8章 代償を払って…
あたりはすっかりと暗くなり、そろそろ秋になろうかという今の季節では少し肌寒くなってきたのか、長袖の服を着ている人も増えてきた。
駅から出てくる帰宅者たちも、むき出しの腕を寒そうに組んでいる。そんな彼らの横を、雅人は真剣な表情で走り抜ける。人間たちは雅人の涼しげな恰好を見て、多少呆れた視線を向けている。
それでも雅人は一切速度を緩めることも、羞恥に顔色を変えることもなく、まっすぐ走り続ける。ただただ、一人の人間の少女のために。
そこまで考えて私は気分が悪くなるのを感じた。雅人が自分ではない女性を気にかけている事実が気に食わないようだ。
『………』
我がことながら面白い。まるで人間のようじゃないか。雅人に出会うまでは、自分にこんな一面があるなんて思いもしなかった。この私が人に嫉妬するなんて。
そんな風に私は雅人の後に従っている間、自らの感情を分析していた。
駅から公園はほとんど目と鼻の先なので、雅人の足なら2分とかからない。そのため、私の自己分析もほんの1分ほどだったけれど、私にとっては充分だった。
雅人が公園に着くと、私も思考を一時封じる。雅人の願いが彼女を救うことなら、私はただそれに従うだけだ。迷いはない。
「どうだい?雪姫さんの居場所はわかる?」
そう問われ、私は彼女に憑りついている鬼子の気配を探る。闇雲に探して後手に回るわけにはいかないから。
私は右前方の林道から僅かな邪気が流れていることに気がつき、方向を指し示した。
『そこの林を通ってベンチのある方へ向かっているわ』
「そのベンチってもしかして…」
『雅人の想像通りよ。3人目の女の子が攫われた場所』
「なるほどね。また同じ場所というわけか」
3人目の被害者が攫われるところを目撃して、まだ一晩しかたっていない。犯人がどういう神経をしているのか知りたくもないが、あまりにも愚かではないか。
雅人と私は彼女を、足音をたてないように慎重に追っていく。
彼女が例のベンチにたどり着き、その足が止まった。そのとき、邪気のもたらす気配が変わった。彼女に襲い掛かる前触れなのだろう。気配はどんどん醜悪なものに変わっていく。しかし、普通の人間に感じることはできないため、彼女が気付くことはない。
『まずいわ、雅人。鬼子が動いた』
「!?」
雅人が走り出す。が、このままではおそらく間に合わない。この鬼子はなかなかに素早く、影から現れて引きずり込むまでおよそ5秒程度の時間しかないのだ。いくら雅人が優秀な脚力を持っていても、今行動を起こされたらとても間に合わない。
ただ、雅人にはそれを可能にする方法が残されている。
「半年分だすよ。今すぐやって」
『半年分!?雅人、それはいくらなんでも多すぎ…』
「雪姫さんを確実に助けるためだよ。彼女には指一本触れさせない!」
そう言う雅人の顔は真剣そのものだった。
少し動揺してしまったのを隠し、私も応える。
『…わかったわ。雅人、あなたの命、半年分いただくわ』
私は雅人に触れ、彼の命、半年分の代償を与える。
雅人は走る足を止めずにその眼を閉じた。
彼の体を夜空のような漆黒の霧が覆っていく。
その霧は彼の右腕と両脚に固まっていき、完全に一体となる。
黒の表面には銀の模様が浮かび、淡く光る。
雅人が静かに眼を開く。
「じゃあ行ってくるよ」
視線をこちらに向け、一言放った。
『いってらっしゃい。油断はしないで』
彼は頷くと前を向き、瞬時に駆け去った。
大変長らくお待たせいたしました。
学園祭があったりとちょっと用事がたて込んでいて、作業時間が確保できず、大分時間をおいた形になってしまいました。
これからは、以前のようなペースに戻していく予定です。
それと、まだ戦闘シーンに入れないこともお詫びします。
次回こそは、戦闘シーンに入っていく予定です。