11章 目が覚めるとそこは…
夢を見ました。
夜の公園を歩いていると、後ろから声をかけられて。
振り向くとそこにいたのは、人の形をした黒い何か。
恐怖で座り込む私に、それは腕を伸ばしてきて。
何も考えられずただ怯えていると、そこに雅人さんが来てくれました。
彼は優しく微笑み、抱きしめてくれて。
目を閉じた私が気付いた時、もうあたりは静かになっていました。
安心して、眠ってしまう私。
でも……
雅人さんの右腕と両脚が黒い靄に包まれていたような……
段々と覚醒する意識。
暖かいぬくもりの中、頬にあたる風は涼しくて気持ちがいい。
瞼をゆっくりと開くと、明るい白い天井が目に入りました。
見慣れた景色ではありません。
もっと言えば、新しい私の家の天井の景色でもありません。
ここはどこなのでしょう。
そうして首を回して部屋を見回してみます。
すぐに目についたのは大きな本棚。天井に届くくらいに大きい。そこには科学や国際、経済関連の専門書が並んでいて。丁度顔の前になる位置には、教科書や参考書が並んでいる。この部屋の主は勤勉な方なのだろう。
本棚の手前には勉強机が置かれている。その上に何があるかは死角になっていて見えない。
私は体を起こして、全体を見渡しました。
床に敷かれた絨毯は落ち着いた色合いで、主のセンスの良さを感じる。
天井と同じ白い壁紙には染みひとつない。とてもきれい好きな方なのかな。
部屋の反対側にあるドアが開かれていて、ドアの向こうからテレビの音が聞こえてくる。
ふと、頬を風がなでた。後ろを振り返ると縦長の窓が少しだけ開かれていました。
下に目線を変えると枕元には電子時計が置いてあり、時刻を6時02分と告げています。
まだ学校に行くには早いかな。
そう考えたところで、自分が制服を着ていることに気がつきました。
そのことに気がついたことで、私はすごく嫌な予感に襲われました。
もしかして、あれは夢じゃなかった……?
………
………………
考えていても仕方ない。
結局、ここが誰の部屋なのかわからなかった私は、ベッドから降りて音のする方へ行くことにしました。
ドアに近づくにつれて音も大きくなる。そしてトーストのいい匂いが私の鼻孔をくすぐる。
私はそっとドアの向こうをうかがいました。
リビングルームを見たとき、私の中の嫌な予感は大きく膨らみました。
ここは見たことがある。しかもごく最近のこと。
「雪姫さん、目が覚めたんだね」
突然後ろから声をかけられて、私はビクッと体を震わせました。
振り向くとそこにいたのは、やっぱり雅人さんでした。
「お、おはようございます……雅人さん」
雅人さんはコーヒーを片手に微笑んで立っています。
「うん、おはよう。朝食、トーストでよければテーブルに置いてあるから、好きに食べててよ。今ハムエッグを作るから」
「はい……ありがとうございます」
私は言われるまま席に着きました。
そこからキッチンで動く雅人さんを眺めます。
その姿は学校で、そしてこのお家で優しくしてくださったときとまったく変わりません。
やはりあれは夢だったのでしょうか……?
そんなことを考えているうちに、雅人さんが二枚のお皿を持ってテーブルに着きました。
「お待ちどうさま」
私の前にお皿を置いてくれる姿を眺めます。いつの間にか、コーヒーカップも置いてありました。
「あ、ありがとうございます」
私はお礼を言って、トーストを齧り、すこしずつ食べ始めます。
それからしばらくはお互いに何も話すことなく食事が進んでいく。
そう思っていました。
そう、その声を聞くまでは。
『雅人、今朝の新聞よ』
気がつくと、雅人さんの顔の横に新聞がありました。
ええ、真横にありました。浮いていました。
「ああ、いつもありがと……って、ルーナ!?」
雅人さんが手を伸ばしかけ、突然驚いてそちらを振り向きます。
『なにかしら?』
その声が女性のものであることに、私は気付きました。
「いやいや、なんで普通に出てきちゃうんだよ!?」
『……あら?そういえば女の子を泊めているんだったわね。ごめんなさい、忘れていたわ。いつもの癖でね』
その言葉がひどく棒読みに聞こえたのは、私の気のせいでしょうか。
「朝食ぐらい穏やかに食べようと思って、説明するタイミングを計ってたのに…」
『いつもいつも思いどおりにいくとは限らないものよ』
「いやいや、全面的に君のおかげだからね…」
『わたしのおかげだなんて。さすがは雅人、よくわかってるじゃない』
「嫌味も効かないか…。これは本格的に怒っているね。ハァ……」
そうして両者とも黙ってしまいました。
でもおかしいです。今私は「両者」と言いましたが、雅人さんと話しているのが誰なのかわからないのです。
混乱した私は、とにかく雅人さんに尋ねてみることにしました。
「あの、雅人さん……?」
「は、はい!なんでしょうか、雪姫さん」
彼は今まで見てきた中では信じられないくらい挙動不審な態度でした。
「ええと……どなたとお話しされているのですか?」
それを聞いた雅人さんは、苦虫を噛み潰したような表情になって、大きく息をつくと、
「こうなったらしょうがないか…。ルーナ、姿を見せてくれるかい?」
そう言うと、雅人さんの影がゆっくりと床から伸びてきました。
影は段々と人な形になっていきました。
長い黒髪、赤い小さなリボン、白く透き通るような肌、女性らしい体つき、それを覆う漆黒のドレス、切れ長の瞳に、真っ赤な唇、足元にはこちらも黒いヒール。
“妖艶”という言葉がぴったりの美しい女性でした。
「紹介するよ。彼女はルーナ。ルーナ・ラプリネ。この世界の裏側にある、影の世界の姫君だよ」




