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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
2部 学園祭編
26/51

2章  “策略家”久藤の始動~後篇~

昼休み。


普段の昼休みであれば、教室にクラスメイトが全員揃っているなんてことはない。

みんなそれぞれ部活動の昼練習があったり、友人と一緒に学食に行っていたり、その他様々な理由があったりで教室にいない人が多いからだ。

僕は割と教室に残っていることが多いからそのことをよく知っている。



だからこの日の昼休みは、ある意味この秋鷹高校へ来てから初めて目にする状況だった。



午前中最後の授業である四限目の数学を終え、昼休みの到来を知らせる鐘の音が鳴る。

キリよく授業を終わらせることで人気(?)な数学の先生が、早々に荷物をまとめて日直に号令をかけさせた。

そして立ち上がって礼をした僕たち生徒が顔を上げるのを待たずに、先生はそそくさと教室を後にする。

いつもながらお早いお帰りだな…。


さて、普段通りであればこの後、多くのクラスメイトが席を立って教室を出ていく。

それは毎日の事であるし、廊下にはそれを待つ彼らの友人たちの姿さえもちらほらと目につくほどだ。


でも、授業は終わったにも関わらず誰一人教室を出る気配はない。

それどころか自分の席から立ち上がる者さえ皆無だった。

その異様な光景に、廊下にいた他のクラスの生徒たちは何事かと覗き込む。

声をかけようと口を開く人もいたけど、教室に漂う真剣な雰囲気が声を発せさせなかった。



そのまま沈黙が数十秒続く。

やがて、一人の女子生徒が立ち上がり、教室の前の方へゆっくりと歩いていった。

みんなの視線をその背に一手に引き受けて、久藤さんが教壇に立つ。

眼鏡を光らせて教室をぐるっと見渡し、大げさに息を吸ってみせた後、低めの声で沈黙を破った。


「それでは、文化祭に向けてのクラス会議を開会します!」


直後、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

僕は突然の歓声にぎょっとしてしまったけど、それは教室内の数人、そして廊下にいる他クラスの生徒たちも同じだったようだ。


「ありがとう、ありがとう。でも静粛にね」


久藤さんは両手を振って応える。

そして歓声が収まると、先程の低音から一転、いつものはきはきとした声で進行を続けた。


「まず伝えておきたいのは朝にも言ったこと。今年の文化祭、2ーAの出し物はレストランを開くことよ。これはもうみんな承知してくれたと思っているんだけど、どうかしら?」

「異議なーし!」

「大賛成だよ」

「むしろこれ以上ないっていうくらいじゃない?」


久藤さんの問いかけに答えるように賛同の声が上がる。

それと同時に教室の外からも囁き声が漏れ始めた。

久藤さんはそんな彼らに微笑みを向ける。


「ありがとう。私が独断で決めたことだけど、みんな賛成してくれて嬉しいわ」


それから久藤さんは、振り返って黒板に「レストラン(メニュー未定)」と書いた。


(えっ…メニュー未定って……。決めなくていいの?)


僕は驚いてその部分を見つめていたが、クラスの皆はあまり気にしなかったようだ。

むしろ久藤さんが続けて黒板に書いたことに驚いている。


「今回、生徒会長の協力のもと、場所はカフェテラスを確保することが出来ました。立地条件としては最高と言ってもいいと思います」

 


カフェテラスは学生食堂と対を成す、秋鷹高校の二大食事スポットの一つだ。

学生だけではなく学外の人間も利用でき、敷地のほぼ中心にあるため、はずれにある食堂よりも人の集まる場所だ。

そのため、カフェテラスはその場所の良さから毎年熾烈な獲得競争が行われるのだが、今回久藤さんは半ばフライング気味な直談判により、この場所を確保することに成功したようだ。

すごい行動力だな。



「続いて、みんなの役割を決めたいと思います」


久藤さんは前に、こちらに向き直って声を張る。


「みんなには調理班、接客班、衣装班、広報班に分かれてもらって、各班のリーダーの指導の下、仕事にあたってもらいます」


うんうん。合理的な計画だな。

さすがは久藤さんだ。


「まず、私が今回のお店の総支配人を務めます。全体的な統括と各班の橋渡しをするので、どうぞよろしくお願いします」


久藤さんは言葉と共に一礼する。

自然と拍手が起きた。

彼女以外に適任はいないと、皆解っているようだ。


それに、発案者の久藤さんが一番責任あるポジションに据わることで、皆を納得させる効果もあるだろう。


「それじゃあまず、レストランを開くにあたって最も重要な役割から発表していきます」


(……発表?これから相談するんじゃないの?)


