6章 夕飯のお買い物
夕方、僕と雪姫さんは一緒に学校から駅への道を歩いていた。
歩きながら、昼間はクラスのみんなに囲まれていて出来なかった、お互いの身の上話をしていた。
「へえ、やっぱり雪姫さんの家は京都では名家なんだね」
彼女の家がとても大きく、影響力が強いというのを聞き、僕は納得した。
「名家だなんて…。ただお屋敷が大きくて、ご近所のまとめ役をしているだけですよ」
そういうのを名家と言うんじゃないのかな。
「でも、“やっぱり”ということは、雅人さんは“二条”の家をご存じだったのですか?」
「ごめんね、知っていたわけじゃないんだ。ただ“二条”というのは、京都市内の地名だよね。昔から京都は日本の中心都市で、それこそ貴族が住んでいた時代なんかもあった。そんな由緒ある京都の中心地の地名を姓として名乗ってるぐらいだからもしかしてって思ったんだよ」
根拠のある推測ではなかったからどうかと思ったんだけど、当たったみたいだね。
それを聞いた雪姫さんは驚いたようだった。
「雅人さん、すごいですね。ただ聞いただけ、字を見たのも最初の一回だけですよね?」
「うん」
「それだけの情報で私の家のことを推測してしまうなんて…。とても頭の回転が速いんですね」
「ありがとう。でも目に入る情報、耳で聞いた情報をしっかりと整理していれば、それだけで解ってくることって意外と多いと思うよ。注意していれば、だれにでもできることだしね」
「それでも、常日頃からそうできるというのは、やっぱりすごいなと思います」
「そうかな?雪姫さんにそう言ってもらえるのは嬉しいな」
そう告げると、彼女は少し頬を染め、笑顔を浮かべた。
そうだ、ひとつ思い出した。
「そういえば自己紹介の時に思ったんだけど、雪姫さんって字がとてもきれいだよね」
「あ、ありがとうございます。屋敷で祖母が習字教室をやっていたので、幼い時から習字を習っていたんです」
「道理で。黒板にチョークなのに、流れるようなきれいな字だったよ。素敵だと思うな」
そう感想を言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。うん、いい笑顔だな。
そうして楽しく会話をしながら歩き、僕らは駅前のスーパーにやってきた。
もちろん、雪姫さんにご馳走する夕食の材料を買うためだ。
「お夕飯は何にするのですか?」
カゴを持って歩いていると、隣の雪姫さんが訊ねてきた。
「そうだな…。雪姫さんは苦手なものってある?」
「苦手なものですか?そうですね……」
そしてなにか思い至ったようにハッとすると、少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに上目使いで、
「ピーマンはちょっと…」
と言った。
「ピーマン?意外と子供っぽいところもあるんだね」
少し笑ってしまうと、彼女はいっそう顔を赤くしてつめ寄ってきた。
「あー、笑いましたね!もう、ひどいですよ。笑うなんて」
相変わらず顔は赤いままだけど、ムッとしてしまっている。
「ごめんごめん。雪姫さんの大人っぽい雰囲気とギャップがあってさ」
「むぅ…」
「それにさっきの顔も可愛かったな」
そう言うとまた顔を赤らめて、もう、と前に向き直ってしまった。
雪姫さんがピーマン嫌いねぇ…。さっきも言ったけど、子供みたいだな。
とそのとき、夕食のメニューを思いついた。
「そうだ!雪姫さん、ハンバーグはどうかな?」
そう訊いたところ、雪姫さんは一転、表情を輝かせた。
「ハンバーグですか?はい、大好きなのでぜひお願いしたいです!」
「良かった。多分好きなんじゃないかなと思ってね」
「はい、大好きです。でもどうして…」
何故わかったのかと聞いてくる彼女をうまく躱しながら、夕食の買い物をすませた。
言えないよね。味覚が子供っぽいのかもって思ったからなんてこと。
僕たちは買い込んだ夕食の材料を持って、僕の自宅へ足を向けた。