11G.パイレーツ オブ ユニバース
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惑星ケーンロウの軌道上プラットホームで組織同士の縄張り争いに巻き込まれた貨物船パンナコッタは、その後修理と整備を終え次の航海に出た。
現在は約1パーセク――――――3.3光年、28兆キロ――――――ものワープドライブを終え新たな星系に入り、次の目的地となる惑星に向かっている。
星系内は引力圏が入り乱れ、小惑星帯や惑星などで空間密度が高くなっている為、短距離ワープと通常航行で進む事になっていた。
どういうワケか21世紀から遥か未来に来た村瀬唯理は、宛がわれた船内の部屋で就寝中だった。
唯理の部屋と言っても、エンジニアの眼鏡少女と同室である。
パンナコッタは必要最低限の機能しか備えていない、小型の貨物船だ。
全長60メートル、全幅は後付けの貨物モジュールを含め40メートルほどの船だが、宇宙時代の感覚としては軽トラックやバンに近い。
当然スペースに余裕など無く、新参者が入った事で部屋割りも変更になっていた。エンジニアの以前のルームメイトであるオペレーターの少女は、別室という名の救難艇に異動だ。
先日までいた軌道上プラットホームで戦闘を行い、その後も貴重なエイム乗りという事で、赤毛娘は働き通しだった。船長がレーザー砲で脅さなければ、そのまま地元港湾組合に引き抜かれんばかりの勢いだったという。
そんな唯理も、今は体力を使い果たしてお休み中。
夢も見ないで、昏々と眠り続けていたのだが、
「ん…………んぅ…………?」
なにやらカラダがモゾモゾする。
暖かい何かが、カラダの上を移動しているような感覚。
かと思えば服の内側もくすぐったくなり、それがちょっとマズいところにまで及んでくる。
「フゥ…………んぅ……ん」
未だ浅い眠りの中にある赤毛娘は、身を捩り奇妙な感触から逃げようとした。
鼻にかかった寝ボケ声を漏らして寝返りを打つと、豊かに張り出す左右の膨らみが二の腕に圧迫され存在感を増す。
しかし、くすぐったさは振り払えず、いよいよまどろみの中にいるのも難しくなり、
「ぁん…………フん? んん゛!!?」
耐えかねて目を覚ますと、赤毛の少女は双子と思しき美少女ふたりに密着されていた。
ビックリして緊急再起動を果たす唯理に、当然ながら猫のような少女たちも気が付く。
「あ、お姉ちゃん、お嬢様が起きたよ」
「お目覚めはいかがですかー、ご主人様?」
唯理の頭上で両手の指をワキワキさせたいた少女が、天地を逆にしイタズラっぽく笑いかけていた。もうひとりは、唯理の脚の上だ。
小麦色の肌の双子は、股下がほとんど無いミニスカートとメイド服という格好。
そのスカートの中が唯理からは全て見えてしまうワケだが、ふたりは頓着した様子が無い。
跨られている唯理は、まだ自分は寝ているのか? と死んだ目で己の認識を疑う。
しかし間違いなく、赤毛娘の上には、幼く見えて蠱惑的なスタイルというアンバランスな魅力の双子が陣取っていた。
そして、そんなセクシーツインズに押さえ付けられ、まな板の鯉な唯理の図。
当然ビックリするなんてもんじゃない。
「り、リリスさん、リリアさん!? 何してんの!!?」
「えー? もちろん、お目覚めのご奉仕ご奉仕ー!」
「起床のお時間でございますよー、お嬢様♪」
だというのに、双子の方は唯理の疑問に一切応える事なく、曰く『ご奉仕』とやらを再開してしまった。
『リリス』と『リリア』。
このふたりも貨物船『パンナコッタ』の乗組員であり、担当は総務全般、つまり雑用となっている。
唯理が双子とはじめて顔を合わせたのは、惑星ケーンロウの宙域を離れてからの事だ。
狭い船内だが、何でもふたりは「仲良く」しだすと止まらなくなるそうで、あれだけ皆が大騒ぎしていた間も、部屋に引き篭もっていたのだという。
また、前述のとおり唯理も地味に忙しかった為、出会う機会がなかったのだ。
そんな紹介されて間もない双子に、何故か唯理が寝込みを襲撃されているという、この状況。
