表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

「そんな乱暴者とは婚約破棄して僕と結婚しよう」と美貌の伯爵令息にプロポーズされましたが

作者: 雅せんす
掲載日:2026/07/07

「ソルフィーナ、もう我慢しなくていいんだよ。そんな乱暴者とは婚約破棄をして、僕と結婚しよう」


 煌びやかなシャンデリアの下で、ジェインはソルフィーナに跪き、左手を胸に当て右手を差し出した。


 ソルフィーナの婚約者であるダグラスは、逃がさないとばかりにきつく彼女を抱き寄せた。


 しかし、ソルフィーナは覚悟を決めたようにダグラスから離れるとジェインのすぐ前に立った。


 まさに王宮での舞踏会の最中、人々はまるで待ち望んだ舞台を見るように胸を熱くして二人を見守った。


   


 ソルフィーナ・マッカル子爵令嬢には、二人の幼馴染がいた。

 

 一人は、ジェイン・モストン伯爵令息。

 プラチナブロンドの艶やかな髪に、翡翠のような瞳。柔和で優しげな美しい容貌。明るく社交的な彼の周りには、いつも人の輪ができた。

 彼は貴公子の中の貴公子と呼ばれ、その柔らかな物腰と紳士的で洗練された姿から、みんなの憧れの存在だった。


 もう一人の幼馴染は、ダグラス・ヴァラッド辺境伯令息。

 無造作な黒髪に、血のように赤い三白眼の瞳、大柄で筋肉質な体躯。騎士というよりは、野盗の頭領のような粗野な印象を受ける青年だった。


 そして、そんな野盗の頭領のような彼が、ソルフィーナの婚約者であった――。


   ◆


「おい! いつまでこんな所にいるつもりだ!?」


 学園に併設されているカフェテラスは、放課後は貴族令嬢達のラフな社交の場でもあった。

 そんな、九割が女子のカフェテラスで、場違いな低く鋭い声が響いた。


「ダ、ダグラス様」

 貴族令嬢達と五人でお茶をしていたソルフィーナは、急にその細い腕を取られて無理やり立たされた。


「さっさと来い」

 強引に手を引かれ、ダグラスに連れて行かれたソルフィーナの姿に、残された令嬢達は眉を顰めた。


「ソルフィーナ様は、お茶を楽しむ自由もありませんのね」

「本当にお気の毒に……」


 ソルフィーナは、緩く波打つ淡い水色の髪に、琥珀色の瞳の、儚げで華奢な令嬢だった。

 大柄で荒々しいダグラスに連れて行かれる様は、まるで攫われるようであった。


 学園でも、社交の場でも、ダグラスはいつもソルフィーナに怒鳴っていた。

 ソルフィーナは、いつも耐えるような微笑みを作り、ただじっとダグラスに怒鳴られるがままだった。


 ダグラスは舞踏会の場でも、ソルフィーナをぞんざいに扱った。

 さすがにエスコートをすっぽかすことはなかったが、まったく視線を合わせようともせず、その踊りはソルフィーナを振り回すようなひどいものだった。

 それでも、ソルフィーナはけなげに微笑み、周囲の同情を集めた。


 定例の二人のお茶会でも、ダグラスはやりたい放題だった。

 何度も約束を守らず、予約されたレストランやカフェで、ソルフィーナが一人寂しく食事やお茶をしている姿がよく見られた。

 それでも彼女は耐え微笑み、周囲の人々の涙を誘った。


 本来であったなら、ソルフィーナはもう一人の幼馴染であるジェインと婚約するはずだったそうだ。

 貴公子然としたジェインと儚げで美しいソルフィーナだったら、さぞお似合いだったろう。


 しかし、ソルフィーナの領地が災害に大打撃を受けた際、ヴァラッド辺境伯家は、融資をする代わりにソルフィーナとダグラスの婚約を望んだらしい。

 乱暴者で貴族らしくないダグラスには婚約者の成り手がなく、窮地の子爵家の令嬢なら断れないと目をつけたという噂だ。


 ダグラスは初めてソルフィーナと会った時に、大きなガマガエルを顔に投げつけたという噂もあった。

 そんなダグラスとの婚約は、ソルフィーナにとって悲劇であったに違いない。

 それでも、ソルフィーナはダグラスに逆らうことなく、いつも微笑みを作り従順に従っていた。


 悲劇の令嬢ソルフィーナが、ジェインと結ばれることを誰もが願った。



 ――まさに、その願いが叶う瞬間が目の前で起こった!



