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一日目 (1)



 悲鳴が木霊する広場から逃げ出すように駆け出していた。絶望の悲鳴と否定の罵声が入り混じる広場は地獄の門の前にいるように思えたからだ。このままここにいたら心まで地獄の底に飲み込まれるようで、俺は悲鳴の聞こえない街の外へと走る。

 途中何人もの人にぶつかったが、ほとんどの人はぶつかったことを皮切り位に次第に周りの人に疑問と不安をぶつけていた。俺のように当てものなく走り出している人は少なく、ただ自分がおかれている状況を把握しようとしている人がほとんどらしい。

 俺はそれを悪いことだとも思わないが、無性にこの場から離れたかった。


 駆ける足に力を込めて、人ごみを走り抜ける。それほど中心にいたわけでもなかったからか、数分もすれば街の外へと出られた。そこでふと、我に帰る。

 開発者はいった。――これはデスゲームだと。

 ならば、こうして街の外に出た以上必ず遭遇するモンスターたちにやられればどうなるのだろうか。


 思いつくのは二つの可能性。

 一つ。正真正銘の死。もう一つがログアウト不可能だ。


 デスゲームと言われたのであれば、ゲーム内での死が現実での死になるのが物語としてのテンプレだ。だが、ログアウト不可能になった他のユーザーたちをみていると、ログアウト不可能になること自体が死そのもののようにも思える。開発者はユーザーをあんな姿にすることになんの情け容赦もないのだから、もしかしたらログアウト不可能になったすべての人を殺してしまうのかもしれない。

 そしてログアウト不可能になったこの世界からの脱出条件が一週間笑わなければいい、ということであるならば一週間後にログアウト不可能になっているユーザーはどうなるのだろうか。このままゲームが続いてクリアによって開放されるのか。いや、それはない。ただ一つの脱出条件が一週間笑わなければいいことなのに、それ以外を用意したらそれは嘘になる。デスゲームを宣言している以上、殺すことにもなんのためらいもないようだから、クリアできなかったユーザーになにか救済措置を取るとも思えない。

 ログアウト不可能になった人間は最終的にどうなるのか。考えても答えはでないが、どうなるにせよ希望はないはずだ。そんなものがあるならばこんな条件でデスゲームを始めたりなんかしない。


 ならば今こうして街の外に出ることは自分から死にいくことのようにも思える。だが、俺はあえて一歩町の外へと踏み出した。

 踏み出した足が外の土を踏みしめる。何か特殊なエフェクトでもあるかと思ったが、何も起こらない。すこし拍子抜けな気分になったが、後ろから聞こえる悲鳴に背中を押され、二歩目を踏み出す。二歩目を踏み出せば三歩目は早かった。次々と交互に踏み出した足が、どんどん町の外を進んでいく。

 視線を上げて周りを見渡すが、あたりは一面草原で何もいない。他のプレイヤーはシステム的に町に集められていたからだろう。ずっと遠くまで見えるのがよくわかった。

 思わず視界に何も映らないことに胸をなでおろす。もしモンスターでもいたら、心が委縮して動けなくなっていたからかもしれなかったからだ。

 ふと、今の自分の心が少しだけ落ち着いているのが、他人事のように理解できた。さっきまでは悲鳴を聞くのが嫌で何も考えずに走り出したというのに、今は冷静に町の外に出ている。気になって後ろを振り返ってみれば、未だ悲鳴と怨嗟の声が鳴り響く地獄だった。けれど、俺の耳はまるで風の音のように聞いていた。こんな異常事態に直面して、耳がマヒしてしまったのかもしれない。


 ちくしょう。


 思わずこぼれたこの言葉。よくよく思えばこれがVRMMOで最初に口にした言葉だった。




  ◆ ◇ ◆



  一日目



  ◆ ◇ ◆




 嫌な予感に突き動かされて町から離れたが、そのこと自体は間違っていないと思う。だが町の外にいれば安全だと言えるわけでもない。町に出る前に考えた通りかもしれないし、そうじゃないかもしれないのだ。だが、この思考は答えのない問題。ならば今は自分の考えが正解だと信じて進むしかない。だから俺は町の外に出ると、アイテムウィンドを開き、持っているアイテムを確認する。

 町の外には基本的にモンスターが存在する。ごくごくありふれたMMOと同じようにレベル帯にあったモンスターが現れると、事前情報には書いてあった。それを信じるならば、このあたりにいるモンスターはLv1のはず。おそらく素手でも倒せるレベルだろう。だが、一度でも死んだら終わりかもしれない以上、慎重に行動すべきだ。


 開いたウィンドウには初期に配布される5000Gと最下級のHPとMPポーション10個。それだけが入っていた。武器などのアイテムは一切ない。


 武器がなければモンスターを倒すことは難しいが、予想の範囲内だ。事前情報では5000という多めの金額で町の武器屋で何か買い、それから冒険がデフォの動きだと書いてあったからだ。

 しかし俺は今から町に戻ろうとは思わない。今も町を背にしていると冷たい手で撫でるような悪寒があるのだから。


 アイテムウィンドウの内容が事前情報と一致していることで俺には今武器がないことが分かった。同時にある程度の事前情報が真実であるということも分かった。これは大きな収穫だ。もう少し時間がたてば他の人間も気がつくだろうが、今気がついたことには万金の価値がある。なぜならば、狭い範囲とはいえ、ある程度マップが公開されていたからだ。


 俺はすぐに走り出す。このあたりは公開されていたマップで知っている。その中で宝箱がポップしそうな場所をしらみつぶしに探すのだ。今ならば競争相手がいない。宝箱は出現している状態なので総取りできるはずだ。

