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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
2部 学園祭編
30/51

6章  作戦開始!

翌日の朝。


市ヶ谷の、ある小さな緑地の端で、僕は伸脚運動をしている。

白地に赤のラインが入ったジャージという服装をしていて、丁度沿道をジョギングしようというランナーのような印象だ。

周囲の人々の眼にも、今の僕はジョギング前の準備体操をしているように映るだろう。


でも、この下には肌に張り付くような伸縮性の高い素材で作られた、全身を覆うスーツを着ている。

運動性を確保し、尚且つ肌が露出しないようにするためのスーツであり、SEFUの隊員が任務時の着用を義務付けられたものだ。


今日は一段と気温が低いので、これだけでは少し肌寒い気もするけど、それも今だけだろう。

動けばすぐに体は暖まるはずだ。





僕は準備運動を終えると、ポケットから小さな機械を取り出す。

某携帯音楽プレイヤーのnanoの見た目をしたそれは、部隊から支給された通信機だ。

警戒されるのを防ぐために作られたもので、会話用のマイクはジャージの立てた襟の内側に取り付けてある。


偽装通信機のジャックにイヤホンを挿しこみ、両耳にはめる。

途端に周囲の音が聴こえ辛くなった。

でも、僕は慌てない。


実はこのイヤホンも特殊仕様で、左耳は通信先の音を耳に流し、右耳のものは片耳しか使えないことを補うために、集音機能を備えている。


だから今からやるように、通信機の電源を入れると、左耳は無音に、右耳はイヤホンを付ける前と同じくらいに周囲の音を聴覚に届けてくる。





通信機のスイッチを入れると、一分もしない内に左耳から聞き慣れた声が聴こえてきた。


『隊長の弓月だ。少尉、通信機の調子はどうだ?』


ハスキーな女声に、僕は気を引き締めて答える。


「問題ありません。左右ともに状態は良好です。隊長、藤宮大佐と本郷少佐の現在地は?」

『彼らは現在、護衛対象を乗せ、首都高速湾岸線を北上中だ。あと二分程で、大井JCTを通過するだろう』


ということは、目的地到着までおよそ二十分といったところか。


『少尉、これから通信機の設定は、常にスクランブル状態にしておけ。安部准尉のもたらす情報を聞き漏らすことのないようにな』

「了解」


僕は端的に答えた。

そこに、隊長の声が続く。


『それともうひとつ。今回の任務では、敵契約者との交戦が予想される。それは少尉も解っているだろう』

「はい」

『護衛が最優先だ。敵契約者の生死は問わない。脅威となる者は、全て排除せよ』


椋さんの無感情な声が、左耳から届く。

そこに一片の慈悲は無く、また、僕に迷う暇を与えない。


だからこそ、僕も与えられた任に専念することができる。

これから手にかけることになる相手のことを、考える暇を潰してくれる。


「了解」


僕はハッキリと答える。

聴覚の左側から届く気配は、静かに頷き、それきり通信を断った。


僕は通信機を操作して、スクランブル状態、常時送受信可能状態に設定して、ポケットにそれを仕舞った。







それからゆっくりと、靖国通りを走る。

行き交う車両、通り過ぎる人々に、それとなく注意を払いながら、小声で連絡を取り合う。


「凛、準備は?」

『こちらはOKよ。狙撃部隊は全員配置に着いたわ』


僕はちらっと、右手に見える防衛省の庁舎屋上に目を向ける。

いくつかある庁舎の内、目的地の駐車場を見下ろすことのできる場所にいるのだろう。


「了解。那智さんはどうですか?」


僕は次に、防衛省庁舎の一室で索敵を行っている彼女に声をかける。


『私も大丈夫よ。雅人君の走っている姿も、凛ちゃんたち狙撃班三人の姿も見えているわ』

「了解。那智さんはそのまま索敵を続けてください」


相変わらず那智さんの『千里眼』はすごいな。

暗く閉めきった部屋にいながら、周囲一帯が「視えて」いるのだから。


僕と凛、那智さんの三人は、緊張を保ったまま、大佐たちの乗った車両が到着するのを待っていた。





この辺で、今回の作戦の概要を説明しておこうかな。


今回の護衛任務。

内容は、羽田空港に到着する敵組織の元研究員を、防衛省技術研究本部まで移送、及びその安全を確保すること。


護衛対象の元研究員は、これまで明らかにされていなかった「影の世界との接触方法」を知っているらしく、外部へ情報が漏れることを恐れた敵組織が、裏切り者の抹殺に動く可能性が高い。

