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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
2部 学園祭編
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20章  波乱の合宿~一日目・急~

「なるほどね。それであんな風に教えられていない部分も出来たんだ……」


雪姫さんの訓練を最後に、午前中の練習を終了して接客班と調理班の二十人強は、そのままカフェテラスで昼食を摂っていた。


「はい。先日、凛さんと一緒にファミリーレストランへ行っておいて正解でした」


僕の向かいに座る雪姫さんは、調理班が作ったライスとハンバーグを食べながら笑顔で語ってくれる。


「でも、まさか一度見ただけで接客対応を完璧に真似ることが出来るなんて思わなかったわ。雪姫、貴女ファミレスはこのあいだ行ったのが初めてだったのでしょう?」


僕らの隣、四人掛けの円形テーブルだから横といった方が正しいのかもしれないけど、そこに座った凛は驚きと呆れの入り混じった表情で雪姫さんを見つめている。


「はい。でも接客だけでしたら、今まで入ったお店でも見たことがあったので、そのときの応対をファミリーレストラン用にアレンジしてみた部分もありますよ」


にこやかに、簡単にそんなことを言う雪姫さんだけど、ファミレスに入ったことのないらしい雪姫さんが行っていたお店といえば、恐らく料亭とか高級レストランなんだろう。

そんなプロ中のプロが接客するようなお店の応対を参考に、違和感の無いようにファミレスのレベルに合わせるなんて……。


「……だから所々言葉遣いがすごく丁寧だったんだね」

「やっぱり少しおかしかったですか……?」

「ううん。おかしくはないよ。ただ、ファミレスはあそこまで丁寧じゃないからね」


僕は雪姫さんの応用力の高さに、寧ろ苦笑いになってしまう。

レベルの高いものを比較的稚拙なものに落とし込むことになってしまった皮肉には、苦笑いしか浮かばなかったんだ。


「二条があれだけの接客スキルを披露できた理由は解った。だが、直前まで君は恥ずかしがっていて満足な接客が出来ていなかったはずだ。その点はあの一瞬でどう克服したんだ?」


凛の向かいの席に着いている仁が、腕を組んだ状態で訊ねる。

確かにその点は、僕も気になっていたところだ。

そしてそれは克服というよりは寧ろ……。


「いや、違うな。あの直前、久藤に何を言われたんだ、と訊くのが正確か?」

そう。

仁の言うとおりだ。

さっきの訓練の直前、雪姫さんは久藤さんにホールの端へ連れて行かれ、そこで何かを耳打ちされていた。

恐らく、そのときに何事かを吹き込まれたのだろう。


緊張しない方法とか、恥ずかしくてもそれを表に出さないで済む方法とか……。

とにかくそれまでの雪姫さんのように、羞恥で満足のいく応対が出来ないという事態を防ぐ何かを、久藤さんから仕込まれたはずなんだ。


「そ、それは……」


雪姫さんは仁の問いに対し、答え辛そうに視線を落とした。

そしてそのまま口を閉じ、黙り込んでしまう。


なんだろう……。

よっぽど言いたくないことなのかな。


頬を赤く染めて俯く雪姫さんは、時折僕の方に目線を向けてくるけど、僕にはそれが何を意味しているのか解らない。

ただ、解らなかったのは僕だけだったようで……。


「なるほどな……。つまりはそういうことか……」

「私も大体解ったわ。真奈も随分と雪姫の扱いを心得ているのね」


仁と凛はしきりに頷いて、得心いったという風な顔をしていた。

左右で納得された雪姫さんは、さらに顔を赤くして、「うぅ」と可愛いらしい呻き声を漏らしている。

そんな彼女を見て、二人はニヤニヤと意地の悪いを浮かべていた。


「なんなのさ一体……」


雪姫さんには俯かれ、仁と凛には妙な笑みを向けられ、訳の分からない僕はこのとき、ため息を吐くことしかできなかった。





その後、僕らはまたそれぞれの訓練に戻った。

午後は雪姫さんも厨房に来てくれて、二人で調理班のみんなを指導していく。


午前中に作ったハンバーグを今度は昼食時に行っておいた講評とアドバイスを基に、もう一度作ってもらい。

それから雪姫さんが主導して和膳のおかずとなる数種類の和食を練習する。


そうして、合宿初日の訓練と準備は進んでいった。





夜。


合宿棟の食堂で調理班の練習も兼ねて作った夕食をクラスの皆に振る舞い、賑やかな雰囲気の中で食事を終えると、みんなは疲れ切ってしまったのか、早々に割り当てられた自室に戻っていった。


まだまだ始まったばかりの合宿。

初日から焦ってはしゃぐ必要もないと思ったのだろう。

今日のところは、みんな同室の面々で大人しく楽しむようだ。


(まだまだ始まったばかりだけど、この合宿は良い思い出になりそうだな……)


