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500年の鬼と恋活JK  作者: あいすらん
1章

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13/13

アメとムチ

「コン、いる?」


 よっこらしょ、とベランダをこえて一階の屋根へ。

 いじけたコンは、屋根のてっぺんで膝を抱えていることが多い。


「ほっといてや。俺はいつか、月へ帰っていく身やから」


 かぐや姫のようなことを言いつつ遠い目をする彼をなだめすかして連れ戻すのがいつものパターン。

 しかし、見つけたのは狐ではなく、膝を抱え……ではなく、片膝を立てた鬼だった。

 漆黒をバックに花びらがひらひらと盛大に舞っている。

 まるで一枚の絵みたいに神々しくて、私は数秒ほど見とれてしまう。

 彼こそ、月からの使者にかしずかれ、月へと向かう姿が似合いそう。


「狐ならいないぞ」


 紫苑はちらりと私を見た。


「……そうなんだ」


 ドギマギしながら、そう言った。

 彼と、もう少し話してみたい。

 3メートルほど離れた距離の彼に向かって私はヒョロヒョロ声を張り上げた。


「……月が綺麗ね」


 そしてハッとする。


「あっ。これは別に、ただ普通に見たままありのままを言っただけで……別にアイ・ラブ・ユーの暗喩とかでは全くなくて」


 文豪がそう訳したとかどうとか、もしかしたらデタラメかもしれない、ってことも含めたトリビアをとっさに思い出したのだけれど。


「……アイ・ラブ・ユー……知らんな」


 オウム返しにつぶやく姿が無駄にかっこよくてうっかり萌えかけた。もっと並のルックスだったらいちいちドキドキせずに済むのになあ。


「来るか?」


 鬼に言われてこくりとうなずく。そんなに物欲しそうにしてたのかな。でも言い出してくれたのはありがたい。


「でも、そこに行くのは無理。あなたが降りて」

「根性がないな。これくらいの壁、超えてこい」

「忍者じゃないんだから」


 なんて見栄をはったけど。

 本当は1メートルの高さでも微妙です。私は運動音痴なのだ。


「……ったく。鬼が動くのは滅多にないんだぞ」


 紫苑はゆらりと立ち上がると、そのままごく自然な動きで空中へ足を踏み出した。

 ぴたりと数メートル先の空中で止まり、無造作に片手を差し出した。


「ほら、来い」


 え、と思う間もなく、強引に手首をつかまれ、強い力で引き上げられた。


「う、うわああ」


 たちまち彼の胸へと顔をうちつけ、浮き上がった足が緊張にピン、と伸びる。


「なんだ、その色気のない声」

「ご、ごめんなさいっ」

「……息を吸うように謝るんだな。そこはいい。ゾクゾクする」


 耳たぶに触れるほどの距離で囁かれ、次の瞬間、私は彼に横抱きにされ空を飛んでいた。

 月が近づく。


「きゃ、きゃああ」


 私は悲鳴を上げて身を捩らせた。


「お、お、下ろして」


 すごい勢いで風を切る彼の首に両手を回してしがみつく。


「暴れるな」

「だ、だ、だ、だって……」


 今起きていることを信じたくなくて、恐る恐る下を見る。

 裏山がはるか下に見えた。


「ああ、無理。気絶してもいいですか?」

「捨てて帰るぞ」

「お、鬼っ!」

「そうだよ。俺は鬼だ。狐を探したくないのか?」

「全然!!」


 私はプルプルと首を振る。

 星サイズにまで飛ばされても、なんとか戻ってきたコンである。

 心配する必要など全くない。

 そんなことより私が危機だ。


「コンは自力で戻ってくるわ。だから、もう、帰してください」


 私は必死になって訴える。


「うん。瞳が色っぽく濡れてきた」


 鬼は私の顔を覗き込んできた。

 ああああああっ。忘れていた。

 この男、恐怖からフェロモンを感じるドSだった。


「うううううっ」


 怖がっているのを気取られまいと、私は彼の首筋に両手をまわし、顔を埋める。

 はあ、はあ、と吐息があがってきた。心臓はもう爆発しそうだ。


「……ふふっ」


 嬉しそうな声。ああ、絶対に喜ばせている。

 鬼との対話を期待した私がバカだった。鬼畜とは鬼から来た言葉だと確信する。

 血も涙もないとまでは思わないが、人が怯えて動揺している姿に興奮するのは趣味が悪すぎ。

 そこからは、脱力したまま、じっとしていた。

