8 挑戦
目的のお店は学校の近くにあって、ゆっくり歩いてもそれほど時間はかからなかった。混み合う時間帯じゃなかったのか、すぐに店に入れたのは運が良かった。
いざ入ってみると、なんだか緊張した。今までは店の看板を見ても、今は帰宅途中だからと目を逸らせていたから。そう、お母さんに『厳命』されていた。GPSまでつけて、寄り道なんて絶対にさせまいとしていたくらいだ。
そんな過去があったせいで、本当に来て良かったんだろうか、なんて今更思ってしまっている。だけどナオヤくんは私の正面で悠々とメニュー端末を見ている。
「あった。これが噂の激辛料理ですね」
『伝説の麻婆豆腐』……メニュー画面にはそう書いてある。そしてわざわざ他の料理とは違う『激辛』という文字が躍っていた。
「はぁ、激辛……え? そんなの頼むの⁉」
ぎょっとする私に、ナオヤくんはさらりと頷いた。
「大は小を兼ねると昔から言います。これを完食できれば、『辛いものを克服』できたことになるでしょう」
「なるだろうけど……そこまで極端にしなくても」
「ですが、メニューには普通の辛さのものと『激辛』しかありません。克服したと言える挑戦になるのはどちらか、明らかではないでしょうか?」
確かに、普通のメニューの方も辛そうではあるけど、耐えられないほどではなさそう。私自身が辛いものが苦手ではないし、ここはより強いものに挑戦してみるべきなのかもしれない。
「『激辛』……でお願いします」
「わかりました」
ナオヤくんは迷いなくそのメニューを選択したかと思うと、再び私に向けてメニュー端末を見せた。
「ここにあなたのリスト端末を読み込ませてください」
「なんで?」
「健康に関係するので血圧と脈拍のデータが必要なようです」
「はぁ……さすが激辛料理……って、私だけ測るの? てことは、私だけが食べるの?」
「……え? 辛いもの云々については愛さんの項目でしたよね?」
言われてみれば、確かに。だけど二人のリストだって言うから、どれも二等分するものだとばかり思っていた……。
「僕はここまで刺激の強い料理は食べられません。それに脈拍も、僕が測るとオーダー拒否になる可能性があります」
最後の一言に何かひっかかりを感じたけれども、今、重要なのはそこじゃない。
ナオヤくんは私に親指を催促するばかりだ。逃げられそうにない。
ここは、腹を括るしかない。そう思って、私は狸吸ったん松を読み込ませた。血圧などの数字と共に『Accepted(承りました)!』の文字が浮かぶのを確認する。
それから、料理が届くまで時間はかからなかった。つまりは、心の準備をする時間も短かったわけだ。
配膳ロボットはテーブルの真ん中に湯気の上るお皿を静かに置いた。真っ白なお皿に、燃え立つような真っ赤な麻婆豆腐がよく映える。色だけ見れば、純白の陶磁器の花瓶に生けた、大輪のバラのよう。もっとも、バラと同じく、だいぶ尖った部分があるみたいだけど。
「さあ、どうぞ」




