129G.ヒートアイアン クラッシックスタイル
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アクエリアス星系、スコラ・コロニー。
聖エヴァンジェイル学園。
退屈を極める学園生活の果てに、無いなら自分で作ればいいじゃない、というところまで追い詰められた趣味人の巣、創作活動部。
プリマ・ビスタという少女も、そんなひとりである。
個性と押し出しの強い創作部の中にあって万事控え目な性格だが、学園においては最も業の深い作家といえた。
学園全体に悪しき表現物を撒き散らす、お尋ね者(職員室談)。
さりとて、乳白色の丸いボブカットに茶色いツノ付きの大人しそうなゴルディア少女が、そんな発禁本を発行しているなどシスター達は想像もしないのである。
謎の作家、『プリンシパル』。
そのゴルディア人漫画家は、新たな被写体を得て学園の腐女子たちを更なる沼へ引きずり込むのであった。
◇
ボックス型の個室のような更衣室で着替えを済ませると、運動の授業を受ける女子生徒が次々とその外に出てきていた。
お嬢様方が身体の動かし方を学ぶのは、専用に作られた屋内運動場である。
体育館と言うよりは、エクササイズのスタジオといった様子の小奇麗なスペースだ。
ちなみに、その運動用ユニフォームは薄手のシャツと肌に密着した太腿を出す下履き、というモノ。
20世紀末から21世紀初頭にかけて姿を消した女性用体育着、ブルマーに似ていた。
学園を運営するハイソサエティーズの誰かが復活させたものと思われる。
「歩く際に上体を揺らさず、背筋を真っ直ぐ伸ばして一直線に進むのが美しい歩き方です。
何往復かやってみましょう。無理をせず歩けるだけ歩いてみてくださいね」
だがそこは、運動という概念が滅びかかっている時代の、走ったことがあるのかも疑問なお嬢様の集まる学園。
その授業内容は体育とは程遠く、健康の為の散歩レベルであった。
赤毛の新入生は、お嬢様な笑みの裏で軽く絶望している。
この学園のお嬢様たちどれだけか弱いのだろうと。
村雨ユリは、自分にこの授業は価値無し、と見なさざるを得なかった。
「クラウディアさんクラウディアさん……! 新しい課外活動部って、どんな活動をするんですの?」
「お互いの肌を露にするような禁じられた秘密の密会というのは事実なのですか!?」
「だ、大胆にもユリ様とふたり創作活動部の皆さんの前で連れ立って個室に消えたと聞きましたが……その後どうなりましたの!!?」
他方、同じようにこの授業に価値を見出していないお嬢様方は、寄り集まって雑談に興じていた。
そして取り囲まれているスレンダー少女は、愛想笑いが引き攣っていた。
先日、創作活動部に行き環境スーツの採寸をした部分の話が、もう外に漏れている様子。
しかも、エンドレスに姦しい会話内容から察するに、少女たちの頭の中では赤毛のルームメイトとクラウディアがただならぬ仲になっているらしい。
経験上、こういうのは否定しても無駄だというのは理解していた。
してはいたが、いざそれが自分に降りかかってくると、たまったモノではないというのが率直な感想である。
少々ふくよかなおばさん指導教員は、ニコニコしているだけでお嬢様方のお喋りを特に咎めようとはしない。
運動の授業もカリキュラム上の意義があるというだけで、熱心にそれを推し進めようとも思わないのだ。
所詮は運動不足解消程度の認識である。
預かっているご令嬢が怪我をする方が責任問題となるのだろう。
「やっぱりあの方って、美しいお顔の下に狩人の本性を隠していらっしゃいましたの?」
「いえでもあの薄い本のストーリーでは、クラウディアさんから思いの丈を伝えてカラダを委ねたという展開も…………」
「それはフィクション! フィクションですわ! 中のヒトなどいないという事になってますのよ!!」
「あらあら皆さん、そう他の方の秘め事を根掘り葉掘りするものではありませんわ。
でもひとつだけお聞かせくださいませ、クラウディアさん……ユリ様はエスコートする側される側どっちなのです!?」
割と人望を集めるお嬢様リーダーまでもが、冷静なフリしてクラウディアと村雨ユリのエピソードを気にしている。
そのような事は(ない)、単なる衣服の採寸、ふたりきりではなく他の女子もいた、と防衛戦を展開するクラウディアであったが、相手陣営の圧倒的な数と勢いに防戦一方であった。
して、自分をこんな状況に追い込んでくれた赤毛の方にはどうして誰も攻め込まないのだろう。
そんな恨み節と共にルームメイトを探したならば、村雨ユリはウォーキング用の白線の上を、クルクルと高速横回転しながら移動している最中だった。
