2 『深海尚也』
驚く二人には申し訳ないけれど、嘘ではなかったりする。
ナオヤくんのオリジナル……深海尚也くんは、時田さんが言っていた通りの人物で、クラスの……いや学校のヒーローだった。成績も良かったし、スポーツは何でもできたし、人当たりも良くて、皆のリーダー役だった。
今のナオヤくんは、ほぼ真逆だ。成績は深海くんより良いけど、スポーツはいつも見学しているし、私たち以外とは接しようとすらしない。言われたことは忠実にこなすけれど、自分が指揮を執ることはない。
事情を知っている私ですら、同じ遺伝子でこうも変わるものなのかと驚いた。すぐに、自分だってそうだと気付いたけれど。
だけど深海くんの情報は初耳の加地くんと弓槻さんにとっては、ぽかんとする以外できないらしい。
「あら坊ちゃん……学校ではそんなに大人しいんですか?」
戻って来た時田さんが、目を丸くして尋ねた。
「大人しい……うん、大人しいな」
「物静かって言うか……大声出してるとか、走ってるとか、あんまり見ないよね」
加地くんと弓槻さんがそう言う度に、時田さんは目を大きく見開いていく。
「えぇ!? そうなんですか? 坊ちゃん、まさか足かどこか悪くなさったんですか?」
時田さんはまた、心配そうにナオヤくんに駆け寄る。今度は腕とか足とかを見ている。
「完治なさったって聞いていましたけど、やっぱり何か後遺症が? 酷い事故でしたもの……」
「え……事故?」
「ええ。あら、もしかして……ご存じなかったんですか?」
時田さんは、口をつぐんでしまった。咄嗟のこととはいえ、失言だったと気付いたらしい。そこからは黙って粛々と、私たちのお世話に徹しようと動き回る。
だけど聞いてしまった以上、もどかしい空気が蔓延するのは避けられない。聞きたいけど、聞いてはいけない。そんなピリピリした雰囲気の中、お茶碗を空にしたナオヤくんが、ぽつりと零した。
「一年ほど前に、事故に遭ったんです。僕と父親の二人が」
ナオヤくんは、加地くんも弓槻さんもぽかんとしているのも気付かず、語り続けた。
「その事故で、父親は他界。僕は……色々あって、今ここにいます。昔の尚也と僕が大きく違うと言うのなら、やはりその事故が原因でしょうね」
炊きたてご飯みたいにほくほくだったリビングの空気は、しんと静まりかえってしまった。
「とはいえ、事故の後遺症などはどこにもないのでご心配なく。大きな事故後は、人が変わったようになるという症例もあります。僕に当てはまるのはそれでは?」
「ああ、そう……ですね。そうなんでしょうね。ごめんなさい、坊ちゃん、皆さん」
時田さんが笑顔を取り繕って、その場を離れた。
あとには、なんだか気まずい空気だけが残る。さっさとご飯を食べ終えたナオヤくん以外は、箸が止まっていた。
そんな様子を見たナオヤくんは、ぽつりと零した。隣にいる私にしか聞こえないくらいの、小さな囁き声で。
「こんな雰囲気を変えられない僕は、『尚也』ではない……」
確かに深海くんは、皆が沈んだ空気でいたら必ず明るくさせようとしていた。
だけど、それができる深海くんが凄かったのであって、できないからって落ち込む必要はないことだ。
気付かれないようにナオヤくんの横顔を見る。いつもの、抑揚のない表情だ。だけどいつもより、ほんの少しだけ違う気がした。
声を掛けようとして、できなかった。




