16 自由
お父さんは、迷いない瞳で、まっすぐに私を見つめる。その瞳に映る姿が見えた。それが愛なのか、ヒトミなのか、私にはわからずにいる中、お父さんははっきりと言い放った。
「愛は、死んだんだ」
胸の奥が、沸騰しそうだ。
こんな烈しい思いに駆られるのは今日だけで二度目だ。だけどさっきの重くて寒い感情とは真逆だ。今湧き上がっているこの感情は虚しさじゃない。もっと熱く、荒々しいもの。
「どうして……どうしてお父さんが、そんなことを……?」
昔、親類から『愛のために尽くせ』と命じられて、それに怒ってくれたのはお父さんだ。
でも、物心ついた頃の私に『クローンとして、オリジナルを支えてやれ』と言ったのも、お父さんだ。愛の助けになるために、愛以上に厳しいスポーツ指導や学習指導を課したのもお父さんだ。
私を『愛の影』に仕立て上げたのは、この目の前にいるお父さんだ。
そのお父さんが、いきなり私を『解放』すると言っている。
他のクローンの人たちは、こんなことを言われたらどう思うんだろう。喜ぶんだろうか。戸惑うんだろうか。私は……熱い何かが胸の奥で渦巻いている。。
「縛られすぎてるって、何……ですか。だって、そうしろってお父さんが……」
「ああ、そうだな。だがもう自由になってもいい。そうだろう」
「私は……それ以外、教わっていない。いきなり違うことをしろって言われても……わかりません」
そして、見つけたところで、受け入れられないということを、知っている。あの頃、誰も愛の後ろにいる私を見なかったことで、十分に理解している。
『自由』という名目で放り出されたところで、どこにも行けないし、何もできやしない。
「私を解放してあげることで、お父さんは気分がいいでしょう。だけど、私はそう簡単に切り替えて考えるなんて、できないんです。私だって……」
「私だって? 何だ?」
私だって、もっと他のことをやりたいと思っている。
だけど今、色んな思いが結びついた気がした。同じように育ったのに『愛』と区別されること。『愛』が手に入れられて、私は手に入れられないものがたくさんあること。同じ遺伝子の同一人物のはずなのに、二人の間に確かにあった従属関係。
それらに対する違和感や不条理や理不尽。
ずっと、もやもやするばかりで正体がつかめなかった。だけど皮肉なことに、解放すると言われて、初めてわかった。
自由とは、なんて怖いんだろう。そしてなんて、無責任な言葉なんだろう。
気付けば、頬が熱かった。火の玉みたいに涙が熱くて、幾筋も顔を燃やしていくようだった。握りしめた拳は気付けば震えて、解けなくなっていた。
それを見て、お父さんは言葉を飲み込んでいた。何かあるなら、命令してくれればいいのに、しなかった。
ただ、ぽつりと尋ねてきた。
「一つ聞くが……昼間一緒にいたのは、誰だ?」




