13章 友人が自宅に来るときはもてなすのが大変。人数が多いともっと大変。
柊家で琴音、雪姫さん、凛の三人が作った食事をご馳走になった週の土曜日。
この日は学期末試験を週明けに控え、いよいよみんな、最後の追い込みをかけるはずの週末、だったはずなのに……。
「うわー、雅人君の家広―い!」
「こんな立派な一軒家に一人暮らしとか……羨ましいなぁ」
「ふんふん。カーテンや家具のセンスも上々っと……。さすがに雅人君はスペック高いわね…」
「ここに来るのは久しぶりだな…。まあ、ほとんど変わってはいないが」
「雅人、コップ借りるわよ?なんだか喉が渇いちゃって」
「ふうん。これが雅人の家なのね…。随分と豪華な独り暮らしじゃない?」
「あ、それは私も最初思いました。雅人さんは独り暮らしって言うので、てっきりマンションだと思っていたんですよ」
我が家に全員集合しているんだ。
どれが誰の言葉かなんて、説明しなくてもいいよね……?
「あの……琴音…?」
僕は笑みが引きつっているのを自覚しながら、一人だけ自分の家かのように振る舞う幼馴染に訊ねた。
「なに?」
彼女はあっさりとした様子でこちらを振り返る。
そこには何の悪意も、悪戯心も感じられない。
(だからといって納得できるはずもないんだけどね……)
僕はお客さんを招き入れて早々、ため息を吐きたくなった。
「……こんなにいっぱい来るなんて聞いてないんだけど…?」
ようやく諦めに近い疑問を吐きだしたとき、琴音は棚から出したグラスに、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを注いでいるところだった。
琴音はそのままコップ一杯の水を一息に飲み干し、ふーっと息を吐いてから、僕の疑問に答えた。
「言ったでしょ?雅人の家で勉強会を実施するって」
「いや、それは確かに聞いたけど…。四人でじゃなかったの?」
「ああそっか。雅人には言ってなかったわね」
琴音はコップを置いてミネラルウォーターを冷蔵庫に仕舞い直すと、にっこりとほほ笑んで、続く言葉を放つ。
「実は今日の勉強会、久藤さんから持ちかけられたのよ。『試験前の一週間は学園祭準備を中断するから、勉強会でも開いてみたらどうかしら?』ってね」
琴音はそんなことを言って、ちらっと視線を僕の後ろに向けた。
つられて僕も振り返ると、それに気がついた久藤さんは爽やかな笑顔を向けてきた。
(いや、そんな気持ちのいい笑顔になられても……)
またもため息が漏れそうになったのをこらえた僕は、また琴音の方に向き直る。
「それで実際に勉強会を開くことになったから、それなら久藤さんもどうかと思って、一昨日のお昼、あなたの教室に誘いに行ったのよ」
……なんだかその先の展開が読めてきた。
「そうしたら久藤さんと一緒にいた竹内さんと笘篠さんも参加したいって言うから…」
「はいはーい!参加させていただきました!」
「お世話になります」
琴音の話した予想通りの理由を聞いていたのだろう。
反射的に振り返った先にいた竹内さんが声と共に手を挙げ、笘篠さんは恭しく(意外と様になっている)一礼する。
「丁度……じゃなくて、偶然雅人はどこかに行っていたみたいで教室にはいなかったから。二条さんと弓月さんには了解を取ったんだけど……」
僕が二人を見ている間にも、琴音は話を続け、クラスメイト二人の向こうでは雪姫さんと凛が笑っていた。
雪姫さんは苦笑い、凛はニヤニヤ笑いと、笑顔の真意は違ったけど……。
ちなみに一昨日のお昼、僕は屋上に行っていたんだ。
理由はしばらく姿を見せなかったルーナが琴音や雪姫さんや凛にやきもちを妬いたためだとか、しばらく僕と話せなかった分を取り戻したいと、ルーナが我儘を言っただとかそんなところだ。
「……久藤さん、竹内さん、笘篠さんの三人が加わった理由はわかったよ」
(納得できるかどうかは別として…)
そうして僕は残った一人の方を振り返る。
ここまで来たらただの意地でしかないのだけど、聞かずにはいられなかった。
