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幸福の手紙

010701幸福の手紙


 大どんでん返しの失恋騒ぎは一瞬にて過ぎ去り、成り行きで、あたしは図書準備室の主、いえ引き篭りとなったのだった。

 テニスなんかは中学でも元々目立つこともなかったし、自分に素質が無いことも実感していた。ある意味、この状況は自分自身に適した雰囲気なのではないか、ともさえ思えてきていた。

 図書委員の方も、まだ不慣れなこともあり作業や管理の仕事が沢山で、少しサボると残業務が累積し図書室運営に支障を来たす。

 お姉ちゃんは、これをテニス部もやりながらこなし、更に園芸植物の管理、はたまた食堂のレシピの考案から、あたしが知らない色々な出来事に絡んでいたのは想像も絶する。

 何かの魔法を使い一日が四十八時間だったり、呪文で一瞬にして作業を片付ける能力があったのでは無いかとさえ思う。

 単なる学力だけで、この志賀高を蔑む巷の風潮など全く事実と異なるデマと同じようだと思った。元々市原、志賀の優劣なんか気にしてなかったけど、最近は改めて志賀高であることへの誇りさえ持つようになっていた。

 クラスでは、男女数人づつくらいの気の合う仲間が出来、あたしもその中に加わることが出来、今では何かに付け行動を共にし、新鮮なコミュニティを満喫することができている。


 ただ、あたしには大きな欠点が存在していた。身体的と言うか、もしかしたら精神的な影響でもあるかもしれないと思う。

 これは中学の中ほどあたりから始まり、今なお継続している。最初両親も心配し、島内の大きな病院で精密検査まで行なったが、何ら決定的な病因は掴めていなかった。

 別に生命の危険に曝されるようなものでもないことと、実害は皆無と言うことで何ら治療を行なうこともなく、対処的に錠剤を若干服用する程度だった。

 けど学校生活においては大問題だと感じていた。友達が出来、親しくなると、お互いニックネームで呼び合うようになる。中学の時のあたしの呼ばれ方は、

『くしゃみ』

『クシュン』

 であり、本名の早苗とはかけ離れたものだった。

 なぜそうなったかは、そのあだ名そのもの。中学の二年の初めころだったと思うけど、クシャミが出るのである。そりゃぁ人間、多かれ少なかれ多少はありうることで、最初は気に留めてなかった。

 けど自分の回数は、一般的な人々の回数より明らかに多くなっていった。そして安定したと言うかコンスタントに一日に五~十回程度と言う統計が出来上がった。

 これは中学のクラスメイトがネタのつもりで、クシャミの回数を日々カウントした結果を集計し丁寧に気温や天気等も含め記録されていた。

 その結果を見ても回数との因果関係は無いものと思われた。記録した当人は半分イタズラであったらしいが、あたし的には感謝した。

 医者は実害は無いと言うけど大有りで、クシャミは時と場所を選ばずランダムに発生する。目立つのは、もちろん授業の時である。そして時たまある映画鑑賞会や集会。

 別に大きなクシャミではないことが幸いであった。小さくクシュンとするだけである。けどあたしの前の席になった人は、面と向かって苦情は言わないものの恐怖だったに違いない。ただ必ずクシャミする時に両手で囲うことは、既に反射的に出来るようになっていた。

 一番気を付けなくてはならないのが食事の時だった。これは片手、両手が塞がっている場合が多く、もし何らかの食物を咀嚼中であれば、最悪な事態になる恐れがあった。

 ただ、これも長い経験から思いっきり気を張り詰めてさえいれば、その間クシャミが出ないことも経験的に体得していた。但し、そんなに長い間、張り詰められない為、学校での食事等は特に気を使わされていた。

 そう、失恋に終わった先輩を憧れに思うようになったのも彼だけは、あたしのクシャミを可愛いと言ってくれたのが切欠だった。

(単純だったよねぇ)