「ソルフィーナ、もう我慢しなくていいんだよ。そんな乱暴者とは婚約破棄をして、僕と結婚しよう」

 時は王宮の舞踏会の最中、煌びやかなシャンデリアの下、魔王の如きダグラスからソルフィーナを救わんと、英雄のように美貌のジェインが跪きプロポーズした。


 そして、ソルフィーナは勇気を出してダグラスから離れ、愛するジェインの前に立った。


 貴族令嬢は、まるで美しい物語を切り取ったようなジェインとソルフィーナの二人に、熱いため息を吐いた。

 この後は、ジェインとソルフィーナはひしと抱き合い、もしかしたら口づけまでして、愛を確かめ合うのでは!? と期待に目を爛々と輝かせた。


 誰もが、ソルフィーナがジェインのその手を取ると疑わなかった。


 しかし。


「本当に無理です! 絶対に嫌です! 心からお断りします!」


 ソルフィーナは、顔に思いっきり嫌悪を浮かべて、鳥肌の立った腕をさすりながらはっきりと言った。


   ◆


(本当に無理! 本当に気持ち悪い! 本当に嫌い!)


「フッ……。ソルフィーナ、周りを見てごらん。みんなが僕達が結ばれることを望んでいるよ。さあ、素直に僕の胸においで」

 ぞわぞわと気持ち悪さに鳥肌が止まらない私に気づくこともなく、ジェイン様は穏やかに微笑むと立ち上がり、さっさと来いとばかりに両腕を広げた。


 その微笑みは、おとなしい私なら人の目を気にして従うだろうと馬鹿にする気持ちが透けて見える笑みだった。


 ジェイン様は、昔からずっとそうだ。


 彼と初めて会ったのは五歳の時。

 確かに綺麗な男の子だと思ったけど、それ以上に私を自分より下に見ているのがわかって不快だった。


 とはいえ、すぐ隣の領地で年も同じだったから、嫌でも交流が多かった。

 当時の私は、今よりも内向的で、その上病弱でガリガリに痩せていた。


「ソルフィーナは、まるで骸骨がドレスを着ているようだね」

 その優しげな顔で、柔らかな口調で、平気で人を傷つける言葉を息をするように吐く。


「こんなみっともない君だけど、可哀想だから僕は一緒にいてあげるよ。だから、なんでも言うことを聞くんだよ? それくらいしか君には価値がないんだからね」

 そして、ジェイン様は自分の言うことをなんでも聞くように私を誘導した。


 幸い、本好きな私は同年代の子供より様々な知識があったから、すぐにそれはおかしいと気づいた。

 しかし、相手は身分の上の伯爵令息で、助け合う必要のある隣の領地だ。

 私は、当たり障りなく付き合うしかなかった……。




「ソルフィーナ、大丈夫だ」

 すぐに、ダグラス様は私を抱きしめ私の背中をトントンと宥めた。

 私は気持ちを落ち着けるように、ダグラス様の逞しい胸に顔を埋め、お日様のような優しい匂いをスンスンと嗅いだ。


「あ、あの、マッカル子爵令嬢はヴァラッド辺境伯令息に虐げられているのですよね?」

 そんな私達の様子に、近くにいたクラスメイトの令嬢が恐る恐るというように、しかしど直球で尋ねた。


「虐げられてなどいません。いつも、ダグラス様には大切にしていただいてます」

 私は、何度も言った言葉を伝えた。


「そんなわけありませんわ!」

「ヴァラッド様に脅されておられるのですね」

「お可哀想に」


 案の定、いつもの言葉が続いた。

 どうしても、この儚げで幸薄そうな顔は、何もないのに虐げられているように、微笑めば健気に耐えているように見えてしまうようだ。


 しかも、筋骨隆々で威圧感のある大柄なダグラス様と華奢で儚げな私が並ぶと、互いが互いの相乗効果となって、ダグラス様はより凶悪に、私は悲劇の令嬢に、その印象が倍増した。