「でもさ、一人でも十分いい成績を残せるはずの仁がここにいるのはなんで?」
いい成績を残せると言うなら、琴音や久藤さん、それに多分雪姫さんも除外されるはずなのだけど、このとき僕は余程拗ねていたのだろうと自覚している。
仁だけに実も蓋もない言い方で不満をぶつけてしまった。
「美少女に囲まれるという幸せを、お前一人に独占されるなど許せないからな。クラスの男子代表として、せめてもの妨害だ」
まあそんな抵抗は、成績なんてまるで関係ない理由であっさりと躱されてしまったのだけど…。
同時に、仁の言い分(言いがかりに近いと思う)には、僕が彼を追いだすことが出来なくする効果もあった。
彼の言い分を聞いた上で追いだしてしまうのは、クラス中の男子たちを敵に回すことに他ならないからだ。
「………わかったよ。みんなでやろう……」
結局、折れたのは僕一人で、それはみんなを家に迎えた時点でほぼ決定衣事項だったのだ。
それでも、小さなため息を一つ零しただけで文句の一つも言わなかった僕は、寧ろ褒められるべきなんじゃないかな……。
僕のため息など気にすることなく、みんなは歓声を上げて思い思いにしゃべり始める。
苦笑いで彼らを眺める僕に、ただ一人だけ慈愛の心を保ち続けている少女が近づいてきた。
「ごめんなさい、雅人さん。大勢で押しかけてしまって…。私も色々と手伝いますから、あまり落ち込まないでください」
自分で自分を励ましていたような状況下で、そんな風に優しく気遣ってくれる雪姫さんの言葉は、涙が出そうになるほどありがたかった。
「ありがとう、雪姫さん…。お言葉に甘えさせてもらうよ…」
僕は力ない声で彼女に礼を述べる。
そんな、少しオーバー気味なやり取りをすることで、自らのテンションを支えているんだ。
総勢8人にもなる勉強会のメンバーの端では、僕と雪姫さんの掛け合いを見ていた久藤さんがニヤニヤと笑っていたけど、僕は見なかったことにした。
琴音の予告通りに玄関のチャイムが鳴ったのが、午前九時三十分。
それから少しお喋りの時間(?)があって、現在の時刻は九時五十分だ。
僕は全員が一緒の場所で座れるよう、リビングに面した和室に普段使わない大机を設置した。
親戚なんかが集まったときなどに使っている大きな木机で、これなら片側に四人並んでも余裕がある。
一通り自分たちの関心を満足させたみんなは、それぞれが持ち寄った荷物を持って和室への段差を上がった。
それから思い思いの位置に腰を下ろしていく。
僕も隣の自室から勉強道具を持ちだして、手前側の一番端に座った。
並び順は手前側右手から僕、雪姫さん、凛、笘篠さんで、僕の向かいに琴音が座り、そこから久藤さん、竹内さん、仁の並びとなっている。
仁の座る位置だとか、久藤さんの意味深な笑顔だとか、気になることはいくつかあるけれど、みんなまるで事前に決めて来たみたいにすんなりと座り込んだ。
そんな、妙にあっさりと席順が決まったことに些細な疑問を持ちながらも、僕は自分の筆記用具を机に広げる。
「みんな準備できたみたいね。それじゃあまずは数学から始めましょうか」
全員が筆記具の用意を終えた頃合いを見計らって、久藤さんが声をかける。
どうやらここでも、久藤さんの進行で進められるようだ。
もちろん、僕にも異存はないよ?
「みんな自分のペースで進めてください。解らないところは遠慮なく訊いてくれて構わないわ。訊かれた人も、しっかり教えられることで自分の勉強にもなるし」
久藤さんが簡単なルールを決めて語り、それに全員が頷いた頃、丁度壁掛け時計が午前十時になったことを報せた。
「じゃあみんな、開始!」
そんな久藤さんの一言で、八名による勉強会が始まった。
以外にも穏やかな幕開けに、僕は密かに安堵の息を吐いた。
しかし、思い出したかのように告げられた久藤さんの一言で、そんな気分は一気に吹き飛ぶ。
「あ、言い忘れていたけど。今日は夜の十時までみっちりやるからそのつもりで」
そんなスパルタ発言に、事前に示し合わせていた琴音以外の六人が戦慄したのは言うまでもない……よね?




