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太平洋戦争の一幕

これが万歳突撃だ。私はここにいたのだ。

作者: 山中 孤独

 

 サイパン島。

 私は明日、突撃をする。

 司令官は今日、見事なる自刃で命を絶ったと言う。

 私は明日、司令官の意を受け継ぎ、天皇陛下のため、国のため、銃剣を頼りに突撃する。

 私の中は、愛国心と忠義で満たされていた。

 司令官のように、立派な最期を遂げられるとは思っていないが、私は私なりの、日本兵らしい最期を遂げると心に誓った。

 戦友と共に、最期を遂げるというのもなかな感慨深いものである。

 これで二年前に先に逝った父の下へ向かうことが出来ることを考えるとなかなかどうして楽しみにすら思えてくる。


 しかし、何より。

 しかし何より、弟よ。

 お前は、もうすぐ九つになるか。

 私や父の代わりに生き残り、家族を大切にして、国を盛り立ててくれることを願う。

 私ができないことをしてくれることを祈る。


 私は、弟のことを思い、突撃を待った。



 

 七月七日、七夕の日。


 「撃てぇッ!!」


 将校の声で皆が最後の銃弾を撃ち尽くす。

 皆、一心不乱に引き金を引く。

 パン、パン、と歩兵銃らしい単発音が重なって響き渡る。

 もうどこにも予備の銃弾は残っていない。

 補給路を断たれた我々に、銃弾を供給する人間もいないのだ。

 しだいに銃撃が止み始めた。

 次にやることはただ一つ。


 「突撃ィッ!」


 号令とともに立ち上がり、銃剣を前に走り出す。

 その数、二千と聞いた。

 声がこだまし、辺りに響き渡る。

 目の先にある米兵の顔を見れば、畏怖の感情をむき出しにして硬直している。

 私は自信を持って弾丸の雨の中を走った。


 私の周りは皆、口を揃えてこう言った。

 「天皇陛下、バンザァァアアアイ!!」

 私も同様に「万歳!」と口にしていた。

 何故皆が、万歳と言ったのか、それはこの場にいなければわからないだろう。

 皆、愛国心にかられただけではなく、遠く離れた家族に、一緒に戦った戦友に、かつて同じ戦場で戦った級友に、自分の勇姿を見せようとしたのだ。

 そして、万歳と言う言葉に乗せて、自分の声を、届けたい人に届けようとしたのだ。

 私も、隣にいる友人たちに遅れをとるまいと、必死になって、声を張り上げ、走った。

 うめき声をあげてる者がいれば、銃剣で突き刺し、塹壕から十字砲火を浴びせてくる者がいれば、塹壕内に飛び入り、狂ったように頼みの銃剣を振るい、米兵を殺した。

 耳元を弾丸が掠ることもあったが、怯えることなど無かった。

 私は、弟に恥を見せるわけにはいかなかいのだ。

 尽くすべきを尽くして、死ぬことこそ、兵士のつとめである。

 卑怯者と呼ばれて逃げるなど、選択肢に無いのだ。

 弟よ、兄は頑張っているぞ。

 

 

 

 私は走り続けて疲弊しきって、倒れていた。

 一時間も一心不乱に銃剣を振り回した。

 そして、多くの人間を刺して走った。

 もう、武士の意地は十分に見せた。

 後は、米兵の銃弾の前に死ぬだけである。

 しかし、まだ生きているということは、殺し足りないか。

 ならば私は走るのみ。

 そう思い立ち上がった次の瞬間。

 

 タタタタタターーーン!

 

 私の腹には米兵の軽機関銃の音と共に複数の弾丸がめり込んだ。


 ――――――私の最期の突撃は、今終わった。


 弟よ、私はここにいたのだ。

 このサイパンという島に――――――。

 

 


・死ぬべき時は今なるぞ  人に後れて恥かくな

・義もなき犬と云はるゝな  卑怯者となそしられそ

抜刀隊の歌詞の一部です。

現代の私にも響く歌詞です。

サイパン島で散った兵士たちも、上記のようなことを思ったのではないでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 万感、ここに至る。至極の名文、是非もなし。 正に、戦時の漢の魂がありました。最高です!
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