 いくら否定しても伝わらないし、言えば言うほど脅されているのではと疑惑が膨らんでしまう悪循環。

 最終的には、一言だけ否定するのが一番ベストという結論となり、我慢するしかなかった。


「この前だって、カフェテラスで私達と楽しくおしゃべりしていたところを、ヴァラッド様がソルフィーナ様に怒鳴っていましたわ」

「そうよ。強引に連れて行ってしまったわ」

「私達、ソルフィーナ様とお話ししたいことがまだありましたのに」

「ええ。ひどいですわ」

 先日、私とカフェテラスにいた令嬢方が姦しく騒いだ。


「違います。ダグラス様は、私が困っていたのを助けてくださったのです」


 あの日、私は大事な商談の約束があった。

 それなのに、ほんの五分だからと令嬢達に無理矢理カフェテラスに連れて行かれ、帰してもらうことができなかったのだ。


 子爵家は確かに災害で打撃を受けたが、半年ほど前に真珠の養殖に成功して一気に有名になった。

 誰もが、美しい真珠を手に入れようと躍起になり、それは私をカフェテラスに連れ出した令嬢達も同じだった。


 しかも、令嬢達は私より高位の公爵家や侯爵家の令嬢も含まれていたため、無下にもできずほとほと困り果てていた。

 ダグラス様は、それを私の友人から聞いて助けに来てくれたのだ。


 あのカフェテラスでのダグラス様の言葉は、「おい! いつまでこんな所にいるつもりだ!?(早く行かないと大変だろう?)」という私を心配するものだった。

 まあ、確かに少しダグラス様は言葉足らずな部分があるかもしれないが、私には彼の優しい心の声がいつも伝わるのでまったく問題ない。


 ダグラス様は私の腕を取って立たせてくれて、手を引いて急いで商談の店まで送ってくれたのが真相だった。


 私は、高位の彼女達を責めていると受け取られないように丁寧な言葉で、しかし、本当にあの時は困っていたこと、ダグラス様に助けられたことをしっかり伝えた。


「で、でも、ソルフィーナ様は無理矢理ヴァラッド様と婚約させられたのでしょう?」

「そうですわ。ソルフィーナ様はジェイン様を想っていて、ご婚約されるはずだったのでしょう?」

「ソルフィーナ様の初恋はジェイン様だと聞いたことがございますわ」

 さすがに令嬢達も、強引だった自覚はあったようで、誤魔化すように捲し立てた。


 これこそ、私の頭を悩ませる嫌な噂トップスリーだった。


「まず、私がジェイン様を慕っていたという事実は一切ございません」

 むしろ、ゴキブリより嫌いなくらいだ。


「ジェイン様、私があなたのことをお好きだと一言でも言ったことはありますか?」

 私だけの言葉では、また違うように取られてしまうので、あえてジェイン様に問いかけた。


「ああ、ソルフィーナは恥ずかしがり屋さんだからね」

 さすがに嘘を吐くのは、彼のプライドが許さなかったようだ。はっきりと否定はしないが、肯定もしなかった。

 しかし、それでも周囲には充分伝わったようだ。


「それから、私の初恋はジェイン様ではなくダグラス様です」

 本人の前で言うのは恥ずかしかったが、チラとダグラス様を見て言った。

 お互い、顔がカカカと赤く染まる。


 ダグラス様のお母様と、私のお母様は友人同士で交流があった。

 私がジェイン様の相手で疲れてしまっていたので、お母様が気分転換にと、ダグラス様のお母様に頼んで、ダグラス様を連れて遊びに来てもらったのがきっかけだった。


 初めて会った時、ダグラス様は大きなガマガエルを私にプレゼントしようとした。

 それはダグラス様の宝物だったのに、いや、だからこそ大切な物だから私にくれようとしたのだ。


 しかし、私は顔ほど大きなガマガエルに驚いて悲鳴をあげてしまった。

 その声に驚いたガマガエルがビヨンとダグラス様の手から、運悪く私の顔に飛んできて大騒ぎになった。


 それが原因か、いつもの熱かはわからないが、私は寝込むことになるのだが、ダグラス様は毎日お見舞いに訪れてくれた。