メナスやギャングにヒト型機動兵器で殴りかかる赤毛娘だが、悲鳴を上げてもこれは致し方なかった。
「――――――わッ!? ち、ちょっとふたりとも待ッ……! ひゃっ!!?」
「やーんお嬢様ったら暴れないでくださーい♪」
「ご主人様ってとっても魅力的ー…………。たっぷり癒して差し上げますねー♪」
どっちがリリスでどっちがリリアか知らないが、片や脚を押さえ込まれ、片や頭をガッチリ固定されている。
しかも、のっぴきならない事情で視界も塞がれているという。
以前なら小柄な娘ふたりくらい跳ね除けられたと思うが、今の唯理にそこまでの力は無かった。
「ち! ちょっ――――――だ、ダメですって! はひッ!? ふわッ!!?」
「キャア!? もーご主人様ったらー」
余裕を無くす赤毛娘も頭上へ反撃を行うが、全く効いている様子もない。何故か逆効果となっている節まである。
フワッとした女の子の匂いが鼻腔をくすぐり、胸が締め付けられる。
無邪気でありながら妖しい笑みで、ジワジワと唯理を追い詰める双子。
いよいよ洒落にならない危機感に、しかしどうにも出来ず間延びした悲鳴を上げるしかない唯理だったが、
「こらぁああああ! こんのどエロニンフォ人! わたしのユイリになにしてるー!!」
「えー? …………わぁあああああエイミー!!?」
「んにゃぁああああああ! エイミーそれはヤバイよー!!」
そこで、部屋に飛び込んでくるお下げ髪のエンジニア嬢。
怒れる理系少女の手には、どう見ても致命的なゴツいライフル型の武器があった。
酸欠で呆然としていた唯理と違い、双子にはそれが何だか分かる様子。
弄んでいた赤毛の美少女を放り出すや、リリスとリリアのふたりは転げ回るようにして部屋から逃げ出した。
だが、憤懣やるかたないエイミーは、自分の獲物を横取りしようとしたバカふたりに向け容赦なく引き金を引く。
「そのピンク色の脳フレームをシャットダウンしてあげるわ!!」
「ギャー!!」
「イヤァアアア!!」
双子の身長ほどもありそうな武器の先端から、真っ白に輝く電撃が放たれた。
稲妻が音速を超えて爆音を放ち、高圧電流に打ち据えられた双子は煙を吹いて倒れてしまう。
果たして生きているのだろうか、不安になる唯理であった。
「ユイリ大丈夫!? あの変態ふたりに…………」
物騒な兵器をその場に放り出すと、被害者である赤毛の少女へ駆け寄るマッドエンジニア。
だが、その姿を見て絶句。
中途半端に服を脱がされ、露になった部分をシーツで隠す赤毛娘は、非常に目に毒な事になっていた。
くたびれた表情も相まって、何やらエイミーは都合の良い妄想が止まらない。
思わず、周囲には他に誰もいない事を確認していた。何を狙っているのか。
「エイミー……さん?」
「はァッ!? あ、いや、どうやら手遅れな事態はギリギリ回避したみたいね……! でもダメじゃない、あのふたりは油断したら何するか分からないって――――――――――!」
いつまでも見ていたいのを断腸の思いで我慢し、唯理の被るシーツを首まで引き上げるエイミー。どちらかと言うと、理性が勝ったワケではなく、今ではない、という計算に基づいた行動である。
そのメガネっ娘から、唯理も少し前に双子に関するセクハラ注意事項を聞いてはいたのだが。
曰く、エイミーや男勝りな通信オペレーターのフィスも、以前同じように襲われた事があるのだとか。
いくら疲れていたとはいえ、部屋の扉をロックせずに休むなど、過ちが起こっても仕方のない瑕疵であった。
クルー全員が女性なのに、乙女に危険な職場環境である。
「すいませんでした…………」
「ホント気を付けてね。まーあの娘達の場合、仕方のない部分もあるんだけど」
素直に謝る赤毛娘に、溜息をついて怒りをトーンダウンさせるお下げ髪のエンジニア嬢。
リリスとリリア、双子の少女は『ニンフォ』という人種であり、その特徴や境遇など色々特殊な事情があった。
ワケありという意味では、貨物船『パンナコッタ』に乗る船員は、誰でも同じようなものだったが。
『ユイリちゃん? エイミーちゃんも一緒ね。ブリッジの方に来てもらえるかしら?』
「マリーン船長?」
