132G.リアルアタッカー ドリームブレイカー
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アクエリアス星系、スコラ・コロニー。
聖エヴァンジェイル学園、上空。
課外活動部、創作部の片隅にひっそりと咲く乳白色の少女、プリマ・ビスタが浚われてしまった。
浚ったのは、コロニーの外からヒト型機動兵器の部品を運んできた私的艦隊組織、『プロテクト・アディシブ』所属のエイムオペレーター、ランケルだ。
犯行の瞬間はその場にいた大勢の生徒が見ており、赤毛の転校生、『村雨ユリ』こと村瀬唯理はすぐに救出へと走る。
プロテクト・アディシブは荷物の輸送に3機のエイムを付けており、赤毛のお嬢様は内一機をハイジャック。
逃走した誘拐犯を追い、コロニー内の人工の空へ追撃をかけた。
◇
とはいえ、誘拐犯のランケルには自分がマズイ事をしているという自覚が一切無かった。
一目惚れした乳白色の少女、プリマへの自分の想いは誰が見ても美しき『愛』であり、それは全ての人間に祝福されるべき出来事である。
また、企業家の父と会社が自分を庇い事を大げさにしない、と信じて疑わなかった故だ。
何も無い、日々何の変化も無い、宇宙の果てのような宙域の警備。
高額の報酬があろうがなんだろうが一社員でしかないランケルの知ったことではなく、生きたまま死んでいるような仕事にはうんざりしていた。
そんなところで見つけた、運命の相手。
瞬間的に理解した。不幸な成り行き、つまらない仕事、不当な扱い、今までの全てはこの出会いの為にあったのだ。
この一生に一度の出会いが運命ならば、後は全てが自分の都合良く運び、何の問題もなくハッピーエンドを迎えるはずだ、とさえ考えていた。
無論、その全てがランケルという男の極めて自己中心的な思い込みと妄想であるのは言うまでもない。
「よく出来た都市だけど、やっぱりヒトのいないテーマパークみたいなものだな。
よし、すぐにナイトレムに行こう。パパには本社に席を用意してもらわないと。PFCのエイム乗りなんか今日で終わりだ。
キミと暮らすのに宇宙船になんか乗っていられないからね」
「あの、申し訳ありませんが……が、学園から離れるのは困ります! ま、まだ学ばなければならない事もありますし、それに――――」
「ははは、もう必要ないって。ハイソサエティーズに買われるより、愛し合った者同士が結ばれる方が良いに決まっている。
僕のパパはナイトレムとナイトホロウ星系の盟主みたいなモノなんだ。不自由はさせないよ」
生来大人しく、学園に来る以前も、来てからも、ヒトに意見するなど出来ないような、気の小さい少女である。
精一杯勇気を出して学園に戻してもらえるように頼んでも、相手の男は意味の分からない事を言うばかり。
完全に自己完結して全てを自分の都合のいいように解釈する、プリマがこれまでの人生で出会ったことのないタイプだ。
勝手に自分と少女の将来を決めると、ランケルはコロニー内の遊覧飛行を切り上げ、エイムを加速させる。
全身にゴテゴテと追加装甲を付けた中型機が、背面のユニットや脚部の排気口からブースター炎を吹き出した。
コクピット内にいる少女の全身にかかる、微かな荷重。
まさかこのまま本当に、学園を離れてこの男の思い通りにされてしまうのか。
つい先ほどまで考えもしなかった悪夢の未来を想像し、マシュマロのような少女は目に涙を浮かべてブルブルと震えていたが、
突如コクピットに接触警報の音が響くと、機体とプリマの全身がガクンッ! と揺すられた。
「キャァ!?」
「ゥわお!? なんだよ!?」
乳白色の少女が悲鳴を上げ、ランケルも目を白黒させる。
それでも一応オペレーターとしての教育は受けているので、すぐさまエイムのインターフェイス画面から状況を読み取ろうとした。
見ると、数秒前から戦術支援システムが別のエイムの急接近を警告していた、とのログが。
エイムオペレーターなら常にレーダーを警戒していて当然なのだが、ランケルはのぼせ上って、それすら疎かにしていたワケだ。
衝撃の正体は、ランケルの乗るエイムが別の機体と接触、左腕マニュピレーターを拘束された為だ。
識別コードを読み取ると、それは同僚のエイムだった。
「モラムお前! いきなり何をしてくれんだよ!?」
何をしている、と行動の是非を問われるべきはランケルの方だったが、本人は自分のやっている事が問題だと想像もしない。
それどころか、同僚が愛するふたりを邪魔しに来た、と思うや一瞬で頭に血が上り、プリマに向けている顔とは真逆の、怒りに歪んだ表情になっていた。
『プリマさんを連れて行かれては困ります。今すぐにエイムを地上に下ろし彼女を返してください』
ところが、通信で表示される味方機からの映像を見て、一瞬でその顔がポカンとしたモノに変る。
モラムという同僚のエイムに、どういうワケか全く別人が搭乗しているのだ。
コクピット内にいるのは、深く透き通った紅を内包する赤毛と、美しい容貌の少女である。
身に着けている制服からして、乳白色の少女と同じ学園の生徒。よく見れば、先ほど輸送機の中に真っ先に入っていった少女だ。
分からないのは、どうしてそれが同僚のエイムに乗り、そもそもどうやって個人認証をクリアして操縦しているか、という点だったが。
本来のオペレーターは気絶して唯理の足下に転がっており、認証は特殊なデータツールで破った。
「あ、ああいや、そう、彼女……プリマ、そうプリマか! プリマは俺と結婚するんだ。俺たちは愛し合っている! この出会いは宇宙の法則に定められていた運命なんだ!
