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契約者でフラグ職人な高校生  作者: 高城飛雄
1部 二人の転入生編
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9章  誘拐犯

「今日は楽しかったな…」

私は雅人さんのお家からの帰り道、興奮した頭を冷やしたくて少し駅近くの公園に立ち寄っていました。

時間も遅いためか、公園に人影はなく、私はあてもなく園内を歩いていました。

辺りはとても静かで、虫の鳴き声だけが耳に入ります。少し冷たい風が、火照った顔を冷ましてくれるようでした。

「それにしても……」

今日一日、とてもあっという間でした。

転校初日で不安もあったのに、クラスメイトの方々は優しくて気さくな人ばかりでしたし、担任の先生も親しみやすい方でした。だからでしょうか、京都の学校では窮屈な学校生活を送っていただけに、秋鷹高校はとても気持ちのいいところに思えました。

街の雰囲気も落ち着いていてとても気に入りましたし、駅前を案内してもらえたことは、これから独り暮らしを始める身としてはとても助かります。

そしてなにより、

「雅人さん…。とっても素敵な人だったな……」

多分、朝の自己紹介のときから気にかけてくれていたのだと思います。優しく紳士的で、褒められると嬉しいところに気が付いてくれる。

何よりもあの料理の腕前。一流レストランのシェフが作ったかのような美味しい夕食でした。そのため話が弾んでしまい、こんなに遅い時間になってしまいました。

明日も授業があるのにこれはいけません。


そんな思考を巡らせながら林を歩いていると、すこし開けた場所に出ました。中央に一つ、電灯とベンチが設置されています。

私はベンチに座って落ち着くことにしました。

電灯に照らされたベンチに腰を落とし、星空を見上げます。天上には満天とはいかないまでも、数えきれないくらいの星がありました。

東京では星があまり見えないものと聞いていたので、想像以上にたくさんあって嬉しくなります。こんな星空の下を、雅人さんと一緒に歩けたらどんなに素敵なことでしょうか。

今日みたいに雅人さんの家で二人でお食事をして。

それからこの公園に散歩に来て。

二人でベンチに座って。

一緒に星空を見上げて。

お料理の話なんかしてみて。

それから……。

「……いやだ。私ったら、何を考えて…。雅人さんとはそういう関係ではないのに……」

でも……。

もしそうなれたら……。



「こんばんは…。御嬢さん……」



「っ!!」

突然、背後から気味の悪い声がしました。

慌てて振り返ります。でもそこには誰もいませんでした。私は立ち上がってあたりを見回しました。何度か首を振り、周囲に誰かいないか探してみても誰もいません。

いったい誰が、どこから声をかけてきたのでしょうか。

そもそも、今のは本当に人の声なのでしょうか。

なにか体の芯から震えが走るような、この世のものとは思えない響きをしていました。

私は自らの体を抱いて、少しでも震えを抑えようと試みました。

しかし、

「今宵はとてもきれいな星だね…。御嬢さんのきれいな姿がよく見えるよ……」

またも背後から聞こえてきた声のもたらす恐怖に、私は体の力が完全に抜けてへたり込んでしまいました。

座り込んでしまった状態で、私は声のする方にゆっくりと目を向けました。


そこにいたのは、人の形をした黒い何かでした。

いえ、確かにそれは人だったのだと思います。よく見れば、かすかに顔の輪郭や洋服の模様が確認できました。

それでも、私にはそれが人には見えなかった。

いいえ、人とは認めたくなかった。

夜の暗闇よりも暗い、一切の明るさを持たない完全な黒。

私はこのとき、本当の黒という色を初めて知ったのです。


「大丈夫……。怯える必要はないよ…。これから君をいいところに連れて行ってあげよう…。誰もが苦しまなくて済む、穏やかな世界に……」

そう黒い何かは言って、手を伸ばしてきました。

このときやっと我に返った私は、逃げ出そうと地面に手をつきました。

しかし、恐怖で足がいうことをきかず、立ち上がることができませんでした。

ゆっくりと黒い手が伸びてきます。その顔は笑っているようでした。