僕は今、同室の仁に断りをいれて合宿棟の屋上に来ている。

誰もいない屋上の柵に体を預けて、学校の敷地いっぱいを見渡す。


(思っていたよりも寒くないな)


冬の寒風が頬を撫でていき、冷たい感触が意識を研ぎ澄ましていく。

念のため暖かい服装をしてきたので、そんな風に冷たい風も心地よく感じるほどだ。


満点の星空に浮かぶ半月が照明の無い屋上を照らし、不自由にならない明るさをもたらしてくれる。

じっと秋鷹高校のいくつもある校舎を眺めていた僕は、ふと背後に人影があることに気がついた。


「ルーナ、どうしたの?」


顔だけで振り返って彼女の姿を視界に捉える。


月明かりによって伸びた僕の影から立ち上った彼女は、少し不機嫌そうな表情で僕をじーっと睨んでいる。


『雅人。この合宿とやらは五日間だ、と言ったわよね?』


いつもように、黒いドレスに身を包んだ色白の彼女は、僕のすぐ後ろでそんな質問を投げかけてくる。


「うん、そうだよ。何度か言ったはずだと思うけど……。忘れちゃった?」

『忘れてはいないわ。ただ、実際その場に居合わせてみると、これがなかなかに苛立たしいものだな、と思ってね』


そう言って、ルーナは僕の隣に並び、柵に手をかけて月を見上げる。

その表情は、とても寂しそうに見えた。


(あー……そういうことか……)


「うーん……。確かに合宿中はルーナと話をすることが出来なくなっちゃうよね。部屋には仁がいるし、日中はみんなと一緒に準備してるし……」


普段は毎朝毎晩、それこそ学校以外のほとんどの時間、彼女が傍にいるのだから、それが無くなるというのは僕も確かに寂しい気もする。


『今日だって、雪姫ちゃんの甲斐甲斐しい態度にあなたが中てられている姿は、見ていて面白いものではなかったわよ』


見上げていた視線を下ろして僕に向け、ルーナは唇を尖らせてそんなことを言った。


「あ、あれは……その……」

『あのときの雅人、影の中から見上げていても判るくらいに呆けていたわよ?』

「うっ……。返す言葉もない……」


充分に自覚があることだ。


ルーナは「ハァ……」と一つため息を吐くと、苦笑いになって遠くを見つめる。


『あの調子でいってしまえば、私が出てこられない間にあなたがどうなってしまうか……。心配でならないのよ』


冗談めかして言った言葉は、もしかしたらルーナの本心だったのかもしれない。

僕は遠く駅の方を見つめるルーナの横顔をしばらく見つめた後、ふっと微笑んで見せ、月を見上げた。


「大丈夫。僕はどうにもならないよ」


突然そんな宣言をした僕に、ルーナは驚いたのだろう。

軽く眼を見開いてこちらに向き直る。


「僕にとって、雪姫さんも凛も琴音も、守りたいと思える大切な人達。今はまだそのことしか頭にないよ」


いつか、舞花のようにそれ以上の存在になる人が現れるかもしれない。

でも、それは多分、今ではないから……。


『……二人きりになると鼻の下を伸ばしだす男のセリフとは思えないわね』

「それはっ!?……僕も男だから……」


あっさりと突っ込まれて、僕は狼狽することになる。

でも、熱くなった顔をルーナに向けると、彼女はとても優しい笑みを浮かべて僕を見つめていた。

真っ直ぐに見つめてくる彼女の視線に、僕はまた顔が熱くなるのを感じる。


狼狽える僕と、笑みを湛えるルーナ――。


表情は違えど、僕らは確かに見つめ合っていた。

そんな状況に、不思議と心が落ち着いてきて、僕はようやく微笑みを浮かべることが出来る。


「……守る、というのとは違うけど、僕にとってはルーナも、雪姫さんや凛、そして琴音と同じくらい大切な人だよ」


そんな言葉が、口をついて出た。

無意識に、自然と放たれた僕の言葉は恐らく、自分でも意識していなかった本音なんだろう。


『ふぇ……!?』


そんな可愛らしい声を上げて真っ赤になるルーナは、最早異世界の住人とは思えない程人間らしい女性だ。


『あ、あの……雅人……?いったい何を……』

「ルーナも僕の大切な人の一人だよって言ったんだよ」


先程の僕のように狼狽えている彼女に、もう一度同じことを言って聞かせる。

こうなると、悪戯心も少しだけ混ざっていたのだけど、ルーナはただあたふたしているだけだった。





こうして、合宿初日の夜は更けていく。


ルーナとは夜、今日のようにこの場で話をする、という取り決めをして、僕は自分の部屋に帰った。


この後、仁に何処へ行っていたのかしつこく聞かれることになるのだけど、それはまあ語らずともいい話だよね……。


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