5話「君は、誰だ」
違和感は、すぐに来た。
じわじわじゃない。
はっきりと。
目の前で。
「……で、どうする?」
サチが言う。
声は、いつも通り。
落ち着いてる。
冷静で、無駄がない。
でも。
ナオは、眉をひそめた。
「……何がだ」
「次の動きよ」
サチは当然のように言う。
「このまま黙ってても、またゲームが始まる」
「それまでに、整理しておいた方がいい」
正しい……完全に。
何も間違ってない。
なのに。
ナオは、妙な引っかかりを感じていた。
「……お前」
一歩、近づく。
サチは、ほんの少しだけ警戒したように目を細める。
その反応。
それがもう、おかしい。
「何?」
「いや……」
ナオは言葉を探す。
違う。
こんな距離感じゃなかった。
さっきまで。
もっと前から。
――もっと近かったはずだ。
今のこいつは。
「……誰だよ、お前」
ぽつりと、こぼれた。
サチの表情が、わずかに動く。
「……は?」
「意味分からないんだけど」
即答。
迷いなし。
その反応に。
ナオの中で、何かが決定的にズレた。
「いや」
ナオは首を振る。
「違う」
「そういう意味じゃなくて――」
言葉が、続かない。
うまく説明できない。
ただ、確実に。
「……お前、俺のこと」
「そんな目で見てなかっただろ」
沈黙。
サチは、ナオを見る。
まっすぐに。
少しだけ、眉を寄せて。
「……初対面に見える?」
その一言でナオの中の何かが音を立てて崩れた。
「……は?」
「だから」
サチは繰り返す。
「私たち、初対面でしょ?」
空気が止まる。
ナオは、何も言えなかった。
というより言葉が、出てこない。
そんなはずがない。
さっきまで。
あれだけやり取りして。
殺し合って。
組んで。
なのに。
「……覚えてないのか」
やっと、それだけ出た。
サチは少し考える。
ほんの数秒。
「何を?」
完全に、抜けている。
ナオは目を閉じた。
理解する。
あのとき。
サチが失った記憶。
それは――
自分との関係だ。
「……クソ」
小さく吐き捨てるとサチが眉をひそめる。
「何?」
「いや……」
ナオは首を振る。
言っても意味がない。
今のこいつには。
全部、初めてだ。
「……状況整理するぞ」
ナオは言う。
「お前、名前は?」
「サチ」
「ナオだ」
「知ってる」
「さっき言ってたでしょ」
淡々と返される。
距離は完全に、他人だ。
ナオは奥歯を噛む。
……これが、このゲームか。
勝つたびに。
削られる。
関係が。
積み上げたものが。
「……最悪だな」
「同感」
サチは軽く頷く。
その仕草。
どこかで見たはずなのに。
もう、それすら曖昧だ。
『次のゲームを開始します』
声。
まただ。
間を与えない。
『第四ゲーム。「選択の重さ」』
ナオは顔を上げる。
サチも同じ。
『ルールを説明します』
床に光が走る。
今度は、二つの円が向かい合うように。
『各プレイヤーは、互いに一つ質問を行います』
『質問に対して、必ず回答してください』
『ただし』
一瞬の間。
『嘘をついた場合、“最も大切な記憶”が消去されます』
ナオは息を止める。
……来たな。
核心。
「……最も大切……か」
ナオは呟く。
「分かるのかよ、そんなの」
「分かるんでしょ」
サチが言う。
「このゲームは、そういうの外さない」
ナオは小さく笑う。
確かに。
今まで外してない。
嫌になるくらい、正確に削ってくる。
『質問を開始してください』
沈黙してしまう。
ナオとサチが、向かい合う。
距離が近い。
でも……遠い。
さっきより、明らかに。
「……じゃあ、俺からだ」
ナオは言う。
サチが頷く。
「どうぞ」
ナオは一瞬だけ迷う。
何を聞く?
何を確かめる?
そして。
決める!
「……お前」
間がある。
「俺のこと、どう思ってる?」
サチは、少しだけ驚いた顔をする。
「……は?」
「質問、それ?」
「ああ」
ナオは頷く。
サチは考える。
ほんの数秒。
そして。
「……正直に言うわよ」
「言え」
「危ない人」
即答だった。
「頭が回るし、躊躇がない」
「味方にすると厄介」
「でも」
「敵にすると、もっと厄介」
ナオは、何も言えなかった。
正確だ完璧に。
でも。
それだけだ。
それ以上が、ない。
ナオは、小さく息を吐く。
「……そうかよ」
「次、私」
サチが言う。
ナオは頷く。
「来い」
サチは、まっすぐナオを見る。
その目は冷静で。
計算していて。
そして――
「ナオ」
少し躊躇も見られる。
「私たち、前に会ったことある?」
ナオは、止まる。
その質問。
直球で逃げ場なし。
嘘をつけば何かが消える。
本当を言えば……何かが壊れる。
ナオは、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
「……ある」
そう答えた。
サチの目が、わずかに揺れる。
「……どこで?」
「分からない」
ナオは続ける。
「でも」
「何度も会ってる気がする」
沈黙。
サチは、ナオを見ている。
じっと深く。
そして。
「……そう」
小さく呟いた。
その声は。
ほんの少しだけ。
さっきより、柔らかかった。
『判定を行います』
ナオは目を閉じる。
嘘はついていない。
大丈夫なはずだ。
『両者、真実を確認』
ナオはゆっくり目を開ける。
サチを見る。
サチも、こちらを見ていた。
その距離がほんの少しだけ。
縮まっていた……気がした。
ナオは、小さく息を吐く。
まだ、全部じゃない。
少しだけ戻った。
……かもしれない。




