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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
2部 学園祭編
33/51

9章  雅人と男、そしてもう一人の幼馴染

◇◇◇


四年前の冬。


雅人が中学校に入学して、最初に迎えた冷たい季節。


雅人にとって最も辛い経験となる事件の起きたあの頃。



雅人にはこの時、二人(・・)の幼馴染がいた。



一人は琴音。


現在でも雅人の良き理解者として、彼の側を離れることのない少女。

琴音がいなければ、今の雅人はいなかったと言っても過言ではない程、彼を支えてきた存在。


そんな彼女だからこそ、あの一件は琴音の中にも未だ影を落としているでしょう。

でも、琴音は当事者じゃない。


彼女もあのときの出来事に無関係ではないのだけど、今は彼女のことは脇に置いておくことにするわ。





あの日の出来事、いいえ、もう事件と言った方がいいわね。

あの日起きた事件において、大事なのはもう一人。


雅人のもう一人の幼馴染、千原舞花ちはらまいか


琴音よりも早く雅人と出会い、

十年に及ぶ月日を彼の側で過ごし、

雅人が誰よりも大切だと思っていた少女。


雅人の初恋の君。

将来を誓い合った女性。



そして……。


雅人の生まれて初めての、大きな絶望の起因となった女の子。



これから語るのは、最愛の少女を命懸けで守ろうとした雅人の、或いは人生で一番辛い出来事となる事件。

そして私が初めて雅人に出会い、彼と契約を交わすこととなった始まりの一幕よ。









十年前、穏やかなまどろみの世界に雑音(ノイズ)が入るようになった。


重なり合うもう一つの世界から響く雑音は、私たちの世界の「個の意」に働きかけてきた。

その結果、こちらの世界の住人との間に開いた「繋がり」が、私のいた世界に歪な「音」をもたらし、それに惹かれていくつもの意志がこちらの世界に出てしまった。


次々と「個の意」はこちらの世界に出て行った。


「影」と呼ばれ、契約を交わした人間との間に縁を結び、寿命をもらうことでこの世界に干渉する手段を得る。

彼らは人間の影に宿ることで、元いた世界の「全の意」の束縛から離れ、完全に独立した存在となることができる。


「個の意」が独立した存在となる。


それは私たちにとってあまりに魅力的なことだったの。

だから多くの「個の意」がこちらの世界に流れ、人間に力を与える代わりに“自由”を得た。


人間はそうして得た力を欲望のままに振い、世界中で混乱を招いていたわ。

そして私たちの世界でも、「個の意」の失踪が続いていた。





それに私が気付いたのは、こちらの世界の時間でおよそ六年が経過した頃。

私は次代の「全の意」をまとめる者として、「繋がり」の原因を探り、それ以上こちらの世界と干渉し合う事態になることを防ぐために、自らもこちらの世界に乗り出す決意を固めた。


だけどそこで一つ問題が発生したわ。

私は、この世界に干渉できなかったの。

私がどんなに手を尽くしても、隔絶した向こうの世界からでは、こちらの世界に何らの影響も与えることができなかった。


私は悩んだわ。


この状況を止めるためには、私もこちらの世界に干渉するしかない。

だけど、そのためには出て行った「個の意」と同じことをするしかない。

それでは彼らを否定する資格が無いのではないか…。


思考は堂々巡りを繰り返し、私はなかなか心を決められずにいた。





でも事態がどんどん悪い方向に進むのを見て、ようやく私は決心がついた。

「繋がり」を生み出している者を見つけ、「個の意」の流出を止めること。

そのために、自らも人間と契約を交わすこと。


私はまず、自分が契約を結ぶのに相応しい「繋がり」を持った人間を探し始めた。


このときはまだ「繋がり」がどうして出来るのか解っていなかったから、あの男が人々に「繋がり」を開いて回っているなんて、想像もしていなかったわ。





だから私が雅人を見つけたのは偶然だった。





あの日、雅人は千原舞花と一緒に映画を見に行っていた。

二人は交際しているつもりはなかったそうだけど、その時点で十年来の付き合いだったし、互いに好意を隠してもいなかったから、それをデートと呼んでも差し支えなかったと思うわ。


