130G.ダークスペアタイム インサイドフュージョンライト
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天の川銀河、ノーマ・流域、銀河上流域。
アクエリアス星系、スコラ・コロニー。
永遠を求めるように、穏やかで停滞した乙女の園。
望まれて無垢のまま、無知なまま温室内で囲われる麗しの女子生徒たち。
聖エヴァンジェイル学園は、今日も銀河の中で取り残されたかのような静けさの奥底にあった。
変化も、成長も、この学園においては望まれていない。
美しいモノをただ美しいままに留めておく、そして生徒達は何も知らないまま。
仕舞い込まれた宝石箱のように、持ち主がそれを愛でる時まで、まどろみ続けるのだ。
だが、ここに紛れ込む宝石モドキのエネルギー鉱石により、奇妙な反応が起こりつつあった。
「ゆ、ユリさ、ユリさん……こ、の、仕打ち……なん、の、意味、がぁ……」
明るく長い金髪の、スレンダーなスタイルが魅力的な女子生徒。
クラウディア・ヴォービスはお嬢様としての体面を取り繕う余裕もなく、運動場の床に顔面から突っ伏していた。
疲弊や疲労という言葉だけでは全く足らず、今にも死にそうな有様だ。
「エイムに乗らないと実感が湧かないでしょうけど、慣性制御限界を超えた高機動にどれだけ耐えられるかはオペレーターの体力と身体能力次第になります。
それに、一流のエイム乗りになりますと、25G以内のようなのんびりとした機動には終始しません。
エイムの性能をどこまで引き出せるかは、オペレーター次第……。
残念ながら今のクラウディアさんの体力と筋力では、競技会の他の参加者には全く及ばないでしょう」
同じく体操服姿で眉を顰めているのが、この地獄を作り出した赤毛の転入生、村雨ユリだった。
とはいえ、実のところ赤毛の少女がクラウディアにやらせたのは、単なる200メートルダッシュ走(100メートル往復)一本のみ。
たったそれだけで、このスレンダーさんは42.195キロを完走したかのように力尽きてしまったのである。
「ひー、思いっきり脚動かすのー、たーのしー…………」
次いで、ミドルヘアを跳ねさせた健全発達スタイルの少女、ナイトメアも倒れた。
こちらは悲壮感など無く、満足そうな半笑いで力尽きている。
運動量も、100メートル4往復を全力ダッシュでインターバル無し。
体力の程度ではクラウディアと大差無いようだが、それを最後の一滴まで使い果たしてしまったようだ。
運動を苦にしないだけマシとは言える。
なお、片目隠れの通信女子も、運動場の隅にパッタリ倒れていた。
◇
思った数倍深刻な状況である。
学園を卒業するまでの、保険を兼ねた暇潰し。
その程度の考えでルームメイトに協力し騎乗部を立ち上げたが、肝心なクラウディアの体力と運動神経が完全に死んでいるという。
これは、スレンダー少女の運動不足だけが問題というワケでもない。
そもそも、この時代の人間が疲れるほどの運動をしないのだ。
疲れる、つまり苦痛やストレスとなる行動は、徹底的にテクノロジーにより駆逐される。
人間自体の能力はシステムの応用という分野ばかりが伸び、最も基本的な身体能力といった部分は下がる一方、と。こういう現実である。
あの、日々を危険と隣り合わせに生きていたノマド『キングダム』船団ですら、そういった傾向はあったのだ。
完全に保護された箱入り娘がどうであるかは、考えるまでもない事ではある。
スタミナがいつまでも回復しない上に『もうワンセット』と言ったらクラウディアが泣き出したので、赤毛の少女は基礎的トレーニングを断念せざるを得なかった。
基礎トレーニングを断念して、次に何をどうしろというのか。試合以前の問題である。
案外あのウォーキングの授業は学園の女子に対しては効率的なのかもしれない。
そんな事を思いながら、村瀬唯理は完全に方針を見失っていた。
「まぁそういうワケで、モチベーションを上げるところから模索していこうかと」
「いや、だからってアヘッド部はどうかねぇ――――ですねぇ」
故に手順を入れ替えてみた、と言うユリに、ロゼッタは思いっきり胡散臭そうな相槌を打つのである。
聖エヴァンジェイル学園は主に、本校舎、生活棟、寮棟という三つの大きな建物からなっていた。