 無口でぶっきらぼうだけど、いつも自分で摘んできた可愛らしい花束を私にプレゼントする彼の姿に、私はキュンとした。


 私の初恋だった。


 同年代の子供達より体が大きく力の強い彼は、怖がられて距離を置かれてしまうらしく、普通に接する私に好意を持ってくれたそうだ。


 私は彼に相応しい女の子になるために努力した。

 ダグラス様のお母様に教わって体を鍛えて、だんだん体も丈夫になり、十二歳くらいになると、ガリガリに痩せていた体も女の子らしい丸みを帯びるようになった。


「ああ。でも、少しだけ真実があります。私は、ジェイン様と婚約するはずだったのではなく、婚約をしていました」

 まさかの事実に周りが騒めいた。


「ただ、モストン伯爵家の方から婚約破棄されましたが」

 しかし、次に続いた私の言葉にシンと静まり返った。


「モストン伯爵家は、子爵領が災害に遭うと、すぐに婚約を白紙にされました。そうですわよね? ジェイン様」

「いや、それは、まあ、そんなこともあったかもしれないかな」

 ジェイン様はもごもごと言い淀み、曖昧に微笑んで濁した。


 あの時を思い出すと、腹が立って仕方ない。


 私が健康になり、デビュタントでも妖精のようだと評判になると、途端にジェイン様は「僕に相応しくなるためにがんばったんだね」などと、わけのわからないことを言い始めて、爵位が上なのをいいことに強引に婚約を結んでしまった。


 しかし、子爵領が局地的豪雨で大打撃を受けると、隣の領地で、しかも婚約者の領地だというのに、なんの救援もせず一方的に婚約を白紙にしてきたのだ。

 私は、家のためならと我慢して婚約を受け入れてきた。

 それが、最も必要な時に打ち捨てられた悔しさは一生忘れないだろう。


 周りの貴族達が、ヒソヒソとモストン伯爵家の心無い仕打ちにみんなが囁き合う。

 モストン伯爵夫妻は、まずいという顔をしてコソコソとこの場から去って行った。


「で、では、ヴァラッド辺境伯家が無理に婚約を結んだというお話は?」

「もちろん、違います。ヴァラッド辺境伯家は、すぐに救援物資を送ってくれたうえに、騎士の皆様まで派遣してくださいました。ダグラス様も率先して助けに来てくださいましたが、それに対して代価を求められたことはありません」


 本当に大変な時に、ヴァラッド辺境伯家から必要な物が次々と送られてきて、それだけでなくダグラス様自ら、すぐに騎士達を引き連れて領地に来てくれた。


 泥だらけになりながら、行方不明者を探したり、倒壊した家屋の撤去をしたり、感謝しても仕切れないほどだった。

 しかも、辺境伯夫妻もダグラス様も、困った時はお互い様だと恩に着せることはなかった。


「では、なぜヴァラッド様と婚約を?」

「私の方から、プロポーズいたしました」


 もう、こんな窮地に颯爽と助けに来てくれて、優しくされて、真摯で頼もしいその姿に、我慢などできるわけもなかった。

 ダグラス様のことが好きで好きでどうしようもなく、私の方から告白して、その勢いのままプロポーズまでしてしまったのだ。


「いや、俺からもプロポーズした」

 後日、改めてダグラス様が婚約の指輪と共にプロポーズしてくれたことを、ダグラス様は律儀に申告した。


「本当に嬉しかったです」

「俺も、ソルフィーナと婚約できて嬉しかった」

 私達は微笑み合った。


「じゃ、じゃあ、なんで舞踏会では、あんな目も合わせないし、ダンスもひどいんですか!? お茶会だって、いつもソルフィーナ様は一人ですわ」

 どうにか、私とジェイン様をくっつけたい周囲はそうだそうだ、やっぱり脅されて……と始まった。


「ただでさえソルフィーナは愛らしく可愛らしいのに、舞踏会ではそこに可憐で美しいまで加わるんだぞ!? まともに顔を見られるか! だいたい、俺がソルフィーナの方を向いたら、この身長差だぞ。その、ソルフィーナの胸元が見えてしまうだろう!?」