だからプリマはもう学園には戻らない! 邪魔をしないでくれ!!」
今の今までプリマの名前すら知らなかった誘拐犯が、恥ずかしげもなく根拠のない言い訳を叫ぶ。
大抵のことには動じない赤毛の少女ですら、男の脳内で暴走する超展開に眉を顰めていた。
合理的思考をする人間が理屈を無視した事象に出遭うと、理解ができず混乱するのである。
とはいえ、このお嬢様の半分は自律兵器でできているので、プロトコルに従い行動を選択するだけなのだが。
「貴方の言葉の真偽が分かりません。プリマさんの意思も確認しなければなりません。それに、学園の許可無しに生徒を敷地の外に出すことは出来ません。
以上の理由により、貴方の自由にさせるワケには参りません。
改めてお願いします、エイムを着地させプリマさんを返して下さい」
ランケルは無視してブースター出力を上げるが、直前に唯理が相手の腕部をその背中側へ引き込み、空中で振り回した。
一瞬強い遠心力がコクピット内にかかるが、ランケルとプリマに大したダメージは無い。
ところが気が付くと、両エイムの位置は入れ替わっており、ランケル機は唯理の機体に行く手を阻まれる形となっていた。
何をされたのか分からない恐怖と、無意識に感じる赤毛の少女との圧倒的実力差。
だがそれでも、自分とプリマの愛を邪魔する許しがたい敵、という湧き上がる怒りの方が、ランケルの中で勝っていた。
「あのさぁ……悪いけど、お前みたいな可愛げのない生意気女は好みじゃないんだよなぁ!!」
愛は全てを正当化する。
裏切りも、服務規程違反も、そして殺人も。
ランケルは腕部マニュピレーターに装備した武装の安全装置を解除。
増加装甲と一体型の3連装レーザーを、赤毛娘に乗っ取られた味方機へ向け発振した。
「……ッと」
撃つかも、とは思っていたが、本当に発砲してきた誘拐犯に、唯理も少しビックリ。
宇宙空間という死の世界において、人間の生存環境を守るコロニー内での火器の使用は、場合によっては殺人より罪が重くなる。
誘拐犯は完全に自制心を失っていると言えよう。
よって、唯理はあえて回避せず、エネルギーシールドと全身に貼り付けた増加装甲でレーザーを受けた。
武装のサイズ的に、火力の低いサブウェポンだろうという予測もあったが。
操作感度が低くブースター出力も頼りないが、赤毛の少女は搭乗機を目一杯振り回す。
「ん……ちょっと重いか」
赤い3連の光線がエイムの装甲を薙ぎ払い、照射された面が赤熱化していた。
だがそれも、高速で横回転するエイムに対しては、狙いが絞れておらず効果的に火力も集中できていない。
「なんッ……だコイツ!!?」
竜巻のように迫る敵機に、動揺を露にするランケル。所詮、型通りの訓練しか受けていないオペレーターだ。
一瞬で、唯理はレーザーを向けてくる腕部マニュピレーターの外側へ密着。エネルギーシールドは、接触する時に邪魔になるので展開していない。
そこから敵機の手首を掴み、回転力に乗せて相手の肘関節部に掌底を入れ、これを圧し折った。
本来曲がらない方向から関節に力を加えられ、ゴバキンッ! という派手な音と共にマニュピレーターが破壊される。
「なんでだよおかしいだろ!?」
「ひやぁあああ!!?」
衝撃がコクピット内にまで響き、余裕をなくしたランケルがプリマを放り出していた。
反射的にもう片腕を突き出すランケル機。
それを腋で挟み込む唯理は、一瞬だけブースターを吹かし内側に機体を捻ると、こちらも折る。
「ロゼ、コクピットのコードを」
『そんな簡単じゃないんだよ! 待った待った待ったあー多分コレだ!』
エイムが拘束されると、ランケルの方は死に物狂いでブースターを全開にしていた。
相手と違って両腕が使える唯理は、当然逃がさない。壊したマニュピレーターを掴み、同じくブースターを盛大に燃やし力尽くで押さえ込む。
力と力の勝負に、機体が軋みコクピットの振動も激しくなる一方だった。
そうしている間にも、唯理はロゼッタに誘拐犯のエイムのデータ解析を依頼。
エイムの動きを抑えているうちに、という赤毛の無茶振りに必死で応える柿色少女は、どうにかセキュリティログの暗号化されたデータから複数パターンの数字を読み解く。
