7章 二人だけの歓迎会
駅前のスーパーから歩いて15分、僕の家に到着した。
「さあ着いたよ、雪姫さん」
そう言って、僕は後ろに振り返る。彼女はなにやら驚いている様子だった。
「どうしたの?」
僕が訊ねると、彼女はおずおずと僕に質問で返してきた。
「あの…、雅人さんは独り暮らしなんですよね?」
「うん、そうだよ」
僕があっさりと答えると、彼女はまた申し訳なさそうに訊いてきた。
「…一軒家に独り暮らしなんですか?」
ああ、そういうことか。
確かに目の前に建っているのは独り暮らしというには、あまりに大きすぎる家。一戸建て住宅だ。
普通独り暮らしというと、よくてマンション、一般的にはアパートなどのワンルームだろう。
それなのに、僕が住んでいるのは家族一世帯は裕に居住できるだろう一戸建て住宅。彼女が驚くのも無理はない。
「ごめん、言いそびれてたね。仁とかは何も言わないから、ついね」
そう僕が彼女に伝えると、彼女は何か考えるそぶりを見せた。そして、
「…もしかして私、聞かれたくないことを聞いてしまいましたか?」
とたずねてきた。
さすがに、雪姫さんはよく気がつく人だな。でも、
「ううん。雪姫さんが思っているほど重たいことじゃないよ」
「…そうなんですか?」
「うん、僕の両親は今ニューヨークにいるんだ。むこうでバリバリ働いているよ」
「そうなんですか。それならよかったです」
そうして彼女はほっと息をつく。やさしい人なんだな。
「お気遣いありがとう。それじゃあ、遠慮なく上がってよ。」
お礼を言ってから、玄関のドアを開けて彼女を家に招く。
「はい。では、お邪魔させていただきます」
彼女が玄関を上がるのを見た後、僕もドアを閉めて家に上がった。
「ただいま」
リビングに入ると、いつもの癖であいさつをしてしまう。
「…?独り暮らしでも“ただいま”を言うんですか?」
言われてマズイと思った。
「ああ、うん。なんか癖でね。いつも言っちゃうんだよ」
「そうなんですか」
幸い、特に怪しまれた様子はない。
僕は鞄を置き、上着を脱いでワイシャツの袖をまくると、そのままキッチンに入る。
「夕食、すぐに作っちゃうから、雪姫さんはゆっくりしてて」
時刻は17時を回っていたので、すぐに支度にかかる。
あまり遅くなると帰りが遅くなってしまうからね。
「私も手伝いますよ。まかせっきりは悪いですから」
やっぱり。雪姫さんなら手伝いを申し出ると思ったよ。だけど、
「これは君へのご馳走なんだから。待っててくれないかな?」
「でも…」
「びっくりさせたいんだよ。だからね」
これには雪姫さんも反論できないようで、少し困った顔をした。そして、
「……そういうことでしたら」
納得してくれた。
「うん。ゆっくりしててね」
僕が笑顔でそう言うと、彼女は微笑み、
「わかりました。期待して待っていますね」
そう言って、リビングのソファに座った。
さて、それじゃあ作ってしまおうか。
90分後。
「すごいですね、雅人さん。とっても美味しそう」
雪姫さんはテーブルに並べられた料理を見て、目を輝かせた。
うん、これだけでも作った甲斐があったね。
テーブルに並んでいるのは、シチュー煮込みハンバーグ、おろしダレの和風ハンバーグ、ルッコラとサーモンのシーザーサラダ、フランスパンのトースト。
「ご飯も炊いてあるから、もしお米がよければよそうよ?」
和食の多いだろう雪姫さんにそう言うと、
「あ、はい。お願いします」
雪姫さんは笑顔で答えた。
僕がお米をよそっていると、雪姫さんがいくつか質問してきた。
「ハンバーグが2種類なのはどうしてですか?」
これは予想どうりの質問だ。
「煮込みの方が合挽きのお肉100%で、おろしの方はつなぎに豆腐を混ぜ込んでるんだ。
それぞれの味付けに合うように、中身を変えてるから、別物だよ」
「それは…、とても手が込んでますね。サラダのドレッシングは市販のものですか?」
僕はよそったご飯を彼女の席に持ってきて答えた。
「うん。少し手を加えてはいるけどね。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。ドレッシングにも工夫が…。あ、このお米、発芽玄米ですか?」
「うん。栄養価が高いから、普通のお米とブレンドして炊いてるんだ」
「いいですね。発芽玄米は私も使っています。あとはこのトースト。バターやマーガリンとは香りが少し違いますけど…」
「よくわかったね。マーガリンとオリーブオイル、両方を使ってるんだよ」
「なるほど。オリーブオイルですか…」
そんな感じで質疑応答を繰り返す。
僕としても、これだけ興味を持って聞いてくれるのは嬉しいな。
それから二人で向かい合って食事をとる。
食べる合間にも雪姫さんとの会話ははずみ、とどまることはなかった。
「今日はご馳走様でした。雅人さんの作るお料理、私の想像を超えてとても美味しかったです」
一人で帰れると言って聞かない雪姫さんを説得し、駅まで送ってきたところで、笑顔で言ってくれた。
「僕としても、誰かに食べてもらうのは嬉しいから、良かったよ」
そう答えると、彼女はもう一度微笑んだ。
「では、雅人さん。また明日です」
「うん。また明日、学校でね」
手を小さく振って駅の階段をあがっていく。その姿が見えなくなるまで見送り、僕も家に帰るため、振り返る。
『あの子のこと、気に入ったの?』
歩き出してすぐ声をかけられた。
「…そんなんじゃないよ。っていうか、出てきていきなりそれ?」
『いつもよりも何時間も長く、雅人と話せなかったんだもの』
ああ、こんなに素直に言うなんて、これは相当ご機嫌斜めだな。
『雅人のハンバーグは私も大好きなのに、それをお預けだなんて』
「ごめんごめん。帰ったらまた温めるから」
『雅人も一緒に食べるのよ?』
「わかったよ。僕もまた少し食べる。たくさん話も聞く。それでいい?」
『ええ、いいわ。それで許して……っ!』
彼女の言葉が途切れ、雰囲気が変わる。
「どうしたの?……奴が出た?」
『ええ。憑りついたわね』
「場所は?相手は?」
『場所は駅を挟んで向かいの公園。相手は……あの子よ』
それを聞いた僕は一瞬震えた。
「まさか……雪姫さん!?」
背中を嫌な悪寒が走る。反射的に僕は走り出していた。
なぜ雪姫さんが公園に?
そんな疑問が浮かんできたが、無理やり抑えて、僕は件の公園に急行した。
次回からやっとバトルシーンが入ります。
お待たせいたしました(?)