1話「共有された嘘」
目が覚めたとき、ナオは自分がどこにいるのか分からなかった。
白い。
やけに白い。
床、壁、天井も、全部同じ色で塗り潰されている。
落ち着かない。
妙に息が詰まる。
窓はない。
時計もない。
音も――ない。
……いや。
違う。
気配だけは、ある。
目の前に、人がいる。
四人。
「……ここ、どこだよ」
誰かが言った。
男の声だった。
少しだけ、震えてる。
ナオはゆっくり顔を上げる。
視線を横に流す。
そこで止まった。
ひとりの女。
同じくらいの歳。
三十前後。
落ち着いた目をしてるくせに、妙に冷たい。
――知ってる。
……いや、違う。
そんなはずない。
でも、どこかで見た気がする。
胸の奥が、少しだけ軋んだ。
「……どこかで会ったことある?」
気づいたら口に出してた。
女は、ほんの少しだけ目を細める。
「さあ」
一拍。
「ないんじゃない?」
あっさり。
だけど、ほんの少しだけ間があった。
そのとき。
カチリ。
音。
全員が一斉に天井を見る。
黒い穴。
いつからあった?
『ゲームを開始します』
感情のない声。
スピーカーか。
それとも、もっと別の何か。
『第一ゲーム、共有された嘘』
次の瞬間。
ナオの手の中に、何かがある。
「……んっ?」
カード。
いつの間にか握っていた。
裏返す。
真の文字が1つだけ。
周りも一斉にざわつく音。
『全員、自身のカードを確認してください』
『カードには「真」または「嘘」と記されています』
ナオは顔を上げる。
誰がどっちかは分からない。
当たり前だ。
『これより、質問を提示します』
『あなたたちは――』
……静かな間がある。
わざとらしいくらいの間。
『このゲームを、理解していますか?』
「は……?」
思わず声が漏れる。
意味が分からない。
『回答はYESかNO』
『全員一致で回答してください』
……は?
理解しているかって。
そんなの――。
『「真」のカードを持つ者は正しい回答を選択すれば生存』
『「嘘」のカードを持つ者は誤った回答を選択すれば生存』
空気が変わる。
重くなる。
誰も動かない。
ナオはゆっくり周囲を見る。
四人。
誰が真で、誰が嘘かは分からない。
でも。
ひとつだけはっきりしてる。
全員、同じ答えを出さなきゃいけない。
なのに。
正解はバラバラ。
「……ふざけてるな」
小さく吐き出す。
「気づいた?」
さっきの女。
サチ……か。
「これ、全員生き残るゲームじゃないよ」
ナオは目を細める。
「最初から、何人か切る前提」
その通りだ。
……多分。
「ちょっと待てよ!」
別の男が割り込む。
「これ無理だろ!?」
「どうやって合わせんだよ!」
うるさい。
けど、間違ってない。
ナオは一度目を閉じる。
考える。
YESかNO。
全員一致。
真と嘘。
……どっち選んでも、誰か死ぬな。
クソみたいなゲームだ。
……いや。
待て。
引っかかる。
「……なあ」
ナオは顔を上げる。
「この質問、雑すぎないか」
「は?」
「“理解しているか”って、基準がない」
全員が黙る。
「全部理解してる必要はないだろ」
「少しでも分かってると思えばYESでもいい」
「逆に、分からない部分があるならNOでもいい」
沈黙。
「つまり」
息を吐く。
「どっちでもいける」
「YESでも、NOでも」
ざわめき。
「……マジかよ」
「じゃあ……」
「合わせられる?」
ナオは頷く。
「多分な」
サチを見る。
目が合う。
……こいつ、分かってるな。
ナオは少しだけ口元を歪める。
「NOでいく」
「“まだ理解してない”で統一」
「それなら両方成立する」
誰も反論しない。
余裕はないけど……やるしかない。
『回答を入力してください』
パネルが出る。
YES。
NO。
ナオはNOを押す。
迷いはない。
他も押していく。
静かだ。
妙に静かすぎる。
『全員一致を確認』
……よし。
少しだけ空気が緩む。
けど。
なんか、おかしい。
『判定を行います』
ナオは眉をひそめる。
違和感。
嫌な感じがする。
『――条件未達成者を排除します』
「は?」
その瞬間。
ひとりが、消えた。
何も残らない。
音もない。
気配ごと消えた。
「……は……?」
誰かが震える。
「なんでだよ……」
「成功しただろ……!」
ナオは動かない。
ただ、見ている。
その場所を。
そして。
頭の奥に、何かが流れ込む。
「……っ」
知らない景色。
知らない家。
知らない記憶。
……でも、感情だけは分かる。
後悔。
強烈な後悔。
ナオは息を詰まらせる。
「……今の……誰のだ」
サチを見る。
あいつも顔を歪めてる。
「……感じた?」
「……ああ」
一拍。
「敗者の記憶」
その一言で、全部繋がる。
ナオは拳を握る。
理解した。
このゲーム。
ただ生き残るだけじゃない。
勝つたびに。
「……削られるな」
人間が。
そのとき。
『第一ゲーム、終了』
『生存者、四名』
ナオはサチを見る。
サチも見ている。
言葉はいらない。
分かる。
ここから先は。
もっと、酷い。
ナオは息を吐く。
「……生き残るぞ」
サチは小さく笑う。
「当たり前でしょ」
その笑い方が、少しだけ――苦かった。




