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最強の鬼に見初められました ~桜の夜に捕まって逃げられません~  作者: あいすらん
1章

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4/5

正体見たり

 血まみれの殺人鬼にフルネームという最大級の個人情報を渡してしまった間抜けな私。


「ひびの……ひより……」


 しかも、復唱されてしまう。

 考えてみたら、別にあれ、名前を聞かれたわけじゃなくて、威嚇みたいな感じだったよね。

 お前、何者だ、的な。


(怪しいものではありません……とかでお茶を濁すべきだった!) 


 私はいつもこうだ。

 間違った選択肢ばかり選んだあと……割と直後に、正解に気づく。

 この殺人鬼にとって私は獲物(姫山さん)を掠め取ろうとしている不審者なのだ。

 自分勝手もいいところだが、そうじゃなきゃ犯罪なんて犯さない。

 確かに怒りを覚えても仕方ないだろう。

 コンが私の前に躍り出た。その隙に男の手を払いのける。

 掴まれていた部分が、氷を当てられたようにじんじんして……その刺激は胸の鼓動へと変わっていく。


「あのっ。こいつ、アホやけどっ。それ以外は害のないいい奴なんですっ。あやかしもいっぱい助けとる。それに免じて許したって。この通りや!!」


 コンの全身の毛が恐怖のためか逆立っている。

 私を守るために、必死なのだ。

 ただ、怯えるだけじゃなく、私も男の隙をつかなくては。


「あ、あのっ! 今、通報しましたからっ。も、も、もうすぐ警察が」


 勿論嘘だがこの場合仕方ないだろう。

 ところが。


 コンをちらっと見た男の視線が、凍りつくように冷たいのに気づき、私は思わず震え上がった。


「雑魚め。邪魔だ」 


 そう言うと、さっと右手でコンの体をはらう。

 まるで、舞を舞うかのような優雅な所作。

 それなのに。


「うわああ」


 一瞬で小さな体は弧を描き夜空の彼方へ消え去った。

 どれほど遠くに飛ばされたのだろう。星がキラリと光るように、コンの体も発光して消える。


「きゃああああああ。な、何するの!」


 私は両手で頬をはさみ、叫んだ。多分、美術の教科書に出てくる有名な絵そっくりな、絶望をあらわにしたポーズだったと思う。あやかしの生命力は凄いから、簡単に死なないのは知っているけれど、それでも心配でたまらなくなる。だって、絶対成層圏超えてるよ。


「妖狐のくせに、この俺に指図をした。万死に値する大罪だ。殺さないだけありがたいと思え」


 殺人鬼はいかにもそれらしいセリフを吐くから、私はわかりやすく震え上がった。

 男はうるさそうに前髪をかきあげると、また私をまっすぐに見る。

 何気ない仕草なのに、匂い立つような色気を感じた。


(なんたるフェロモン! 同じ人間とは思えない!)


 凄いものを見ると称えずにはいられない、実況中継レポーターみたいな性格を改めたいが、いきなりすぎて、どうしようもなかった。


「んん……」


 タイミング最悪にも、仰向けになっていた姫山さんが、呻きながら寝返りを打った。

 男は振り向くと、「俺を呼び出したのはこの女か」そう言うと、スタスタと彼女に近づき、足で転がし上向かせる。


「な、な、な、な、何するの!!!!!」


 コンがどうなったか知ってるが故に私は焦り、彼女の前へと滑り込んだ。


「どけ」


 怒気を帯びた男の眼が、私を見下ろしている。

 ものすごい迫力に、思わず泣いてしまいそうだ。


(あああああっ。逃げておまわりさんを呼ぶべきだったかなあ) 


 後悔するがもう遅い。

 勝手に体が動いたのだ。なんとかこの場を切り抜けなければ。


「……姫山さんに何する気?」

「その女、姫山と言うのか」

(くううう。個人情報……っ……っ)

「ち、が、いますっ。えっと、山田……」

「姫山だな。まあ、名前などどうでもいいが」


 彼は右手を首の下あたりにまで持ち上げ、ふっと息を吹きかけた。

 すると、手のひらから小さな青い炎が現れて、ゆらりと揺れる。


(えっ?)


「ただの人間が俺を500年の眠りから呼び出したとは思えんが……とりあえず憂さ晴らしをさせてもらおうか。まずはこの女を血祭りに」

「ひえええ。やめてっ」


 いたいけな女子高生を血祭りとはなんという、非道。


「ふん。怖がっているな」


 男は笑った。


「人の恐怖は美味だ。もっと怖がれ。お前の恐怖は美味そうだ」


 嫌だこの人。最低最悪!