「……いやぁ」

私は自然と小さな悲鳴を漏らしていました。


そして、黒い手が私の目の前まで来たとき、一陣の風が私と黒いものの間を抜けていきました。

一瞬の後、黒い手が音もなく地に落ちました。

「うぐあぁぁぁ!」

黒い何かが呻き声をあげました。見ると、片腕の肘のあたりから先がなくなっています。

私は先ほど地面に落ちた黒い手がどうなったのか気になり、見るために視線を下げようとしました。

「やめておいたほうがいい。あまり見て気持ちのいいものではないから」

その言葉とともに私の右頬を温かい手が触れました。

目の前に雅人さんの顔がありました。

穏やかに微笑んで、もう安心していいと言いました。

その言葉とその笑顔を見たことで、私の目から自然と涙があふれてきました。

思わず雅人さんの胸に飛び込んでしまいました。

「雅人さん!………怖かったです」

「うん。もう大丈夫だよ。安心していい。」

雅人さんは泣き出してしまった私を、優しく抱きしめてくれました。

その腕の中にいることで、私の心は落ち着いていきました。



「……何和んでんだよ!!」

そうでした。まだ何も終わっていません。まだあの黒い何かはそこにいるのです。

「おまえぇぇ、俺の腕切り落としやがって……。許さねぇぞ。ああ!?」

どうやら先ほどあれの手を切り落としたのは雅人さんのようです。

でもどうやって……?

「君なんかに許してもらう気はないよ。というか許さないのは僕の方だ」

雅人さんは私を離し、振り向きながら立ち上がりました。

「っ!!」

そこで私は見てしまいました。雅人さんの右腕と両足も黒い何かに覆われていることを。でも、雅人さんの方には銀の模様が描かれています。その模様を見て、何故か恐怖がわいてこないことに気がつきました。

私が見ていることに気付いた雅人さんはこちらをうかがって、

「ごめんね。気持ち悪いよね。すぐに終わるから、少し目をつむっていてくれるかな」

「は、はいっ」

私は反射的にその言葉に従いました。

視界が暗闇になります。音だけが雅人さんと黒い何かのやり取りを教えてくれました。

「君は僕の大切な新しい友人に手を出したんだ。もう許さないよ。本当は命令があるまでは放っておいてあげるつもりだったのに。こうなったからには、今まで攫った女の子たちも返してもらうよ」

「……お前、何者だ?」

「君に教える必要はないよ。もう君に未来はないんだから」

「…何言ってやがる。俺はこいつに一生を捧げた。お前も契約者ならそれがどんな意味を持つかぐらいわかるだろう?」

「僕のこの紋様を知らないような低級の影に一生を捧げたところで、たかが知れてるよ」

「何だと…?なら、試してやろうじゃねぇか!」

「っ!」

そこで地面を蹴る音がしました。どうやら雅人さんに襲い掛かったようです。

すぐに何かを切り裂くような音がしました。

「うあぁぁぁ!」

また黒いものの呻き声が聞こえました。

「まあこんなもんだよね。もう観念したらどうだい?」

「ぐぅぅ……。まだ、まだだ。俺には3人の人質がいる。こいつらの命が惜しければ……」

「ああ、言ったよね。3人の女の子は返してもらうって。あれは君にお願いしたんじゃないんだよ。ただ事実を言っただけだから」

「……どういう意味だ?俺が解放しなきゃこいつらは……」

「それは違うね。解放するのは君じゃないよ。君の契約した影がやるんだ」

雅人さんの声がだんだんと冷たいものに変わっていきます。

「くっ……」

「だから君の生死は関係ないんだ。僕の相棒は特別でね。契約者から影を引き剥がすことができるんだ。もちろん、契約者から貰った命は元には戻らないよ」

「……そんな、それじゃあ俺は…」

「恨むなら、自分の業の深さを恨むんだね」

「……ひっ」

小さな悲鳴の直後、ドスっという鈍い音がしました。




「もう、目を開けていいよ」

雅人さんに言われ、恐る恐る目を開く。

そこには、今日初めて会った時と同じ優しい笑顔がありました。

「怖い目にあわせてごめんね。もう大丈夫だから」

「はい……」

恐怖から解放され、安心したせいでしょうか。私の意識はそう答えたのを最後に途切れてしまいました。



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