126G.セットアップマインド アンドステップ
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天の川銀河、ノーマ・流域、銀河上流域。
連邦圏、アクエリアス星系、スコラ・コロニー。
聖エヴァンジェイル学園。
倉庫で眠ったまま死にかけていた共和国製エイム『フレア』は、赤毛の少女と他2名の手で目を覚ました。
部品をバラす前から動かなかったヒト型機動兵器だが、診てみたらなんの事はない、単に未完成の状態だったのである。
機体の主動力機を動かさず、外部電源で制御フレームを立ち上げてみたら、肝心な制御プログラムが入っていなかった。そりゃ動かないだろう。
「元はプロミネンスの制御プログラムですから、兄弟機のフレアでも動くと思うのですが」
「いえユリさん……そもそもどうしてそのようなモノを?」
そうして、そんな必須データをどこからともなく取り出す赤毛。
ルームメイトの疑問に対する答えは、美少女の微笑みであった。
学園の校則では、服装に厳格な規定が設けられている。
すなわち、制服は定められた形式に則り着用されなければならない。【生活規則第2条第2項】
要するに、勝手に改造したり着崩したりせず制服本来のデザインのまま着るように、というルールであった。
ところが今の赤毛の少女、村雨ユリは、上着は脱ぐわブラウスの袖は捲くるわというお姿。しかも赤毛のロングヘアはポニーテールにしている。
神をも恐れぬ格好に、スレンダーなルームメイトと単眼女子は怯えていた。
見た目は完璧なお嬢様なのに、大胆に動きやすい服装となって狭いエイムの構造の隙間にも躊躇なく入り込み、仰向けになって端子の接続などしている姿を見ると、「あれ? こんな感じの娘?」という感想である。
エイム乗りに憧れるだけの少女や、ワケも分からず弄り倒すだけの単眼と違い、赤毛の少女は慣れた手付きでエイムのセッティングをこなしていた。
「古い物ですけど、疲労した部分は全くありませんね。制御プログラムが入っていなければ、それも当然でしょうけど。
インターフェイスと気密の確認を省けば、とりあえず今すぐにでもインフォギアから動かせそうです」
「そうなんですか!?」
「ホントに!?」
備え付けの昇降用ワイヤーに足を引っ掛け、コクピットから手早く降りてくる赤毛のポニテ少女。
あまりに手馴れているのだが、動く、エイムを、見られる、と聞いて興奮する乙女ふたりは、そこに疑問を持つどころではなかった。
故に赤毛娘のミニスカが翻って中が見えそうでも、気にしていられなかった。
「ほ、本物のエイムを扱えて、それが動くところを見られるなんてスゴイです!」
「あ、うん、ええ…………。アルマさんって、そういえば何故エイムを分解しようと? そもそもなんでこんな場所にいらしたの?」
「あの私、庭園の造成などでマシンヘッドが使われていたと聞いて探しに来たんです。でもまさかエイムがあるなんて!
