二つの不思議
010901二つの不思議
夏休みが開け新学期の始まり、久々に合うクラスメイトや旧友の団子が教室や廊下で出来上がっていた。
初日は始業式とHRだけなので気楽だけど、休み中の課題提出物の回収が始まっており、まだ完成してない者や意図的に忘れた者は必至に転作や複製に余念がない。
図書室もこの日から大忙しになっていた。夏休み借りた本の返却が一斉に始まり、カードとの照合や確認、元の本棚への配本だけでも手が一杯になり、この期に及んで今から本を借り感想文を書こうとする猛者も若干いたりで、とても一人で対応しきれない状態が続く。
もちろんクラスの図書係りの協力は得られるけど、カウンターのフロント業務だけで、他は図書委員の仕事となっていた。
だんだんと配本未消化の本が停滞し、山となって行く。
(お姉ちゃんなんとかしてぇー魔法の呪文教えてよー)
HRは昼前に終わっていたけど、それからぶっ通しで昼ごはんも食べれず、やっと一段落付いたのが夕方近くになっていた。
お姉ちゃんは、こうなることが判っていたのか、今日はお握りを持たせてくれていた。お茶を入れ、やっと作業机に座ったとき、モアイ像みたいなのが準備室の入口に鎮座しているのが判った。
「美味そうだなーそんなに食べたら太らないか?」
久々に見る筋肉バカだった。
「じゃぁ一つどうぞ。お金はいらないわ」
そう言って三つあるお握りの一つを、ラップを取って渡した。
「サンキュー貰えると思わんかった。ラッキー」
あたし用に入れたお茶も勝手に取り、モアイは本来付いて無い手を器用に使い美味しそうに食べた。
あたしは別のカップにお茶を入れ直し、再び席について異変が無いか観察した。
「大丈夫みたいね。なら、あたしもいただこうっと」
「え、大丈夫ってどう言うことなんだ?」
「だって、この時期よ。お握り腐ってたらイヤでしょ」
モアイは、全ての動きを停止し、本来の像と化した。
「俺を毒見につかいやがったのか?」
「だって、あたしお昼も抜きだったんだよ。今やっと食べるとこだったんだから」
「うん。別に腐ってはなかった。極めて上品な味だった」
「そりゃそうでしょユキカラのお姉ちゃんが作ったんだから」
モアイ、いえ、沖田君は既に平らげ、手を体操服に擦り付け、拭った。
「で今日は何の用なの、お毒見さん」
あたしは、両手でお握りの端を齧りながら質問した。
「もう返るころだろうと思ってさ、続き」
「えっ続きって下巻のこと?」
「そうだよ。沢山積んであるじゃないか。この中にあるかもよ」
山積みの本の中から、無理やり見つけ出すように物色を始めた。あたしは驚いた。てか、何かが食い違っているように思ったが、あっけに取られ気が緩んだ。
「クシュン」
危うくご飯つぶを飛ばすところだった。お茶を飲み気を落ち着かせてから聞いた。
「あたし、沖田君の下駄箱に入れたよ。気づいてないの?」
「そんなの何もなかったけど」
「ここに下巻ないかって来た二日後よ。ちゃんと入れたから。メッセージカードも付けて」
「どんなカード?なんて書いてあった?」
「普通の名刺サイズの。お姉ちゃんが買ってきてくれたから感想文がんばってね。早苗より。嘲笑を込めて」
最後は棒読みだった。
「ちょうしょうって、なんだ?」
「そんなことはどーだっていいのよ。ほんと入ってなかった?」
「それとは違うなー」
「それとはって、何か違うのが入ってたの」
「あーなんかファンレターみたいなやつ。封筒だった」
「差出人は?」
「いや、わからない。書いてなかったもんなー」
て、ことはだれかがそのファンレターを入れる時に、先に入っていた、あたしの入れた本とメッセージカードを抜き取ったに違いないと思った。
「名前の書いてあるやつは、手紙で来たけどな。これもファンレターなのか?」
と言って、あたしが出した幸福の手紙を差し出した。
「それのどこがファンレターなのよ。大きな頑体して、小さな心でビクついてると思ったから、清めてあげたんでしょ」
カバンに入れて持ってきてあった不幸の手紙を同じように突き出してやった。
「なんだこれ、俺こんなの出してねーぞ」
なんだか、さっきから食い違ってばっかりだ。明らかに、おかしすぎる。
「じゃぁだれが出したのかしら。差出人沖田君になってるわよ。同姓同名の人ってそんなにいないよね。沖田艦長」
不幸と幸福、相反する二つの手紙を並べ眺めてみる。
「あーこれ変だぞ、この消印。俺んとこは市原局になるだろ。これは隣の広口局のになってる」
良く絶滅寸前の脳細胞でそんな細かな点に気づいたものだと感心してしまう。
「ほんとだぁーってことは、だれかが艦長に成り代わって、あたしに不幸の手紙を出したってことになるよねぇ。それと本の紛失とも因果関係がありそう」
「その艦長はやめろ。お前が言うとお尻の浣腸にどうしても聞こえる」
それから二人で夏休み起こった不思議な出来事について色々検討した。あたしや、沖田君の住所は生徒名簿が配られているので簡単に判る。二つの出来事が時期的に繋がり、同一人物による事の可能性が高い。そして、その人物は広口局の管轄内であること。
沖田君には、返却本の中にあった下巻を貸し出し、お姉ちゃんに感謝を伝えてほしいと言われたが、あたしには何のお言葉もなかった。
(まっいいかー事実上どれも彼のプラスには、なれなかったんだし)
そんな出来事も、暫く続く図書室の慌しさの為、気に留めることがなくなっていった。
数週間後のHRの時間。
「夏休みの読書感想文の綴りを後ろの書籍棚に置いておく。クラスからの選考出品は・・・女子は相原、男子は沖田のにしようと思う。沖田のは感想文と言うか、どちらかってーと、初めて本を読んで感動している自分を小説にしたような、ちょっと変わった視点だったし、迫力だけは充分だった」
「特に最後の読んだ本が上巻だと判って下巻が無いと言う、それを勧めたAに対する苦情じみた書き方は、爆笑だった。まー面白いので他の者のも含め一度他人がどんな感覚なのか良く判ると思うから、参照してみてくれ」
どおしてそーなるのよ。Aだなんて、まさか本名書いてないわよねーあのバカのことだから、そんな思慮なんか期待できないし。しかもクラス代表で校内の選考会に出るなんて、しんじられない。
後日その小説のような感想文を見てみた。最後に別な紙を貼り付け、
『Aは、下巻も用意してくれていた。ただ何かの原因で届かなかった。今はこの才能を開花させてくれたAに少しだけ感謝している』
と追記されていた。
図書室では返却ラッシュも終わり、いつもの静かな夕暮れをまもなく迎えようとしていた。最後の利用者も帰り、一人コーヒーを入れ、地獄坂を下って行く生徒の自転車が気持ちよさそうだった。
(・・・少しだけ感謝。まっいいかぁーお腹空いたぁー帰ろっーと)
ここは誰にも緩衝されない。あたしだけの秘密基地。