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最強の鬼に見初められました ~桜の夜に捕まって逃げられません~  作者: あいすらん
1章

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3/3

スプラッタの世界

 あたりを祓うような、怖いほどの美貌。


 私は何かに圧倒されるのがとても好きだ。

 大きなもの、信じられないような動き、想像を絶するものたち。

 この世には、不思議で凄いものが沢山ある。

 人口五十万程度の地方都市、ここ、詠門市から一度も出たことがない私にとって、新しい何かに出逢う事は、未知の場所や異世界をくぐり抜けたような、スペシャルな体験なのだ。

 そんな私は、今、目の前に現れた美貌の男に、息をするのも忘れて見入っていた。

 つややかな黒髪に高い鼻梁、長いまつ毛。整った眉。

 まるで月の化身のようにクールな美貌。

 全身から放たれる特別なオーラ、言うならば、覇王色のようなそれが、国宝のような美貌を際立たせている。

 コンと私とが動けなくなったのは、きっとそのせいだろう。

 もしかしたら、神様が何か意図があって、この人にこんな綺麗な見た目を与えたのでは……。そんな思いが頭を巡る。

 美貌にぶん殴られたような気分なんて初めてだった。


 と……。


 ポタ、ポタ。


 髪や着物の裾から垂れている赤い液体と、むせ返るような鉄の匂いに、朦朧としていた意識が現実へと立ち戻ってくる。


 ポタ、ポタ。

 赤い、雫が地面へ落ちる。


 残影なんかじゃない。

 私が目にしているのは、まさしく血を被った男だ。

 美の化身かとまで思えていた彼が、一瞬で生々しい血まみれの男へと変わる。しかも、被っているのは、尋常ではない量の血。

 私がいたのは、麗しい神話の世界なんかじゃない。

 おどろおどろしい、スプラッタの世界だった。


 コンも同時に我に返ったらしい。


「日和、逃げるで。あいつはヤバい。ヤバいなんてもんじゃあらへん」


 前を向いたまま囁きかけてくる。


「で、でも、怪我……してるんじゃ」


 血まみれなのは血柱のせいだったとしても、さっきからずっと目を閉じたままだ。 

 生きて……はいるんだろうけれど、心配にはなる。


「アホか。この期に及んで……!」


 男の様子をうかがう私の目の前に、立ちはだかるようにしてコンは言った。


「この男、鬼やで! 俺等なんか一秒で瞬殺や! 正気に戻る前にずらかるで!」


 いつも以上に早口のコン。その全身から、強い獣臭が漂ってきた。

 あやかしとはいえ、コンには獣の属性があり、危険を見極める嗅覚は確かだった。

 そのコンが。

 この人の事をはっきり、鬼と言った。


(鬼……瞬殺。そして全身血まみれのこの体)


 つまり、目の前にいるこの男は……。

 殺人鬼!


(さっきの血柱は、殺した人間の血で出来ていた的な? どうしよう。そんなの想定外!)


 こう見えて実は読書家の私。

 ミステリーやホラー小説を浴びるほど読んでいるため、あっという間にそんな仮説を思いついてしまう。


「あわわわわわわ。どうしよう。コン。腰が抜けちゃった。でも、逃げなきゃ」

「アホか、日和。静かにっ」


 とにかくやっとこさ、2人の意見が一致した。

 命大事に。

 公園を出たら、すぐに警察へ駆け込んで、凶悪犯を捕まえてもらうのだ……。


 その時、春なのに、どこか冷たい風が吹き付けてきて私の髪を巻き上げた。一瞬前が見えなくなり、すだれみたいになった黒髪の隙間から、男の足元にある小さな赤い円が飛び込んできた。

 その中に、制服姿の女性がいた。

 金色に近い巻き髪、だらん、と伸びた足に長い首、そして、白い肌。見知った顔だ。

 あれは、学校一の美人と言われているクラスメイトの――。


「……姫山珠姫さん!?」


 私は思わず叫んでしまう。


「えっ?」


 コンも振り向き、得心したようにうなずいた。


「ああ……詠門高のマドンナか。生贄には最高の素材やな。流石鬼や。そつがないわ」

「えっ?」

「次の餌食はあいつなんやろ。日和。時間がない。今すぐ警察へ……て、何しとんねん!!!!!」


 恐る恐る、戻ろうとしている私にコンが案の定な突っ込みを入れる。


「だって、放ってはおけないわ」

「お前に何が出来ると言うんじゃ!」

「彼女を起こせる!」


 私は胸をはる。


「姫山さんリレーの選手なの。だからきっとダッシュで逃げられれば」

「そしてお前は万年ビリやろ! 予言したる。その時には生贄がマドンナから仏へ変わるだけや」

「大丈夫。私、こう見えて運がいいから」

「ガクブルやないかい!」


 コンにズバリ言い当てられて、私は震えながら天を仰いだ。


「だって、怖いんだもの。しょうがないじゃない!」

「やから、まずは日和が警察に」

「その間に姫山さんが殺されてたら、私、一生自分で自分を許せない」


 ごんごん、と拳で膝を叩きながら、私はギクシャクと前へ進んだ。


「ったく。この頑固者が!」   


 コンの呆れ声を背後に聞きながら、男の横を通り過ぎる。


(こんな綺麗な顔なのに、殺人鬼だなんて)


 恐怖に鳥肌が立った瞬間、男はかっと両目を見開いた。


(えっ)


 至近距離にある黒い瞳に、間抜け顔の私が映っていて……そんな事実を差し置いてさえ、その目はとても美しく、まるで小さな宇宙へ吸い込まれそうな気持ちになる。

 驚く時間すら与えられず、素早い動きで、男は私の手首を掴む。

 冷たい手の感触に、ドキっとした。


「……お前、誰だ」


 男性は、低く唸るような声でそう言って……。

 あたりの空気がビリビリと震える。


(やっぱりこの人はただ者じゃない)


 そう。

 恐ろしい殺人鬼。


 それなのに。


「日々野……日和です……」


 条件反射で答えた私は、「ぶあかっ! 個人情報を知らん人に言うたらあかんとあれほど……!!!」コンの呻きを聞くより先に、己の素直さに身悶えした。

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