わざわざ手袋を外した手を軽く繋いで、楽しそうに喋りながら道を歩く二人の姿はとても絵になっていたわね。

当時まだあちらの世界から出たことのない私でさえ、そう感じられるほどお似合いだった。


でも、そんな感想はすぐに胸の内に引っ込んだ。


並んで歩く少年と少女、そのどちらにも「繋がり」が開かれていたから。





二人はその日、穏やかな休日を過ごした。

時折会話の端々に出てくる琴音は、どうやらこの日は家族と出掛けているようだった。


映画を観終わって、遅い昼食を摂って。

夕日が沈んで辺りが暗くなってきた頃、彼らは公園のベンチに座った。


そういえば、あのときの公園もあそこだったわね。

駅を挟んで向こうの、広くて静かな公園。

林の間を抜けた先の、たった一つの電灯に照らされたベンチ。


雅人と千原舞花は、寄り添って座り、冬の星空を見上げていた。



そこに、私が現れた。



私はこの時、人間的な思考は持っていなかったので、「繋がり」を開いた二人しかいないこの状況を、好都合としか思わなかったわ。


今の私なら、何故雅人があんなに不機嫌そうな表情を浮かべたのか理解できるけどね。


悪いことをしたと反省しているわ。





二人はいきなり現れた私に、懐疑的だった。


それも当然でしょうね。

いい雰囲気の所に突然現れて、顔を赤く染めた二人の行動を声をかけて邪魔したのだから。

あとは私が宙に浮いていたのも問題だったかしら。


幽霊でも見るかのような視線で見上げる二人に、私は自己紹介とその場に現れた理由を説明したわ。



私は裏の世界の住人で、「繋がり」の原因を探るためにこの世界へ来た。

私だけでは目的が達成できないから、どちらかに協力してほしい。



そんなことを、長々と(十分くらいかしら)語ってみせた私を、雅人は呆れた顔で見ていたわ。

そして話が途切れたタイミングで立ち上がると、彼女を連れて行ってしまった。


千原舞花の方は、私の話に興味を示していたみたいだったから、私は追いかけながら話を続けた。


彼女の質問に答える内に、いくつ目だっただろうか。


「ええと、ルーナさん?協力とは具体的にどうしたらいいんですか?」


彼女が微笑みを浮かべながら訊ねてきた。


「寿命よ。あなたの寿命を貰うわ」


私はそれに、包み隠さず答えてしまった。

もう少しオブラートに包んだ言い方でも良かったのに。

昔の私はバカだったわ。


当然、彼女は戸惑う。

何と答えたらいいかわからないといった表情を浮かべているところに、雅人が割って入ってくる。


「寿命だって!?ふざけないでくださいよ!そんなの渡せるわけないでしょう!」


憤慨して私のことを睨んでくる雅人だったけど、私は身じろぎもしない。

何事もなかったかのように、彼女に目を戻した。


「どうかしら。協力してくれない?」


彼女は非常に困っていた。

「ええと…」なんて言って、頬に人差し指を当てている。

でも、後から雅人に聞いた言葉では、彼女はお人好しなのでOKの返事をしたかもしれないらしい。

あの超お人好しの雅人がお人好しと言う千原舞花は、どれだけお人好しだったのだろう。



しかし、結局答えを聞くことは出来なかった。


その場を、あの男に阻まれたから。





「ちょっとちょっと困りますよ。勝手に契約を結ぼうとしないでください」


そう言って、二人の後ろから青年が現れた。

驚いて振り向く二人。私も突然の乱入者に目を向ける。


「その子たちの「繋がり」を開いたのは僕なんですから、僕の許可なく接触するのはいけませんよ」


男はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、ふざけたような口調で話す。

私はそんな男を無視して、彼女、千原舞花に手を伸ばそうとした。


瞬間、突然の衝撃が襲って、私と、私の左前にいた雅人が吹き飛ばされた。

私たちは十メートル程離れた場所で止まり、直後、彼女の悲鳴が上がる。


顔を上げた私の目には、千原舞花が両手を後ろで掴まれ、身動きが取れなくなっている姿が映った。


