序章
秋も深まる11月。現在の時刻は11時25分。
あたりを照らすのは月の光だけで、誰もいない公園には、蟋蟀の声が響いている。
そんな場所に、一人歩く女子高生の制服姿があった。
彼女は灯りの下で立ち止まると携帯を取り出し、ベンチに座った。
メールでも打っているのだろうか。彼女は人気のない公園で一人、ベンチに座っていた。
もし彼女にまわりを気にする余裕があったのなら、そのことに気付いたかもしれない。
しかし、携帯の液晶画面に集中している彼女はこのとき、自分の影が揺らいだことに気づくことができなかった。
突如、彼女の影から夜より暗い腕が伸び、その華奢な体を掴んだ。
彼女の手から携帯が滑り落ちる。彼女は驚きと恐怖の色を眼に浮かべた。しかし口元を覆われ悲鳴を上げることもできず、そのまま自分の影の中に引きずり込まれていった。
時間にしてわずか5秒。
この一瞬の出来事を目撃した一般人はおらず、あとには彼女の携帯だけが残された。
もっとも、目撃者がゼロというわけではない。
「…へぇ、あれが“影喰い”か」
彼は一人、誰もいない公園で灯りを背に、足元の影を見て言った。
『“影喰い”なんて大層な呼び名だけれど…。あれ、ただの鬼子よ』
「鬼子?それにしては結構やるね。あいつ」
『ただ満腹で気張ってるだけでしょ。私からすれば大したことないわよ、あんなの』
「君と比べるのは酷だと思うんだけど…」
傍から見れば、彼は自分の影と会話する痛い人にしか見えない。
しかし、それは仕方がないことだ。
世界の広さを知らない人間には、自分の常識外のことは理解できないものなのだから。
「さて、“影喰い”の正体もわかったし、帰ろうか」
『いいの?あいつを狩らなくても』
「今の僕の仕事は“影喰い”の調査であって、駆除じゃないからね」
『…相変わらず冷たいのね』
「君こそ、優しいんだね。そういうところ、大好きだよ」
『…からかわないで』
彼は自分の影とひとしきり会話をした後、その場所から去って行った。