14章 生徒会長にして幼馴染な彼女
「いや、もう手遅れだ」
そう言って、仁は僕のななめ後ろ、教室の後ろの入り口の方に視線を向けた。
仁の目線の方向から、とてつもない威圧感を感じる。
これは殺気と呼んでも相違ないと思う。
僕は恐る恐る、後ろを振り返ってみた。
………………。
………えーと………。
そこにいらっしゃるのは……鬼さんでしょうか……?
「誰が鬼だってー!?」
声の主は言葉と共に、僕の胸ぐらを掴んで五センチ程持ち上げた。
物凄い力である。
っていうか、
「どうして心が読めるんですかー!?」
相手は鬼のような形相を浮かべたまま、僕を空中でホールドしている。
「わかるわよ、雅人の考えていることくらい。私とあなたの仲じゃない」
「いや、この状況でのろけられても…」
「堺君は黙ってて!」
「大変、失礼いたしました!」
あの仁が腰を九十度に折って頭を下げている。
ついでに言うと、先程まで騒いでいたクラスの女性陣も静かになってしまっている。
仁を軽くあしらった後、その子は僕に向き直り笑みを浮かべた。
「雅人、噂の真相について、じっくり話してもらいますからね」
………目が笑っていなかった。
「は、はい。琴音さん」
僕は大人しく従った。
この後、僕はこの女の子、柊琴音にじっくりと詳細な説明をしたのだが……。かなり情けない姿なので、割愛させていただきたい。
その代わりに、琴音について紹介しようと思う。
柊琴音、17歳
秋鷹高等学校の第74代生徒会長。
成績優秀だが運動神経はそれなり。
しかし、怒らせると驚異的な力を発揮する。さっきみたいに…。
背は169㎝と高めで、モデルのような体型をしている。
腰まで伸ばした髪はさらさらのストレートになっていて、全体的に大人っぽい印象を与える。
その印象にたがわず、普段の彼女はとても理知的で、優しい。
そのため、雪姫さんが来るまでは全校生徒(女子含む)の憧れの的だった。
ついでに言うと、僕の小学校時代からの幼馴染だ。
昔から僕に浮ついた噂があると、物凄く怒り出す。
聞くところによると、琴音は自分より先に僕に恋人ができるのが気に食わないらしい。
なんとも負けず嫌いな性格でもある。
と、彼女のことを紹介している内に、弁解も終わった。
「それじゃあ、事件に巻き込まれた彼女を家に運んで泊めてあげた…。それだけだってこと?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか」
僕が苦言を漏らすが、琴音は聞こえないふりをした。
「本当にそう?ルーナ」
『ええ、間違いないわ。今のところ、それ以上にはなっていない』
「そう、ルーナが言うんじゃ仕方ないわね」
「……僕の扱いひどくないか…?」
琴音はルーナの存在をすでに知っている。
ちなみに今いる場所は屋上で、僕ら三人の他には誰もいない。
だから事件の話も、ルーナの声も、ひとまずは大丈夫だ。
「……雅人。その…疑ってごめんなさい……」
琴音はそう言うと、僕の後頭部に手を回し、顔を胸に抱いた。
そのまましばらく抱きしめられる。
これは昔から琴音が謝ったり、寂しいときにやる癖だ。
頭が解放される。
琴音は、頬をわずかに赤く染めていた。
『琴音。それは私の前ではやらないでと言っているでしょう?』
ルーナの機嫌の悪い声が響く。
琴音は不敵に微笑むと、言葉を返した。
「あら、ごめんなさい。昔からの癖でね。あなたが雅人のもとに来る前からの」
それはどこか挑発的に聞こえた。
『………仕方ないわね……。ところで、今のあなたたちの抱擁、ドアの所で誰かが見ていたわよ?』
僕と琴音は驚いてドアの方を振り向く。
すると、観念したようにドアが開き、雪姫さんが姿を現した。
「えっと、雅人さんの誤解を解こうと思って来たのですが……」
雪姫さんは申し訳なさそうにそう言った。
そのままこちらに歩いてくる。
「あの、ごめんなさい。覗こうと思っていたわけではなくて……」
「あー……。やっぱりさっきの見られちゃった…?」
琴音が訊ねる。
「はい……。あの……お二人は恋人同士なのですか…?」
これにはびっくりした。
琴音も真っ赤になっている。
「い、いや違うよ。僕らは幼馴染なんだ」
「そうなんですか……?」
「そうそう、だから別に恋人とかじゃなくて…」
僕がそう弁明すると、琴音とルーナは揃ってため息を吐いた。
「な、なに…?」
「いいえ、なんでもないわ」
『鈍いわねぇ。雅人は。心中お察しするわ、琴音』
「ありがとう、ルーナ」
訳が分からず、僕は二人を見ることしかできない。
その様子を見ていた雪姫さんは、何かに気がついたようで、琴音に話しかけた。
「私は、なんとなくわかりました」
琴音は雪姫さんに向き直り、微笑んだ。
「そう。それならあなたも同じなのね」
雪姫さんが頷く。
それを見た琴音は彼女に歩み寄ると、右手を差し出した。
「私は柊琴音。よろしくね」
「二条雪姫と申します。よろしくお願いします、琴音さん」
二人は穏やかに笑い合っていた。
「なんだかルーナの時とはえらい違いだな」
僕がそう言うと、当のルーナに頭を叩かれた。僕の影で。
『余計なことは言わなくていいの!』
「痛!?」
その様子を見た琴音と雪姫さんは、今度は声をあげて笑った。