マシンヘッドもあの上下が潰れた感じがカワイイですけど、エイムはやっぱりスマートなスタイルにシャープな装甲が美術品みたいに精緻に組み合わさっているのが素敵ですよね!!」
「あ、はい」
どうやらエイムが好きらしい単眼娘の勢いに押されるクラウディア。
さりとて同好の志と言うには、少し方向性が違う模様。
クラウディアは乗るのが好きなのである。
実はあまりエイムの機種とかメーカーとかは知らない。
「自己診断では問題は検出されていませんけど、少し動かしてみましょうか。倉庫内ですからGCSはオフで、四肢制御とバランサーだけ」
「お手伝いしましょうか!?」
一通り基本的な接続を確認したものの、所詮機材も揃っていない場所で素人ばかりの整備。これでは出来る事などたかが知れている。
最後の締めくくりにモーション制御だけ診てみようか、と言う赤毛に、クラウディアは思わず声を上げていた。
この機を逃したら、もうエイムに乗ることなど一生ないかもしれないと、そう思ったのだ。
そうしてクラウディアは、幾度となく夢見たコクピットのオペレーターシートに、現実に着く事となった。
赤毛のポニテは、前席でシステムの管理だ。
動作確認の間だけのことにしても、クラウディアは嬉しいし興奮してドキドキする。
「クラウディアさんのインフォギアと同期を確認、ネザーインターフェイス同調10.5%……多分アンプリファイアは使わなくていいですね。
制御フレームに運動野をリンク、モーションミキサーにマニュピレーターコントロールを記録開始。フィードバックレベルはミニマム。
FCSとイルミネーターは必要ありませんから未接続にしておきます。レーダーも同じく……。センサーのみアンチコリジョンサポートに接続。
マニューバコントロール、ブースター制御オフ、念の為にグラヴィティーコントロールだけわたしがもらいます。
ジェネレーターアウトプット5%、アクチュエイター全てオンライン、パワーサプライ確認。あ、エネルギーシールドもオフラインで。
クラウディアさん、考えるだけで動かせると言っても、どう考えるかはまた別に慣れが必要です。基本のモーションをわたしのインフォギアからコピーしましたから、ネザーズで選択してIKアームとフッドペダルで実行してください。
細かい調整とフォローはわたしがやります」
「は、はい……!」
エイムの稼働設定を手早く済ませていく赤毛の玄人に、全く何も言えないルームメイト。
かと思えば唐突に話を振られて、裏返った声で応える。
お尻の下から低い駆動音が響いて来ると、自分が巨大なヒト型機動兵器を動かすのだという実感が湧いてきて、歯の根も震えはじめた。
足元のディスプレイでは、キラキラした単眼でエイムを見上げているモノアイ人の女子が見える。
緊張と興奮で目眩を起こしかけながら、クラウディアは操作アームのグリップを恐る恐る握り込んだ。
これを感知したエイムのシステムが、ディスプレイに機体姿勢とベクトルモニターの表示を追加し、華奢な金髪少女がビックリして跳ねる。
もう怖くて何も先に進められなかった。
「ど、どどどどうしたらいいのかしら……?」
「まずは歩いてみましょう。フットペダルコントロールを脚部駆動にフルマニュアルで設定。モーションリンク無し。
交互にペダルを前に押し出しながら踏んでください」
半泣きになっていたクラウディアに対し、優しくアドバイスする赤毛のお嬢様。
もう藁にも縋る思いのルームメイトは、自分の足に固定してあるペダル付きアームを、言われるがまま歩く時のように引き上げる。
すると、制御信号を受けシステムが機体を駆動させ、装甲に覆われた無骨な脚を持ち上げていた。
「ふわ…………!?」
「バランサーが効いてるから転倒しません、だいじょうぶ。そのまま逆の足を手前に引いて機体を前に押し出してください。上げた足は地面に接地を」
機体の重心が動き、一瞬の浮遊感に襲われるクラウディア。
ここで被せ気味にユリが言うと、何も考えずクラウディアもペダルを操作した。
こうして、どうにか最初の一歩を踏み出す。
本来はわざわざ細かく操作しなくても、簡単に歩かせられるのだが。
全高15メートルの巨人が足踏みするが、衝撃はコクピットまで伝わらなかった。
思いのほかあっさりと動き、実感に乏しいクラウディアが目を瞬かせる。
「え? あ、歩い、た??」
「ええ、前進しましたね。通常は歩行モーション実行をするだけで歩きますけど。細かい歩行をする場合は、左右のペダルをマニュアル操作する方が良いこともありますから」