僕は嫌な予感をひしひしと感じた。

朝のうちに聞いた琴音の言葉が、その予感を裏付けている気がする。



そしてそんな僕の予感は、続く彼女の言葉で証明されてしまった。


「料理長は雅人君にお願いしたいと思います!」


直後、待ってましたとばかりに大きな拍手が轟いた。

当事者であるはずの僕を置いてきぼりで…。


「よっ雅人!よろしく頼むぜ!」

「雅人くんの手料理なら行列ができるよ」


男子と女子、どちらからも惜しみない声援が送られる。

いや、確かに応援してくれるのは嬉しいんだけど…。


「雅人さん、頑張ってくださいね」

「雅人の料理の腕なら当然の配役ね」


僕の左右からも太鼓判を押す声がかけられる。

首を振って彼女たちの表情を見てみると、両者ともに揺るぎない笑顔を浮かべていた。


「あはは……頑張るよ…」


クラスの空気。雪姫さん、凛の後押し。そして朝の琴音の期待。


これだけの状況に追い込まれてしまったら、最早僕に逃げ道はなかった。


(決して嫌なわけではないんだけどな…。

 どうも納得がいかない気がするのはなんでだろう…?)


と、そんなことを疑問に思っていた僕だけど、内心、答えはないのだろう、ということも悟っていた。





あらかた僕を料理長にするという発表の余韻も去ったようで、落ち着いてきたクラスメイト達を見て、久藤さんが続く言葉を放った。


「はい、雅人君の料理長就任には納得してくれたと思います。続いて、副料理長、執事長、メイド長を発表します」

「……執事長?」

「メイド長って何…?」


彼女の意味深な言葉に、クラスメイト達は意図がわからないようで首を傾げている。

かくゆう僕も、副料理長はいいとして、他の二つは正直あまり理解できないしね。


「みんな今言った役職が何なのか、よくわかっていないと思うけど、誰が務めるかを聞けばイメージは掴めると思います。まず副料理長、これは料理長の雅人君をサポートする役割なんだけど、二条さんにお願いします」

「わ、私ですか!?」


久藤さんに突然指名されて、雪姫さんは驚きの悲鳴を上げる。

でも驚いたのは彼女だけで、クラスは僕のときと同じくらいの拍手喝采に包まれた。


「順当順当!」

「二条さんしかいないよねー。料理で蒼井君の隣に立てるのは」

「蒼井君が洋食担当、二条さんが和食担当とかなら最高ね!」


雪姫さんの料理上手はすっかりクラスに知れ渡っているようで、誰もその手腕を疑うようなことは言わない。

まあ、毎日自分でお弁当を作ってきているのだから、わかるのは当然か…。


やんややんやと盛り上がるクラスメイトの声に、雪姫さんは赤くなってしまっている。


「私でいいのでしたら…。がんばります」


素直に頷いて見せる。

どうやら彼女は自分の中で納得できたようだ。


もう一度拍手が起こる。

今度は不必要に騒ぎ立てる者はいなく、皆がただ彼女の担当を歓迎していた。


「二条さん、引き受けてくれてありがとう」


久藤さんも彼女を見つめて軽く一礼する。

それから顔を上げた久藤さんは拍手が収まるのを待って再度口を開いた。


「それじゃあ最後に執事長とメイド長ね。この二つは簡単に言えば、男女別の接客班のリーダーといったところかしら。役職名がオシャレな方がやる気が出るでしょう?」


なるほど、そういう仕事なのか。

まあ「執事」や「メイド」がオシャレなのかどうかは判断がつかないけど…。


「この二つはそれぞれ、堺君と弓月さんにお願いします」


三度目の歓声が上がる。

朝のうちに僕を含めた四人の名前が挙がっていたのだから、誰が充てられるのかわかっていただろう。

それでもこれだけの盛り上がりを見せるのだから、余程適役なのか…。


(仁も凛も、丁寧な物腰で物怖じしない性格だから、接客に向いているかもしれない。

 でも二人が他の接客要員を進んで引っ張っていくようには見えないけどな…)


僕はそんなことを考えながらも、二人の抜擢に拍手を送っていた。


「できる限り精一杯やらせてもらうわ」

「どうせ拒否権はないのだろう?」


凛は微笑んで頷き、仁はため息を吐きながら疑問を口にした。

仁の言葉に、間断なく久藤さんが「もちろん」と答える。

それを聞いて仁は、もう一度大きくため息を吐いた。

渋々了承したという体で頷く。


(でもまんざらでもないんだろうな…)


僕のそんな感想を裏付けるかのように、仁の口の端はかすかな笑みを浮かべていた。


「雅人くん、二条さん、堺君、弓月さん。突然な指名を快く引き受けてくれてありがとうございます」


快くなんて…よく言うよ…。

僕たちに否という権利はなかったのに…。


そんな風に不貞腐れた気分になりかけたけど、久藤さんの声の後にクラスの皆が盛大な拍手と声援を送ってくれたことで、まあいいか、なんて気分になってしまった僕も、やはりまんざらでもないのかもしれなかった。





そんなこんなで、学園祭での料理店出店に向けた準備は大きな一歩を踏み出した。


はからずも、僕はその中心で動かざるを得なくなってしまったわけだけど、雪姫さんや凛が来てから最初の想い出になる行事だから、頑張ってみようかな。


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