 彼は見た目とは違って、素敵なシャイボーイだった。


 私は、婚約しているのだから多少の触れ合いはいいのではと思うのだけど、ダグラス様は私を大切にしたいと言って、イチャイチャは結婚してからと断固譲らなかった。


「ダンスは苦手で、あれが精一杯だ! 悪いか!?」

 顔を真っ赤にして、ダグラス様は吠えた。


 ダグラス様は地声が大きいから、普通に話していても怒鳴っているように聞こえてしまいがちだ。

 しかし、その言葉はいつも優しさに溢れていて、私はいつも顔が微笑んでしまうのだ。


 ダンスだって本当に壊滅的に苦手なのに、彼と踊りたいという私のわがままを聞いて、踊ってくれていた。

 はたから見ると振り回しているように見えているかもしれないが、私はとても楽しんでいるので余計なお世話だ。


「定例のお茶会ですが、ダグラス様は忙しい中、私の好きな料理やケーキのお店を、いつも探して予約してくださっています。ただ、辺境伯家は騎士として国境で何か異変があった場合は、向かわなくてはなりません。確かに来られないこともあります」

 それは、仕方がないことだ。

 周囲の貴族達も、ああと言うように納得した。


「しかし、一人で食事やお茶をしたことはありません。ダグラス様は私が寂しくないようにと、私と仲の良い女性の騎士を護衛に送ってくださって、一緒に料理やお茶を楽しんでいました」


 私がそう言うと、思い当たった貴族達があっという顔をした。

 彼らは、護衛や使用人達を一人の人間と認識せず、いたのにいない者として見ていたのだろう。

 しかし私に言われて、そういえば毎回誰かしらがいたことを改めて思い出したようだ。

 

「私が愛しているのは、過去も今も未来もダグラス様お一人です」

 私は愛しげにダグラス様を見つめて言った。


「ジェイン様、二度とあなたと婚約するつもりはありません」

 そして、きっぱりとジェイン様のプロポーズを断った。




「そろそろよろしいかしら?」

 優雅で柔らかいが、有無を言わさない濃縮した圧力を感じさせる声が響いた。

 私達は、ハッとしてすぐに壇上に向かって最高礼を執った。


「楽になさって?」

 壇上では、豪華な椅子に座った陛下、王太子殿下、第二王子殿下、側室様が揃っている。

 それは、そうだ。今は、王宮での舞踏会の最中なのだ。


 王妃殿下は優雅に一歩前に出て、緩やかな笑顔を浮かべた。

 だがしかし、その目はひんやり極寒で、その後ろには今にも雷が鳴りそうな黒々とした雲が見える気がした。


「私の主催した舞踏会で、とても素敵な余興ですこと。ね? ジェイン・モストン伯爵令息?」

 名前を呼ばれたジェイン様はビクッと飛び上がったが、周りの貴族達に生け贄のように押し出されて、王妃殿下の壇下に跪いた。


「こ、これは、事前に許可を」

「まあ、誰に? 私、聞いておりませんわ。私が主催の舞踏会ですのに不思議ですこと。ね? 陛下? 王太子殿下?」

 愉快そうにコロコロ笑う王妃殿下の声は、まるで虎の唸り声に聞こえた。


「あ、ああ」

「は、はい。王妃殿下」

 豪華な椅子に座っておられる陛下と王太子殿下は、判決を待つ囚人のように小さく身を震わせて小さく返事を返した。

 側室様も顔色を悪くして俯いていた。


「そんな、ユリシス。お前が大丈夫って言ったんじゃないか!?」

 ジェイン様が、狼狽えたように王太子殿下に怒鳴った。


「わ、私は知らない」

 王太子殿下とジェイン様が親友であることは、誰もが知っていることだ。


 王太子殿下が、率先して私と親友のジェイン様をくっつけようとするからこそ、周りも気楽に婚約破棄を応援できていたのだ。


 普通だったら、たとえ婚約者と不仲だったとしても暗黙の了解で周りは見て見ぬふりをして、こんなに盛り上がるわけがない。


「そんな! 僕とソルフィーナが結婚したら、アンジュを領地の別邸に住まわせて、ユリシスとの関係を続けられるようにするから、その代わり、この騒ぎもなかったことにしてくれるって約束だったろ!?」

