5章 昼食戦線?
転入生が来ると、その日のうちは休み時間のたびに質問攻めに遭うのはどこでも同じだろう。
もちろん雪姫さんも同じで、昼休みも終りに近い今も教室でみんなに囲まれていることだろう。
任されておいてなんだけど、昼食を教室で雪姫さんや仁、女子何人かと一緒に食べた後、こうして屋上に避難してきてしまったのだ。
昼食時のやりとりはとても楽しかったのだけど、少し疲れてしまったかな。
30分前。
4限終了のチャイムが鳴り、数学教師が授業を締めくくる。
「では今日はここまで。しっかりと今日の復習、次回の予習をやっておくように。以上解散」
その言葉を合図に、みんながそれぞれに昼食の支度にかかる。
「雅人さん、教科書を毎回見せていただいてありがとうございます」
となりの雪姫さんが声をかけてくる。まだ教科書のない彼女に、机を寄せて見せていたんだ。
「どういたしまして。進度に違いはなかった?」
「こちらのほうが、前の学校より少し進んでいるみたいですね」
「それはいけない。わからないところあったら言ってね」
「ありがとうございます。でも、これくらいなら予習でやっていたので大丈夫です」
「そうなんだ。偉いんだね」
「いえ、そんなことは…」
少し頬を赤らめる雪姫さん。
そこにクラスメイトの女子、久藤さん、竹内さん、笘篠さんの3人がやってきた。
「二条さん、お昼一緒に食べよ」
「ええ、是非ご一緒させてください」
雪姫さんは嬉しそうに答えた。そしてこちらを向くと、
「雅人さんもご一緒にいかがですか?」
「…いいのかな、僕が一緒でも」
僕はやってきた女性陣に尋ねると、
「もちろん、雅人くんなら大歓迎よ」
「ありがとう。それじゃあ僕も一緒に食べようかな」
みんなにそう答えたとき、教室の前の方から、
「俺も混ざってもいいか?」
仁がやってきた。でも、仁は確か…
「仁、君は野球部の昼練習があるんじゃないの?」
と僕が訊ねると、仁は妙に真剣な顔で、
「雅人、お前にだけはわからんだろうから気にするな」
……?仁は何を言っているのだろう。
「お前たちも、それでいいか?」
仁はそのまま女性陣に了解を得る。
「私は構いません。雅人さんが堺さんを信頼しているようなので」
「あたしたちもオッケーだよ。むしろ大歓迎。クラスの男子2トップだもんね」
「というわけだ。さあ、とっとと飯にしよう」
仁の号令で、周りの机を固めてそれぞれ好きに座った。
秋鷹高校には広い学食があり、全校の6割はこの学食で食べている。
また、購買でパンやおにぎり、出来合の弁当を買って食べる人が2割強。
残りの2割弱が、弁当持参の人だ。
今日は女性陣4人と僕、仁の6人のうち、5人が弁当持ちという珍しい状況になった。
ちなみに、いつの間に買ったのか、仁はすでに購買のパンとロースカツ弁当を持っていた。
机は3対3で向かい合うように並べている。
並びは、まず片側に仁、竹内さん、久藤さん。仁の向かいから、僕、雪姫さん、笘篠さんと並んだ。
初め、僕は仁の横に座ろうとしたのだが、それを見た仁が、
「雅人、お前が座るのはここじゃない。向かい側だ」
と言ってきたので、僕は理由もわからず今の席に座った。
各々が弁当を広げる。
「でも驚いたな。二条さんも弁当持ってきてるなんて」
久藤さんが訊くと、雪姫さんは、
「勝手がわからなかったので、とりあえず作ってきたんです」
と答えた。しっかりしてるな。
「ってことは、二条さん、自分でお弁当作ってるの?」
「はい、そうですよ。お料理は得意なので」
そう言って、雪姫さんは弁当箱を開く。
おおー、と女性3人が声を上げる。
僕も微笑む雪姫さんの手元の弁当を見てみる。
筍としめじの炊き込みご飯に大豆とひじきの煮つけ、キュウリの漬物、おかずの中央にあるのは…
「これは…西京焼き?」
僕が訊くと、
「はい、真鯛の西京漬けです。京都では一般的なのですけど、変ですか?」
「ううん、そういう意味じゃなくて。僕はあんまり食べたことないから、美味しそうだなって」
そう言うと、彼女は微笑んで、
「では、少しおわけしますか?お口に合うかどうかわかりませんが…」
「それじゃあ、一口いただこうかな」
雪姫さんはまた微笑み、西京漬けを少し箸で切り分け、僕の差し出した弁当に置いてくれた。
僕はさっそくそれを口に運ぶ。
「……どうですか?」
「うん、すごくおいしいよ」
「本当ですか!?」
「すごく上品な甘さだね。焼き加減も丁度いいし、骨も抜いてあるところが丁寧だと思うよ」
そう言うと、雪姫さんは顔を赤らめて答えた。
「ありがとうございます。家族以外の男性の方に食べてもらうのは初めてなので、そう言ってもらえると、とてもうれしいです」
そんな感じで彼女と話していると、それを眺めていた4人が話に加わってきた。
「いーな、いーな。ふたりだけいい雰囲気作っちゃってさ。あたしたちも混ぜてよー」
と竹内さん。
「二条さん、わたしにも一口ちょうだい!」
ねだっているのは笘篠さん。
「できることなら、こうなることは防ぎたかったんだが…。手遅れだったみたいだな」
何のことを言っているのかわからないのは仁。
そして久藤さんは…
「あれ、そういえば雅人くんもすごく料理上手じゃなかったっけ?」
と美味しいネタを投下した。
いや、別に隠そうとしたわけじゃないんだけどね。
「そうなんですか?雅人さん」
当然、雪姫さんは食いついてくる。向かいの仁が渋い顔をして、ため息をついた。
「ほんと、ほんと。雅人くんってばめっちゃ料理上手なんだよ」
笘篠さんが先に答える。
「それは、男性にしては、ということですか?」
「ううん、1年のときの調理実習でね、雅人くんのいる班だけレベルが違ったの」
「班の子に一口貰ったんだけど、びっくりしたよ。そんじょそこらのレストランよりは美味しいくらいだった。噂になったくらいだもん」
「そういえばそんな噂もあったな…」
仁が呆れた顔をして続けた。
なんだかずいぶんと誇張されてるような…
「そんなに……。ぜひ食べてみたいです!」
ばっと雪姫さんがこちらに向き直り、つめ寄ってきた。
「ええと…うん。ご馳走するのはいいんだけど…。っていうか笘篠さん!弁当に箸を伸ばすのはやめて!お願いだから」
「ええー、いいじゃん。この生姜焼き、美味しそうなんだもん。ねえ、一口頂戴」
「じゃあ、あたしはこの大根貰おっと。味の染みた大根って最高よね」
竹内さんも便乗して手を伸ばしてきた。この流れはマズイ!