流れるようでいて華麗な動きに、女子生徒たちも指導教員も全員が息を飲んで凝視している。
バレエのようだが、ワルツのようでもあり、またそのどちらでもない。
ただ歩くだけの授業に飽きた赤毛が、格闘戦を想定したトレーニングの動きをしているだけであった。
想定上の敵は、唯理の無限連撃で細切れにされていたが。
「ユリさん、そのダンスはどういったものですの!?」
「美しいのにどこか情熱的で素敵ですわ!」
「ユリ様はそのような舞踊もお得意でいらっしゃるのね」
「ごめんなさい皆さん、歩くだけでは詰まらなくなってしまったので、つい……」
口々に誉めそやすお嬢様方に、これまた完璧な淑女の微笑で応える赤毛様。
解放されたクラウディアであったが、これはこれで納得し難いモノを感じるものである。
◇
スコラ・コロニー市街地区。
生産区画、製造センター。
ヒトの住まない見せ掛けの街であるにもかかわらず、コロニー内の市街地は映画のセットなどではない本物の住宅や建物が置かれていた。
スコラ・コロニーは、飽くまでも聖エヴァンジェイル学園の為に存在している。
その運営元が学生の心理などを考慮し、このような小道具を用意したと、こういうワケだ。
小奇麗なまま静かに佇む、一戸建てや高層集合住宅。あるいは空っぽな大型施設。
そんな無人物件がいくらでもあるのなら、暇を持て余した学生が勝手に住み着きそうなもの。
だがそこは、そもそも学園から出るのも一苦労である故に、学生の玩具とはなり得なかった。勝手にバイクの車庫に使っている赤毛の例外はいるが。
しかし、騎乗部及び創作活動部は珍しく学園の外に出る許可が下りたということで、この無人の街の物資製造施設にやって来ていた。
入学以来学園から出たことがない、という生徒もおり、ほぼ全員が浮き足立っている。
この場所にある製造機群も、今回はじめて使われるという話だ。
「みなさん、安全には十分留意してください。危険な作業はさせられないので、『中止』と言ったら速やかに作業を中止してくださいね」
と、困ったように言うのは引率に付いてきた若いシスター、ヨハンナ先生である。
学園として騎乗部の活動を応援しはしないが、かと言って学生だけで街にやるワケにもいかず、また必要な物の調達を妨害するほど職業柄悪辣にもなれず。
仕方無しに外出許可を出したので、監視に赴いたというワケだ。
巨大な機械システムと操作パネルを前に、小娘どもはシスターの話など聞いちゃいなかったが。
「ふわー……こ、ここでエイムのパーツを作れるんですかドルチェさん!?」
「流石はウチの学園、無駄に高度な設備を入れていますね。エイム一機作るのに十分事足りているでしょう」
見上げるように大きく、それが臓器のように何種類も長々と連なる機械の塊。
その前で、髪が乱れている単眼娘、アルマ・ジョルジュと四角いクールメガネの機械女子、ドルチェ・ガッパーニが自分たちの目的に叶うかを調べていた。
それら機械は、素材にするマテリアルの分子変性から整形、加工、組み合わせ、組み立てまで一連の作業を行う製造システムだ。
あらゆる物品が作り出せるこの時代では必須のテクノロジーであり、ヒト型機動兵器の部品もまた例外ではなかった。
「ちょっと!? ナイトメアさん何をしていますの!!?」
「えー? 面白そうだから何か作ってみたいなー、なんて」
跳ね髪の暴れウマ、ナイトメアが面白がって勝手にシステムを動かしていたが。
仰天するスレンダー少女の前に、機械アームにより取り出される物体。
それは、簡単な形状の単一素材で出来たイスであった。
ナイトメアにしても、特に深い意味などは無いらしい。
遊びで使う不届き者を脇に引きずっていった後、創作活動部のプロジェクトチームが本格的なエイム製造に取り掛かっていた。
一部主要部品は製造システムでも作り出せないが、大枠となる基礎構造や関節駆動系、推進器系、制御系システムは製造可能だ。
ユリやクラウディアにしてもいきなり本番で作ろうとは思わず、まずは外部動力でも動かせる試作機を組んでみて、データを取ろうという話になっている。
「ジェネレーターの方は、学園が外の警備船隊に調達をお願いしてくれるということなので、そちらを待たなければなりませんね。次の競技会には間に合わせたいところですが」
「『次の』って……2ヵ月後のですよね? 本当にそれに出るんですか? 正直、時期尚早もいいところ、という気も…………」
「その次は半年後ですから、それを待つよりは2ヵ月後の競技会をとりあえずの目標にしておいてよろしいかと思いますよ?