他にも、教師など学園運営に関わる者が用いる教育棟、学園のインフラや設備やメンテナンスに関わるバックステージ、運動場や温室といった小規模な建物が存在する。
また学園の歴史は長く、様々な理由で建物の増設や増築、放棄が行われてきた。
使われず放置された建物は、学園の外に出られない生徒の格好の隠れ家となっているようだ。
そんな不法占拠された建物のひとつを目指し、赤毛の少女と柿色の髪の少女、それにスレンダー金髪と外跳ねと片目隠れの計5人は、生活棟脇の敷地を散歩中である。
目的は、建物を使っている非公認の課外活動部、アヘッドクラブと接触することだった。
同クラブは、この時代には非常に珍しい対人白兵戦闘を実践している、という噂話だ。
故に、非公認ということらしい。
「というか……好きこのんでケンカしたいという心境がわたしには分からないんですけど」
思いっきり不安そうに赤毛と柿色に付いてくるクラウディア。
ユリの考えは理解はできるが、暴力を好む相手に自分の方から近付きたくない、というのが正直な気持ちだった。
「武術……戦闘技術を嗜む理由はヒトそれぞれでしょう。自衛などで必要を覚えて、技術の継承、技を極めること自体に意義を見出すヒトもいます。
飽くまでも武術が争い事に用いる技術であることに変りはありませんが、ただの暴力とは異なり戦闘の最大効率化を図る為のモノですから。
矛盾するようですが、争いの被害を抑えて自分と相手に可能な限り怪我をさせない戦術でもあるのですよ」
赤毛の少女がどこか遠くを見るように言うと、クラウディアは不思議と実感めいたものを感じ取ってしまう。
改めて考えてみると、エイムコントロールや未経験なはずの騎乗競技などの事で、妙に確信を持ったように動いているのが不思議だった。
騎乗競技、模擬戦。
それは、文字通りエイムを用いて模擬戦闘を行うという競技種目である。
ちなみに4人以下のチームでは個人の部で1対1を4試合。5人以上だと団体の部でチーム戦に参加可能だ。
他の主要競技、コース飛行、編隊飛行、障害回避射撃は単純な練習と技術の習得でなんとかなるが、この模擬戦だけは対戦相手ありきなので、シミュレーションだけでは十分な対策とならない。
そこで、赤毛の少女は非公認で対人戦闘を嗜む課外活動部に他流試合を申し込もうと、こう考えたワケである。
本来ならば十分な身体能力の向上とシミュレーションによる基本的技術を習得してから、と思ったのだが、遺憾ながらその方針は放棄せざるを得なかった。
『あたしも正直アヘッド部はどうかと思うがなぁ……。あそこ何かあると殺し合いで白黒付けるサイコのカルトみたいに言われてるのに。
だいたいエイムの戦闘ならユイリが教えればいいじゃんよ。アンタ以上のオペレーターはいないんだろ?』
情報機器の通信機能で、赤毛と柿毛の内緒話。
最後の方でイタズラっぽい顔になるロゼッタに対し、唯理の方はお嬢様を忘れたドライな顔付きになっていた。
それは、荒れていた時期にロゼッタと保護者に向かって言い放った虚勢のセリフである。
これを改めて第三者から言われると、我ながら思い上がったセリフにしか聞こえなかった。
『……実は可能なら部員を引き抜けないかと思っている。4人だと個人の部ばかりで、団体戦に出られないと総合優勝も無いし。
後は、わたしがここから逃げ出すハメになった時のバックアップ。放り出すのはかわいそうだけど』
後ろのお嬢様方に気付かれないよう、柿色少女に軽く首をすくめて見せる赤毛。
村瀬唯理は天の川銀河の半分で手配されているお尋ね者だ。秘密裏に追っている組織や国家も多いだろう。
万が一この学園に潜んでいることが知られれば、唯理は即座に逃げるつもりだ。いつでも夜逃げできるように準備も整えている。
ならば、騎乗部やら何やら目立つことはするべきではない、というのは本人も分かってはいるのだが、どうもジッとしているだけというのも我慢ならなかったようだ。
◇
学園の敷地を囲む、人工の森。
その畔に、古めかしく作られ、実際に作られてから少し時間が経っている建物があった。
元は、特段の事情を持つ学生が家族と生活する為の屋敷だったらしい。
門や壁は無いが、非常に大きく優雅な二階建て建築だ。
外から建物内の様子は窺えない。
「ロゼッタさん、お家にセンサーは?」
「ありますね。学園のものじゃありません、データラインが内部に繋がってますし。学園の査察とかを警戒した警報装置だと思いますよ」