「待って、お願いだから。それ僕の大事な昼食なん…」
「雅人、俺も一切れ貰うぞ。お前の家のタレは絶品だからな」
僕の願いを切り捨てるように、仁も肉をとっていく。久藤さんもそれに続く。
「……あぁ」
残ったのは生姜焼きの下に敷いたレタスと煮物の大根だけだった。
僕がため息をついてがっかりしていると、
「そんな顔をするな。ほら、俺のきんぴらごぼうをやるよ」
仁が僕の弁当箱にきんぴらごぼうを落とす。
「…仁。君はごぼう嫌いだったよね」
「なに、礼はいらん。せめてもの情けだ」
「誰のせいだよ、まったくもう」
すると、同じく色々とっていった女性陣3人が、
「ごめんねー、これあげるから許してー」
「うん。生姜焼き、すっごく美味しかったから、そのお礼」
「等価交換は当然よね」
と言って、竹内さんが竹輪、笘篠さんがトマト、久藤さんがかりんとうをそれぞれ置いた。
……明らかに狙ってるよね、これ。っていうか、かりんとうって…。お弁当だよね?
色々思うところはあるけど、なにも言う気になれず、流しておくことにした。
「あの、雅人さん?」
落ち込む僕に、雪姫さんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
彼女は何もとらないでいてくれたので、普通に対応すると、
「私も雅人さんの作ったお料理、いただきたいのですけど…」
「……雪姫さん、意外といじわるなんだね」
「ええ、よく言われます」
柔らかな笑みをたたえて、あっさりと切り返してきた。
「ぜひ、雅人さんのお料理が食べてみたいです」
もう一度念を押してきた。ここまで言われてしまったら、応えないわけにはいかないね。
「それなら、今日の夕方は時間はとれますか?」
「はい、特に予定などはありませんが…。どうしてですか?」
「よければ、僕の家で夕食をご馳走しようかと思いまして」
「いいんですか?…そうですね」
「後日でもいいんですが、どうせなら僕からの歓迎の気持ちも込めて」
「……では、お邪魔させていただきますね」
「期待していてくださいね」
「はい」
というような会話を僕と雪姫さんが交わしている間、仁たちは3通りの反応を示していた。
1つめは竹内さんと笘篠さん。
「二条さん、いきなり羨ましすぎる展開だわ。雅人くんの家でご馳走してもらえるなんて」
「いいなー、雅人くんの手料理。私も食べたいな…」
2つめは久藤さん。
「うふふふ。雅人くん、転入生を初日から自宅に連れ込むなんて、手が早いのね」
「そっか、そういう考えもあるのか。そういう意味でも大丈夫?雪姫さん?」
「ええ、問題ありません。私は雅人さんを信頼してますから」
「……これはこれで面白い展開かも」
そして3つ目の反応が仁だ。
「…………」
「仁?どうしたんだ?」
「……お前はあれを天然でやってるんだから、余計にたちが悪い」
「……?」
とまあそんな感じで、連休明けの初日から新しいクラスメイトも一緒に、騒がしいお昼を過ごしていた。
おかげであまり力のつく食事はとれなかったけど、転入初日の雪姫さんが少しでも早く、クラスに馴染めるのであれば、僕の食事なんて安いものだ。
『珍しいわね、雅人。あなたが家に人を招くだなんて』
「…君も、誰かに聞かれるかもしれない場所で出てくるなんて、珍しいね」
『今は誰もいないわ』
「そうだけど、もしこんなところ誰かに見られたら…」
『だって……』
「…なに?」
『…あなたが可愛い子と楽しそうに話しているのを見るのは気分が悪いもの』
「え?なんて言ったの?」
『何でもないわ。それより、そろそろ時間だから戻りなさい。遅刻するわよ』
「…うん、わかった。またあとでね」
それきり彼女の気配は去り、僕は午後の授業のため、教室に向かった。