瓶詰め妖精
いきなり親友に呼ばれたので、仕方なく家に来てやった。
「オイ、何やってんだ」
「えへへ~見てみて!じゃじゃ~ん!」
彼は嬉しそうに俺を迎えると、真っ先に玄関先でガラス製の瓶を突きつけてきた。
何も入っていない、ごく普通の空き瓶だ。
「……なんだよ。これ……」
「ボクね、妖精さん捕まえたんだよ!」
「馬鹿かお前、これただの空瓶……」
「これから一緒に遊ぶんだ!まなくんも遊ぼうよ!」
にこにこしながら大切そうに空瓶を抱える彼を見て、俺ははあ、とため息をつく。
お前……とうとうおかしくなっちまったのか……。
俺は彼にされるがままに、無理やり家に押し込まれると、すぐにコケてぶっ倒れた。彼はそんな哀れな俺に
目もくれず、相変わらず瓶を見てニヤニヤしながら、上機嫌で自分の部屋へと行ってしまった。
「……ちょっとは心配しろよな……」
俺は小さく愚痴ると、すっと立ち上がって彼を追いかけた。
「……」
やはり部屋はあの時のまま、散らかっていた。……彼が取り乱して散らかしたのだが。
彼は俺を正座させると、その前に空瓶を置いて、向かい合うように座った。
「ふふー。まなくんのことが気になるみたいだねー」
「だからまなじゃなくて学ってちゃんと呼べ……って、お前……ほんとに見えてんのか?」
「何が?」
「何がって……それだよ」
彼が顔を上げて驚くので、俺は少しうろたえてちらっと空き瓶を見やった。彼は不思議そうに俺を見たが、
すぐまた空き瓶に目を移して、にこにこ笑い始めた。俺にはただの空き瓶にしか見えない。
妖精なんて、いるはずねえっての……。
その日俺は呆れて帰った。
『うっうっ……ひぐっ……うわあああぁ……』
誰か泣いている。
……あいつだ。
『きぃ……見るな、ほら、あっちに行こう。』
『やだあああああやだよおおおおおお……うわああああ……お母さん……おかあさん……』
『きぃ? 待て、そっちに行くな!!』
「桐っ……!!」
俺は飛び起きていた。呼吸が荒い。
……なんだ、夢か。
実際は……夢などではない。彼の母親は自殺して、彼はその後交通事故に遭った。
それから彼は、おかしくなった。
おかしくなった彼を、世間は受け入れてはくれなかった。
……彼は、孤独だった。
「まなくん見てー!」
「っ!? なんだその血!! どうしたんだ桐!?」
桐がまた空瓶を持ってきたかと思うと、その瓶の中は真っ赤に濡れていた。
俺が慌てるのを見て、彼はどうしたの? と首をかしげる。
「妖精さんと遊んでたんだよ」
「遊ぶっておま……どういう遊び方したんだよ……」
「見てみて、妖精さん笑ってる」
「……」
「笑ってるよ」
「……」
「嗤ってるんだ」
「きぃ……」
俺はそっと彼を抱きしめた。
彼は真顔になる。どうしたの? とも言わずに、無言になった。
「左手見せろ」
「ん」
彼が差し出す左手の裾をめくると、手首にできたばかりの生々しい傷跡が現れた。
「……きぃ」
「なあに?」
「妖精さん、逃がしてあげよう」
「どうして?」
「かわいそうだろ?」
「そうなの?」
「そうだ」
「……」
彼は無言で瓶の蓋を開けた。
「……まなくん、大好きだよ」
「ああ……」
そのまま、瓶を放り投げた。きっと、彼は分かっていたんだ。
妖精なんて、いない。
しばらく俺たちは空を見ていた。
「まなくん……」
「なんだ?」
甘えた声を出して、彼は俺の方を見た。俺も、彼の顔を見る。
「ボクね、疲れちゃったよ」
「……そうか。………………お休み」
「うん。バイバイ」
彼は手を振って家に戻った。
次の日、俺が彼を訪ねると、
桐は、自殺していた。
一通の手紙を残していた。
「大好きなまなくんへ!
元気かな? ボクもとっても元気! まなくんが優しいからです!
ボクはまなくんが大好きだよ! まなくんはボクのこと、好きかなあ?
……好きなわけ、ないよね。
めいわくかけて、ごめんなさい。
ぼくはまなくんがすきでした。
こんなぼくにもやさしくしてくれたまなくんが、
だいすきでした。
さよなら」
「せめて、『ありがとう』くらいは言ってくれたっていいんじゃないか?」
手紙を握りしめて、俺は一人で泣いた。