14 心配
お母さんは、愛を心配するあまり、何をするかわからない時がある。ちょうど一昨日のように。私を愛と勘違いすることで少しでも穏やかでいられるなら、その方がいい。もっとも、勘違いしているために暴走してしまうようなことも、あるのだけど。それこそ、一昨日のように。
「昔は、俺の秘書として頼りにしていた人だったんだが、愛のことがあってから……な」
愛がいなくなって憔悴しきったお母さんは、愛が生きている幻覚を見るようになった。もちろんそれは幻覚じゃなく、生きている私なのだけど。そこまで苦しんでいるお母さんに、お父さんは遂に仕事をやめるよう説得したのだった。
「仕方ない……です。お母さん、自分まで死んじゃいそうなくらい、悲しんでました。ゆっくりした方がいいって、お父さんの判断は正しかったと思います」
「だがそのせいで、負担がお前にばかりかかってはな……ヘルパーかハウスキーパーの数を増やそうか」
「たぶん、多少なりとも自分でお料理したりお掃除したり……家のことをやることで気が紛れているみたいだから、家事まで取り上げちゃうのは良くないと、思います」
「そうか……お前がそう言うなら、そうしよう」
お父さんと話すのは緊張する。だけど同時に、安心感もある。お母さんのように、いつスイッチが切り替わるかわからない危機感がない。落ち着いて、順序立てて話せば聞いてくれるという、安心感だ。
「あの、もう一つ……一昨日、友達の家に泊まれるように説得してくれて、ありがとう」
「……ああ」
ヘルパーさんが迎えに来た時、お母さんは普通に戻っていた。この場合の『普通』は、私をヒトミだと認識している状態のこと。だけどいつ、スイッチが切り替わって愛と間違えるようになるか、読めない。時間が経てば、あるいは誰かが『愛』の名前を口にした時か……今のところ、法則はわからない。
あの日だって、帰り道でまた騒ぎ出してもおかしくなかった。そうなれば、私があの別荘に泊まるなんて言った瞬間に怒鳴り込んでくる可能性だってあった。お父さんが上手くタイミングを見計らって伝えてくれたおかげで、無事にお泊まり会を決行できたのだ。
そう思って深々と頭を下げると、何故かお父さんはまた顔を逸らせてしまった。そんなに、大変だったんだろうか。
「あの……次はもっと早く、相談するから……」
「また泊まりで行くのか!?」
がばっと振り向いて、鋭い声が飛んできた。さっきまでとは大きく違う、剣呑な顔が、コチラに向いていた。
「またって……たぶん。そんなに頻繁ではないけど……」
「……そうか」
退いたものの、お父さんの表情はいまだに険しい。
「その……あの時のこと、驚いていてな。お前が……友達と遊びに行っていたと聞いて」
「え、はい」
そういえば、愛がいた頃は毎週のように誰かが遊びに来ていた。だけど、いなくなってしまったら、パタリと止んだ。私に会いに来る人は、いなかったから。
高校に入って、愛と私のことを知らない人ばかりの場所でも、それは同じだった。どうしても、愛と同じようにはできなかった。
だから、同じ学校の人と四人で、あんなに遠くまで遊びに行ったなんて聞けば、確かに驚くのも無理はないと思う。妙に恥ずかしいけれど。