ダメなら諦めましょう」
製造機械群が派手な音を立て稼動し、作り出された部品を無数の機械アームがやり取りしていた。
本来は数十から数百人で行う作業を、圧倒的な効率と速度で進めていく合理性の塊。
それを横目で見つつ、ユリとクラウディアは歩きながら今後の予定を話していた。
赤毛の少女の考えでは、直近の騎乗競技会である2ヶ月先を目標としたい。
スレンダー少女の言う通り、スケジュール的にタイトであるのも分かってはいるのだが。
特に、先日の運動の授業を見ても、エイムだけではなくオペレーターの錬成もかなり手間取りそう。
むしろ、2ヶ月という準備期間ではこちらの方が絶望的とも言えた。
「クラウディアさん、ご存知の通り騎乗競技はこの前の『コース飛行』のほかに『編隊飛行』、『障害回避射撃』、それに『模擬戦』があります。
4人だと団体戦には出られませんから、どれも個人枠ということになりますが。
コース飛行と編隊飛行は純粋に技術だけ練習すれば良いですけど、障害回避射撃と模擬戦は体力と戦闘経験値がモノを言いますよ?
2ヶ月先かどうかはともかく、これは半年先でも今すぐ練習に入らないと他のチームに勝てません」
公式の騎乗競技は、4つの種目で構成されていた。地域によって多少増減する。
規定のコースを短時間で踏破するほど得点の高い、コース飛行。
美しい編隊を作り正式な手順通りの飛行が高評価となる、編隊飛行。
制限時間内にコース上の障害を回避しつつ射撃した標的の数を競う、障害回避射撃。
そして、参加チーム同士が戦闘を行い勝利数を競う、模擬戦。
最終的に、これらの総合点が最も高いチームが優勝となる。
赤毛のルームメイトの話を聞き、クラウディアがまた青くなっていた。
特に模擬戦が問題である。実弾を用いないというだけで、完全に戦闘だ。
例によってエイムに乗ることしか考えていなかったクラウディアである。
作った前衛芸術的イスにご機嫌で座っていたナイトメアは、「面白そう!」と無邪気に笑っていたが。
模擬戦は捨てても良いんじゃないかな? と追い詰められた笑みでそんなことを宣う金髪スレンダー。
たが、そうなると優勝は絶望的と、赤毛から聞いては、沈黙せざるを得なかった。
騎乗部存続を考えれば、課外活動部として実績を作る必要があるのはクラウディアにも分かっている。特に、騎乗部は学園側からしてあまり覚えもめでたくない。
それに、学園卒業後はエイム乗りとして自立したいクラウディアにとって、苦手分野を回避するというのも問題と思われた。
「ど、どどどどうしましょうユリさん!? シミュレーターで何とかなる!!?」
「何とかしましょう。模擬戦は相手があってこそですから、とにかく実戦勘を磨くことです。
創作活動部のように、この辺でも協力を得られそうな課外活動部もありますし」
困った時の赤毛の少女。半泣きで縋り付くクラウディアに対し、受け止めるユリの笑みはどこぞの船長のように慈愛に溢れていた。
自分が地獄の扉を開いたことに、スレンダー金髪娘は気付いていないのだが。
そして、一見して麗しの美少女ふたりが手を取り合う光景に、創作活動部のゴルディア人同人作家がこっそりと熱い眼差しを注いでいた。
被害拡大である。
◇
騎乗部は本格的なエイム開発をスタートさせ、2ヵ月後の競技会への出場を目標に動き出した。
と同時に、ソフトウェア部分たるエイムオペレーターのトレーニングも開始するのだが、ここでクラウディアを襲うのが、いつかキングダム船団のエイム乗りを襲った苦行である。
エイムコントロールは体力勝負。25Gを超えてからの高機動は、気合と根性がモノをいう世界なのだ。
最先端テクノロジーを用いるにもかかわらず、21世紀以前の精神論が幅を利かせるのである。
これ本当に必要か!? と承服し難いモノを覚えながらも、赤毛に逆らえず体操服とブルマで汗を流すスレンダー少女。
一方で、楽しそうに暴れる跳ね髪ワガママボディと、無言でがんばる片目隠れの通信少女。
こうして準備は着々と進んでいた、と赤毛などは言いたいところだが、実際はそういうワケでもなく。
素人の作るヒト型機動兵器と、第三者に委託することになった主要部品の調達。
アンダーグラウンドなメディアにより学園に拡散される脚色された情報と、それにより乱れる乙女達の学生生活。
うっかり計画に抜けがあったので、慌てて対応に走る騎乗部顧問の赤毛娘。
そんな問題が多々起こる最中、村瀬唯理は思わぬところで思わぬ人物と再会することになるのである。
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