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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
2部 学園祭編
35/51

11章  傷心の雅人~前篇~

冬の早い日の入りの所為で暗い公園に、薄気味悪い笑みを浮かべた男が立っている。

男の脇には捕えられた幼馴染の姿。

両手を後ろ手に掴まれて、寿命と代償に得たルーナの力を纏う僕を、必死に声で押し止めようとしている。


しかし、彼女の静止も聴かずに飛び出した僕は、これまで感じたことのない程の力を以て、目の前の男に迫る。

彼女を律儀に放し、僕を迎え撃つ格好を見せた男は、狂気染みた笑いを浮かべて僕を見ていた。


初撃の右腕の一閃を、難なく躱される。

続く左腕も避けられ、後ろ回し蹴りも簡単に避けられる。

僕の繰り出すあらゆる攻撃を、いとも簡単に避け続ける男は、合間に僕を挑発する言葉を投げてくる。

僕の放つ拳や蹴撃は、それで与えられた怒りによってどんどん単調なものになっていき、それにつれて男の顔は段々とつまらなそうなものに変わっていく。


やがてため息を吐いた男の腕によって、僕の攻勢が止められた。

男は心底つまらなそうな表情で僕を一瞥すると、一瞬だけ腕に漆黒を纏い、僕の鳩尾に強烈な一撃を見舞った。


思わず肺の中の息をほとんど吐きだしてしまい、息が詰まる。

それによって反応の鈍くなった僕に、男は再度、瞬時に影で覆った肘を打ち込んでくる。

衝撃のあまり、地面に仰向けで倒れ込む。

痛みで視界は閉ざされ、力の抜けた体では起き上がることができない。


動けなくなった僕の傍に、一つの足音が近づいてきて……。

直後、胸元を襲った激痛に、僕は意識を失った。





目が覚めると、僕の視界には白い天井が広がっていた。耳に届くのは静かな中に響く、多少の話し声。


体を起こし、周りを窺って、僕は自分が病室にいるのだと判った。

記憶の抜け落ちた感覚に、頭を押さえる。


思い出せない。自分はどうなったのか…。


そんなところに、僕が目覚めたことに気が付いた看護師の女性が近づいてくる。


どこか痛みのあるところや、調子の悪いところはないか。


看護師に訊ねられるままに、僕は自分の体を動かして、痛みや不調がないか探っていく。

特に悪いところはない旨を伝えると、看護師はほっと一息吐いて、これから医者が来るから大人しく待つようにと伝えてきた。





駆けつけた医者から告げられた事実は、僕の抜け落ちていた記憶を呼び起こした。



僕は彼女を、舞花を守ろうとして力を得、そして結局敗れたのだ。


力の違いを見せつけられ、圧倒され、動けなくなったところに止めを刺された、はずだったのに……。


どうしてか、僕は生きていて、彼女は命を失った…。


いや、きっとあの男が舞花を殺したのだ。

どういう理由でかはわからないけど、僕のことは見逃して、代わりに彼女の命を奪っていったんだ。


僕は……舞花を……大事な幼馴染を守ることができなかった。





そして、今度もあの男に逃げられてしまった…。


突然の邂逅で我を忘れていたとはいえ、瞬時にルーナを説得できていれば逃げられるようなことはなかったはずだ。

そして何度も経験を積んで体も鍛えた今の僕なら、あの男を凌駕することができたと思う。

そうすれば、彼女の仇を討つことが……。









「舞花……」


僕は自室の机に頭を預けて、机上に飾ってある陶器製の梟を撫でた。


それは、幼い時に彼女から貰った数少ない思い出の品。

僕の誕生日に、どこかの雑貨屋で少ない小遣いをはたいて買ってくれた小さな置物。

以来、ずっと僕の勉強机の一角に座り続けている、舞花の形見と呼べるもの。


深夜零時前、僕は夕食を作る気にもなれず、学校から帰って以降ずっとこうやって悔恨の海に沈んでいた。

折角久藤さんが試験前の勉強時間を用意してくれたのに、明日の予習すらしていない。


一昨日の帰り道では凛、今朝登校するときには琴音、朝の教室では雪姫さん、みんなすごく心配してくれて、色々と気を遣ってくれていたけど、僕はそれに応えることもできずにいた。


(こんな様を舞花に知られたら、叱られるだろうな……)