 私、ここで死ぬのかな。

 白馬の王子様がいつか迎えにきてくれると信じてたのに、まだ恋もしていない。 

 

(コン、ごめんね。あなたの言うことを聞くべきだった)  


 日本は法治国家である。犯罪者は警察の管轄なのに、私は思い上がっていた。

    

 絶望の縁に立たされた私の頭の中に、聞き慣れた声が響き渡る。


{落ち着け。そしてしっかり相手を見るんや!)


 それはコンの声をしていたけれど……私の心の声だった。


(こんな時に落ち着くなんて出来ないよ!)

(死ぬ気になったら、何でも出来るやろ。観察はお前の得意技や。解釈はどうでもええ。とりあえず見ろ!)


 コンはいつだって、私に厳しい。

 ブレーキばかりかけてくる。

 でも。

 

 心の底から、私の事を思ってくれている。


 仕方ない。

 私はかっと両目を見開き彼の手のひら……そして炎……を見つめた。


 いや、2次元から出てきたかのように、麗しくもかっこいい姿なんですが。

 殺人鬼なんかにこのビジュアルはもったいない、と地団駄を踏みたくなるほどの完成度なのですが、目を奪われたのはそのせいじゃない。


 あれ。やっぱり変だよね。

 ただの人間が、こんな事できる?


(そうや。他にもあったやろ。思い出せ!)


 次は記憶だ。

 違和感の正体を捕まえるため、私は深い思考の海へと潜りこんだ。


「どうした。お前。ピクリとも動かなくなったな。まさかこの程度の恐怖で思考停止か?」


 なんだか男が言ってるけれど、相手にしている暇はない。

 思考の海にダイブした私は大忙しだ。頭の中で数々の情報が渦巻いている。

 何もないところから生み出した炎もアレだけど、そう言えばこの殺人鬼、血柱から出てきたんだよね。

 500年とか、眠りとか、たった今投げかけられたセリフの中に、聞き捨てならないものがあったような。

 青い深い思考の海の中で、悠々と泳ぐ殺人鬼の姿が見える。

 私は銛を手に彼を追いかけていた。歩くのも走るのも飛び跳ねるのも全部苦手な私だけれど、妄想の私は泳ぎが達者で、彼のものすごいスピードにしっかりついていく。


「この男、鬼やで! 俺等なんか一秒で瞬殺や! 正気に戻る前にずらかるで!」

「妖狐のくせに、この俺に指図をしたからだ。殺さないだけありがたいと思え」


 コンと殺人鬼のセリフが海の中に響き渡り、「人間とは思えない」私のモノローグが重なった。瞬間、謎が全て解ける。



(……仕留めたり!)


 頭の中にパッと閃光がきらめき、私は銛を男へと投げた。


 ザバン、と海から上がると同時に私は手にした拍子木を打ち鳴らす。


 カンカンカンカン!!!


 それは、コンが鳴らした時とは比べ物にならないほど、よく響いた。

 公園だけじゃなく、街中に響き渡るかと錯覚しそうな大音量。

 風が止まる。

 思考の海から戻ってきた私は、夜の公園で仁王立ちになり、男に向かって拍子木を突きつけた。


「わかったわ。あなた、あやかしね。しかも鬼。あやかしの王様だわ! そうなんでしょう!?」


 ドキドキしながら返事を待つ。


 思い起こせばどんな怪力でも、人間がコンを成層圏まで飛ばすなんてあり得ない。

 それ以前に。

 人間には見えないはずの妖狐であるコンが、この男には普通に見えていた。

 何よりもコンが言ったのだ。


 この男は、鬼だ、と。


 桜の木が、枝を振り回して踊り狂った。風だとしたら、こんな動き方はしない。

 目の前にいる血まみれの男が、己の強さを見せつけている。

 彼はにやりと、笑って頷いた。


「その通り。俺は鬼。あやかしの王だ」


 やっぱり。 

 私はごくりと唾をのむ。

 黒髪の上にそそり立つ角が、見えてきた。それにしてもなんと美しい異形なんだろう。


「500年、桜の樹の下で眠っていた。鬼一匹で国が滅ぶ。その鬼が、蘇った。別に起きたかったわけじゃねーが、こうなったら、遊ばせてもらうぞ」


 すごい迫力だ。私は目を瞑って、その圧に耐える。

 怖くない……わけはない。


 でも。


 あやかしとは、何度となく、コミュニケーションをとってきた。

 つまり。


「あやかしなら、私の管轄よ! あなたに今から人間界のルールを教えてあげるわ!」


 私は叫ぶ。


 その昔、あやかしと人間はほぼ対等に生きていたらしい。

 その頃は恐らく、能力の強いあやかしの方が、何かと立場も強かったのだろう。


 しかし時代は変わった。


(あやかしを感知できる人間はほぼいない。だから、今のところ、あやかし側が人間のルールを尊重する必要があるの)  


 それは、物心ついてから、あやかしお助けセンターとして動いてきた私の、現実に即した最適解だった。


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