10章 さすがに女の子4人は高校生の手に余るよ…
鬼子を始末した後、僕は残された三人の誘拐されていた女の子たちをベンチにもたれさせて、雪姫さんのもとに戻った。
雪姫さんはさっきと同じ場所でおとなしく目を閉じ、両手を胸の前で固く握っていた。それは何かに怯えるとともに、祈りを捧げているようでもあった。その姿は素直に美しく思え、僕は離れた位置で少しの間立ち尽くし、みとれてしまった。
でもこのまま声をかけないわけにもいかないので、近づいて可能な限り優しく声をかけた。
「もう、目を開けていいよ」
雪姫さんは一瞬ビクリと震えた後、ゆっくりとその目を開いた。
おそらく雪姫さんは僕に、不気味なものを見るような視線を送ってくるだろう。それもそうだ。僕は一般人のか弱い女性の前、影を纏った姿で怪物と化した人間を殺したのだ。音だけだったとはいえ、その恐怖は計り知れない。
しかし、彼女の開いたその目に宿る色は、僕の想像とは少し違ったものだった。
そこには当然怯えもあったのだろう。でもそれ以上に、僕の事を心配してくれていたようだった。
「怖い目にあわせてごめんね。もう大丈夫だから」
内心彼女の意外な芯の強さに驚きながら、そう呼びかけた。
「はい……」
雪姫さんは小さくそう答えると、そのままふらっと横に倒れそうになった。
おっと…。僕は倒れる彼女の体を支えて、顔を覗き込んだ。
目を閉じ、静かに息をしている。どうやら気絶してしまったようだ。それほどの恐怖を感じるような目にあわせてしまった、ということだ。
「僕もまだまだ甘いな」
自嘲し、少し目を閉じて気を落ち着かせる。
しかし、すぐに雪姫さんをそっと寝かせ、立ち上がる。
後悔はいつでもできる。今やるべきことを考えなくちゃいけない。
とにかくまずは、被害者の女の子3人を返してあげなければならない。でも僕がこのまま警察のもとに送ったところで、面倒なことになるのはわかりきっている。今は雪姫さんもいるのだから、事情聴取で拘束されるわけにはいかない。
よし、気は進まないけど、あの人に頼めば何とか手配してくれるだろう。
僕は携帯を取りだし、アドレス帳の中の一つに電話をかけることにした。
耳に当てた携帯の奥で呼び出し音が鳴る。相手はすぐにでてくれた。
『やあ、そろそろかけてくる頃だと思ったよ。雅人」
「夜分遅くに申し訳ありません。少々扱いに困る事態になっていて、」
『事情は大体わかっている。今何人か送っているから、少しの間待っていてくれ』
あれ、なんで状況がわかってるんだ?
………ああ、もしかして。
「……迅速な対応はとてもありがたいのですが、その口ぶりから察するに、また観察していましたね?」
『あはははは。君は何かと不可思議な事件に巻き込まれることが多い。だから何か不思議事件を追うなら、君を観察している方が効率がいいんだよ。今回も見始めてたった二日で解決しちゃったからね』
「……プライバシーという言葉を知っていますか?最近では人権侵害で訴えられることもあるのですが…」
『わたしの部下に、プライバシーは存在しない』
…………。
まったく納得いかないけど、この人には何を言っても意味がないと散々思い知らされている。文句を言うだけ無駄なのだ。
その時、遠くで何台かの車が止まる音がした。どうやら派遣してくれたチームが来てくれたようだ。相変わらず仕事だけは早い。
「到着したようなので、これで。素早い対応、ありがとうございました」
『冷たいねぇ。もっとわたしと話したいとは思わな』
お礼だけ言って途中で電話を切り、僕はチームが来るのを待った。
周囲には風で気が揺れる音が満ちている。しかしその中にわずかに、草を分ける音、地を蹴る足音が聞こえた。
そして応援に駆け付けたチームの人たちが到着した。
人数は5人。先頭に立つ人は僕のよく知る人だった。
「よう、待たせたな。雅人よ」
「大佐!?いえ、ご足労いただき恐縮です」
目の前に立つのは僕の上司、藤宮泰全大佐だ。
日本人離れした大柄な体型。47歳とは思えない若々しい30代のような風貌。短く刈り上げた髪と鋭い眼差しが威厳を醸し出している。普段仲間には優しく、訓練では厳しいので有名だが、その兄のような雰囲気から、とても慕われている。
「大佐ほどの方が、どうしてこちらに?」
「なに、体は動かさねえと鈍っちまうし、訓練だけじゃあつまらないしな」
このフットワークの軽さも有名だ。将校なのに平気で前線に出てしまう。
「よし、後は任せろ。お前ら、彼女たちを車に運べ」
その上、しっかりと指揮もとれる。とてもデキる人だ。
ベンチにもたれさせていた3人の女の子たちがそれぞれ、車に運ばれていく。
「その子はどうする?お前が面倒みるか?」
大佐は雪姫さんを見て言った。
「はい、彼女は僕が責任を持ちます」
僕の答えに、大佐は微笑んで頷いた。
「わかった。では我々はこれで撤収する。お前も家に帰るといい。次の召集の時にまた会おう」
「はい!ありがとうございます」
僕は敬礼で大佐の言葉に応えた。
大佐は振り返り、元来た林へと歩いていく。
その姿が見えなくなるまで姿勢を正したまま見送った。




