整えてるんでしょ。それで勝負とかズルくない?」
「そんな事はない。手段を選ばなければディーだって十分勝ち目があるんだよー。
どれだけ準備しても、戦いに絶対はないから。なんとも効率の悪いことだね」
赤毛の方は、「やれやれ」などとワザとらしく言いながら、何故かそのままブランケットを没収。畳んで丸めてヌイグルミのように胸元に抱き締めてしまう。
無防備を強いられる華奢なお嬢様は、このまま転がっているのも気恥ずかしいので、バスルームに逃げる事とした。
「あ、それならディー、一緒に入ろう」
「なんで!!!!!!?」
そして悲鳴をあげた。
一緒にシャワーを浴びるのは初めてではないが、それにしたって騎乗部併設の大きなスチームバスか、以前大破してしまった母船のバスルームでの事。
寮に部屋のバスは、基本的にひとり用だ。つまり狭い。
「そうだなぁ……ほらアレよ、疲れ気味のようだから、一度師として弟子のカラダの調子を直接診るとかね?」
「凄くいいわけクサいのですが!? ねぇヤダちょっと押さないで――――!!」
再び筋力という理不尽に背中を押され、なす術なくバスルームに追いやられていく華奢嬢さま。
やがて、スチーム音と共に乙女ふたりの賑やかな声が反響し、その最後に甲高い悲鳴と派手な激突音が響いていた。
翌日。
コロニーシップ『エヴァンジェイル』の外部からのヒトの受け入れについて、学園長シスターと廊下を歩きながら話し合っていた赤毛の艦隊司令。
その、誰から見ても美麗な顔の側面には、クッキリとビンタの痕が付いており、学園女子たちの憶測を大いに煽る事となった。
やはり、誰かに不埒を働き一発喰らったのだろうか、と。99%が正解している。
「きっと同室の正妻とはいえクラウディアお姉様に求め過ぎたのよ……!」
「エルルーン様と仲良くし過ぎたのを咎められたのでは……?」
「最近はスラッとした凛々しい黒髪のお姉さまと一緒にいるところも何度も見られると言いますし……ユリ様、いったい何人の愛を……」
「いえユリ様は何人も受け入れてらっしゃる方では?」
密やかに熱を帯びる乙女たちの視線。
他方、赤毛の隣にいるシスターエレノワの目線は、非常に胡散臭そう。真面目な話をしているので何も言わないが。
そして、赤毛に怒りの平手をブッ込んだクラウディアはというと、
「さぁ仕事よ! あんの連中またオーダー違反するようならコンテナに詰めて50Gチャレンジさせてやるわ」
「どうしたのぶちょー? なんだかすぐ力尽きちゃいそうなテンションだけど」
『エクスプローラーの汎技術解析グループなら隔離船送りになりましたよ?』
やたら気合いの入った騎兵隊の隊長は、ズンズンと大股でエイムに歩み寄ると、ワイヤーを伸ばしコクピットへと乗り込んでいった。
妙な熱を発するクラウディアに、顔を見合わせる外ハネ元気娘のナイトメアと無言メーラーのフローズン。
茶髪の冷淡女子やドリル海賊令嬢は特に反応無し。
『艦隊ブリッジコントロールより騎兵隊ディー隊長へ、ヴィジランテにスクランブルかかって不明機へのインターセプト指示出てる。
騎兵隊の方は隊長に判断を任せるってさー』
「なにそれ? んーまぁそれじゃーチームで別れて内と外で警戒しておくわ。
エリィ、フロー、付いてきて。サキ、レンさんとメアで学園で待機よろしく」
定期巡回に出ようとしたところで、旗艦アルケドアティスでオペレーターをやっている柿色メガネ娘から通信が入ってきた。
内容は、現在地のジオーネ星系、第15惑星ジオーネG15M:I宙域へ接近してくる移動物体への対応だ。
現在のプラットホーム周辺には溢れるほど宇宙船やエイムが飛び回っているが、明らかにそれらとは違うらしい。
『ディー、こっちでも確認したけどエイムにしては大き過ぎる。わたしも出るから騎兵隊は出なくていい』
「コロニーを守るのがわたしの……わたし達のお仕事でしょ。インターセプトコースに迎撃ライン引くわよ。いいでしょユリ?」
『まぁ……いいけど。騎兵隊チームAはわたしと合流。アルケドアティスがエヴァジェイル前に出るからそれを中心にフォーメーション。ユーコピー?』
「了解、騎兵隊出るわよ!」
平坦な頭部中央のセンサーアレイ、角の取れた装甲のエイム、メイヴ・スプリガンが重力制御で浮き上がる。
都市部と人々の見上げる中を飛び越えた騎兵隊は、下層エリアに降りると格納庫から宇宙へ。
飛び出した先には、装甲の翼を広げた強襲揚陸艦と、マッシヴな外装に重装備のフルカスタム機が待っていた。
『対象は約170メートル、フォートレスタイプのエイムと思われるが詳細不明、IFFに応答なし。随伴機及び宇宙船無し。
ヴィジランテが阻止に動いているが、もう防衛ラインを抜かれている。アルケドアティスはこの地点で迎撃、我々はインターセプトだ。
ブレイズは先行、ランツ、メッツァーは私の両サイドに付け。騎兵隊、ディーは私の後方から援護だ。行くぞ』
『りょーかーい、ブラッド01、02、03前進する!』
『ランツ了解!』
「騎兵隊も了解!!」
灰白色に青のエイム、村瀬唯理がブースターを燃やして飛び出すと同時に、深紅のエイム部隊や鎧騎士のエイムも併せて動き出す。
そして、今は自分が赤毛の少女の一翼を担うのだと。
ペダルを踏み込むクラウディアは、第一線のエイム乗り達に全く遅れることなく、自分の機体を加速させた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・フォートレスタイプ(エイム)
拠点防御や進攻に用いられる超大型のエイム。通常のエイムが全高15メートル前後であるのに対し、フォートレスタイプは100メートルを超える。
元々エイムは宇宙船に近い機能を持つが、フォートレスタイプは戦闘艦の機能をほぼ全て搭載している。ヒト型戦闘艦と言える機動兵器。
全体に搭載した火器、戦闘艦を圧倒する機動力、艦載機の搭載能力、旗艦能力と通常の宇宙船とエイムを圧倒する性能を持つが、同時にどちらにも及ばず中途半端とも評される。
戦術レベルではなく戦略兵器として運用されるケースが多い。
・ノーブルクラブ
聖エヴァンジェイル学園の非公認課外活動部。淑女として相応しくないとされる趣味や活動を行う者達の社交場とされる。
会員は三角頭巾で素性を隠し、ウノやドス、トレスといった偽名を用いて呼び合う。とはいえ互いの正体は体格や声質で分かるので、これはクラブ内外を区別するというマナーの意味合いが強い。
学園の教員やシスターは存在を知っているが、黙認されているのが実情である。
・バス(ルーム)
身体の洗浄を行う装置及び施設。
この時代では立った姿勢のまま全身に高圧蒸気を当てるのが一般的。
基本的にひとり用であり、仮にふたりで使用した場合密着状態に近い体勢となる可能性が高い。