 ジェイン様は、とんでもないことを暴露した。


 この国では、無駄な争いを避けるために長子を王位に就けることが決まっていた。

 だというのに、陛下が側室様を結婚前に妊娠させてしまい、王妃殿下がお生みになった第二王子ではなく、長子であるユリシス様を王太子とするしかなくなってしまったのだ。

 王太子殿下は、その側室様が御生母だった。


 二度とこんなことが起きないように、法律で側室も愛人も認めないと定められた。

 それなのに、王太子殿下は愛人を持とうとしていたことが衆目にばれた。


「お前! なんでここでばらすんだ!?」

 王太子殿下は焦ったように壇下に駆け降りると、ジェイン様の胸ぐらを掴んだ。


「ユリシスが先に裏切ったんだろ!? アンジュと別れたくないから助けてくれって言ったくせに」

「ちょっと、私の名前を出さないでよ! 私は関係ないわ!」

 ギャーギャーと騒ぐ、ジェイン様と王太子殿下、アンジュ様に、王妃殿下はバシリと扇子を鳴らした。


「王太子殿下、そこの男爵令嬢とは別れたはずでは?」

「は、はい。もちろんです」

「は!? お腹の子供はどうするのよ!?」

 どうやら、親子二代でやらかしたようだ。


「そんなの、ジェインの子かもしれないだろ!?」

「ジェインには、そこまで許してないわよ!」

 驚いたことに、アンジュ様はジェイン様と王太子殿下のお二人と関係があって、しかも彼らはそれを良しとしていると?

 あんまりなことに頭がクラクラした。


 ジェイン様が私にこだわっていたのは、子爵領が真珠で有名になったからだと思っていた。

 しかし、それだけではなく、結婚後もアンジュ様を別邸に住まわせて関係を続けたとしても、おとなしい私なら丸め込めると画策されていたようだ。

 で、王太子殿下も噛んでいたと……。


「ソルフィーナ。あいつら、まとめて殴って捨てるか?」

 ダグラス様は剣呑な目で、再びギャンギャン騒ぐ三人を睨んだ。


「ありがとうございます。でも、それには及びません。相応しい方が、まとめて始末してくださるかと思います」


 涼やかな風が過ぎたように、するすると一人の令嬢が前に進み出た。

 絹糸のような艶やかな銀の髪に、紺青の理知的な瞳。凛とした美貌の公爵令嬢。


 ルーディア・レイン。


 彼女は、王太子殿下の婚約者だった。


「王妃殿下、発言をお許し願えますか?」

 王妃殿下と同じ、穏やかで柔らかな声が響いた。

 もちろん、濃縮された圧力が込められている。 


「もちろん、許しましょう」

 王妃殿下は、鷹揚に頷いた。

 ルーディア様は、王妃殿下の親戚でもあった。


「王太子殿下との婚約を破棄してくださいませ」

「そ、そんな! 待ってくれ。ルーディア! それでは王位が!」

 焦ったように王太子殿下は、ルーディア様に縋りついた。


「ええ。レイン公爵家と王妃殿下は、私と結婚した者が次の国王になることを条件に、側室腹のあなたが王太子の座に就くことを許したのですものね。婚約破棄をしたら、あなたが国王になることは当然なくなりますわ」

