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最強の鬼に見初められました ~桜の夜に捕まって逃げられません~  作者: あいすらん
1章

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2/3

血まみれの男

 高い位置にある大きな満月に照らされた、桜が咲き乱れる夜の公園。

 奥の一際大きな桜の木の前に、3メートルほどの火柱が立ち上がっていた。

 いや、よく見れば、火ではなく、何か赤い、得体の知れないものが何本も、まるで何かをぐるっと取り囲むようにそびえ立っている。


「な、な、な、何あれ!」


 腰を抜かしそうな私の肩のあたりからコンの呟きが聞こえてくる。


「血柱や」

「ちばしら?」

「ああ。火やのうて、血で出来とる。真ん中は空洞で、取り囲んどる感じやな。どういう仕組みで目的は何か、俺にもわからん。しかし、あんなでかいの初めて見たわ」


 黄金色のコンの毛が、吹き出す汗で茶色になってる。

 同時に濃密な血の匂いが私にも嗅ぎ取れるようになった。


「うう。気持ちわる……」

「帰るで。わけのわからんもんからは逃げるが勝ちや。もしかしたら悪霊が出てくるかもしれんしな。ほら、桜の木の下には死体が、とか言うんやろ? って、何してんねん!」


 鼻と口を押さえながらスタスタと血柱に近づく私に、コンが突っ込む。


「いや、そんなにレアなら、近くで見てみたいな、って」

「どんだけ好奇心旺盛やねん!!!!」


 頭突きされ、私は両手で額を押さえる。


「だって……コンが言ったんだよ。あんな大きいの初めてって」

「このデカいものフェチがあああ!!!」


 コンは苦悶の様子でモフモフを掻きむしりながら叫んだ。


「あのな、世の中、危険だらけなんやで? 車もはさみも使いようや。普段歩いとる道にやって、落とし穴があるかもしれん。やのに何でわざわざデンジャラスと書かれた地下室にキラキラの目で近づいて行くねん。ホラーで最初に死ぬ奴やろ!」

「またまた。私がコンを残して死ぬわけないでしょ」

「息を吸うようにフラグを立てるな!」


 興奮のためか、コンはぜえぜえと荒い息をたてている。


「あのな、日和。危険にはあらゆるバリエーションがあるんや。そこここに、ヤバいもんが潜んでて、何か仕掛けてやろうと手ぐすね引いて待っとる!! お前にはようわかっとるやろ!」


 そうか。

 つまりコンは、あれを発生させた何かに気をつけろ、と忠告してくれてるらしい。

 髪切り女みたく、常識をこえたイタズラを仕掛けるあやかしは、実際にいる。

 人間だって色々だ。


「ありがとう。でも、私を誰だと思ってるの。通称仏。地獄で仏が語源らしいわ。つまり幾多の地獄をくぐり抜けてきた、って意味でしょ。だから心配無用です」

「前向きにとり過ぎや! 俺等が普段相手にしとるんは、雑魚中の雑魚、下級あやかしばっかりや。悪いあやかしに命とられたらどうすんねん!」


 目をむくコン。


(流石、日和のブレーキを自称するだけあって慎重だわ)


 しかし私とて負けてはいない。


「あやかし相手ならむしろ安心して。私には強烈な武器があるから」

「拾った拍子木とか抜かしたらしばくで」

「まさか。コンだって知ってるくせに。私の武器。それは対話よ!」


 伊達に16年間生きていない。

 私には私のやり方がある。どんな異形にも、どんな口の悪い相手にも、私は対話を投げかけてきた。

 話せばわかる。それは私の経験から導き出した座右の銘だ。

 私はそのやり方にこの上ない自信とプライドを持っている。


「万が一、ヤバいのが出てきたら、むしろ対話でなんとかするわ。今までもずっとそれでなんとかなってきた。だからこれからもきっとなんとかなるわよ!」

「何回なんとか言うとんじゃボケええ」

「だから、なんとかなるんだ、って!!」


 それを証明するには、実際になんとかするしかない。

 コンを押しのけ、前へと進む。

 そして、あっと言う間に血柱の目前へ。匂いはきついが、熱くはない。


(本当に血で出来た柱なんだ)


 俗に言うオーパーツ……とはちょっと意味合いが違うかもだが、珍しくてグロテスクでダイナミックなデカいものに子どもの頃から目がない私。

 もしかしたら最初で最後の邂逅かも、と私は血柱をくまなく観察する。

 赤い柱の側面には複雑な幾何学模様が浮き上がっており、生き物のように黒く脈打っている。桜のほぼ真下あたりにある、自然界では普通あり得ない幅と色、そして動き。

 それから圧倒的なこの直径。


(か、かっこいい……)


 これで臭いさえなければ完璧なのに。私は思わず、赤黒いそれに手を伸ばす。


「や、や、や、やめい!!!!!」


 コンの声を、突風がかき消す。

 柱に手が届いた瞬間、脈打っていたそれが、すっと地面に吸い込まれるように消え去った。

 そして……。

 私はハッと息を飲んだ。

 何かの紋章のように地面に残った赤い輪の中心に、背の高い和装の男が、すっくと立っていたからだ。


(人……?)


 血柱の残影か、月光に照らされたその後ろ姿は文字通り血を浴びた濡れ鼠のようだった。

 古い映画で、バケツ一杯分の豚の血を浴びた少女の姿を見たことがあるが、そんな感じ。

 大丈夫ですか、と普段の私ならすぐに声をかけていた気がする。

 しかし、声が出て来なかった。声だけじゃない。体もピクリとも動かない。

 隣で、コンが硬直している。私と同じように、彼も金縛りにあっているようだった。

 アドレナリンが吹き上がる。何かがおかしい。能天気な私も流石に焦った。

 動けなくなるとは想定外だ。得も言えぬ恐怖が私を襲う。

 駄目だ。

 意味もなく怖がるなんて、そんなの私らしくない。


 そんな中、男がゆっくりと振り返る。

 雲が晴れ、満月の光がスポットライトのように男の全身を照らし出し……

 私の心臓は……あり得ないほど跳ね上がる。


 美しいものを……見てしまった。


 私の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。


 桜の花びらが……まるで彼の美貌を彩るように、静かに散る。

 その様を怜悧な月が、ただスポットライトのように照らしていた。

 大きくてグロテスクで、そして、ミステリアスなものが大好き……だなんて。


 今まで凄いものを目にする度に頭の中で、散々それらを讃えてきた。

 でも、そんな私が、彼を目にした時に思ったのは……。


(なんて……なんて……美しいの……)


 こんな美しい人には会ったこともないし、二度と会うこともないだろう。

 そんなシンプルな気づきだった。


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