またその際の襲撃者が、契約者であると予想されることから、対抗手段を持った「僕の在籍する部隊」が、任務を任されたということだ。


また、本作戦においては各人に必要相当数の部下が配置されていて、五人はそれぞれの持ち場で指揮を執る。

凛は狙撃部隊を、大佐と政宗さんは護送車に、那智さんは自らの護衛にといった具合だ。

僕だけは、敵契約者と直接戦闘が可能な唯一の人間なために、部下は連れていないけどね。



羽田空港に向かったのは、大佐と政宗さん。


大佐の運転する車両に護衛対象を乗せて、政宗さんと二人の部下がその前後を二台の車両で挟むという形で、首都高を北上してここへ向かっている。


いつ襲撃されるかは判らないけど、那智さんの「千里眼」が大佐たちの周囲を常に見張っているから、奇襲を受けることはないはずだ。

仮に奇襲されたとしても、この場所までは逃走できると判断された。


だからこそ、襲撃を受けるとすればこの場所。

車を止め、確実に護衛対象が一度外へ出るこの場所でこそ、敵の契約者が襲ってくる可能性が高いと思われる。



ちなみに、契約者の纏う影は、通常兵器では破れない。

例えスナイパーライフルの放つ7.62mm口径の弾丸であっても、貫通させることは出来ないんだ。

だからこれを命中させることができたとしても、一時的に動きを止める程度にしかならないだろう。


そのため、屋上にいる凛の狙撃部隊は、契約者に対しては足止めにしかならない。

しかし、複数の契約者が襲撃をかけてくれば、彼女の部隊の足止めをもとに、僕が一人ずつ確実に息を止めることができる。

その間、大佐と政宗さんの部隊が全力で元研究員を守り続ける。

そういう作戦だ。



だから、襲撃者の全滅・全無力化が、この作戦の勝利条件になっている。


一体何人の契約者及び武装した人間が襲撃をかけてくるかは判らないけど、悠長に追い払ったりしている余裕は無い。

もちろん、僕の攻撃対象は、敵の契約者だ。

ふつうの武装した人間程度なら、政宗さんの部隊が一掃してくれると思う。

僕はルーナの力を借りて、契約者にしか倒すことのできない相手を沈黙させるのが優先事項だ。





軽い準備運動も兼ねて、防衛省の周りをジョギングした僕は、二十分弱後に正面まで戻ってきた。

そこで歩きに変え、息を吐きながらゆっくりと歩く。


と、不意に左耳の通信機から、大佐の声が届いた。


『たった今首都高を降りた。目的地到達まで、およそ三分だ』

『了解』

『了解しました』

「了解」


凛や那智さんの声に続いて、僕も返事を返す。

それから振り返って、防衛省敷地内へ続く道路の方へ歩き出す。



およそ三分後、黒のワンボックスが三台、続けて敷地内へ入っていった。

僕は一瞬だけ周囲に視線を配り、自分の姿をはっきりと捉えている人間がいないことを確認する。

誰も見ていないことを確認した僕は、足元の影に潜むルーナに声をかけた。



「いよいよだよ、ルーナ。一年分出すから、よろしくね」



『……わかったわ。一年分ね…』



彼女の答える声が耳元で聴こえた直後、両手両足に冷たいものが巻きつく感覚がした。

それは段々体の中心までせりあがっていき、腰から下と両肩まで覆ったところで止まる。


冷たい感触はそのままに、漆黒に包まれた部分の重さが消えた。

それから染みだすように、淡い銀の模様が浮かび上がってくる。

肩から先の両腕と腰から下の下半身、ルーナの力を預かった箇所に、黒と銀の意匠を纏う。



心臓の鼓動が少し早くなっている。

やっぱり少しは恐怖も感じているようだ。


そんな風に意図的に客観的な自己分析を行って、僕は一つ息を吐くと、靖国通りの沿道から防衛省の敷地内に向かって、軽く二十メートルくらいの跳躍を敢行した。

音をたてずに、誰の目にも留まらぬように。


『靖国通り側から、襲撃者十一人!内六人は契約者です!』


空中にいる間に、那智さんの声が響く。

視線を下に向けると、黒い身体の人型が複数、木々の間を疾走していた。どれも全身に影を纏わせてはいるが、特有の模様は出ていない。

大した力は持っていないようだ。


数秒の空中移動を終えた僕は、地面に足を着く。

それと同時に、斜め上方の建物の屋上で、一瞬だけ光が灯った。

背後の木々の間で、何かが倒れる音がする。


『雅人の後方、五時の方向で、影持ちを一人転倒させた』


凛の声が届く。

僕は不敵な笑みを浮かべて振り返り、指示された方向へ駆け出す。


凛の狙撃によって右足を撃たれ、ショックで転倒している契約者が起き上がろうとしている。

僕はその姿を認めた瞬間、仕込んだマイクに向かって声をかける。


「目標確認。迎撃開始します!」


SEFUの部隊と、敵組織の襲撃者、二つの勢力の戦端が開かれた。


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