 ルーディア様は、猫がネズミを前にしたようにその目を愉悦に細めた。


「王位を捨ててまで、アンジュさんをお選びになったのでしょう? とても、素敵。まるで物語のようね。ね? 皆様、そう思うでしょう?」

 ルーディア様は、まるで舞台女優のように艶然と微笑むと、この場にいる貴族達に同意を求めた。

 もちろん、貴族たるもの流れと権力は上手に見極める。


「素晴らしい! 王太子殿下は、愛を貫かれた」

「アンジュ嬢と末長くお幸せに」

「おめでとうございます!」

 みんなは、真っ青な顔で狼狽える王太子殿下とアンジュ様に盛大な拍手を送った。


「ち、違う。私は、ルーディアと結婚して国王に」

「ルーディアがいいなら、私も構わないわ。それなら、ルーディアは第二王子と婚約するのはどうかしら?」

 王妃殿下は、王太子殿下の言葉をさらりと遮るとニコリと微笑んだ。


「はい。喜んでお受けいたします」

 ルーディア様は、その白皙の美貌をほんのり赤らめて壇上に座る第二王子殿下を見上げた。


 その視線を受けて、第二王子殿下は王者の風格を持って悠然と壇下に降りた。

 そして、ルーディア様のその手に口づけ、二人は幸せそうに微笑み合った。


「さあ、余興はここまでにいたしましょう。みなさま、私の舞踏会を楽しんで!」

 王妃殿下が晴れやかに宣言すると、狙い澄ましたように宮廷楽団が軽やかな音楽を奏でた。


 貴族達は、各々のパートナーの手を取ると音楽に合わせて予定調和のように踊り始めた。

 もちろん、私もダグラス様と踊った。


 道端の石ころのように、王太子殿下とアンジュ様、そしてジェイン様はいないものとして、舞踏会はいつものように華やかな時間を紡ぎ始めるのだった。


   ◆


 その後、王太子殿下は廃嫡され、平民に落とされたそうだ。


 アンジュ様が産んだ赤ちゃんは、元王太子殿下とジェイン様、アンジュ様とも違う髪色と瞳の色だったと風の噂で聞いた。

 どうやら、アンジュ様はジェイン様達の他にも関係のある方がたくさんいたようだ。

 お腹の赤ちゃんは誰の子がわからないまま、母子一緒に修道院に送られたそうだ。


 ちなみに、あの迷惑なプロポーズ大作戦に陛下と側室も関わっていたようで、ひっそりと療養の名目で辺境の地に追いやられたと、本当についでのように教えてもらった。


 そして、ジェイン様だが、王妃殿下の舞踏会で騒ぎを起こしたとして身分を剥奪され国外追放となった。

 本来だったら謹慎くらいの処罰だったろうが、他にも婚約者のいる私への名誉毀損、脅迫、精神的苦痛、など諸々の余罪を付けて随分と重い処罰となった。


 これについては王妃殿下が、あの場できっぱりジェイン様を振ったことへのお礼として、国外にポイしてくれたようだ。

 もし、あの場で私がジェイン様と結ばれてしまったら、一気に祝福モードになって王太子達をこうも綺麗に一掃することは難しかったと、後日、王妃殿下のお茶会でこっそり感謝を伝えられた。


 そしてモストン伯爵家は、私と子爵領にした仕打ちから貴族達の信頼を失って、社交界から爪弾きにされ領地に引きこもっているそうだ。




 そして、私はと言うと――。


「ダグラス様。まだ式も始まってませんのに、泣きすぎです」

「ソ、ソル、フィーナ、が、き、綺麗だし、嬉、しいし、愛しさ、が、溢れて、な、涙が、止まらん〜〜〜」


 私のウェディング姿を前に感極まって、花嫁の父より大泣きしているダグラス様の涙を、私は笑いながらハンカチで拭っていた。


 窓の外では、ふわりと柔らかな風が吹き、小さな淡いピンクの花びらが揺れた。

 

お読みくださり、ありがとうございます。

おもしろかったと思っていただけましたら、ぜひお星さまをポチッとお願いします ♪


☆コミカライズのお知らせ☆

『私の人生にあなたは必要ありません〜婚約破棄をしたので思うように生きようと思います~ 』がコミカライズされました!

7/3 (金) よりシーモア先行配信中です。

作画はちゃま先生です。


オリジナルの部分もあって、原作とはまた違ったコミカライズの世界を楽しめます o(^▽^)o

ぜひ読んでいただけましたら嬉しいです ♪

URL

→https://www.cmoa.jp/title/345346/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いいですね。 柔と剛と定番な話ながらも綺麗に裏に隠された部分が現になるにつれ立場が逆転していく流れは読んでいて面白かったです。 こういう話は一つ一つの表の設定と裏の設定を噛み合わせないと行けないから大…
壇上は「壇」なのに壇下は「檀」になってる
ダンスで顔も合わせなかった理由を聞いて、なんとも微笑ましい紳士だなあとほっこり。 あったかい家庭を作ってくださいませ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