「分かりました、すぐに行きます」
服の乱れを直していた赤毛と、手伝うフリして目の保養中だったムッツリお下げ髪。
そこへ、情報端末を通して船長から船内通信が入る。
すぐさま船首へ向かう唯理とエイミーだが、その前に倒れたままの双子を医務室に放り込んでおいた。
◇
現在、貨物船パンナコッタはクレッシェン星系の外縁部より、中央の恒星から数えて5番目の惑星、レインエアへ向け航行中だ。
星系外縁から、約37億キロの距離。
21世紀なら道行き18ヶ月程度かける距離だが、この時代では超高速の通常航行と超光速航行を併用し、10分の1、場合によっては100分の1もの短時間で到達する事が可能だった。
星系内は入り乱れる引力圏と高い空間密度により、危なくてワープなど出来ないが。
そのように様々な条件の中、具体的にどれだけ距離と時間を稼げるかは、船の性能と操舵手やオペレーターの手腕にかかっている。
または、宇宙の旅に立ち塞がる障害を、どれだけ確実に排除できるかにかかっていた。
唯理とエイミーは部屋を出て間も無く、狭い通路を抜けて船首の船橋へと入る。
そこも、船長席に通信オペレーター席、それに操舵席があるだけの狭い空間だ。
後は、船の内外の状況を表示したモニターと、舷窓越しの宇宙空間しか見えない。
「ユイリちゃん、よく休めたかしら? プラットホームではお疲れ様ね」
「どうも」
「マリーン船長、何かあったの?」
振り返る船長、保母さんのようにほんわかした女性は、赤毛娘の様子を一瞥してから微笑む。
先日来、取り乱したような姿は見せていない。
「センサーが船の接近を捉えたんだよ。急に現れたからステルスしてやがったんだな。んで識別信号の発信も無し。テメェで怪しいって言ってるようなもんだ」
エンジニアの疑問に答えたのは、船長ではなく通信オペレーターのフィスだった。
船長席の脇にあるモニターに、問題の船の映像と状況を表示して見せる。
「出てきた時はだいたい20Gで加速してたけど、もう減速している。距離約47万キロ。こっちと接触する気なら後30分てとこだ。今のところECM無し、スキャナー走査無し、通信に応答も無し。船は多分サン=ケイン製ジェトロ・ブロンズ457。汎用の船だけど改造の形跡あり。どう見ても戦闘用。ちょっと面倒だな」
総評すると、危険性の高い船、という事になるらしい。
レーザーの速度は秒速30万キロメートルにも及び、口径によっては既に焦点距離内だった。
シールドは攻撃を感知後一秒以内に自動で展開されるとはいえ、反応時間を上回る短距離から撃たれれば、船体への直撃は避けられない。
アクティブセンサーによる捕捉こそされていないが、電子妨害環境下でなければパッシブセンサーだけでもレーザー砲は当てられるだろう。
さりとて、単に相手が通信システムと識別信号の送信システムに不具合を抱えている、という可能性も皆無とは言えず、ハッキリ敵とも判断出来ない。
また、自分たちの方からアクティブセンサーによる走査や、ましてや先制攻撃なども憚られる状況だった。
「こういう時は逃げの一手、と行きたいところだけど、加速は向こうの方が良いのよねー。ワープで逃げるにも、カームポイントに付くまでに追い付かれちゃう。わたし達だけなら多少乱暴なワープも出来るけど、今回はお客さんもいるものねぇ…………」
困ったように眉を顰めて言う船長。いまいち緊張感が無い。
今のパンナコッタには、もうひとつ良くない条件がある。
それは、ケーンロウの軌道上プラットホームから、ここまで同道して来た船がいるのだ。
サイード・マーチャンダイジング社の、『サントム号』。
連邦圏に登記を持つ総合商社の船で、ケーンロウのプラットホームでは、たまたまパンナコッタと一緒に占拠騒ぎに巻き込まれていた。
加えて、その日サントム号には偶然社長が搭乗しており、パンナコッタが載せていたヒト型機動兵器がギャングを蹴散らす場面を目撃している。
その為、マリーン船長はサイード社の社長から、目的地までの護衛をしてほしいと拝み倒されたのだ。
ウチは単なる貨物輸送業者であって、私設艦隊でも宇宙の用心棒でも賞金稼ぎでも何でもない。