どうしてそんなにエイム操縦に詳しいのか、と赤毛のルームメイトに疑問を持つクラウディアだったが、それも一瞬だけだった。
一歩目を踏み込んだ時と同じように、足のペダルを持ち上げエイムの脚部を動かす。
今度はスムーズに踏み込み、二歩三歩と続けて歩いて行くことが出来た。
高い視線。ネザーインターフェイスにより頭部センサーと同調した自分の視界が、思い通りに動く。
自分自身が大きくなったような感覚。エイムからのフィードバックで感じる慣性と空気、それらの一体感。
「これスゴイ…………」
クラウディアは今、全高15メートルの巨人になっている。
基本的な操作はそう変わらないので、腕部マニュピレーターも考えた通りに動かせていた。
エイムの力強さ、自身の身体をそのまま増設しているような多機能感が楽しく、感動的でさえある。
もはやクラウディアに無力感など無い。
もうひたすら、この新たな身体を思いっきり動かしたくて仕方がなかった。
「ユリさん、重力制御だけでも飛べるわよね?」
「はい? こんな狭いところで空中機動なんてできませんよ? 衝突防止の機能も動かしているので、恐らくロクに身動きとれません」
「で、でもでも浮くくらいはできるわよね!? できますわよね!?」
この魅力を知ってしまうと、10歩20歩進むだけで壁にぶつかる倉庫では満足など出来るはずもなく。
エイム最大の魅力とも言える(ヴォービス嬢曰く。)、重力制御を使った三次元機動を実際にやってみたかった。
しかし、村雨ユリの言う通り、倉庫はエイムが直立すればほぼ余裕がなくなるほどの高さしかない。浮くのさえ難しい。
これを押して、倉庫内で機体を横倒ししての重力制御ホバリングをやったならば、学園のセンサーに引っかかって大騒ぎになった。
◇
人類の起源惑星で見られた物とよく似た修道服。
古典文学や最上級マナーの講師であり、学生指導担当教官でもあるシスター・ヨハンナと村雨ユリが顔を合わせたのは、学生寮への入寮以来となった。
そして、噂の赤毛新入生は、入学4日目にして懺悔室に出頭を命令されるという、ちょっと普通ではない記録をマーク。
早くも問題児の頭角を露にしていた。
「申し訳ございませんでした」
と、土下座せんばかりの低姿勢で頭を下げるのは、頭が冷えて現実に戻ってきた華奢なオレンジ金髪娘、クラウディアである。
自分のワガママで、ルームメイトと単眼の女子を巻き添えに職員室から叱責を買ってしまった、という罪悪感が尋常ではなかった。
「あのエイムはどうなってしまうのでしょうか……?」
しかし、そんな謝罪など知ったことではない様子の単眼娘、アルマ。悪気はないと思われる。
クラウディアにとってエイム操縦初体験であったように、アルマにとっても初めて分解整備したエイムなのだ。
このような形で学園側に再認知されてしまい、今後どのような処遇を受けるか気になって仕方がなかった。
なお、懺悔室のお説教はこんな感じに上の空で、お叱りを追加された模様。
「念の為に制御フレームにはロックを掛けておきました。まぁもともと動いてない物でしたし……。
わざわざ『近付かないように』と念押しするということは、学園側も今すぐ解体するなどは考えてないと思いますよ?」
「いやユリさんそれは…………」
「ええと……どういうことなのでしょうか?」
にっこりとした微笑の赤毛女子は、既にエイムは自分の物だと言わんばかりである。
いくら所有者が曖昧だとはいえ、学園に見つかってなお小細工をしてくるとは。
そろそろクラウディアも、このルームメイトがただのお嬢様ではない事に気付き始めていた。
懺悔室に呼ばれた生徒は多少なりとも消沈するものだが、この赤毛全く悪びれていない。
レトロな装いに見えても、そこは全銀河から良家の子女を預かる学園と、箱庭であるコロニー。
安全対策はいくつも取られており、重力異常に備えたセンサーもそのひとつであった。
これを誤作動させ学園中に警報を鳴らし混乱させた件と、『エイムのような野蛮な機械』に触れるのは淑女としての品格を欠く、という理由で、村雨ユリ、クラウディア・ヴォービス、アルマ・ジョルジュの三名は、一週間の謹慎と作詩などの課題提出を課される。
そしてこの一週間が、クラウディアのエイム熱をじっくり熟成してしまう事になるのだ。
◇
作詩や文学作品の感想文、といった課題は、赤毛の少女にはそれほど問題にならなかった。
昔取った何とか。何気に生粋のお嬢様育ちである。その後暴力の化身と化したのだが。
この一週間での問題といえば、赤毛娘のルームメイトの奇行の方であろう。
