3章 良いニュースと悪いニュース
仁が席に戻ってから、僕は授業の予習をしてすごした。
しばらくして、朝のHRの時間になると教室の扉が開いた。
「は〜い、みんなおはよう。連休中元気にしてた?」
よく通る声で呼びかけ教室に入ってきたのは、このクラスの担任の新見理沙先生だ。
「今日はみんなに良いニュースと悪いニュースがあるぞ。どっちから聞きたい?」
先生は25歳と若く、しかもきれいなうえにこんな感じでフランクな態度なため、生徒達に非常に人気がある。
「いいニュースからがいいな」
「うんうん、良い方から教えてよ、りさちゃん」
ちなみに生徒達からはりさちゃんと呼ばれている(呼ばせている)。
「う〜ん...よし、じゃあ悪いニュースから」
「えええぇぇー...」
クラス中が驚く。うん、あの流れで悪い方からって...
「なんでよ、りさちゃん」
クラス中が共有する疑問に、
「あたしがおいしいものは後にとっておく派だからよ」
「あんたの理屈かい!」
一番前の席の仁が思わずつっこむ。先生が教壇でボケて仁がつっこむのは、クラスでは定番となっている。
「堺君、”あんた”はひどいな〜。堺君も、りさちゃんって呼んでよ」
「お断りします。先生」
「堺君が呼んでくれたら成績上げちゃうのに...」
「その手には乗りませんよ。先生」
「ちぇ...」
クラスが笑いに包まれる。
「そんなことはともかく、そのニュースの内容を教えてください」
遊びはここまでとばかりに仁が先を促した。
「ああそうだったそうだった。じゃあ悪い方から言うわね」
途端に静まり返る。これだけ切り替えるのが早いのも、普段のりさちゃんとのやりとりで身に付いたことだ。
それを考えれば、りさちゃんは言動によらず優秀と言えるかもしれない。
「悪いニュースというのはね。ここ最近、この辺りで起きている誘拐事件についてよ」
一瞬、クラスに動揺が走った。噂は結構広まっているようだ。
「犯行が夜に行われている事から近隣の地域では、18歳未満の夜10時以降の外出を制限することになったの」
それを聞き、クラスはざわめき始めた。
「ええ!」
「10時って早いよ」
「遊んでられないじゃん」
「予備校はどうすればいいの?」
「はいはい、静かにね。遊びたい盛りのみんなには悪いけど、上からのお達しだから逆らえないのよ。ごめんね」
そう言われてはりさちゃんを責めるわけにもいかず、みんな黙り込んでしまう。
なかなか堪え難い空気が教室を支配している。と、りさちゃんと目が合った。何かを頼んでくるような視線だ。
ここで、僕はこの重い空気を換える方法に気がついた。りさちゃんを助けるためにもやってみよう。
「先生、それじゃあ良いニュースってなんなんですか?」
と僕が手を挙げて聞いてみた。
すると、正解とでも言うように僕に微笑み、りさちゃんが良いニュースを明かした。
「じゃあこの話は置いといて、良いニュースの方いくよ。ずばり、今日は転入生が来ています」
先程までテンションの下がっていたクラスが一気に活気づいた。仁は、「順序が逆だろ」とぼやいていた。
「おお、転入生!?」
「こんな時期に?」
「男?女?」
先程までの重い空気はどこへやら。りさちゃんに激しい質問の嵐が舞う。
「はい、ストップストップ。実際に会ったほうが早いでしょ。それじゃあ二条さん、待たせてごめんね。入ってくれる?」