これを総当りで試し、誘拐犯のエイムのコクピットを開かせる唯理は、間髪入れずにその中へ滑り込んだ。
「は……? なんで――――」
突如として勝手に開くコクピットハッチと、その正面にスカートを翻して陣取る赤毛の美少女。
両機がいるのは、地表から高度300メートルの上空だ。
もはや何が起こっているのか、ランケルには何もかもが分からない思いだったが、
「エイムも女の子の扱いも三流以下か……色男気取るには1000年早い、なッ!!」
「――――ほガァ!!?」
超高速射出された靴裏を顔面に叩き込まれ、ついに最後まで何ひとつ理解できないまま意識を失った。
◇
聖エヴァンジェイル学園、本校舎。
懺悔室。
薄暗く、静かで、古風な室内。
しかしその薄皮一枚下には、最新の防音構造と、プライバシーと監視を両立するシステムが敷き詰められている。
室内にあるのは、机とベッド、それに中央の簡素な応接用テーブルのみ。
隣室には全自動清掃のスチームバスとトイレがあり、外から扉を開けられない限り、部屋の外には出られないようになっていた。
それが、学園に悪名高き懺悔室。
校則違反など問題を起こした生徒を、一時的に隔離し反省を促す、という名目の施設である。
「また騒がせてくれましたね、村雨ユリさん。女子生徒が部外者の異性と接触し、あるいは軍事兵器を乗り回し学園の真上で大立ち回りなど、学園始まって以来の前代未聞の事態です」
そんな上品な独房のような場所で、唯理は修道服のシスターと会っていた。
女性としては背が高め、背筋は鉄筋を入れたかのように真っ直ぐ伸びており、全くフラ付いたりしない。
表情はやや厳しいが、顔貌は美人と言って申し分ないほど整い、成熟した女性の魅力が滲み出ている。
決して威圧的な態度ではないが、その厳格な雰囲気の前ではどんな生徒も身の引き締めざるを得なくなる、学園の秩序の象徴。
シスター・エレノワである。
「申し訳ありません、シスター。プリマさんの身の安全の確保を最優先しましたので」
もっとも、修羅場最前線を突っ走ってきた赤毛の少女が、いまさらシスターひとりを恐れる理由もなかったが。
軍人のように直立不動で応える少女に、眉間にシワを寄せたシスターが溜息を吐く。
村雨ユリ=村瀬唯理、という素性のことは、シスターエレノワも知っていた。
なにせ、昔の同僚に頼まれお尋ね者の赤毛娘を学園に入学させたのは、他ならぬこの人物だ。
それに、前回懺悔室に呼び出した時とは違い、今回は赤毛の少女に責任を問うつもりはない。
内緒話をする上で、懺悔室以上に都合の良い場所もなかった為だ。
「……ええ、方法はどうあれ、プリマ・ビスタさんを助けてくれたことには感謝しなければなりませんね。貴女でなければ間に合わなかったでしょう。
聞けばあのエイムのオペレーター、プリマ・ビスタさんを故郷の星に連れて帰り、結婚するつもりだったとか。
いったい何を考えているのでしょう。貴女だから言いますが、新規に契約する度に警備の質は下がる一方です」
頭が痛そうに額を押さえるシスター・エレノワ。ピリピリしているのは、責任の重さ故なのかもしれない。
今回の事件ほどではなくても、警備の私的艦隊組織を変える度に、コロニー外で騒いだり、気付けば職場放棄していたり、といった問題は細々と発生していたとか。
それも、警備を委託する相手が実力や実績ではなく、学園運営母体のハイソサエティーズとのコネや柵で選ばれる為かと思われる。
誘拐に関しても、起こるべくして起こったという感があった。
なお、女子生徒誘拐未遂をやらかした私的艦隊組織の社員は、プリマと自分は愛し合っておりそれを邪魔する者は絶対に許さない、などと言い続けて本社に強制送還されたらしい。
コロニー内での重火器の使用という重罪も犯しているのだが、業務を斡旋したハイソサエティーズとの関係悪化を懸念し、法的な処分については先方にお任せということになっている。
社としての責任問題もあるが、今すぐ他のPFCと交代するのも難しいということで、当面はこのまま警備を続けるという話だ。