少しのあいだ屋敷を眺めていた赤毛の少女と同行者達だが、なんにしても目的のヒト達がいるか確かめねばなるまいと、玄関に近付いていった。
屋敷には警備用らしきセンサーが生きており、中にヒトがいれば訪問者が来たことに気付いていると思われる。
そんな予想通り、玄関を前にしたところで内側から両開きの扉が開け放たれ、
「どなたかしら? 今はデュエルの予定も――――あら?」
「…………んん?」
金髪をドリルのような縦ロールにしたお嬢様と、赤毛の少女がバッタリと真正面から不期遭遇。
「ぅいッ!?」
「ふッ!!」
ドリルお嬢は仰天しながら即交戦に入り、袖口に隠してあったプラズマレイピアを超高速の三段突き。
これを赤毛は、細かく左右にステップを踏み残像を生じさせながら回避すると、相手のレイピアの引きに合わせて踏み込み、ドリルとの密着距離へ。
武器を持った腕を掴み、腰に手を回して引き寄せると、ダンスにでも誘うかのような姿勢で拘束した。
「このようなところでまたお会い出来るとは驚きました、エリィさん。お元気そうで何よりです」
「ええ…………まったく、感動的な再会ですわね」
ニッコリと笑う赤毛の淑女と、内心を表に出さず華やかな笑みで応えるドリルお嬢様。
あまりに唐突、かつ一瞬の攻防で、クラウディアやロッゼッタは何がなんだか分からずにいる。
ただ、村雨ユリとエリザベスが、仲睦まじそうにしている目の前の現実だけが印象的であった。
◇
聖エヴァンジェイル学園非公認課外活動部、アヘッドクラブ。
そこに属するドリル縦ロールのエリザベスは、1年ほど前に村瀬唯理と顔を合わせたことがあった。
エイムでの戦闘の末に赤毛娘に負けて、とっ捕まったのである。
その後、ドリルお嬢は母親の手配でキングダム船団から華麗に消えた為に、それほど長い付き合いをしたワケではない。
尋問の際に、少し話をした程度だ。
それでも、ドリルお嬢にしてみれば、自分のプライドに傷を入れてくれた因縁の相手である。
それが突然、まさかという場所に現れたのだから、ビックリしてプラズマレイピアを叩き込むのも致し方ないだろう、と言い訳したかった。
まさかと思ったのは、唯理だって同じではあるが。
『こちらの在校生だとは知りませんでした、エリィさん。別に貴女を追いかけて来たワケではありませんよ』
『でしょうね、ノマドを離れて銀河中から追われる貴女にそんな暇があるとも思えませんし。
ところで? 私と貴女はそんな愛称で呼び合うような仲だったかしら』
『ではなんとお呼びしましょう? 共和国では「エリザベート」、こちらでは「エリザベス」。ちょうど良いところを取ったつもりなのですが』
アヘッドクラブが勝手に使っている屋敷。
その薄暗い廊下を歩きながら、唯理とエリザベスは秘密通信で会話していた。
廊下には等間隔で、ロウソクを模した弱い照明が置かれている。誰かの趣味らしい。
「エリィさん? と、ユリさんって前から知り合いだったんですよね? どういう関係だったんですか?」
『とても仲がよろしそう、でした』
お互い脛に傷持つ者同士で緊急ミーティングの最中。
そんなふたりの内情など知ったことではないお気楽女子と夢見る乙女が穿った質問をしてきた。
躊躇無く殺しに来たドリルを取り押さえた赤毛、その様子が一見して親密な間柄だったので、友人以上の関係と想像したらしい。
内実は、赤毛娘がお嬢様たちを前にして顔面ぶん殴るのはマズいだろう、と思った故に発生した偶然の乙女殺しムーブであったが。
「前に少しお世話になっただけなのですが、正直な気持ちを聞く前にお別れしなければならなかったので。またお目にかかれて嬉しいです」
「私もユリさんは色々とお返しをしなければならないと思っていましたもの。ここでまた会えるなんて幸運ですわ」
至近で微笑み合う赤毛と縦ロールな美少女ふたり、という絵になる姿に、つい見入ってしまうクラウディア、ナイトメア、フローズン。
ロゼッタに関しては、何となく裏にある猛獣同士の睨み合いのような空気を感じ取っていた。
◇
アヘッドクラブは暴力を楽しみたい生徒が入り浸る、秘密の決闘クラブのようなモノらしい。
原始的な攻撃性を心の奥に押し込めている者、スリルを得たい者が、一種の賭け事をしながら刃を向け合うとか。
