18章 波乱の合宿~一日目・序~
年の瀬の期末試験も恙なく終わりを迎え、世間がクリスマスムード一色に染まった月曜日。
僕たち秋鷹高校2年A組の生徒たちは、まるで海外旅行にでも行くかのような大荷物を持って、学校の広い敷地の端、合宿棟の入り口に集結していた。
時刻はまだ集合時間である九時の十五分前だというのに、既に全員が集合し終えている。
(普段の朝も、これぐらい余裕を持って来ればいいのに……)
僕は軽くため息を吐きながら、内心でそんなことを呟いていた。
「おはようございます、雅人さん」
不意に、後ろから声をかけられる。
それが誰のものであるか、僕が言わなくてもわかるよね?
「おはよう、雪姫さん。今日はいつもよりちょっとゆっくりめなんだね」
「はい。少し荷物の確認に時間がかかってしまって……。四泊五日なんて滅多になかったので」
「あはは…。そうだよね。どうしても荷物は多くなっちゃうよね」
雪姫さんの引いているキャリーバックの大きさから、その苦労を鑑みて少し苦笑いになってしまう。
四泊ともなると、必要な物が増えてしまうのは仕方がないしね。
「合宿なんて楽しみですね。クラスメイトと一緒に寝泊まりするなんて、まるで修学旅行みたいです」
「うん、そうだね。まあ修学旅行も二月に控えてるから、そんなに先じゃないんだけど」
他の高校が一年でいつ修学旅行に行くのかはよく知らないけど、秋鷹高校では二年生の二月中旬に修学旅行が企画されている。
毎年海外、それもヨーロッパのどこかに行くことが通例なんだ。
「ちなみに今年はイギリスだよ」
僕は雪姫さんに修学旅行の行先を教える。多分もう誰かから聞いてると思うけど、一応念のためだ。
「そうなんですか?それは楽しみです」
あれ、まだ聞いてなかったのかな…?
笑顔で訊ね返してくる雪姫さん。
どうやら修学旅行の行先はまだ聞いていなかったようだ。
まあ僕に気を遣って知らなかった風を装ってくれている可能性もあるけど、それはいくらなんでも勘ぐり過ぎかな。
「うん。僕も楽しみだよ」
とはいえ、僕自身も一昨年の夏に両親のいるアメリカに行って以降、海外には行っていない。
イギリスに関しては初めて行く国だ。
だから雪姫さんにはまだ誰にも言ったことのない気持ちを口にする。
純粋に待ち遠しく感じているのは確かだからね。
「あ、でも……」
そこで雪姫さんが何か思いついたように声を上げ、そのまま顎に指を当てて難しい表情になる。
そんな雪姫さんの仕草に、僕は首を傾げてポーズを取り、彼女の続く言葉を待った。
「海外ともなると、言葉が通じるかどうかが心配ですね……」
「あ、なんだ。そんなことか……」
だけど、思いの外小さな問題に拍子抜けする。
海外で言葉が通じないのは当たり前。
現地の人とコミュニケーションを取るのが難しいのは当然のことなんだ。
身振りを交えた会話は必須といっても過言ではない。
それに比べてイギリスは英語圏な分、そうした苦労は小さいとさえ言っていいと思う。
しかし、そんな考えから零れた僕の言葉は、雪姫さんの機嫌を損ねてしまったようだ。
「むぅ。そんなこととはなんですか…。私は真剣に心配していてですね……」
「その心配は無用よ、雪姫」
僕の零した失言に(可愛らしく)むくれてしまった雪姫さんの言葉を遮って会話に参入してきたのは、雪姫さんのものよりも一回り小さな黒いバックを引いた凛だった。
「イギリスなら使う言葉は英語だけだから、雪姫でもある程度の会話は可能だわ」
彼女はそう言いながら僕らの側まで来ると、やたらと格好良い所作でバックの持ち手を収め、鼻先まで覆っていたマフラーを下ろした。
それから今度は僕の方に視線を向け、小さなため息を吐く。
「でも、雅人の言い方が少し鼻に付くのは同感ね」
「はい。なんだか今日の雅人さんは意地悪です」
「ええ、いつもより嫌味がかってるわね。初めから二人の会話を盗み聞きしていたお蔭でよくわかるわ」
「……今日は凛さんもちょっと意地悪です……」
「あら、そうかしら?」
「あはは……」
どうやらずっと出てくる機会を窺っていたらしい凛は満足げに微笑む。
そんな彼女の言葉に尚もむくれる雪姫さんを見て、僕は本日二度目の苦笑いを浮かべることとなった。
そして、時刻が集合時間の九時ちょうどになった頃。
合宿棟の入り口前に、拡声器を持った久藤さんが立った。
『はい、みんな注目。時間になったからそろそろ始めるわよ』
彼女の呼びかけに、騒がしかったその場が静まる。