 このお遊戯に飽きてくれるまで、目を閉じてじっとしていようと心に決める。

 と、スピードが落ちて、彼がどこかに着地したのを感じた。


「着いたぞ」


 そう言われて目を開けると、私たちは山の中にいた。彼は私を抱きかかえたまま、大木にすくっと立っている。

 目の前に大きな石像があった。10年ほど前に突然建てられたハリボテの像で、山に向う道路からその威風堂々とした姿はよく目立つ。

 大きいもの好きな私は、いつも興奮していた。近くで見たらどれほどの迫力だろうと妄想していたほどである。


「わああああ。素敵」


 興奮のあまり、紫苑に抱えられたまま身を乗り出す。


「あっ……!」


 転がり落ちそうになる体を、彼がしっかり抱え直す。


「危なっかしいな。お前はここにいろ」


 彼は器用に枝の上であぐらをかくと、足の間に私を座らせた。


 私は真っ赤になってしまう。


「……連れてきたのは紫苑なのに……!」


 ブツブツ言いながらも、特等席でうっとりと像を見つめる。


「でもこんな場所に来られるなんて夢みたい……どうして私の好みがわかったの?」

「たまたまだ」

「そう……ありがとう」


 偶然とはいえ、チョイスした場所が私のどストライクで、それ以外の狼藉は吹っ飛んだ。


「ふん」


 紫苑は微妙な態度だが、もはや気にならない。

 私は白い巨像を眺めながら、心の底から感動していた。

 こんな経験、絶対にできない。

 コンにはまた、「お前の好奇心は身を滅ぼすで!」と叱られそうだけど。


 とはいえ、木の枝は細く、彼が妖力を使っているのは間違いがなく、少しだけ不安を覚える。


「絶対に離さないでね」

「さあな」


 ……気になる返事。

 しかしもう信じるしかない。


(一体何を考えてるんだろう)


 背後の彼を意識しながらため息をつく。

 ただ生きているだけでは退屈だとつぶやく紫苑。

 そんな彼の頭の中には、もしかしたら、今も、街を滅ぼすとか気に入らない人を潰すだとか、どうしようもない衝動がまだ居座っているのだろうか。


 世の中には面白いことや、やるべきことが沢山あるのに。


 たとえば私ならあやかしとの対話と問題解決。私にしかできない大切な仕事だ。

 私はあたりに耳を澄ませる。

 夜だというのにあやかしの気配はない。鬼に怯えているのかもしれない。

 コンのいう通り、紫苑はかなり強いのだろう。


「ねえ、アイ・ラブ・ユーの意味教えてあげる。別の国の言葉で『好きです』って意味なんだよ」


 2人だけ、という気安さから私は思い切ってそう伝えた。

 彼の胸が背中にあたっていて、抱きかかえられているような状態で、そんな……色っぽい話題を持ち出すなんて……正直恥ずかしくてたまらなかった。


「好き……?」

「そう。あなたが好きです、っていう告白の言葉。紫苑は好きな子とかいなかったの?」

「……むっ」


 紫苑は考え込んでいる。もしいたとしても500年前だ。

 体感数ヶ月の浦島太郎と違って、紫苑に時間の感覚はあるらしいから、覚えてない可能性もある。だったらむしろ、話は早い。


「恋を……してみたらどうかな。この街で。この時代に」


 私は早口で言った。


「恋?」


 疑問形だけれど、英語とは違って意味は通じているみたい。


「そう。恋」


 その単語を口にするだけで、ぼっと頬に火がついた気がしてしまうほど、経験不足な私だけれど……だからこそ、言えることって、あると思うのだ。


「もちろん……鬼の女性って、どんな感じなのかわからないけれど……きっとどこかにはいると思うのよ」

「鬼の女か……一瞬で興味が失せたんだが」

「そうなの?」


 ということは、多少私の提案が、彼の気を引けていたということだろうか。

 もう一押しだ。


「愛する人を見つけて、幸せに暮らすの。きっと紫苑ならそれが出来るわ。だって、あやかしの王なんだもの」


 そう。


 街を、国を滅ぼせるなら、異性を一人射止めるなんて、簡単なはず。


 紫苑は眉根をひそめた。


「……(つがい)を探せ……か。お前はやっぱり面白いな。一応、理由を聞いておこう。何故だ」

「あなたが……とてつもなく美しくて……強いからよ」


 私はぎゅっと拳を握った。


「きっと、どんな相手もあなたに夢中になるわ。だって……本当に……綺麗なのだもの……」

「……綺麗……か」


 紫苑はふっと笑い、無造作に髪をかきあげた。

 今のは絶対に無意識……だけど!