「私のようにエイムで戦え、とは言いませんが、せめて避難訓練など最低限身を守る行動は生徒に教えておくべきでは? 差し出がましいようですが。
サンクチュアリ星系にまでメナスが出現したという世情で、外の様子を見て見ぬふりで無防備のままでいるなどと、率直に申し上げて正気を疑います」
うっすら微笑みながら遠慮なく言う赤毛に、やや恨みがましい目を向けるシスター。取り澄ました表情に比べると、素が垣間見える。
言われるまでもなく、エレノワだって分かっているのだ。
だが、学園のカリキュラムやコロニー内の情報は厳格に管理されており、学園長たるシスター・エレノワにさえ自由には出来ないのである。
「それが、貴女がクラウディア・ヴォービスさんと一緒に騎乗部を復活させた理由ですか?」
「いえまさか。本気で防備を固めようと思ったら、この学園を軍学校に作り変えます」
赤毛のセリフに、まさか本気じゃあるまいな、と恐れ戦くシスター学園長。
だが、そこを追求すると今度こそ見なかった事に出来なくなりそうな予感がするので、エレノワは何も言わないことにした。
「こ、今回の件で貴女に責任が無いのは先刻言った通りですが、他の生徒の手前全くの無罪放免というワケにもいきません。
すみませんが、2~3日ここで大人しくしていてください。特別課題を科すことはいたしません」
赤毛の少女がヒト型機動兵器で暴れたことは、即座に職員室から緘口令が敷かれている。
しかし、当時の現場には騎乗部や創作部をはじめとして多くの生徒がおり、そして少女の口に戸を立てるなど不可能である、という宇宙的不文律が存在していた。
よって、どうやっても噂が過熱するのは避けられまいが、少しでもそれを抑えようということで、唯理がひとり割を食うことになったワケである。
◇
そうして、クラウディアは部屋にひとりでいた。
スコラ・コロニー内では、遠いクルマの走行音など聞こえない。昆虫の類も駆除されてしまうので、虫の鳴き声も聞こえない。
門限後の生徒の行動は寮内であっても制限される為に、他の部屋の音も聞こえない。そもそもが完全防音だ。
学園内の夜間照明が窓から淡く差し込み、室内をぼんやりと浮かび上がらせている。
華奢な体躯の金髪少女は、暗い室内でベッドに寝転び、情報端末の録画映像を繰り返し再生していた。
目はパッチリと開いているが、見ているのは脳内に展開される光景だけだ。
2機の増加装甲エイムが、コロニーの人工の空を背景に激突している。
機体各所で断続的に炎を吐くブースターノズル。雲を引いて飛翔する、歪なヒト型のシルエット。機動に合わせてダイナミックに駆動する腕部や脚部。
どれだけ重力を制御しても払拭できない、大型兵器の重量感。
それが振るう、桁外れの暴力と破壊。
背中から墜落して土煙に沈む誘拐犯のエイムと、浚われた女子生徒を救出して雄々しく立つ、もう一機のエイム。
それはシミュレーションとは全く違う、現実の上で演算されていた事象だ。
「これが……エイム戦」
呟くクラウディアが寝返りを打つと、目の前にはふたつのベッドを隔てる簡易な敷居が。
普段はその向こうに赤毛のルームメイトがいるはずだが、今は懺悔室でお勤めの最中だ。
あられもない格好の寝相を思い出すと心臓が騒ぎ出すが、今はそれを頭の中から追い払う。
あの赤毛の少女に、早く戻って欲しい。
聞きたいことがたくさんあった。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・サンクチュアリ星系。
銀河先進三大国の一角、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の中央本星系。
本星は第5惑星オルテルム。
・緘口令。
ある物ごとを他人に話さない、伝えないように命じること。
ある情報が集団や社会に混乱をもたらすと想定された場合、または統治者や支配者に都合の悪い場合に、原因となる情報の拡散を防ぐ事を目的とする。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、女子2名がハートに男性1名が物理的にダメージ。