こういう時は得てして静かになりにくいものだと思うんだけど、久藤さんのカリスマ性を以てすれば、そんな事態にはならないらしい。
『まずはみんなに部屋割り表を配るわ。合宿棟の部屋は二人部屋もしくは四人用の大部屋になるのだけど、こちらで適当に割り振っておいたから、各自指定の部屋へ荷物を運び入れてね。三十分後にもう一度ここへ集合して、点呼を取ったら移動して準備を始めるわ』
簡潔に、一気に説明を終えた久藤さん。
実に判りやすくて良いと思う。
大きな荷物を持った状態で、寒空の下ダラダラと点呼を取るなんて愚は犯さないところも、またよくわかっている。
『それじゃあ部屋割り表を配るから、貰った人から順次移動してください』
そう締めくくった久藤さんは、目の前の数人に紙束を少しずつ渡して、行き渡りを確認している。
(さすがの段取りの上手さだな……)
隅々まで目を光らせ、恐らく全員揃っていることを確認しているのであろう久藤さん。
個性派揃いと言われるA組をまとめ上げるその手腕は、ますます精度を上げていっている。
「はい、雅人さん。割り振り表です」
と、そこで隣の雪姫さんから一枚のプリントを差し出される。
我に返って見てみると、もう多くのクラスメイトが移動を開始していた。
「ありがとう」
僕はプリントを受け取って、早速自分の割り当てられた部屋と同居人を確認してみた。
「あ、僕は仁と二人部屋か…」
「私と凛さんも同室の二人部屋ですよ」
横では雪姫さんが嬉しそうに凛へと笑顔を向け、凛も微笑みを返している。
「そうね。それも私たちだけじゃなく、なんだか仲の良い組み合わせで上手くまとめられているみたいね」
凛は割り当てを見て思うところがあったみたいだ。
そんな彼女の言葉を聞いて、僕はもう一度プリントに目を落とす。
言われて見てみれば、どこの部屋も仲の良い人達で固まっているのがわかった。
「本当だ。久藤さん、適当って言ってた割に、相当緻密な割振りしてるよ」
「雅人くん、二条さん、弓月さん。部屋が判ったのなら、できるだけ早く移動してくれないかしら。そんなに時間があるわけじゃないわよ」
僕たちが久藤さんの細かい作業に感心していると、当の本人が移動を促してきた。
周りにはもう僕たち四人以外おらず、みんな合宿棟の中に入ったようだった。
「ごめんなさい。すぐに移動するわ」
「はい。それでは雅人さん、久藤さん、また後で、です」
凛と雪姫さんがバックを引いて合宿棟の方へ歩き出す。
二人で楽しそうに話しながら歩いていく姿を見ていると、どうしてか笑みが浮かんだ。
「うふふ。女の子同士が仲良くしているのを見て笑うなんて、もしかして雅人くんは妙な趣味をお持ちなのかしら?」
そうやって二人を見送っていた僕に、久藤さんが妖しい笑みを浮かべて寄ってくる。
「あはは…。そんなんじゃないよ……」
相変わらず、僕は久藤さんのこの手の話題に付いていくことが出来ず、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「冗談よ。雅人くんには堺くんがいるものね?」
「それはもっと違うよ!?」
思わず必死のツッコミが漏れる。
だけど、久藤さんは止まらない。
「ふふふ…。同室になった二人は一体どんなことをしてくれるのかしら……?」
「お願いだから、いつもの久藤さん戻ってきて!?」
「冗談よ。まったく、雅人くんはからかい甲斐があるわね。さあ、そろそろ移動しないと、本当に時間が無くなってしまうわよ?」
僕の全力のツッコミをさらりと受け流して、久藤さんは僅かに笑みを浮かべる。
「……ハァ。勘弁してよ、もう……」
今のやり取りだけで、かなりの疲労が溜まったように感じているのだけど、こんなペースで五日間の合宿を乗り切れるのだろうか。
「色々と負担掛けちゃうと思うけど、よろしくお願いね」
そこで、久藤さんが穏やかな声音で囁いてくる。
文化祭の準備にあたって一番頑張っているのは彼女の方だろうに、他人への気配りを忘れないのはすごいな…。
「……うん。久藤さんの頑張りに報いられるよう、僕も努力するよ」
僕はそんな彼女の期待に応えられるよう努めることを心に誓って、そんな宣誓をしてみた。
「ありがとう」
「うん。それじゃあ、また後で」
久藤さんが笑顔になったのを見届けると、僕はクラスメイトから大きく遅れながらも、割り当てられた自分の部屋に向かって歩き出した。
余談だけど、この後部屋に到着した僕は、遅くなったことを仁に咎められて体を小さくすることしかできなかった。