村雨ユリ同様に部屋に篭って課題に取り組んでいた、らしいクラウディアだが、時々ベッドに寝転んで転がったり唸ったりしているのだ。
同室として過度な干渉は禁物、というのが暗黙の了解なので何も言わない唯理だったが、事が事の後なので不安にはなる。
軍にいた頃なら『うるせぇ』で済んだのだが。
繊細な年頃の少女相手には、2,500年経った現在もどう接して良いか分からない赤毛娘であった。
そうして謹慎の喪が明けた、一週間後。
「騎乗部、というのが昔あったらしいのよ」
やや前のめりに、赤毛のルームメイトに詰め寄って、そんな事を言うクラウディア。
その顔には、不安と期待が混ぜこぜで滲んでいる。
曰く『騎乗』というのは、起源惑星に端を発する乗馬技術の継承を目的とした活動であったらしい。
これが、後の時代でのウマの調達の難しさや、ウマの役割に取って代わるヴィークルの存在もあって、騎乗という言葉の意味もまた変化していったという。
つまり、ウマではなくエイムを用いて競技を行うのが、現代の天の川銀河における『騎乗』の立ち位置となるワケだ。
ただし、聖エヴァンジェイル学園に存在したという騎乗部は、それこそ創設最初期にウマでの騎乗を目的とした、仮想現実シミュレーションのみを用いる課外活動部だったようだが。
クラウディアはエイムに初搭乗して以降、謹慎中も、ずっとこれを調べていた。
正確には、どうにか学園公認でエイムに乗る方法を、だ。
あの力強さと爽快感を覚えてしまっては、もう届かぬ夢と諦める事などできなかったのである。
そうして、コロニー外での活動や奉仕活動などから手当たり次第に可能性を探っていたところ、見つけ出したのが過去に存在して現在は廃部となった『騎乗部』の存在であったと、こういう話であった。
「ユリさんは、たぶんエイムの操縦には詳しいのよね? 何をすればいいのか教えて!」
「でも……学園には釘を刺されたばかりですし、許可を取る成算はあるのですか?」
クラウディアは騎乗部復活から、活動主体をエイムによるモノへと変更させる一発逆転の手を狙ってきた。
そんな博打を打ってくるルームメイトを見直す赤毛の少女だが、学園との交渉が非常に面倒な事になるのは間違いないとも思う。
面白そうなので、手は尽くすつもりだったが。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・アンプリファイア
オペレーターとエイムのシステムを同調させる信号の増幅機能。
特に軍用兵器など高い同調率を要求される場合、オペレーターの能力がこれに及ばない際はアンプリファイアを用い信号を増幅する。
ノイズまで増幅してしまうことや、増幅された信号自体がオペレーターの負担になる場合がある為に、基本的に使用を推奨されない。
・モーションミキサー
予め記録された挙動をエイムに取らせる、制御システムの一機能。
これにテンプレートとなる動きのデータを用意しておくことで、オペレーターがエイムの四肢を手動で操作せずとも、自動で動かす事が可能となる。
また、複数のモーションをシームレスに繋げる、推移させるなどでリアルタイムに状況への対応が可能。
一度用いたモーションはシステムに記録、蓄積され、いつでも再利用可能となる。
・フィードバック
エイムと同調するオペレーターが受け取る、機体に搭載されたセンサーと、制御フレームに処理されたそれらの情報。
高性能センサーは光や音、電磁波や放射線、衝撃、慣性、温度と様々なデータを収集しており、オペレーターはそれらを感覚的に把握する事でエイムを自分自身の身体として扱う。
ただし情報量が多い場合、オペレーターにも大きな負担となる為に制限が設けられる場合が多い。
どの程度のフィードバックに耐えられるかは、ネザーインターフェイスの同調レベルなど個人の素養に因るところが大きい。
・インバース・キネマティクスアーム(及びフッドペダル)
オペレーターがエイムを操縦する為に用いるコクピット内のインターフェイス。
機械式アームの先端にコントロールスティックや足置き用のペダルが付いている形が一般的。
手動操作の場合はIKアームの動きがエイムの四肢の動きに反映され、自動操作や半自動操作の場合は、モーション選択や制御システムの総合的操縦に用いられる。
エイムに限らずほぼ全ての機械操作は情報機器による思考との同調で行える為、物理的インターフェイスは補助や補完的立場となる。
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