人への思い遣りをとても大切にしていた幼馴染の性格を思い出して、僕は目頭が熱くなるのを感じた。

両腕を顔の下に敷き、目元を隠して嗚咽を漏らす。

この四年間で数えきれないほど流した涙は、未だ枯れてくれる気配はない。


そして僕が彼女のことを思い出して泣いているときは、常に傍らにいる彼女も姿を見せなくなる。

だからルーナはこの二日間、一度も姿を見せていない。


僕のことを気遣ってくれているのだろう。


こういうときに彼女の姿を見ると、嫌が応にも舞花のことを思い出してしまうから…。



僕は今日も、情けなく泣き続けたまま、机に突っ伏して夜を明かした。







翌朝。


どれだけ疲れていようと日々の習慣というものは抜けないもので、僕はやっぱりいつも通りの時間に目を覚ました。

二日連続で使わなかったベッドに置かれた制服を手に取り、目覚ましのコーヒーを淹れ、シャワーを浴びに浴室へ向かう。


ルーチンワークとなった手順で朝食のトーストを焼き、淹れなおしたコーヒーと一緒に口に運ぶ。

いつもならこの辺りでルーナが新聞を持ってきてくれるのだけど、生憎彼女は姿を見せない。

僕自身も新聞を読もうという気は起らず、結果、朝刊も夕刊も一緒に、学校帰りにポストから抜き出してそのままソファに放置してしまったのが昨日のことだ。

今日も同じになってしまうだろう。


朝食を食べ終えたらお皿を片して、弁当のおかず作りに入るのだけど、昨日も夕食を食べなかったし、日曜月曜と買い物にも行っていないので食材が余っていない。

仕方なく、僕は以前冷凍しておいた鳥モモ肉を解凍して炒め、甘辛いタレで味付けをして弁当箱に投入していく。

付け合せを考えるのが面倒になってしまったので、レタスだけ敷き詰めて終了。


学校へ行く準備を終えた僕は、リビングの時計で時間を確認して、いつもと同じ時間に家を出た。





先日夕食をご馳走して以降、朝の登校は琴音と一緒に行くようになっている。


昨日は会った直後に何があったのか訊かれ、特に何もないと答えていた。

琴音はすごく心配そうに色々と声をかけてくれていたけど、僕は気の乗らない返事ばかりしてしまったので、悪いことをしたと思っている。


(今日はそんなことがないようにしないと…。琴音に嫌な思いをさせちゃうよね…)


彼女だけでなく、雪姫さんや凛にも同じように、今日からは心配させないよう努めないといけないと心に決め、いつも琴音が待っている場所まで歩いた。


そして琴音の姿が見える位置まで来たとき、僕はそこに立っているのが彼女だけではないことに気が付いた。


「おはよ、雅人」

「おはようございます、雅人さん」

「雅人、おはよう」


近くまで来た僕に、琴音、雪姫さん、凛の三人が揃って声をかけてくる。

思いがけない光景に、僕は目を丸くしていた。

でも琴音と凛の眼が段々と非難の色を帯び始めたのを見て我に返った僕は、慌てて三人に挨拶を返した。


「お、おはよう。琴音、凛、雪姫さん…」


僕が答えたことで雪姫さんは安心したように息を吐く。

そんな彼女を横目で見て、琴音と凛は微笑みを浮かべていた。

どうやら三人揃っての迎えは、雪姫さんの発案のようだ。


「……三人揃って、どうしたの…?」


場が落ち着いたところで、僕はようやくこの問いを発することができた。

正直、琴音はいいとしても、雪姫さんや凛は駅を挟んで反対側に住んでいるのだからかなり早くに家を出ているはずだ。

そうまでして揃って、僕に何の用なのだろうか…。


「それは歩きながらにしましょう?あまりゆっくりしていたら、時間が無くなってしまうから」


凛のクールな一言で、僕は琴音と雪姫さんに背中を押されて歩き出す。


「あの…そんなに押さなくても、僕は自分で歩けるんだけど……」


後ろで背中を押し続ける二人に恐る恐る進言してみたけど、二人は笑みを浮かべ、「いいから、いいから」などと言いながら、僕の後ろから離れない。


結局、僕はそんな琴音や雪姫さんと、そのさらに後ろで微笑ましく見つめてくる凛の前を歩いて、学校への道を進んでいった。





結局、三人が揃っていたのは、僕を気遣ってくれてのことらしい。

こんな情けなくなった僕を気遣ってくれるなんて、ありがたいことだ。


四人で登校する朝というのはなかなか新鮮で、彼女たち三人が話しているのを聞くのは、なんだか久しぶりな感覚があった。

ほんの数日無かっただけでそう感じるのだから、最近はほぼ毎日目にしていた光景だったということなのだろう。


そんな感想を抱くと、つい自嘲的な笑みが浮かんでしまい、転じて考えることはやはりあの日のことになってしまった。



四年前の、大切な幼馴染を失った、自分の無力さを痛感したあの日に……。



俯きかけた僕の右手を、誰かの手が包んだ。

思わず足が止まる。

気が付くと、雪姫さんが僕の顔を覗き込んでいて、とても心配そうな表情を浮かべていた。


「雅人さん……大丈夫ですか……?」


眼の奥に揺れるものを湛えながら、そんなことを訊いてくる。


「ごめんね…。大丈夫だよ…」


咄嗟に口から出た言葉は、我ながら言葉通りとは思えない弱々しいものだった。

案の定、そう言った直後に後ろから鋭い斬りかえしが飛んでくる。


「全然大丈夫そうには見えないけど。無理をするのは止めたら?」


凛の有無を言わさぬ指摘に、言葉に力がなかったことを自覚していた僕は黙らざるを得なくなった。

それでも、登校中のこんな道端で泣き出したりするわけにもいかず、僕は俯いて黙っているだけだ。


そんな僕の左手を、今度は琴音が握った。


「雅人、今日の放課後、一度家に帰って着替えたら私の家に来てくれない?」


唐突にそんなことを言われ、僕は彼女の方へ顔を向けて首を傾げた。


「琴音の家に?別にかまわないけど……」


琴音の家には昔から何度もお邪魔したことがあるだけに、彼女の家に上がるのに何らの抵抗もない。

ただ、今回はその理由が不透明だった。


「それじゃあ、そういうことで。ちゃんと来なさいよ?」


そう言うと琴音は一人、先に前に向かって駆け出した。

顔を上げると目前には、いつの間にか学校の校門が現れている。

僕がボーっとしていて気がつかないうちに、学校に到着するくらい歩いていたようだ。


「私たちも立ってないで行きましょう」


凛が僕の背中を軽く叩いて前を歩く。


「さあ、雅人さん」


雪姫さんは僕の右手を握ったまま、凛に付いて歩き出す。



依然理解の追い付かない僕は、雪姫さんに手を引かれる格好で校門をくぐり、昇降口へと歩いていった。


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