 ぶわっっと、何かすごいパワーが竜巻みたいに湧きあがった気がした。

 すごいなあ。

 私とあやかししか、この美を認知できないなんて、勿体ない。


「……美貌など、真剣にどうでもいい」

「ええっ。どうして。私はすっごく羨ましいよ?」

「俺は男だぞ。見せつけるなら腕力のほうだ」

「はっ。そう言えば。桜の木を倒したよね」

「ああ。久しぶりにすっきりしたぞ。次は……そうだな。もう少し固いもので試すか」


 そして、ちらりと石像を見るものだから、心臓が飛び出しそうになってしまった。


「駄目よ! 仏像はっ。まさか、そんな理由で来たんじゃないでしょうね」

「いや、深層心理はそうだったかもしれん」


 鬼は適当なことを言って、腕試しする気満々だ。


「絶対に駄目っ。私、この仏像、好きなんだからっ!」


 目の前にそびえ立つハリボテの石像。

 ただ大きい、という一点だけで、こんなにも私の心を惹きつける。


「壊すんじゃなくて、愛することが出来れば……もっともっと紫苑の人生、楽しくなると思うの。絶対よ。だから……考えて。恋する相手を探すこと」


 私は想いをこめて彼を見た。


「……変な奴だな。俺に番ができたところでお前には何の得もないのに」

「私、問題解決が得意みたいなの」

「……多分違うが、まあ、いい。続けろ」

「あなたは目的を失っているし、欲望のままに街を破壊していたら、みんなが困るわ。だから、もっと楽しいことに目を向けてほしいな、なんて」


 私お得意のウィン・ウィン作戦。

 鬼がにやりと笑った。


「……改めてお前は逸材だな」


 あら、この感じ、褒められてるけど、裏側の感じ、なんだか覚えがあるような……。

 がしっと背後から体を掴まれる。そして次の瞬間、私は山から数メートルは上空にいた。


 巨像があっと言う間に小さくなる。どの木に座っていたのか、もうわからない。


「な、な、な、何!!」


 さっきのお姫様抱っこではなく、脇の下を持って足をぶらつかせている状態という、言うなれば大鳥にさらわれた魚のような無防備すぎる状態で持ち上げられ、私の全身に鳥肌がたった。


「余裕たっぷりなお前に教えてやろう。今、この街で一番大変なのは、お前だということ……そして、お前が何もわかってないバカだという現実を」


 耳元で謎のような言葉を吐くと、紫苑はパッと手を放した。


「え?」


 と思った瞬間には急降下していた。


「あああああああああ、た、た、た、助けて……!」


 足から落ちていたが、体勢が変わり、仰向けになった私の目に、冷徹な鬼の目が飛び込んでくる。 


 ゾッとした。助けてくれるつもりは、多分ない。怖い。


(私……死ぬの……!?)


 いやだ。そんなの!


 と、落下がとまった。


「紫苑!!」


 妖力を使ったのだ。


「お前に死の恐怖を与えてやった……狐には多少の恩があるからな」


 ぽつり、とつぶやく彼の言葉に、アメとムチという言葉を思い出す。

 コンが母性なら紫苑は……父性?


 一体何が目的なの?

 じわりと目尻に涙が浮かぶ。

 今の私にはっきり言えることはどんなアメを与えられても、極悪非道なこの鬼を、絶対に許さないという事実だった。

 鬼が、こっちに向かっている。

 そして、至近距離でにやりと笑った。


「抱いてヨシヨシされるのを待っているんだろう? 日和。甘いぜ」


 え?  


 止まっていた体が再び落下し……


(やだ、嘘……いやあああああああああああ!)


 ものの数秒後にどん、と地面に背中が触れた。


「……地面まで……数センチ……だったのね……」


 はああああああ。

 安堵と遅れてきたアドレナリンがまぜこぜになり、私の体を駆け巡る。


「……17の誕生日を皮切りに、平穏な日々は終わりを告げる。せいぜい足掻け。俺がお前の断末魔までを余すことなく見てやるから」


 意地悪な男の最低なセリフは、はっきりと鼓膜に届いていたけれど、怒りをいだく気力すらわかず、私はあっさりと意識を手放した。


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