マリーン船長はそう言って断ったのだが、ギャング組織の件がよほど堪えたのか、サイード社の社長は『それなら目的地まで同行してくれるだけで良い。報酬は払う』という破格の条件で泣き落としに来てしまった。
こうなると、マリーン船長としても断り切れなかったのだという。
そんなサイード社のサントム号だが、パンナコッタより新しい船である反面、性能の方はそう良くもない。
全長600メートル級の円筒形の貨物船で、船首上部に四角い船橋構造体が突き出している。また、他の船が接舷し易いように、船体を足場が囲んでいた。
輸送能力重視の為に、武装レベルはパンナコッタと大差ない。パンナコッタより10倍近く大きいのだが。
機動力、防御力、ワープ能力、長距離探査能力は、優秀なエンジニアとメカニックと情報システムの専門家が徹底的に弄っているパンナコッタの方が遥かに高性能である。
つまり、パンナコッタが逃げ切れないモノを、サントム号が逃げ切れる道理も無いという。
ちなみに、不審船は全長120メートル、全幅205メートルという横長型だった。
「相手は何者です?」
「さーてな。海賊、強盗、犯罪者、何でもいいさ。航宙法を無視して近づいて来る船なんざ、ロクでもないヤツに決まってる」
「『海賊』とかいるんだ…………」
通信オペレーターの投げやりな科白に、赤毛娘は微妙な表情になっていた。
どれだけ未来に来たか知らないが、やってる事が16世紀のカリブ海や21世紀のソマリア沖から変わっていない。
「別に護衛を引き受けたワケじゃないんだけど、見捨てるのもね。新しいカーゴモジュールも貰っちゃったし」
船長の方は、頬に手を当て首を傾げる、相変わらずの緊張感無き困り顔。
『新しいカーゴモジュール』とは、現在パンナコッタの舷側に付いている貨物庫の内のひとつの事だ。
古いモジュールは、ケーンロウのプラットホームでギャングに襲われた折、唯理がブッ壊した。
内側からヒト型機動兵器で突き破った為に、モジュールは完全に鉄屑と化したのだ。素材は鉄ではなかったが。
しかし、まさにその現場を見ていたサイード社の社長が、わざわざケーンロウのプラットホームで納品したばかりのモジュールを引き上げ、パンナコッタに回してくれたのである。
しかもご丁寧に、簡易エアロックや固定用の台座を備えた、ヒト型機動兵器『エイム』の運用を見越したかのようなカーゴモジュール。
思うところあって、エイムを手放すワケにもいかなくなった船長としても、新しい専用貨物庫はどうしても必要だった。
「まさか船長……またユイリを戦わせる気ですか!? ダメですよ! ユイリは本職のエイム乗りでも兵士でも何でもないんですから!!」
その話の流れに、嫌な物を感じたエンジニアのお下げ少女が声を荒げた。
連邦の秘密施設で赤毛の少女を拾ったエイミーには、唯理がか弱いものであるというイメージが強い。実態は大分違ったが、その辺は今もあまり変わっていない。
しかも、唯理には大部分の記憶が無いという。
そんな少女を、出来るから、という理由だけでエイムに乗せ戦場に放り出すなど、断じて容認出来なかった。
例えそれで、ケーンロウの軌道上プラットホームで自分たちが助けられたにしてもだ。
「私は構いませんが……まだ攻撃されると決まったワケじゃないんでしょう?」
だが、肝心な唯理がやる気だった。
また自分を蔑にするような事を言う赤毛の少女に、その腕を引き寄せ無言の抗議をするエンジニア嬢。
そんな事言われたって――――――言われてないが――――――船を落とされたら元も子もないでしょうに、と唯理は困った顔で返していた。
「ごめんなさいねユイリちゃん。交戦はギリギリまで避けるけど、いざって時はお願い出来るかしら?」
「船長!」
「わかりました、エイムで待機します」
「もう! ユイリもどうしてそんな気軽に危ない事するの!!」
申し訳なさそうに両手を合わせる船長と、至って平静に応じる唯理。
そして怒れるエイミーだが、唯理がエイムに乗るというなら、自分にはエンジニアとしてやらなければならない事があった。