これで学園初期からあるクラブだというのだから、やはり何者かが地球の伝統を持ち込んだものと思われる。
唯理も薄々気付いていたが、お嬢様学園の闇は相当深い模様。
表立っては、お行儀のよい女子生徒たち。
しかし、暇を持て余して刺激に飢えるとロクなことを考えないのだろう。
騎乗部なんてモノを復活させた身としては、ヒトの事を言えないのだが。
しかしそんなバイオレンスクラブも、今は開店休業中。
主催者の片割れが学園を離れており、エリザベスもやる気が起きずに顧客を追い返しているという話だった。
してそんな暇人ドリル、エリザベスが騎乗部に協力するかどうか、という相談をしていたのだが、
「…………よろしくてよ?」
「え? ホントに??」
少し間が開いたが、ふたつ返事と言っても良い答えに、思わず聞き返してしまうクラウディア。
アヘッドクラブは、暴力性とサディストとマゾヒストの巣、という酷く恐ろしい場所を想像していたので、完全に拍子抜けである。
やはり赤毛のルームメイトがいるからなのか、と色気のある想像までしてしまった。
それは、ある意味で正解ではあった。
『その代わり、お母様を殺すのを手伝いなさい』
言葉には出さない、乙女の秘密通信。
赤毛のエイム乗りの実力を嫌というほど知っている、縦ロールお嬢様からの交換条件。
村瀬唯理への、強烈なラブコールである。
◇
スコラ・コロニー外壁部。
搬入ゲート。
万能の製造システム、アセンブラを用いれば、この時代で必須の機械と言えるジェネレーターさえ作成できる。
だが、文明のあらゆる場所で用いられる機械である故に、その市場規模は天文学的な金額に達していた。
機械メーカーはシェア争いにしのぎを削り、秒毎に新商品を送り出し、開発競争と産業スパイの応酬と企業統廃合は生き馬の目を抜くレベルである。
つまり、こればっかりは素人の学生ががんばってどうにかなるモノでもなく。
ジェネレーターの個人製作者は少なくないのだが、当然ながら性能はメーカー製に及ぶモノではない。
シールコートのような特許技術の保護もあり、作るより購入するのが最もベターな入手手段と言えた。
『お嬢様の教育機関がエイムのジェネレーターなんて何に使うんですかね? あそこで勉強するのって……あれ、男への媚び方?』
『滅多な事を言うなよ、モラム。こんな上客は滅多にいないんだからな。
それに、ここはハイソサエティーズに出荷する大事な製品の牧場ってところだ。お偉い方々には必要な技能なんだろう』
青空が映り込む壁面が一部開き、口を開けた鉛色の通路から、ヒト型機動兵器がコロニー内に侵入してきた。
連邦圏の企業が製造した、私的艦隊組織など民間向けの高級機。
ノーマルの中量機に装甲と四肢のブースターを増設した機体。
バイトバイパーMTA.14 /AA_ABである。
3機のエイムは、同時に入ってきた輸送機の随伴機だった。
学園の要求した、エイム用のジェネレーターや重力制御素子を運んできたのだ。
聖エヴァンジェイル学園、そしてスコラ・コロニーの警護を委託された私的艦隊組織は、非常に高額の予算を付けられている為に、余剰装備も大量に遊ばせている状況である。
使っていない機材を回すなど、どうという事はない要請だった。
どうせ警備船隊側も、暇していたのである。
『若い本物の女の子かー。いい気晴らしになりそうっスね』
『バカなこと考えるな、モラム。こんな美味しい顧客そうはいないって言っただろうが。
ここは娼船じゃないんだ。学園のお嬢さん方に手を出すなよ。ハイソサエティーズを敵に回すぞ』
『でもサルー、あっちの方から求めてきたら――――?』
『ランケル。それに、モラム』
『りょーかいりょーかい分かりましたよ、そう睨むなって』
『仕事だけしてますよ。たいした仕事じゃねーだろうがな』
ただのお使い。緊張する理由も無く、エイムのオペレーター達も緩みきっている。
ヒト型機動兵器と貨物のカーゴをぶら下げた輸送機は、死んだように静かなコロニー内をゆっくりと移動していた。
コロニーの内も外も変らず、何も変ったことなど起こらない。
だからこそ、この僅かな変化、貴重な機会に、何かが起こらないかと期待してしまうのである。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、麗しの乙女達が刃を向け合う多分耽美な感じ。