 そんな事を思い出し、一人で笑ってしまう。けど、ここ準備室は完全にあたしだけの専用秘密基地。だれにも緩衝されない安心できる場所。


 季節は真夏。既に夏休みに入っていたけど、平日は毎日登校する日々が続いていた。別にだれに強制された訳でもないけど、家にいても退屈だし図書室の管理があると言うのが一応の名目だった。

 これもあたしが行かずとも原田さんが開閉を行なってくれるし、貸し出しはカウンターにカードを置いておく、返却はお帰り棚へ積み上げると言うことになっているので、毎日行く必用は無い程度の作業量しかない。

 利用者も多くは無く日に数人程度。ただ運動部は毎日部活をやっていることや、合宿中には利用者が増えることもある。

 図書室はエントランスの真上にあり、更に上階は視聴覚教室。西日もあたらないことから一日中極めて涼しい。窓を全開にしておくと風が抜け、エアコンの無い家の部屋とは大違いであった。

 よって本を読んだり勉強するには最適な場所で、これを知って利用する生徒が数人いるのも事実。

「おっ相原いてるじゃないか。クソ真面目なんだなー」

 極めて珍しいお客様。仲良しグループの沖田君だった。

「どうしたの?ここエロは置いてないよ」

「まっまた、いきなりストレートでくるじゃないか。それじゃ客減るぞ」

「いいんです。別に利益追求してる訳じゃありませんから。なんなら料金取ろうかな」

 沖田君は読書や活字には無縁で、バレー部の部活が人生の九十九パーセントを占めるくらいの体育会系バカである。こんなところに来るのは極めて異例で、彼が本を読む姿など違和感しかない。

「あいかわらずいいサーブにレシーブだ」

 彼に言わせると会話までバレーになってしまう。

「で、その筋肉の塊さんが何の用なのかしら。もしかして恋愛小説でも借りて品祖な心も鍛えるつもり?」

「アホか。俺にはそんな感覚はこれっぽっちも無いわ。ほら、夏の課題に読書感想文あるだろ。何か読まないと書けないしな。それとも相原が書いてくれるのか?」

「ええ、それいいかも。甘々の純愛小説の感想文書いてあげる。しかも入選するようなの。それを発表する姿、絶対笑える」

 沖田君は以前からスポコン一筋で、愛だの恋だのの分野は彼の大脳には存在してなかった。ようするに遊びに夢中な小学生のようで、心が発育不良になった分、脳味噌も筋肉で出来ているのかと思える。

