綿が出て三千厘
ファンタスは、上に突き出た丸い耳を整え、目の前の少女に告白した。
「僕を抱いて、寝て下さい」
目を丸くする少女。
「今日から。そして明日も、明後日も…」
顔を引き釣らせる少女。
「逃しはしな…」
ファンタスは爪による強烈なスクラッチ攻撃を喰らい、地を舐めた。
悲鳴を上げ、顔を強張らせる少女。怒りと恐怖が入り交じりながら、足を振り上げた。
ファンタスは、皆に愛されるべき存在のくまのぬいぐるみ。その愛らしいぬいぐるみが、生を受けた、奇跡の象徴なのだ。
何度も激しく踏みつけられ、頭をバウンドさせられる存在ではない。
ファンタスは、とても根気のあるぬいぐるみだ。
ダメージに身を震わせながら、手を少女に伸ばし、精一杯呼びかける。
「マーァ、マー!!」
実に不気味である。
いや、ダメージを負いながら、精一杯の声を出せば、誰もがこうなる。
仕方がないのだ。
強烈な一撃を後頭部に食らい、再び地を舐める。
痙攣を起こし、微動だにしなくなった。
風に吹かれ、身が傾く。
木枯らしが、風に揺られる様に、ただ、ただ。
同情を誘う真似は、無駄なのに。
なぜなら。
もう少女は立ち去った。
愛らしいくまのぬいぐるみ、ファンタス。
鏡を手に持ち、左耳の付け根を見よ。
糸がほつれ。
綿が出ている。
縫え、ファンタス。
その、丸々した手で。
やれるものなら、やってみろ。
いや、君なら、できるはずだよ。
何となく。