「舞花を放せ!」


横に倒れていたはずの雅人が走っていく。

しかし、あと一メートルというところで、彼の動きが不自然に止まり、弾かれる。


それでも雅人は何度も男へ突っ込んでいった。

そしてその度に弾かれた。


男が不気味な笑い声をあげる。

捕まった少女が雅人に「もういい」と言っても、雅人はあきらめない。


そんな光景がいつまで続いただろうか。


「はあ、そろそろ飽きたよ。君たち二人とも、もうちょっと面白いと思ったんだけどな。僕の見当違いだったみたいだね」


男はため息を吐いてそう言うと、腰からサバイバルナイフを取り出した。


「や、やめろ!」


雅人が叫ぶが、もう立ち上がる力も残っていないのか、膝を震わせるだけ。


男は涙を流す少女の首筋にゆっくりとナイフを持っていく。

私はそんな光景を無感情に眺めていた。


(また別の人間を探さないといけないわね…)


そんなことすら考えていた。



だから、この後雅人が言った言葉には驚いた。


「ルーナさん!契約、します…」


涙ながらに見つめてくる雅人に、このときの私は彼をみっともないと思ってしまった。

でも、折角契約を結ぶチャンスなのだからと、彼に向き直る。


「いいのね?寿命を貰うわよ?」


私の無表情での問いかけに、雅人は口をぎゅっと閉じて頷く。


「そう、わかったわ。それじゃあ貴方の寿命、貰うわね」


抑揚なく答え、彼に手を伸ばす。


「ハハハハ」

「駄目!雅人、やめて!」


男は高笑いを上げ、少女は悲鳴を響かせる。


私の手が彼に触れ、そこから彼の命の時間を吸い取った。





瞬間、私の中に彼の想いが溢れた。


安らぎ。幸せ。そして大きな愛。

優しく、暖かい雅人の心が、一瞬のうちに私の中を満たしていく。

それはなんというか、とても心地いいものだった。


この時初めて、私は人間的な感情を得たのだと思う。





思わず閉じてしまっていた目を開き、自分の中に力が溢れているのを感じる。

声を上げそうになったけど、気を引き締めて、目の前の少年に意識を戻す。


「あなた、名前は?」

「…?蒼井雅人です」


突然名前を訊ねられた雅人は、疑問に思いつつも答えてくれた。


「雅人ね。わかったわ。それじゃあ雅人、いくわよ?」

「はい!」


私が名前で彼に呼びかけると、すかさず返事が来た。


それを合図に、私は溢れる力を雅人に送っていく。

それに伴って、彼の体を段々と黒い装甲が覆う。

私の中の力をすべて注いだとき、雅人は首から下全体を、影で包まれていた。


「アハハハ。いいねえ雅人君。そうこなくっちゃ。やっぱり影を纏うのはこの娘じゃなくて君であるべきだよね~」


男はナイフを下ろして少女を放す。

彼女は雅人の変貌を見て驚いていた。


雅人が立ち上がる。

先程までの衝撃によるダメージは無いようだ。


そして…。


ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる男に、雅人は跳びかかっていった。









でも…。


結局、私たちは敗れた。


男の圧倒的な力の前に為す術もなく。


五年分の寿命を使っておきながら、傷一つつけられなかった。





雅人の目が覚めたとき、私は彼の影の中にいた。

目が覚めた雅人は、やって来た医者の口から残酷な言葉を聞いた。



 君たちは公園で倒れていたんだよ。


 公園ですか?


 そう。君ともう一人、女の子が。


 舞花!?彼女は無事なんですか?


 ………。


 先生!舞花…舞花は…!?


 ……君と一緒に倒れていた少女は、息を引き取っていた。


 …そん…な……。


 外傷も病気の跡も、毒物の痕跡も無い。こんなことは我々も初めてだよ…。


 ………。







雅人の心には、最愛の人を失った喪失感と、謎の男への無性な憎しみだけが残ったわ。


◇◇◇


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