「いやいや、ほんと困ってるんだ。相原がいてるなら丁度いいよ。何か俺に相応しい、いや俺でも読める本を選んでくれないかなー」

「うぅーん。興味あるジャンルってどんなのかしら・・・」

「そうだなーSFみたいな感じ?そうだ宇宙戦艦ヤマトみたいな」

「それってマンガでしょ。書き直しさせられるよ」

「だから頼んでるんじゃないか。なっ相原、親友だろ」

 大きな体に似合わず体の前てハエのように手を合わせる動作は、かなり滑稽だ。

「そうねぇーこんなのどうかしら。本のサイズも小さいし、部活の合間でも持っていけるでしょ」

 そう言って、カールセイガンのコンタクトと言う本を差し出した。

「なるほど、コンパクトだし邪魔にならないな。おし、これにしよう」

 と、中も確認せずに決定してしまった。本はたしかにA六版と言う単行本サイズで小さくみえる。けど活字も小さく薄いものでも二百~三百ページはある。

「あたしなら半日、小脳しか動いてないあなたでも一週間はかからないでしょ。内容も凄く面白いから」

「お前読んだのか。それなら最悪なんとかなるなー」

 たぶん読めなかった時のことを言っているのだろう。あらすじだけ教えろとか、そんな展開の保険を確保したので安心したのか、意気揚々とまた部活に戻っていったのであった。

 それから、きっかり一週間後、彼は再び図書室を訪れたのだった。

「相原―ひでーじゃないか。これ、終わってねーぞ。まだ先があるぞ、どうするんだよー」

 図書準備室にいきなり踏み込んできて半分困った顔をしながら詰め寄ってきた。

「えっまさか、本当に読んじゃったの?」

「だから話が途中って判ったんじやないか」

 借りる前、表紙に(上)って書いてあるのを、ちゃんと確認しないのも問題なんだけど、まさか読破できるとは思ってもみなかった。

「あら、すごいじゃないの。読書に目覚めちゃったの」

「いや・・・だんだん夢中になっていったよなーそれよか次。続きがいるぞ」

 あたしは、慌てて下巻を探した。しかし確かにあるはずのところに見当たらなかった。もしやと思い、貸し出しカードの束を調べはじめた。

「ごめーん。これ、つい最近下巻貸し出しになってる」

「えぇーどーすんだよ。これじゃおあずけの犬になってしまうぞ」

 なんか様子が変だ。いや、例え方も。

「あたしが後半の内容教えようか?それとも、あたしのミスだから感想文それらしく書くよ」

「そんなことしたら俺のこの読書欲って言うか、興味ってのか、台無しになる」

「本当に目覚めちゃったんだ。でも、この本、帰ってくるの夏休み明けになるよ」

「ええーほんとかよ・・・」

 沖田君は暫く思案していたが、諦めたのか肩を若干落として去っていった。

 あたしは、なんだかとっても申し訳なくなった。そして、あたしのチョイスで読み始めた本を完読し、まだその先を求めるようになったのは、とっても嬉しかったし、なんとかしてあげたいと思った。

 帰ってから、毎日車で通勤するお姉ちゃんに大きな書店で探してくれないか頼んだ。あたしの家の近くにある小さな所では見つかりそうもないからであった。

 次の日、早速目的のコンタクト下巻を入手してくれたので、沖田君の下駄箱に入れておいた。彼のちょっぴり驚く姿を想像しながら。

 

 それから数日後、沖田君から手紙が届いた。本のお礼かなと思って見てみると、

(不幸の手紙じゃないの。どう言うことなの?)

 不幸の手紙とは、この時期流行った連鎖現象を手紙で行なうもので、現代で言うチェーンメールだった。不幸にならない為には、五日以内に五人に同様の手紙を送らなければならないと言う内容だった。

 差出人は沖田君になっているし、シリアル番号も付いている。

 最初は恩を仇で返すような手紙を出す彼に怒りすら感じた。けど、そんな常識な感覚すらまだ発達してない下等な心の彼、もしかして不幸の手紙の通り、出さないと本当に不幸になると思って差出先を思案の結果、しょうが無しに、あたしのところを選んだとも考えると、あの大きな身体で震える姿が可笑しくてたまらなくなった。

 あたしは返信することにした。


 幸福の手紙


 この手紙を手にしたあなたは、間違いなく幸せになります。

 幸福と不幸は半分づつなんて言うけど、不幸の手紙を手にしたあなただから、この幸福の手紙で、不幸を帳消しにすることができるのです。

 何も恐れることはありません。あなたに不幸の手紙を差し出した人に、これと同じ幸福の手紙を出しましょう。そうすれば、みんなが幸福になり、あなたにも更なる幸福が訪れること間違い無し。


差出人   幸福第一号 相原早苗

受け取り人 幸福第二号 沖田剛士様


 つまり不幸の手紙を逆に辿ろうと言う訳だ。上位の不幸の教祖まで届くかは判らない。けど、なんだか不幸の手紙をを貰った人々を少しでも幸せにさせ、反撃したかったと言うのが本音だったかもしれない。

 夏休みの最後は筋肉バカもバレー部の合宿や遠征があるようで図書室には姿を見せなかった。

 日が傾き始めると、ここ図書準備室には涼しい風が抜けて行く。秋が、もうそこまで来ているのが実感できる。

(あーあ、新しい恋がしたいなー)

 ここは誰にも邪魔されない、あたしだけの秘密基地。



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