2話「誰を選ぶ?」
白い空間は、そのままだった。
何も変わっていない。
ただ――ひとり、いない。
さっきまで、確かにそこにいたはずの男。
名前も、顔も。
……思い出せない。
ナオは眉をひそめた。
「……おかしいだろ」
自分の口から出た声が、少しだけ掠れている。
「消えたやつ……覚えてるか?」
誰も答えない。
沈黙。
いや、違う。
答えられない。
それが分かる。
「顔、思い出せねえんだけど」
別の男が言う。
苛立ちと、焦りが混ざった声。
「私も……だ」
女のひとりが、小さく呟く。
ナオはゆっくりと息を吐いた。
記憶が消える。
違う。
削られてる。
雑に。
乱暴に。
「……さっきの」
ナオは言う。
「流れ込んできたやつ」
サチが、わずかに頷いた。
「他人の記憶」
「多分」
「……多分って」
ナオは顔をしかめる。
「確定じゃないのかよ」
「断定できるほど、優しくないでしょ。このゲーム」
即答だった。
その言い方に、引っかかる。
ナオはサチを見る。
「……慣れてるな」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、サチの視線が揺れた。
すぐに戻る。
「そう見える?」
「見える」
「気のせいじゃない?」
軽く流された。
けど、違う。
こいつ何か知ってる。
もしかして……
“経験してる”?
そこまで考えて、ナオは思考を止めた。
今はそれどころじゃない。
『次のゲームを開始します』
天井からの声。
間を与えない。
息を整える暇もない。
『第二ゲーム。「多数決の空白」』
「……またかよ」
男が舌打ちする。
『ルールを説明します』
床に円が浮かび上がる。
淡い光。
その中に、四つの位置。
自動的に、足が動いた。
……いや、動かされた。
ナオは舌打ちをこらえる。
『各プレイヤーは、1名を選択してください』
『選ばれた者が“最多”となった場合、その者は排除されます』
空気が凍る。
「は?」
「ちょっと待て……」
『なお、選択は非公開です』
『ただし――』
一瞬の間。
『誰が誰に投票したかは、結果として開示されます』
ナオは目を細める。
最悪だな。
完全な信頼破壊ゲーム。
「つまり……」
男が言う。
「一番票が集まったやつは、死ぬってことか」
「そうなるな」
ナオは答える。
「で、誰が誰に入れたかはバレる」
「ふざけてんのか……」
女が吐き捨てる。
「じゃあどうすんだよ」
沈黙。
誰も口を開かない。
当たり前だ。
今ここで“名前を出す”ってことは――
敵を作るってことだ。
ナオはゆっくりと周囲を見る。
3人。
さっきより少ない。
当然だ。
けど。
減った実感が、薄い。
……気持ち悪い。
「……全員バラければいい」
ナオが言う。
全員がこちらを見る。
「票が分散すれば、最多は出ない」
「同数ならどうなるかは分からないが……少なくとも集中は避けられる」
「……確かに」
男が頷く。
「じゃあそれで――」
「無理でしょ」
サチが割って入る。
あっさりと。
「は?」
「この人数で完全にバラける保証ある?」
ナオは黙る。
「誰か二人が同じやつ選んだら終わり」
「……それは」
「それに」
サチは続ける。
「“誰に入れるか言わない”ってことは、信用できないってことでしょ」
空気が重くなる。
「結局、疑い合いになる」
「さっきより、ずっと悪い」
ナオは息を吐く。
……その通りだ。
「じゃあどうすんだよ」
男が苛立つ。
「誰か一人決めるのか?」
その言葉。
一瞬、空気が止まる。
ナオは目を細める。
……来たな。
この流れ。
自然に“犠牲者を決める”方向に誘導されてる。
気持ち悪いくらい、スムーズに。
「……なあ」
ナオはゆっくり言う。
「これ、本当に“最多だけ”か?」
「は?」
「ルール、ちゃんと聞いたか?」
全員が固まる。
ナオは続ける。
「“最多となった場合、排除”って言っただけだ」
「同数最多の場合は、どうなる?」
沈黙。
「……あ」
誰かが声を漏らす。
サチが、わずかに笑った。
「いいとこ見るじゃない」
ナオは視線を向ける。
「気づいてたな」
「まあね」
軽く返す。
……やっぱりだ。
こいつ、速い。
「つまり」
ナオは言う。
「全員同数にすれば、回避できる可能性がある」
「2対2でも、1対1対1対1でもいい」
「“最多が一人”じゃなければいい」
空気が少しだけ変わる。
希望。
……いや。
まだ薄い。
「でもよ」
男が言う。
「誰が誰に入れるか、結局分かるんだろ?」
「あとで揉めるだけじゃねえか」
「それも含めてゲームだろ」
ナオは短く答える。
そのとき。
サチが、ぽつりと言った。
「……ねえナオ」
「ん?」
「もしさ」
一拍。
「これ、“同数でも全員アウト”だったらどうする?」
空気が凍る。
ナオは、サチを見る。
その目。
試してる。
完全に。
ナオは、ゆっくりと口を開いた。
「そのときは」
一瞬。
「全員で外すしかないな」
「は?」
「投票しない」
沈黙。
「……そんなの」
「できるかよ」
男が言う。
ナオは肩をすくめる。
「できるかどうかじゃない」
「やるかどうかだ」
そのとき。
『選択を開始してください』
パネルが現れ、名前が並ぶ。
ナオは、指を止めた。
ほんの一瞬。
サチを見る。
目が合う。
――読めない。
こいつ、何考えてる?
ナオは、小さく息を吐く。
そして選択した。
静寂が重い、嫌になるくらい。
『結果を開示します』
全員が、顔を上げる。
その瞬間ナオは確信する。
このゲームは、さっきよりも――
人間を壊しにきている。