 実際走り出して数分もするとポツンと生えている木の陰に20cmほどの小箱があった。俺はそれを開けて中身を確かめる。


 →300G

 →薬草(3)


 視界の右端に映ったログ。どうやら望んでいた武器系統は無いらしい。もしかしたらと期待したが、それほど甘くはないか。俺はすぐに違う場所へと走り出す。今は木の陰にあったから分かりやすかった。なら、もしかしたら小箱はなにか目立つものの傍にあるのかもしれない。きょろきょろと視線を動かしながら走ると、視界の先に大きな石が見える。もしやと思い、傍に近寄って見ると、再び小箱があった。

 運がいい。そう思いながら小箱を開け、


「――ぎゃははははは!!」


 大声と共にピエロを思いださせる人形が飛び出してきた。その音量と気味の悪い声に思わず肩をちぢこませた。委縮した筋肉が俺から行動を奪う。

 もしかしてモンスター? そんな疑問が飛び出し、俺はすぐに逃げの一手を取ろうとするが、よくよく飛び出した人形の足元を見ればばねでピョンピョンと跳ねているだけ。いわゆるビックリ人形と同じものだった。俺はよかったと安堵と共に溜息を吐こうとし――慌てて口元を押さえた。この世界では苦笑いでも笑みに取られるのだ。俺がもし今安堵から笑みを口元に作っていたら……その時はログアウト不可能になっていた。


 背筋が冷たくなる。


 そうだ。最初に考えないといけないことは町の外のことではなかった。『笑う』ことについて考えることが一番優先しなければいけないことだった。

 思い返す。あのとき、俺の隣にいた男は決して一般的な『笑う』動作をしたわけではなかった。ただ苦笑いをしただけだ。だが、それでも判定には引っかかった。ならば、どうしてだ。その二つの共通点はなんだ。――『笑み』だ。顔の表情だ。VRである以上、もしかしたら脳波うんぬんという話があるのかもしれないが、俺はそっちに詳しい知識を持つわけではないため、わからない。そんな俺がぱっと思いついたのが笑みだった。


 笑み、それがひっかかるための条件だとしたら、どうすれば俺は生き残れる。どうすることが最善なのか。


 ……今まで笑みを作らないようにしたことなんて一度もない。なにせ外では笑みを一切作らない人なんていなかったし、毎日友達と話しているのも面白かったからだ。そう考えると笑みを作らないという一見簡単そうなことが難しく思える。


「くっそ……」


 口元を押さえたままに考えるが、具体的に笑わない手段なんて考えられない。あるのは無表情でいることと、笑うような状況にしないことくらいだ。前者は自分でできるかもしれない。だが、後者では開発者の邪魔が入るはずだ。

 前途多難な七日間になりそうだ、と笑みを作らないように溜息を吐き、同時に絶対に生き残ってやると覚悟を決めた。




 ◆◇◇◆




 田中タナカ美里ミサトは阿鼻叫喚の広場の中で呆然と立っていた。それはただ目の前で苦しんでいる人たちの尋常ではない姿に、脳がオーバーフローを起こしていたといってもいい。泣き叫ぶものや、罵声の限りを吐き出す人が周りを閉める中、美里の隣に立つ男がこれは嘘だ、夢なんだといい、高らかに笑い声を上げた。その姿に美里はぎょっとして彼を見る。彼もきっと地面に横たわる人のようになるのだろうと、内心諦めにも似た感覚を持ちながら。

 だが、美里の予想に反してその男は絶叫も上げず、笑い声を上げるだけだった。その姿に美里以外の人も気がつき、不思議そうな顔で彼を見る。……もしかしてすべて嘘? そんな想いがあたりに漂い始めたとき、彼は「ほら、やっぱり嘘なんだ。どっきりなんだ!」と声を上げた。回りの人もそうか、とうなずきほっとした表情をする。

 美里はそうなのか? そんな思いで彼らを見て、思わず「あっ」と声を上げてしまった。その美里の様子に彼の視線が止まる。


「どうかしたのかい? せっかくのVRMMOのイベントなんだから楽しもうよ」


 彼はあまりにも悪質なこの状況をイベントと言った。きっとそうと思わないとやっていられなかったのだ。美里は彼の内心をそう判断しつつも、震える腕で彼の頭上を指差すのを止められなかった。

 周囲の人間も気がつく。その指先にある名前に。正確にはその色に。


 たける


 ひらがなで書かれた愛らしい名前。探せばそれなりの数見つかるであろう名前。その名前は――――赤で書かれていた。

 ふっ、と美里たちの脳裏に彼らが苦しむ前の姿が浮かんだ。彼らは一様にまず名前が緑から赤に変わっていた。……そうなのか。美里は知った。赤に変わった名前は失格者の印なのだと。彼は自分の頭上の文字が見えず、ただおろおろとするだけだ。波紋が広がるように辺りの人はお互いの頭上を確かめる。その姿に彼も自分が置かれた状況を悟ったのだろう。顔を歪め、口を振るわせていた。


「なんで……!!」

「嘘……嘘嘘!」


 悲鳴が上がった。美里が顔を向ければ、そこにはさっきの安堵した人たちの姿が。彼らは笑った彼の姿を見て、同じように笑みを浮かべた人たちだ。


 ……もしかして最初のは見せしめで。これからが本当のゲームの始まりなのかも。


 美里はどこか人ごとのようにそう思った。こうして地獄の一週間が始まる。


主人公 → ソロ

美里 → パーティ


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